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私の勉強部屋コミュのPDF フェミニズム理論の現在 アメリカでの展開を中心にホーン川嶋瑳子

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フェミニズム理論の現在 アメリカでの展開を中心にホーン川嶋瑳子 http://www.igs.ocha.ac.jp/igs/IGS_publication/journal/03/03_02.pdf

wikiにプロフがありましたす。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%B7%9D%E5%B6%8B%E7%91%B6%E5%AD%90

他の本とかも読んでみたいような。

PDF 24ページ。


はじめに 20世紀後半の人類史は、人種、民族、性、セクシュアリティ、身体特徴等による抑圧からの解放、差別の撤廃を求めるさまざまな運動の高まりによって記録される。

なかでも、第二波フェミニズムは、1960年代の後半に、男女の力関係の非対等の変更を求める運動および理論として登場し、2、30年という短期間の間に、社会、経済、意識、家庭、あらゆる領域での根幹的変化を生み出してきた。人類史上初めての、女性が推進主体となった運動という点で、そして、その変化の全域性、深さの点で、さらに先進国のみならず地球的な広がりを見せている点でも革命的という表現に値する。

20世紀後半は、また、思想史の面では、人類の進歩を信じ支えてきた近代思想、科学性を主張してきた近代の知が、力や利害関係と結びついていることが暴露され、被支配的グループからの支配的グループの知に対する挑戦と、異なる知の主張が展開された時代でもあった。

フェミニズムは、このような近代の知を揺るがす一つの重要な推進力となってきた。知、情報、情報テクノロジーが産業の中心となり、経済的、政治的、文化的支配力としての重みをますます増加させる中で、知は闘争の場となり、フェミニズムは知の変革を求める主要な参加者となっている。 フェミニズムは、抽象的レベルでは、(1)男女間には非対等な力関係があるという認識から出発して、その原因、プロセス、維持のメカニズムを分析し、(2)社会的、経済的、政治的、文化的、心理的変革をめざす、(3)理論と運動である、ととらえることができるだろう。

フェミニズムは、しかし、決して一枚岩的、単一的、体系的な思想・運動ではない。1970年代のフェミニズムは、女性の抑圧の原因の分析と解放への途を示す体系的、普遍的、決定論的理論の確立をめざしたとはいえ、女/男とは何か、男女の差異をどう見るか、現実の社会編成や個人と社会との関係をどう理解するか、ジェンダーに関して何が問題であるか、女性の不利・抑圧の原因は何か、平等とか解放とは何を意味するか、どうすれば変革できるか、等をめぐって異なる理論と運動を生んできた。要するに、feminismは、異なる仮設あるいは前提、価値規範、分析の視点、取り上げる問題、概念構成、言説、方法論を持つ異なるfeminismsの集合体である。

コメント(50)

社会主義思想と女性解放思想 自由主義思想が生み出した女性の権利要求思想に対して、そのアンチテーゼとして、社会主義思想からの女性解放思想の発展があった。

イギリスでは、産業革命の進展が最も早く、伝統的社会秩序は崩され、女性も賃金労働者となったり、家族という保護から放り出されて都市で放浪する女性や、売春によって生活する女性が大量に出現した。

賃金労働者となった女性も、著しい低賃金ゆえ賃金だけでは生活できず、売春へと強制された。
「女性問題」が、社会的な問題として認識されるようになった。

このような社会情勢の中で、改良主義的自由主義者ミルのような女性解放論が生まれたわけだが、他方で、社会主義思想は全く異なる女性論を生み出した。

シャルル・フーリエ、サン・シモン、等のユートピア社会主義者と呼ばれる人々による女性解放思想が登場し、特に、 「女性の解放を社会構造の改革とのつながりで取り上げ」、再生産に対する生産の優先、私有財産制や相続制度分析、家族分析等で重要な足跡を残した(水田1994,参照)。 マルクス&エンゲルスは、「人間の理性の中心性」「個人の自由と権利」を強調するリベラリズムと対照的に、 「人間自身は、かれらが生活手段を生産しはじめるや否や、すなわちかれらの身体的組織によって義務づけられている処置を講じはじめるや否や、みずからを動物から区別しはじめる」「諸個人がなんであるかは、かれらの生産の物質的諸条件に依存している」(1845−64/1992,pp.29−31)と述べ、衣食住の必要によって規定される人間の存在の肉体性/生物性、生活の物質性を中心にしたマテリアリズム(物質主義)を展開した。 「自律的個人」の集合体としての社会、労働市場での労働を自由契約として概念づけるというリベラリズムの個人観、社会観に対し、マルクスにとって、生産をめぐる諸関係が社会構造を構成する。

資本主義社会は生産手段の所有の有無が生み出す二階級が生産をめぐって対立する社会であり、両者の関係は搾取と抑圧を特徴とする。人は、個人の意志によって生き方を選択するのではなく、個人の意志から独立して、諸関係における位置によって生き方を規定される。国家の中立性に対し、国家は資本家階級による支配装置として概念づけられる。マルクスにとって、リベラリズムは、下部構造におけるブルジョア支配を維持するためのイデオロギー、つまり上部構造である。

アウグスト・ベーベルの『婦人論』(1879)は、女性問題についての最初のマルクス主義による分析とされている。本著では、女性問題は、結局資本制分析のなかに組み込まれ、女性独自の解放運動ではなく、女性たちに労働者運動への参加を呼びかけた。
マルクス自身は女性問題分析を直接取り上げなかったため、エンゲルスの『家族、私有財産、国家の起源』(1884)が、マルクス主義に立脚した女性問題、家族、再生産についての包括的分析の古典として読まれることになった。

マルクス主義の階級対立論、歴史性、弁証法、抑圧と解放理論、イデオロギー論等は、フェミニズムによる女性抑圧分析に多大な理論的影響を与えた。

『家族、私有財産、国家の起源』は、生産関係の変化が、財産所有関係の変化をもたらし、それは再生産の場である婚姻・家族形態の変化となり、男女間の力関係を変化させていったという、歴史的変遷を分析した。エンゲルスによると、原始共同体的社会は母権的であったが、生産の向上と共に発生した余剰物の産出が、 「私有財産制」を生み出し、男たちは、財産を自分の子供に相続させるため、集団婚から一夫一婦制に移行した。

