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ハト小屋コミュの平成19年11月5日(月)午前1時13分

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(2007.11.07)

AI - ONE

http://podcast.yahoo.co.jp/player/3ed45f548e1203636b3d6510d35561b3?m=series&u=http%3a//music.geocities.jp/nao34masa77/_gl_medias_/010.mp3

 「どんなに忙しくてもファンの応援がある限り頑張れるし、もっといい曲を作らなきゃって思うの」――AIはことあるごとにファンへの感謝の想いを口にしているが、しかし感謝しなくてはいけないのは、むしろこちらの方かもしれない。日本人離れしたエモーショナルでブルージーな歌声と黒いグルーヴ感、サラリと巧みにこなすラップ・スキル、圧倒的なダンス・パフォーマンス、意識せずとも自然と出ている本場仕込みのストリート感覚――それらすべてを完璧なまでに備えた日本屈指のR&Bシンガー、AIに出会えたことを。

 81年11月、日本人の父親と日本人とイタリア系アメリカ人のハーフである母親の間にLAで生まれたAI。3歳の時に鹿児島に移り、中学卒業後再度LAに移住。アート・スクールに入学しダンスを本格的に習得した他、ゴスペル・クアイアに参加して教会で歌ったり、ガールズ・グループを組んで精力的に活動していたそうだ。入学当初は「学校が厳しくて毎日泣いていた」そうだが、しかしこの3年間での経験が今のAIの財産になっていることは間違いないし(ジャネット・ジャクソン「Go Deep」のPVに出演したり、メアリー・J・ブライジのバック・コーラスとして同じステージに立った日本人アーティストが果たして他にいるだろうか?)、他アーティストとは一線を画す彼女のオリジナリティはここでの彼女の努力があったからこそ形成されたのである。ポッと出のシンガーとは基盤からして違うのだ。

 アート・スクール卒業後、帰国したAIは2001年BMGよりデビュー。03年にデフ・ジャム・ジャパン(現ユニバーサル)に移籍し、シングル「最終宣告」をリリースする。USマナーに則った本格的R&Bの登場は当時の音楽シーンに多大なる衝撃を与え、この1曲でAIの名前は一躍多くの人に知られることとなる。同曲を収録したアルバム『ORIGINAL A.I.』はオリコン15位を記録し、04年の『2004 A.I.』は初登場3位という好成績をマークするなど、作品をリリースするごとにAIの実力はより多くの人に認知されていくが、それが決定的となったのが05年リリースのシングル「Story」。セールス30万枚、ダウンロード350万件を記録する大ヒットとなり、その年の紅白歌合戦にも出場。名実共に日本のトップ・スターとして君臨することとなる。その後も『MIC-A-HOLIC A.I.』(05年:初登場4位)、『What's goin' on A.I.』(06年:初登場2位)とアルバム・リリースを重ね、06年12月には日本武道館公演を敢行。しかし「武道館もただの通過点に過ぎない」と言い放ち、AIは更に貪欲に前へ前へと突き進んでいく。そんなAIの最新形がニュー・シングル「I'll Remember You/BRAND NEW DAY」だ。

 「悲しいことがあってもまた明日は来るし、立ち止まってちゃいけないじゃん。それに私のことをずっと見守ってきてくれた人――それはもちろんファンのみんなも含めね――は私が立ち止まりそうになったら「頑張れ!」って励ましてくれると思うしね。そういう人たちへの感謝の想いを込めて作ったんだ」という「I'll Remember You」、JALのCMにも起用された底抜けに明るく前向きなアップ・ナンバー「BRAND NEW DAY」、そのどちらかもAIの優しさと力強さに溢れており、聴けば自ずと励まされる逸品となっている。なによりどちらの曲からも彼女の嘘偽りのなさを感じることができ、その透明感に心揺さぶられてやまないのだ。そうしてやっぱりこう思うのである。AIに出会えて良かったと――。

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