1920年の女性選挙権獲得後長い間休眠していたフェミニズムに新しい活力を与え、第二波の展開に大きな貢献をしたべティ・フリーダンの『フェミニン・ミスティーク』(1963)と、彼女が創立した女性団体NOW(National Organization of Women)が掲げた「メインストリームへの参加によって社会変化を」という運動方針は、リベラル・フェミニズムの基本的考え方を簡明に表現している。
ラディカル・フェミニズムは、内部にいろいろな異なる流れを包含するものであり、簡単にまとめてしまうことは不適切であるが、多くの面で、リベラル・フェミニズムおよびマルクス主義フェミニズム、さらに異性愛中心のフェミニズムに挑戦するものであったと言える。 ラディカル・フェミニズムが提起した重要なテーマ、 「個人的なことは政治的(The personal ispolitical)」は、1970年代にアメリカ全土に広がったCR運動におけるスローガンとなった。リベラル・フェミニズムが「公領域における女性差別反対」を中心とする議論を展開したのに対し、ラディカル・フェミニズムは、このような公私二元論を批判した。出産、育児、家事、愛、結婚、セクシュアリティ等の日常的、個人的なことも社会的・政治的であり、そこにも男の力は作用している。