「私有財産制の登場」はまさに女性の世界史的敗北であった。一夫一婦制において、個々の家族が経済単位になったが、女性は生産活動から切り離され、女性の家事労働は部族のためという公的性格を失い、夫である男に対する私的サービスとなった。妻は単なる男の情欲の奴隷/売春婦、および男のために子供を産む道具となった。女性の解放には、私有財産の廃止、女性の生産労働への復帰、社会の経済的単位としての個別家族の属性の除去、便宜婚から愛に基づく婚姻への移行、家事・育児の社会化が必要であるとした。
マルクス&エンゲルスの洞察は、生産関係、再生産関係、家族、主婦、生殖、セクシュアリティ、国家、イデオロギー等について、リベラリズムと対照的な分析を提示し、現代フェミニズムの展開に有益な分析視点を示唆した。

それを出発点としてマルクス主義フェミニズム、社会主義フェミニズムが生まれ、また、マルクス主義の抑圧理論から大きな影響を受けつつこれを批判し独自の女性抑圧分析と解放論を展開させていったラディカル・フェミニズム、さらに、ポスト構造主義、ネオマルクス主義の洞察を取り入れたマテリアリスト・フェミニズムへの発展を生み出していったことは後に述べる。
現代フェミニズム理論と女性運動 ●

アメリカの1960年代は進歩的時代であった。
黒人等の少数民族の平等の権利を求める運動、公民権運動が全国的規模で展開したが、それは、ベトナム反戦運動、大学改革を求める学生運動、労働者運動にも合流して展開し、また伝統からの解放、性の自由化を求める運動へと発展した。

しかし、かつて奴隷解放運動に参加した女性たちが経験したように、60年代の運動に参加していた若い女性たちは、やがて女性は周辺に追いやられていること、平等を求める運動の中に性差別があることを認識し、性差別撤廃を求める独立した女性運動を組織した。このようにして第二波女性運動が始まった。 フェミニズム運動と理論は、多様な視点、問題意識、アプローチ、ビジョンを持ったいろいろな運動・理論を含むものである。ここでは、大きく3つの流れにまとめ、主要な論点を摘出する。
リベラル・フェミニズム リベラリズムの思潮に立って、資本制社会制度の基本的構造を支持した上で、女性差別というような望ましくない部分を改良することにより、より良い社会を築いていこうとする。

古典的リベラル・フェミニズムの延長線上にあると言える。アメリカではしばしば主流派フェミニズムとも呼ばれるが、この派の「男女平等アプローチ」は国民の幅広い層に受け入れられ、多くの制度的改革を達成してきたと言える。

1920年の女性選挙権獲得後長い間休眠していたフェミニズムに新しい活力を与え、第二波の展開に大きな貢献をしたべティ・フリーダンの『フェミニン・ミスティーク』(1963)と、彼女が創立した女性団体NOW(National Organization of Women)が掲げた「メインストリームへの参加によって社会変化を」という運動方針は、リベラル・フェミニズムの基本的考え方を簡明に表現している。

リベラリズムの「理性的人間観」「個人主義」「公私分離原則」を基本的には受け継ぎ、しかし、公=男、私=女という性分業が女性の経済力を奪い、女性を従属的地位に置いたとして、その解体を求め、女性の公領域への進出、特に経済力を獲得するための労働参加に重点を置いた。

労働市場にある雇用差別や賃金差別の撤廃、性による職種分離(セグレゲーション)の解体を要求した。教育の機会の平等保障を要求し、女性たちが教育を通して男性と同じ職業的能力を身に付け、職場に進出するという、自己改善と自助努力を強調した。
かし、個々人の努力だけでは社会変化は容易に生じないことを認識し、社会的レベルでの女性差別的制度の撤廃、社会慣行の変更を求めた。NOWは、全国組織を持って、効果的に、世論、メディアへのはたらきかけ、議会へのロビー活動を展開した。

また、男女平等を保障するための制度的改革をめざして政治への参加を奨励した。
リベラル・フェミニズムの「男女平等アプローチ」は、広く一般に訴えるものをもち、女性たちが達成した労働の場、政治、教育への進出は特筆すべきものであった。

しかし、リベラリズムの伝統的考え方である公私分離原則を取り入れ、主として公領域における不平等の廃止を中心とし、男性を基準にして女性にも同等の権利を認めよ、という主張に対しては、批判も向けられた。

それは、第1に、私領域における労働分担の変更が進まないまま、男性を基準にして、女性が公領域に参加するという形であったため、女性たちは二重負担に苦しみ、スーパーウーマン・シンドローム(燃え尽き症候群)を生み出した。「性に対する中立的扱いの要求」は、結局「男を基準」とすることであった。
2に、公領域中心の分析であり、私領域は個人の問題としたことが、フェミニズムの視点から私領域を分析の対象にすることを妨げた。

家事育児問題の解決は基本的には、個人の責任であるとし、政策としてプライバシーの問題に介入して制度的解決を図るよりも、夫との共同分担の強調および家事サービスの市場化が主たる解決策とされた。
家族内での力関係、セクシュアリティ、男女関係、女性性も、私領域の問題として、十分な分析がされなかった。

第3に、有償労働中心の分析で、家事労働やケア的労働の無償性の問題、伝統的に女性の仕事とされてきた労働の低い評価に対し、十分な挑戦をしてこなかった。

ただし、1980年代に入って、女性が多い職の賃金の低さを是正しようとする意図からコンパラブル・ワース原則(同一価値労働同一賃金原則)が推進されたが、リベラル・フェミニズムもこれを支持している。 第4に、 「機会の平等の保障」が中心であり、個人の努力、自己実現に立ちはだかる制度的、構造的な障害を無視しているという批判である。これに対しても、 「結果の平等」を支持するように変わってきたと言える。
はいえ、リベラル・フェミニズムの「個人主義的アプローチ」は、エリート的な白人中産階級女性の声を代表しており、少数民族女性や底辺層の女性の必要を無視しているという批判が向けられてきた(リベラル・フェミニズムは、批判派からは、ブルジョワ・フェミニズムと呼ばれる)。

