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雑賀孫市(鈴木孫一)コミュの孫市関係情報

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雑賀孫市に関することなら、ちょっとしたことでもいいので、情報提供して下さい。

例えば、ある本やどこかの資料館とかで雑賀孫市関係の話がちらっと載ってたとか、歴史関係者や番組で雑賀孫市関係の興味深い話があったとか、孫市関係の資料・絵などでもOKです。

コメント(16)

前日、稲むらの火の館(濱口悟陵記念館&津波防災教育センター)へ観に行ってきたのですが、記念館で(1階にある展示室(和室・悟陵の章)に備え付けてあった)ファイルを観ていると、なんと雑賀孫市の名前があったのですっ!

はっきり覚えていませんが、「・・・勝海舟が濱口悟陵に雑賀孫市の槍矛(だったかな?)を贈った・・・」という内容の文がありました。

雑賀孫市はご存知の通り、火縄銃の名手ですが、槍もあったのでしょうか?
まあ、雑賀衆の棟梁だけに、火縄銃だけではなく、槍や刀も使いこなしていただろうけど、そんな槍矛?!が何故紀伊藩出身でも由縁も無い勝海舟が持っていたのだろうか?果たして、それは本物なんでしょうか?!
平成の孫市さま

雑賀衆に関する情報ありがとうございます。
稲むらの火の館に勝海舟がらみで 雑賀孫市の情報がるということ
はじめて知りました。

貴重な情報ありがとうございました。
これを機会に、もう少し調べてみて情報を取りたいと思っています。

なお、槍については、雑賀衆の武勇は有名です。
 鉄砲を持つ以前から雑賀衆の戦闘能力は、高く評価されていました。
槍での活躍は、天正4年5月7日の天王寺砦の攻防でも記録に残っています。

城内から打って出た雑賀衆の槍働きのすさまじさに、信長も持てあまし
「古今無双の強槍」と伝えられています。

晩年の徳川家康が、本当の「槍合せ」などめったにないが、
石山合戦の時に一度あったと聞いていると言ったのは、
この戦闘を指しているそうです。

また、槍では、雑賀孫市(鈴木孫一)の兄といわれる人物の活躍があります。
鷺森別院の近くの専光寺には、雑賀孫市が血のついた槍を洗った
といわれる「血槍洗い手水鉢」が残っていますが、

同寺には、後に第二代「順勝」住職になった中嶋孫太郎の活躍が伝えられています。
孫太郎は、天正四年(1576)4月天王寺方面で織田信長軍との激戦があった時、
今宮付近で一番槍の活躍しました。

その功労をたたえた4月15日付の書状が残っています。
寺伝では、中嶋孫太郎は雑賀孫市(鈴木孫一)の兄といわれています。

よろしくお願いします。
>雑賀孫八さん

こちらこそ、コメントして頂き、どうもありがとうございます。

雑賀衆は槍の武勇も有名だったんですか。雑賀衆は鉄砲を持つ前から戦闘部隊として存在していた、
鉄砲だけ・中心の部隊では無かったということになりますね。石山本願寺合戦関係以前・以外で、
そのような記録があるのでしょうか?

織田信長や徳川家康がそう言っていたんですか。関ヶ原や大坂城の戦いとかでも島左近や真田幸村らの
槍合わせがあったのに、石山合戦の時のことを持ち出したんですか。

孫市に兄がいたのは初耳です。賞状や寺伝があるとあれば、当人である可能性は高いんですね。
その彼は、何故雑賀衆の頭領になれなかったのだろう?中嶋の槍・戦闘力はすごくても、孫市の戦略や
采配・人望とかが上だったからかな?!
また、孫市の姓は鈴木ですが、何故、中嶋という姓なのですか?養子?市内の中島・中之島の地名と関係ある?
PC&TVゲーム「信長の野望」とかに中嶋孫太郎なる人物は出ていないようだが、これから登場するようになるかな?!
中嶋孫太郎が加わって、紀州(雑賀衆)が更に強くなるといいです。

そういえば、市駅の近くに勝海舟が宿泊したという碑がありましたが、和歌山を訪ねていたんですね。
何が目的だったのか不明ですが、その時に紀州藩関係者から入手したのだろうか?あるいは江戸で
紀州藩関係者かどこかの家老らから入手したのかな?あくまでも推測ですが。
勝海舟寓居地について

 文久3年の夏、1863年頃で大体今から146年ぐらい前の話です。
当時は日本も開国しないといけない流れの中で外国から船が日本にやってくる時に、
紀伊半島、和歌山のあたり紀伊水道は一番防衛の要なので
友が島や加太の砲台を今後使えるかどうかというのを検分しに来ていたそうです。

勝海舟は、10数名で来られて「清水平右衛門」という両替商の豪邸で数日間滞在されたそうです。
先程買ってきた資料を紹介します
本屋での立ち読みでも結構ですが一度見て下さい
週刊朝日カルチャーシリーズ 名将の決断 NO32
 10月25日号 です
本願寺10年戦争のことが出ているのですが
雑賀衆や孫市のことも写真とともに出ています
横須賀のサイカヤ・システム・テクノロジー
が提供したものだそうです。
他に吉宗のウイン・ウイン戦略のことなども
暴れん坊将軍の実像などもでています。
紀州に関係するものが多いです
    チャペルチャペルチャペル
k-5さま

情報ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
雑賀鉄砲衆が家の近くに来るとのことで初めて生で見てきました。
発砲の瞬間は思わず迫力に感動してしまいました。

堺まつりのパレードにいろんな鉄砲隊が全国から参加していたみたいです。
前もってこのコミュに日程など紹介出来ればとよかったんですが、
なんせ昨日に知ったものでできませんでした。

