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兄弟姉妹を亡くした人のコミュ。コミュの双子の兄の死

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僕は,双子,一卵性双生児の弟として生まれました。
小さい時から,兄貴がいつも隣にいる。そんな,生活でした。
いつもいつも,気付いたら隣にいる。喧嘩もするけど,仲が良い。
そんな2人でした。お互い負けず嫌いだったので,よくケンカしました。
よせばいいのに,いつもくっついてそして喧嘩して。。。
そんな生活が,当たり前でした。
子供のころから,ずーっとお風呂も一緒に入っていました。
それは,20歳を過ぎても。。。
当たり前。僕たちにとっては,それが当たり前でした。
でも,あの日を最後に,その当たり前な生活はやってこなくなりました。
前日の夜に,「ひろ,明後日待ってるからな。」その一言を最後に。。。
兄貴が交通事故にあったあの朝の光景。空気。鳥の鳴き声。。。
未だに,鮮明に思い出すことができます。
あの時は,自分を保つことに精いっぱいだった。。。
でも,今はとてもさみしい。。。
これから先,兄貴に会えない,兄貴と一緒に生活できない,そう思うだけで,とても切ない気持ちになります。。。

早く会いたいな。そんな気持ちもあるけど,でもそれはいけないこと。。。
俺は,今の人生を一所懸命生きて,そして兄貴にあの世で兄貴が経験できなかったことをたくさん,たくさん,自慢したいって思います。

コメント(3)

ひろさん

はじめまして。
ひろさんのお気持ちがよくわかります。
妹が危篤と聞き
苦手な高速を猛スピードで走りました。大雪積もる中を
恐さも忘れて飛ばし妹の所へ向かいました。

街は年末の忙しさで賑わっていましたが私の胸の中は言い表せない不安で渦巻いていました。今もあの日のことを鮮明に思い出すことができます。

そして、妹の寝顔、残像のように
妹の笑顔、言葉、妹との思い出だけが残りました。

私も二十歳を過ぎても時々一緒にお風呂に入ったり、本当に双子のように仲がよく‥お互いの存在を強く感じていました。

妹と居られたら楽しくて幸せでした。
私がいたら、苦しみも乗り越えられる元気でいられると言った妹でした。

どこを見渡しても、妹の思い出ばかりです‥なのにどこを探しても永遠に妹は同じ場所にはもう居ないのだと思うと、不意に涙が溢れます。
強い絆である私達がたとえ生前疎遠であったとしても

きっと永遠に見えない絆で結ばれ続けていくのだと感じています。

そして私達残された兄弟がこの世で
強く、幸せに暮らしていくことを望んでいることでしょう。
お兄様も妹も私達に悲しみだけを残して行ったわけではありませんね。

悲しみを超えて
優しさや慈しみの心そして強さを植え付けて行ってくれたのだと思わずにいられません。

ひろさん、自慢のお兄様を誇りに、思い出を生きる源に
頑張って生きて行きましょうね。

私も頑張って生きて行きます。

トピ立てありがとうごさいました。
これからも
よろしくお願いします。
ひろさん

初めまして

私も双子の兄を亡くしました

双子って本当に不思議ですよね

私は男女の双子なんでひろさんとはちょっと違いますがとても強いつながりを感じます。

当時私の3歳の長男が4ヶ月入院が決まりそのすぐ後、兄の病気が発覚して同じ病院に入院が決まりました

息子の付き添いの傍らで兄の看病も出来ました。

そして息子の退院の次の日に兄は天国へと旅立ちました。

私は結婚して兄の住む実家とは50キロ離れた場所に住んでいたし、もし息子の病気がなかったらこんなにも一緒にいられませんでした

忘れられない入院生活です


ひろさんは交通事故で亡くされたとの事、その想いは想像を絶します。本当につらい体験をされたんですね


ただ、この世に兄は居ないけどいつも兄がそばに居てくれてる気がします。

生きてる時は、当たり前に存在する兄との時間を大切に想っていませんでした

こんなに早くお別れするとわかっているなら…

こんなに大切な大切な人だったと後悔はつきません。


早くあいたいと私もよく思いますけど=死にたい

訳ではないので


ひろさんもそうだと思いますが


兄の分まで生きるってとっても共感出来ました。
私も、同じ境遇の者です。
今年の5月に双子の兄を病気で亡くしました。
今も、色々と思い出すたびに辛くなり、早く会いたいとも思ってしまいます。そんな事は考えてはいけないのは分かっているのですが、同じ日に生まれて、同じ環境で育ち、どこに行くのも何をするのも子供の頃は、いつも一緒で2人でいるだけで心強かったです。この辛くて寂しい気持ちを抱えて生活していく気持ちも、すごく分かります。
私も、兄が急変起こした5年前の事、それから最後まで病院のベッドで戦い続けた姿、今でも忘れる事は出来ません。丁度、新型コロナも流行してきた頃だったので、面会も最後の4年間くらいは出来ませんでした。
兄は、心肺停止により低酸素脳症で、話す事も食べる事も、物を認識する事や視力も、全身麻痺により身体を動かす事もできない状態でした。
幸いにも、耳の機能は残っていたので、何とか、自分が面会に行く時は笑顔になってもらいたくて、いっぱい、今までのようにバカ話をして兄も笑っていました。
今はなお、辛い悲しみの中にいますが、心配かけないように、しっかりと、歩んで行きたいと思います。あの世に、私も逝く時が来たら、いっぱい、笑い話のネタを持って行こうと思います。
その時まで、待っててねって、いつも、心の中で話しかけています。
お互い、このような境遇になる事も、何かの教えだと思いますので、一歩ずつでも前に進めるように歩んでいきましょう。

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