社会上層への進出を果たしパワーを手に入れたのは多くが白人中産階級女性であり、家事労働を担当して彼女たちの上昇を手助けしているのは、大半がヒスパニック系移民女性等のマイノリティ女性であるというように、女性間の階層化や、社会の基本的不平等構造の解体を目指していない。

近代思想において、リベラリズムに対するアンチテーゼとして登場したのがマルクス主義であったように、個人を中心とするリベラル・フェミニズムを批判し、アンチテーゼとして登場したのは、資本制における女性の抑圧の構造的側面を分析したマルクス主義フェミニズムと社会主義フェミニズム、家父長制を女性抑圧の中心概念としたラディカル・フェミニズムであった。

また、女性性/男性性の分析に大きな貢献をしたのは、精神分析を取り入れたフェミニズムであった(例えば、ジュリエット・ミッチェル1971;ナンシー・チョドロウ1978)。
ラディカル・フェミニズム、レズビアン・フェミニズム、文化フェミニズム●

1960年代後半の女性運動の高まりの中で、地域に根ざした小さなディスカッション・サークルが無数に組織され、日々の生活の中にある男女の不平等な力関係に目を向ける「問題意識喚起CR」(consciousness raising)を軸とする草の根的ウィメンズ・リブ運動が広がったが、これがラディカル・フェミニズムの流れを形成した。

ラディカル・フェミニズムは、内部にいろいろな異なる流れを包含するものであり、簡単にまとめてしまうことは不適切であるが、多くの面で、リベラル・フェミニズムおよびマルクス主義フェミニズム、さらに異性愛中心のフェミニズムに挑戦するものであったと言える。 ラディカル・フェミニズムが提起した重要なテーマ、 「個人的なことは政治的(The personal ispolitical)」は、1970年代にアメリカ全土に広がったCR運動におけるスローガンとなった。リベラル・フェミニズムが「公領域における女性差別反対」を中心とする議論を展開したのに対し、ラディカル・フェミニズムは、このような公私二元論を批判した。出産、育児、家事、愛、結婚、セクシュアリティ等の日常的、個人的なことも社会的・政治的であり、そこにも男の力は作用している。
れまで、公私分離イデオロギーのもとで私的なこと、個人のプライバシーとして触れられてこなかったこれらの分野にこそ、男女間の力関係の不均衡、支配服従関係があり、女の従属の原因があることを明らかにした。

ラディカル・フェミニズムは、女の抑圧の経験の共通性に基づくシスターフッド、連帯を強調した。

リベラル・フェミニズムが、既存の秩序の根幹的転覆というより、性差別や偏見の撤廃という社会変化を求めたのに対し、ラディカル・フェミニズムは、男女関係に関する根幹的変革の必要を主張した。

ラディカル・フェミニズムにとって、性による抑圧は、あらゆる抑圧の中でも(すなわち、人種、階級等による抑圧よりも何よりも)最も根源的、第一義的、普遍的である。ラディカル・フェミニズムは、性による抑圧の分析において、マルクス主義の「階級理論」「抑圧理論」に多大な影響を受けている。しかし、マルクス主義フェミニズムが生産関係、階級関係分析を中核とし、性関係を二次的にしか扱っていないことを批判し、ラディカル・フェミニズムは再生産関係、性関係を分析の中心に据えた。
960年代に進展した性解放は、個人の自由を求める社会運動の重要な一環を構成し、セクシュアリティを私領域から引き出し政治化した。

ラディカル・フェミニズムの古典ケイト・ミレットの『性の政治学』(1970)は、女性の抑圧に家父長制(patriarchy)という表現を与え、性の政治化と女性の抑圧の可視化の面で重要な貢献をした。

ミレットは、前述したように、家父長制を、「あらゆる領域で生じている、男による女の支配一般」と定義した(p.25)。つまり、「家父長が、男女を含むその所属員の上に持つ権利と義務」というそれまでの家父長制の用法を変更し、どの時代にも、どの社会にもあった女性抑圧を説明する、普遍的、非歴史的概念として使用した。ただし、ミレット自身は家父長制がどこから発生しているのか、またいろいろな領域における女の抑圧が全体的にどう関連しているのかの説明をしなかった。
家父長制という用語は、ラディカル・フェミニズムのみならず、フェミニズムの中に広く用いられるようになり、このような家父長制の起源の追究、態様や構造の分析は、1970年代から80年代半ばまでのフェミニズム理論の中心テーマとなった。その究明が、女性解放の道を示すものと考えられたからである。
シュラミス・ファイアストーンによる『性の弁証法』(1970)は、生産関係を社会編成の土台として、階級関係における矛盾が歴史を動かすとしたマルクス主義史的唯物論のフレームワーク、特にエンゲルスの『家族、私有財産、国家の起源』を援用し、 「性の弁証法」を提示した。

すなわち、男女関係を再生産のための生物的階級関係とおさえ、生殖/再生産関係が社会編成の土台であるとして、性関係における矛盾こそ歴史を動かすと分析した。

家父長制は生物的性/生殖関係の不平等に起因するから、女性解放には、まず第1に、生殖テクノロジー等による再生産の手段のコントロールを女性の手に入れること、第2に、生物的家族の消滅、経済的単位としての家族の消滅が必要であると主張した。

人類学者は、考古学的研究や異なる文化の研究から家父長制の起源を追究した。

例えば、ミッシェル・ロザルド(1974)は、公私分離により女が生産活動から切り離されたことが、男の力の源泉となった、公私分離の程度と男女平等度とは関連していると説明した。レヴィニストロースの洞察を受けた、ゲイル・ルービン(1975)による女の交換論も示された。