一応写真はとったのでアップしておきますね♪♪
☆もりちゅ〜 さま

投稿ありがとうございます。
昨日、堺まつりでの紀州雑賀鉄砲衆の演武をご覧になっていたのですね。
私は、昨日 采配をさせていただいていた雑賀孫八です(^^ゞポリポリ
ご覧いただきありがとうございました。

昨日は、堺鉄砲隊はじめ種子島・葦北・会津・岩国・彦根・根来衆
そして雑賀衆と合わせて8隊の鉄砲隊が参加していました。
各地の鉄砲隊の諸先輩と交流させていただき有意義な一日でした。

また、堺の皆様の温かい声援に楽しく一日出演させていただきました。
ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
週刊朝日カルチャーシリーズ 名将の決断 NO32 10月25日号に
雑賀孫市や雑賀衆のことが載っているとの情報でしたが、
写真のとおりの表紙です。

敗者の誤算「石山合戦」
「聖戦を指揮した顕如・10年間のシーソーゲーム」
と題する特集です。

ほかに「徳川吉宗のウィン・ウィン戦略」なども特集されています。
こちらは、どうも勝者の戦略のようです。

よろしくお願いします。
>雑賀孫八さん

勝海舟寓居地の話、そうでしたか。
友ヶ島・加太、明治以降ではなく、江戸時代からもうそういう場だったんですか。これらの話はどこ・何で知ったのでしょうか?
コミュの趣旨からずれそうなので、この辺にしておきます。


〉k-5さん

雑賀孫市&徳川吉宗の話とあれば、読んでみなきゃなりませんな。勝者の戦略と敗者の誤算が理解出来そう。顕如って、門主だったのに、武田信玄みたいな格好していたんですね。
横須賀のサイカヤ・システム・テクノロジー って、雑賀孫市及び子孫と関係あるようですね?!21世紀の雑賀衆になるのかな?


〉もりちゅ〜さん

堺市でも雑賀衆の演武があったんですね。雑賀孫市も当時の堺市を訪ねて、火縄銃や情報を仕入れたりしていた可能性は高いですし。千利休らと会っていたのかな?堺市周辺で、何か雑賀孫市関係情報でもあればいいです。
写真をUPして頂き、どうもありがとうございます。



あと、コメント3では読みやすいよう改行したつもりが、読みにくくなってしまい、どうもすみません。
前日、「のぼうの城」で有名になった忍城(埼玉県行田市)へ行ってきたのですが、資料館もあります。そこで、「忍藩主松平家と東照宮」という特別展がありました。

展示を観ていると、その中に手拭型の兜が展示されていたのですが、なんと「・・・雑賀鉢の一種・・・」と書いてありました。それで、よく確認してみると、以前、和歌山市の資料館で観た雑賀鉢に見られた特徴がはっきりと確認出来ました。
こんな遠い所まで、雑賀鉢の技術が伝わっていたのかと驚きましたね。


恐らく、他のお城・資料館でもたまに雑賀衆関係品などが展示されている可能性があるでしょうから、このような情報があればUPして下さい。
のぼう&孫市さま

情報ありがとうございます。

>こんな遠い所まで、雑賀鉢の技術が伝わっていたのかと驚きましたね。

雑賀衆が全国に散らばって活躍したからでしょうか・・・
全国に雑賀鉢は、伝わっていますね。

有名な後ろ立の付いた雑賀鉢は、熊本の島田美術館にあります。
よろしくお願いします。
>雑賀孫八さん



「のぼうの城」になんと雑賀衆が出てきますが、実際に忍城まで行っていたのか、作家の作り話なのか不明ですが。

全国に伝わっているんですね。そういう情報は、雑賀衆&孫市ファンのため、雑賀衆&孫市の知名度&人気UPのためにも、どしどしUPしてもらいたいですね。

写真の雑賀鉢は知りませんでしたが、とても目立っていますね。孫市辺りが使っていたのだろうか?島田美術館は熊本城の近くにあるのでしょうか?
来春、九州新幹線が直通するので、そのついでに福岡城・熊本城・鹿児島城へ行こうと思っていた所です。熊本は熊本城以外見所が無いと思っていましたが、コースに入れなきゃ!(^_^;)
「小太郎の左腕」、キャッチフレーズに「・・・銃を・・・」とあったので、火縄銃関係だと思っていましたが、戸沢家と児玉家・・・とあるので、雑賀衆とは関係ないと思っていました。けど、先程↓のHP・和田竜さんとオノ・ナツメさんの対談を読んでいると、「小太郎」はどうも雑賀衆の天才スナイパーなんだそうです。という訳で、読んでみようと思いました。皆さんも読んでみよう!
http://bp.shogakukan.co.jp/ryo-wada/

雑賀衆は実際、戸沢家・児玉家の戦いに関係していたのでしょうか?
発売は先月末だったんですがあせあせ今日ようやくチェックできたので。

PHP研究所が出版している月刊誌「コミック大河」という歴史漫画の雑誌の、現在発売中の号では巻頭カラーで雑賀衆の特集が組まれています。
雑賀衆をよく知らない人にも分かりやすく基本的な事から書かれていて丁寧な感じでした。
ちなみに雑誌の表紙も孫市さまですうれしい顔

この雑誌では以前から雑賀衆が主役の漫画が連載されていたのでその流れのようですが、途中から見始めたせいか、主人公が実在の人物なのか架空の人物なのか私には分かりませんあせあせ
単行本も先月出たのですが…田舎だからか見かけた事がありません…PHPの本なのでコミックでなく書籍扱いなのかとも思いましたが書籍の棚にも見当たりませんでしたたらーっ(汗)

雑誌の方はコンビニでもよく見るので、興味持たれた方はぜひどうぞ。
孫一の子孫なんですが
一族だけが持ってる伝記ならありますけど

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