精神分析からは、ナンシー・チョドロウ(1978)が、母親が育児担当であることを通して、男/女らしさが再生産され、女が母親業を引き受けるようになり、性役割が再生産されると分析した。

そして、女性解放のためには、男女が親業を対等に分担し、子供が両親と同じように接するような家族の編成が必要であると主張した。
クシュアリティを通した女の支配として、スーザン・ブラウンミラーによるレイプ分析(1975)、アンドレア・ドウォーキンによるポルノやインタコース分析(1979&1987)、キャサリン・マッキノンによるセクシュアリティ研究(1989)等がある。

これらは、リベラル・フェミニズムに欠落していた、セクシュアリティを通した女の支配、男/女らしさの枠はめ、女の体のコントロール(ポルノ、レイプ、女に対する暴力等)を分析した。

マッキノン(1989,p.3)は、セクシュアリティこそ男の力の源泉であるとした。 「セクシュアリティがフェミニズムにとって意味するものは、労働力がマルクス主義にとって意味するものと同じである。」労働力は、労働者にとって最も自己のものでありながら、最も奪われている。

それと同じように、 「女のアイデンティティは、セクシュアリティと結び付いているから重要である。しかし、不幸なことに、女のセクシュアリティは最も自己のものでありながら、最も奪われているものである。」女のセクシュアリティは自分自身のためではなく男のために構築されている。男はセクシュアリティを通して女を支配する。
一方、レズビアン・フェミニズムは、女性の抑圧の根源を異性愛主義にあると主張した。また、フェミニズムにある異性愛中心主義を批判し、セクシュアリティをめぐる対立はフェミニズムに深刻な分裂の危機をもたらした。

ラディカレズビアンズによる「女に同一化する女」は、男を女の抑圧者とし、ヘテロの「女たちは男に自己同一化し、彼を通して生き、彼の自我から自己のアイデンティティ、地位、力、成功を獲得する」のであり、「抑圧者と一対一の関係で我々を縛るヘテロ構造と向き合うことなく女を解放しようとする」ことは幻想であり、男によって与えられるアイデンティティから脱出するためには、女が女と結び付き、我々自身に同一化し、自己およびお互いについての新しい意識を作り出すことこそが中核であると論じた(1973/97,p.156)。
の抑圧は女の本質の抑圧から生じるとし、女性蔑視の既存の価値観や秩序に対抗し、女性文化を高揚し、女の原理に基づいた社会変革をしようという流れを、アリス・エコルス(1983,pp.441−6)は文化フェミニズムと呼び、ラディカル・フェミニズムと区別する。

男の支配の制度化である「強制異性愛」を批判し、家父長制に汚染されていない「女の本質」に基づく女のアイデンティティの回復こそが必要であると説く。

特に肉体的存在としての女の生命力、母親としての生命を育む力は女の力の源泉である。女の直感、感覚、情感、主観、順応性、生殖力、ナーチャー(nurture)、自然への近さ等は、これまで、男性文化(理性主義、客観主義、自然の克服等)によって低い価値に評価されてきたが、これらは女の力であり、人類社会の価値であるべきだと主張した(アドリエンヌ・リッチ1977&1986;メアリー・デイリー1978,等)。リッチ(1979)は、セクシュアリティに基づく「性的アイデンティティ」ではなく、男の支配に反対して女に同一化し連帯するすべての女性を含み入れる「政治的アイデンティティ」としてのレズビアニズム、 「レズビアン連続性(lesbian continuum)」という考え方を示した。レズビアンについてのこのような広いとらえ方に対しては、反論が出され、レズビアンとは誰なのかという議論、アイデンティティ・ポリティックスをめぐる論争を生み出してきた。
リッチは、また、男の支配下に置かれている「制度としてのマザーフッド」ではなく、 「女の経験としてのマザーフッド」に女の力を見た。フェミニズムの価値観に基づくオルタナティブな文学、音楽、芸術、スピリチュアリティ、マザーフッド、生殖、身体、健康が追及された。

男のためではなく女自らのためのセクシュアリティの探求も行われた(例えば、キャロル・ヴァンス他編1984;アン・スニトウ他編1983)。

ただし、女についての本質主義の主張に対しては、批判が向けられた。

一つには、女性文化、女性価値の高揚をいくら強調しても、社会の基本構造が変わらない限り、女性文化、女性価値の縁辺化を継続してしまうこと、女性を劣位に置く男/女の二元化を切り崩すのではなく逆に維持してしまうというアメリカでの展開を中心にのである。

より深刻な批判は、女性文化、女性主体、女性の経験といっても、しょせん、家父長制社会の産物なのであり、そこからどのように逃れられるのだろうか、という疑問である。さらに、特にマイノリティ女性からの、本質主義は女の間の差異を無視するという批判がある。これらの議論については、ポストモダンのところでより詳細に論じる。
マルクス主義フェミニズムおよび社会主義フェミニズム ●

エンゲルスの『家族、私有財産、国家の起源』は、生産関係と共に再生産関係の分析をしたが、その後のマルクス主義は生産関係と階級分析中心となり、再生産関係と性関係は階級関係に従属させられてしまった。

女性の不利ももっぱら労働者としての女性問題が中心課題となり、再生産関係がほとんど射程外に置かれたため、女性の抑圧の分析がはなはだ不十分なものとなってしまった。

1970年代のマルクス主義フェミニズムは、マルクス主義の生産関係分析、階級理論を中心にした史的マテリアリズムに、再生産関係、性関係の分析を取り入れる試みから始まった。

特に、資本制における再生産労働(家事労働、育児等)の位置づけ、資本制と家父長制との関係をめぐって、議論が展開した。 エンゲルスは、女性の家事労働は原始共同体的社会においては、公的性格を持っており、それが女性の力の源泉となっていたが、一夫一婦制となって、公的性格を失って男のためにする私的サービスとなった、と分析した。

現代マルクス主義フェミニズムの初期に始まり、現在にも継続している議論として、まず、再生産労働の資本制における意味をめぐっての論争、家事労働論争があった。マーガレット・ベンストン(1969)は、資本制における女性の家事労働は非生産的である、なぜなら主婦は賃金労働者ではないし、利潤のもとである剰余価値を生み出さない、と主張した。

それに対し、マリアロザ・ダラ・コスタ(1972)は、 「主婦も労働者」と述べ、再生産労働は資本に利潤を生むから、資本のための労働であるとして、再生産労働を担当する女性にも労働者としての賃金が支払われるべきであると主張した。
主婦の再生産労働は、資本蓄積過程の構成要素であるというダラ・コスタの斬新な分析は、その後の再生産労働分析に大きなインパクトを与えた。

エリ・ザレッキ(1976)によると、女性の抑圧は、資本制が生み出したものではなく、家父長制は資本制に先行するが、資本制によって公私分離が明確化し、生産は男性、再生産は女性という分担になったため、女性の従属が強化された。しかし、女性の再生産労働は男性のためではなく、資本のためである、と言う。

資本制はプロレタリアと主婦の両方を作り出した(アン・オークレー1974)。クリスティーヌ・デルフィ(1981)は、家内制生産様式による女性の生産力、再生産力の搾取こそ女性の抑圧の根源であると言う。
資本に利潤を生み出す労働として生産的労働のみをとらえていた伝統的マルクス主義の労働概念は、再生産労働を分析に取り入れるように拡大されたとはいえ、女性の抑圧はあくまで資本制との関係で論じられた。

女性が行う再生産労働の無償性が、家庭内でも、社会的にも従属的な女性の地位を規定していること、また再生産労働担当者であることが、労働者としての女性の二次性、搾取と関連していることの分析が行われた。

しかし、再生産労働の評価の問題、女性労働者の労働力予備軍としての位置づけ、雇用調整役、低賃金の底辺労働者の分析、等は、マルクス主義フェミニズムの枠を越えて、フェミニズム全体にとっての重要課題となった。 資本制を社会組織の第一次的編成要因とする伝統的マルクス主義の流れに立ちながら、女性の抑圧の分析を取り入れたのがマルクス主義フェミニズムであった。しかし、マルクス主義フェミニストの一部は、マルクス主義がジェンダー分析を二次的にしか扱わないことを不満とし、よりパワフルなジェンダv−一・・論を取り入れる努力をした。マルクス主義理論の基本的枠内に留まろうとするマルクス主義フェミニズムに対し、特にラディカル・フェミニズムによる女性抑圧分析の洞察を取り入れてより包括的理論を構築しようとする試みは、社会主義フェミニズムと呼ばれる流れを作り出した。
「女性問題にフェミニズムの答えを提示するために、マルクス主義の方法論をフェミニズム的に解釈して用いる」(ジュリエット・ミッチェル1971)試みがされた。

ミッチェルは、フロイド理論をマルクス主義に取り入れた。
ラディカル・フェミニズムは、男による女の支配の制度化を家父長制と呼び、あらゆる抑圧の中でも第一一義的であり、社会の第一次的編成要因であるとした。

資本制と家父長制の関係をどう理解するか、社会の編成原則としてどちらがより一次的かという問題、あるいはフェミニズムとマルクス主義の関係は、まさにフェミニズムの根底の論争点となった。社会主義フェミニズムは、ラディカル・フェミニズムによるジェンダー関係分析の洞察を取り入れつつ、しかし、ラディカル・フェミニズムの家父長制理論の生物的決定論的、普遍主議的、非歴史的見方を修正し、史的マテリアリズムを基礎にしたジェンダー論の構築を試みた。
ハイディ・ハートマン(1981)は、マルクス主義フェミニズムについて、 「階級優i先のマルクス主義と、ジェンダー関係中心のフェミニズムの結婚は、両者の対等な結合ではなく、マルクス主義がより強力であり、結局、フェミニズムにとっては不幸な結婚であった」と評し、両者のより適切な結合を提唱した。

例えば、家事労働を担当するのが女性なのはなぜか?労働市場でより高賃金で高い地位の職に就くのは男性であり、低賃金の職にいるのは女性であるのはなぜか?といった問いに対し、マルクス主義フェミニズムは説得力のある説明を提供しない。家父長制を取り入れることによって初めて、より適切な説明が可能となるとし、資本制と家父長制の相互関連の分析が必要であると提案した。

マルクス主義フェミニズムの資本制中心議論、ラディカル・フェミニズムの家父長制中心議論(いわゆる一元論)に対し、社会主義フェミニズムは、資本制と家父長制の関係について、2つのアプローチを提供した。第1は、二元論(二元的結合論)である。資本制社会における女性の地位は、資本制と家父長制の両者の作用の結果であるとして説明する。

ただし、家父長制はイデオロギーか、物的かをめぐって議論が闘わされた。ミッシェル・パレット(1980)は、家父長制の性格について、男による女の支配のあらゆる形という広いとらえ方に反対し、より狭義に、ジェンダー・イデオロギーであるとしてとらえ、女性の抑圧におけるイデオロギー作用の重要性を強調した。性分業を支える家族を自然化するイデオロギー、ジェンダー化された主体を構築するイデオロギーは、資本制経済関係に基礎を置いており、両者は根幹的に連結している。
一方、ハートマン(1981)は、資本制が労働分業を生み、家父長制が男女の配置を決定するのであり、家父長制は単なるイデオロギーではなく物的基盤を持つと論じた。

第2は、統合論である。資本制は本質的に家父長制的であり、女性の縁辺化、二次労働力化は資本の本質的性質を構成する。

家父長制的資本制(アイリス・ヤング1981)や女性は性的階級であるとする資本制的家父長制(ジラ・アイゼンスタイン1979)という統合理論が提示された。マリア・ミース(1986,p.57)は、資本制は家父長制の最新の発展であること、資本蓄積のプロセスは家父長制的関係なしには機能しないのであり、資本制は必然的に家父長制的であると主張した。

ジェンダーを無視するマルクス主義との結婚ではなく、むしろマルクス主義の中に女性抑圧分析を位置づけること、フェミニズムによるマルクス主義の修正、マルクス主義のジェンダー化の試みが展開された。

マルクス主義フェミニズムは、マルクスの「生産」概念を受け入れたため、伝統的に女性の活動とされてきたものの分析をやり残したと指摘された。メアリー・オブライエン(1979)は、マルクス主義は、再生産活動について社会性、歴史性を否定し、肉体的で自然な活動、したがって非歴史的活動とし、生産活動の外に置いたため、史的分析から落としてしまったと分析し、 「生産」を「再生産」で拡大することによってマルクス主義の修正を試みた。リンダ・ニコルソン(1987)は、マルクス理論における中核概念である「経済」や「生産」の概念のあいまいさを指摘する。 「生産」には、商品の生産活動、物品の生産活動、生存に必要なすべての活動(家族内で行われる再生産活動も含む)という3つの用法が見られるが、再生産活動を「経済」分析から外してしまったために、ジェンダー関係の分析が不適切となった。そこで、資本主義前の社会家族関係を「経済」の中に取り入れ、親族/家族がどのようなプロセスで「経済」から切り離されていったかについての分析を通して、ジェンダーをマルクス主義に取り込み、修正していくことを提案した。
しかしながら、このような方向からのフェミニズムによるマルクス主義の修正の試みは、1980年代半ばころには、理論的袋小路であるという見方が強くなった。

家父長制概念が包含した理論的混乱と、家父長制と資本制を接合させようとした諸々の理論化の試みに伴った混乱に加え、人種やセクシュアリティ等を取り入れた理論化をいかにして発展させるか、という一層複雑で困難な問題にも直面した。 社会主義フェミニズム、マルクス主義フェミニズムの理論家の一部から、ポスト構造主義を取り入れた新しい理論を構築しようとするグループが現われた。マテリアル・フェミニズムについて述べる前に、家父長制概念の問題点について触れよう。
家父長制からジェンダーへ 家父長制とは何か?

どこから生じているのか?構造か、それともイデオロギーなのか?資本制とどう関係しているのか?これらをめぐって1970年代のフェミニズム理論は展開してきた。

家父長制は、女性の抑圧に表現を与え、可視化し、その分析こそフェミニズムのエネルギーを結集させるものであった。

しかし、次第に、家父長制概念の不適切さが指摘され、フェミニズムに理論的混乱をもたらしているものとして認識されるようになった。

第1に、ラディカル・フェミニズムによる普遍的、非歴史的な家父長制概念では、歴史的、文化的、人種的、民族的、階級的な女性間の差異を説明できないという指摘である。

ブラック・レズビアンのグループ、コンバヒー・リヴァー・コレクティヴによる『ブラック・フェミニズム声明』(1977)は、人種、セクシュアリティ、階級による抑圧は、ジェンダーによる抑圧と連関しており、これらの同時的、インタラクティヴな作用が黒人女性の生活の条件を規定していることを強調した。

このようなパースペクティヴは、ジェンダー、人種、セクシュアリティ、階級による抑圧の重層的、連関的分析こそを必要とするのであり、すべての女性が共通に経験する家父長制という第一・次的システムがあり、そのシステムの中で異なる女性が異なる経験をするという考えや、社会主義フェミニズムのような、資本制と家父長制を軸として、それに人種やセクシュアリティを追加しようとするアプローチを不適切にする。

またフェミニズムが国際化するにつれ、第三世界からも、現行のフェミニズムは、先進国の白人・中産階級・異性愛の女性たちの経験に基づくフェミニズムであるという批判が高まった。

異なる立場にある女性たちが、人種、階級、セクシュアリティ、民族、国籍等の絡み合いの中で経験する様々な抑圧をいかに説明するか?という重要な問題提起は、新しいアプローチの追究を促した。
第2に、マルクス主義フェミニズム、社会主義フェミニズムは、家父長制を資本制分析の中に取り入れることにより、家父長制概念を歴史化、非普遍化したが、家父長制概念は、生産関係に従属的な家父長制、あるいは生産関係の外側に置かれる家父長制であり、いずれにしろ、主として生産関係との関係で論じられる家父長制であった。

また、資本制と家父長制の関係についてのそれまでの説明は、前述したように、決して満足のゆくものではなかった。

加えて、古典的マルクス主義自体、ポスト構造主義からの批判を受けて、また現実の政治、経済、社会情勢が変化していく中で修正されていった。特にイデオロギー、言語、文化、知への関心が高まり、ポストマルクス主義の思潮を作り出した。マルクス主義フェミニズム、社会主義フェミニズムにおいてもこれらを分析に取り入れる努力がされたが、構造として把握する家父長制概念は、そのための道を開くものではなかった。
第3に、このような全般的動きの中で、1980年代からは、特に次に述べるように、知の客観性、真実性を否定するポストモダニズムに影響を受けたフェミニストたちの間で、伝統的な学問的知が女性を縁辺化してきたことを認識し、これに挑戦していこうとする上で、このような家父長制概念を伝統的社会理論に上乗せするのでは不十分であるという認識が強まった。

より適切な家父長制の概念化を追及すべきか、それとも新しいアプローチが必要なのか?シルヴィア・ウォルビィ(1990)は、女性の抑圧の説明に家父長制概念が必要であること、ただし、より適切な概念化のために、家父長制の単一原因モデル(例えば、ファイアストーン:生殖、デルフィ:家事労働の搾取、リッチ:強制異性愛制度、ブラウンミラー:男の暴力やレイプ)に代わって、部分的に相互依存的で歴史的、文化的多様性のある6つの構造(生産様式、有償労働、国家、暴力、セクシュアリティ、文化)からなる家父長制概念モデルを提示し、これらの要素の交差の仕方によってその態様や作用が変化するという、家父長制概念の拡大、多様化、流動化を試みた。
それに対し、アッカー(1990)は、構造としてとらえる家父長制は、いかに拡大しても、伝統的社会理論の根幹的修正の可能性がないと言い、むしろジェンダーへと焦点を移したアプローチの方が、より強力な武器を提供するであろうと示唆した。

前出の「肉体的差異に意味を付与する知としてのジェンダー概念、さらに社会編成原則としてのジェンダー概念」(スコット1988)、また、ジョーン・アッカー(1990)の「すべての社会関係はジェンダー化されている」という洞察は、次項で見るように、その後の理論的展開に大きなインパクトを生んだ。エイミー・ワートン(1991)は、家父長制概念に代わって、社会構造・文化の編成原則としてのジェンダーと、アイデンティティの編成要因としてのジェンダーの結合に注目、構造とエイジェンシー(行為者)の相互プレーとしてとらえるべきであると提起した。
会学者や人類学者によるフェミニズムにおいては、イデオロギーや意識を取り入れてきたとはいえ、家父長制概念は第一次的には構造として把握され、文化や主体を規定すると考える傾向が強かった。

しかし、現実も、主体も、文化や知も、言葉や言説の中で構築されるというポストモダン的な考え方の影響が強まる中で、フェミニズムの関心も、資本制とか、家父長制という社会構造についての決定論的モデルから離れ、文化、主体、セクシュアリティ、エイジェンシーの問題へと移行した。

パレットは、これを、フェミニズムの「文化への転向」と形容した(1992)。 このような展開は、知、文化、主体、セクシュアリティ、エイジェンシーの分析には、家父長制概念では限界があるという認識を強め、むしろジェンダーを知/力と結び付け、主体の構築および社会組織の編成にどのようにジェンダーが作用しているかを分析していこうとするパースペクティブを開いたと言える。
フェミニズムとポスト構造主義/ポストモダニズム ラカン、フーコー、デリダ等、主にフランスを中心に発展してきたポストモダン/ポスト構造主義と呼ばれる思想は、西欧近代思想の根底を揺るがす挑戦を投げかけてきたが、1980年代には、アメリカの思想界にも大きなインパクトを与え始めた。

フェミニズムにおいても、ポストモダニズムが提起する問題をどのように受けとめるか、その洞察をどのように取り入れ、新しい理論を構築していくか、という新たな課題を軸に展開してきた。 フェミニズムは、上述したように、西欧近代思想の中で誕生したものであるが、近代思想自体の中に女性無視や差別が組み込まれていることを発見し、その修正を要求する思想として、また近代社会の枠組みの変革を求める運動として展開してきた。

西欧近代思想を批判し、その土台を切り崩し、不安定化することをねらうポストモダニズムは、フェミニズムに新しい視点と活力を吹き込んだ。

なぜなら、フェミニズムも、近代西欧思想への挑戦という面で、ポストモダン思想と共通の関心を持っているからである。非西欧の思想(第三世界フェミニズム等)、マイノリティの思想(非白人フェミニズム等)、ホモセクシュアリズム(レズビアン・フェミニズム等)も、近代西欧思想への挑戦、白人/異性愛/中産階級のフェミニズムへの挑戦という、転覆性を共有すると言える。
ポストモダン思想を積極的に取り入れたフェミニズム理論化を試みる流れは、ポストモダン・フェミニズムあるいはポスト構造主義フェミニズムと呼ばれる。

ポスト構造主義は、特に「主体」「知」「力」の分析の面で、フェミニズムにとって有益な洞察をもたらした。

近代的「主体」や「知」の枠組みを脱構築していこうとするポスト構造主義は、フェミニズムにとっても、既存の秩序に挑戦する新しい戦略を切り開くものであった。それは、近代的「主体」や「知」の概念こそは、ながらく女性を排除、歪曲し、劣位に置くように機能していたものであり、したがって、このような女性にとって抑圧的な「主体」「知」を批判していくことは、重要な闘いの場であるという認識からであった。 しかしながら、「女」という主体、アイデンティティ、カテゴリーの否定や、女の抑圧を説明しようとする体系的理論の放棄に対しては、強い反対がある。

フェミニズムが理論的土台とするものを切り崩しかねないし、また「女」の運動を不可能にしてしまうという危惧である。

ポストモダン思想を否定する動きと、ポストモダン思想を積極的に取り入れたフェミニズムを理論化しようとする動き、そしてそれはどのような形で可能なのか、フェミニズムとポストモダンの出会いは、新たな問題を生み出している。
下で、「主体」と「知」をめぐる議論を中心に見てみよう。

女の主体、女というカテゴリー

近代ヒューマニズムが生み出した「人間」は、理性的、自律的、安定した、統一的主体であった。

フェミニズムは、このような人間は実際には男であって、女には男と同じ主体性、自律性、理性を認めず、より肉体的存在として蔑視されてきたことに抗議してきた。

男=主体、精神、理性、文明、自然の支配、光、知、分析、抽象、近代市民、権利主体、能動性、独立 女=客体、肉体、非理性、自然、大地、暗、無知・未知、直感、具体、非市民、非権利主体、受動性、依存というように延々と続く二項対置および上下化の解体をめざしてきた。

フェミニズムにとって、「女の主体化」の問題は、常に重要課題であった。

ボーヴォワールは、1949年に、 「男女関係においては、男は常に主体、女は常に他者とされている」と述べ、女が男を通して自己を位置づけるように社会化されている時、いかにそこから解放され、主体になれるかと問うた(1949/97,pp.12−13)。

ボーヴォワールによる問題提起以来、男=主体、女=客体という関係からの解放、そして女の主体化は、フェミニズムにとって闘いの目標であり続けてきた。 リベラル・フェミニズムは、男女の差の小ささを強調すると共に、教育、社会化を変更すれば、女も男と同じ理性的存在、主体になりうると主張した。ラディカル・フェミニズム、文化フェミニズムは、家父長制によって歪曲されていない「女の本質」(ナーチャー、関係性、自然との結びつき等)の価値化によって、男の支配に対抗することを主張した(例えば、リッチ)。

スーザン・ヘックマン(1990)は、男を基準にして女も男のようになるというリベラル・フェミニズムのモデルは、二項対置および上下化の縮小ではあっても解消にはならないし、 「本質的女」の主張というラディカル・フェミニズムのモデルも、二項対置を維持したまま、女上位、男下位へと上下化を逆転させるだけであると言う。

そして、男優位、女劣位の二元論と認識論の解体を目指すポストモダン・フェミニズムこそが採るべき途であると主張する。 ポスト構造主義的主体は、言語の中に生まれ言語を通して構築される主体(ラカン、クリステヴァ、シクスー)、書くことの結果としての主体、フィクションにすぎない主体(デリダ、イリガライ)、イデオロギーによってはたらきかけられ構築される主体(アルチューセール)、あるいは言説の中で構築される主体(フーコー)である。

普遍的、理性的、統一・的な近代的主体概念を否定し、歴史的存在であり身体的存在である人間概念、構築される主体、断片的、流動的、矛盾的な主体を強調するポスト構造主義は、フェミニズムに重要な洞察を提示した。 「女」を常に下位に置いてきた近代的主体概念の否定は、「女」を劣位から解放する途であると考えるからである。 また、ポスト構造主義フェミニズムは、統一的主体概念はアイデンティティの中にある複雑性を切り捨て、統一的なものへと還元してしまうとして、反対する。

女の主体/アイデンティティは、それぞれが置かれている状況においてさまざまな衝突と緊張の中で形成されるものであり、不安定で、矛盾的、不定的な、常にプロセスの中にある主体である。「女」の主体/アイデンティティの構築自体を、異議や闘争の場として見る。

したがって、主体が構築されていく政治的過程の分析が重要なテーマとなる。

ポスト構造主義フェミニズムは、また、 「女」という単一のカテゴリー/グループ化を問題視する。それは、女たちは、歴史的、文化的、階級的、人種的、性的差異によって、異なる経験をするのであり、カテゴリー化は女の間の差異を捨象してしまうからである。マイノリティ女性、レズビアン女性たちからは、単一の「女」は結局、白人、中産階級、異性愛の女を基準とし、他を排除した上で作られる概念であると批判した。
ニーズ・ライリー(1988)は、 「女」は不安定なカテゴリーであると言い、ジュディス・バトラー(1990)は、 「女」というカテゴリーはないと言う。バトラーは、 「女」というカテゴリーを何の疑問を持たずに使用することは、「女」というカテゴリーに意味づけすることに作用している力の存在を不可視化してしまうから、フェミニズムの可能性をあらかじめ閉ざしてしまうと主張する。

「女」というカテゴリーが、解放を模索するまさにその権力構造によってどのように生産され、また制約されているかを理解することが必要である。固定的なジェンダーは規範となり、それに合致するように人々を拘束し、あるいは合致しない者を排除する。ジェンダーはあいまいなもの、パフォーマティヴ、すなわち、主体がある状況下において反復的行為の結果として表現しているように見えるものにすぎない、と言う。

しかし、このような考え方は、カテゴリーによる規範的ジェンダーの拘束からの解放、女を下位に置くジェンダー階層からの解放となり、さらに女の間の差異を認めるという肯定面はあるが、他方では、女たちがグループとして受けてきた通史的、通文化的な抑圧についての体系的理論を構築するというフェミニズムのねらいを困難にする。

特に、ラディカル・フェミニズムの登場以来、女性運動は、女の抑圧の経験の共通性を基礎とするシスターフッド、連帯を運動の土台としてきた。抑圧の経験の差異の強調は、抑圧と闘うために、グループとしてどのように連帯して運動を展開していくかという難しい問題をフェミニズムに提起するものでもあった。

バトラーは、それに対して、状況に応じて連帯が形成される「開かれた連携」を示唆する。リンダ・アルコフ(1988)は、一定の「女」の定義を選択し運動を展開していこうとする「戦略的位置としての女」を提案している。


ポストモダン・フェミニズムは、 「女性や女性のアイデンティティという単一の概念をやめ、階級、人種、民族、セクシュアリティ等とからむ、複数で複雑に構築された社会的アイデンティティとして扱う。」単一性、統一性を強調した一般理論、メタナラティヴ的なフェミニズムに代わり、ポストモダン・フェミニズムは、差異や衝突と交差する、部分的、状況的、位置的な複数のフェミニズムであることを強調する(ナンシー・フレーザー&リンダ・ニコルソン1990)。
知とジェンダー 1980年代以降のフェミニズムは、「主体」と共に、「知」を問題としてきた。

近代の「知」は真理の発見とその表現であり、真理へと至る方法の客観主義、科学主義は「知」の中立性を保障するものであった。ポスト構造主義は、 「知」を「力」と結び付けた。

特にフーコーにとって、「主体」のみならず、 「知」も言説において構築されるのであり、それは力関係と結び付いている。

力は「知」に内在する。近代の「知」が前提したような絶対的真理というようなものは存在しない。

言説=知二力=利害関係という結び付きのうえに築かれる「真実のレジーム(体制)」があるにすぎない。

言説を通した力の戦略によって、主体の構築とその管理が行われ、制度へのはたらきかけが行われる。

このような考え方は、知の客観性、非利害性、ジェンダー中立性の仮定に挑戦し、知に潜む利害関係、力関係を露出する視点をフェミニズムに提供した。フェミニズムは早くから、女性が知の生産から排除されていることを問題にしてきた(例えば、アリス・ロッシ1965)が、1980年代からは、「主体」と共に、「知」を中心課題とした。

知は男の経験を中心として構築されており、女の経験はしばしば無視、歪曲、あるいは劣位化されてきた。また、客観的、普遍的、科学的理論として正当性を主張する近代の知の裏に、西欧中心主義、知の政治性、権力との結びつきが隠蔽されている。

フェミニズムは、近代科学がいかに女性を排除してきたか、知の中にいかに男性優位主義が組み込まれているかを明らかにしてきた(ケリー・フォックス1985;ロンダ・シービンガー1986)。
性を劣位に置く知をいかに切り崩し、新しい知を生産していくか?支配的文化すなわち男性の知に対抗するフェミニスト認識論の発展の試みとして、サンドラ・ハーディング(1989)は、フェミニズムは2つのモデル、フェミニスト経験主義(empiricism)とフェミニスト・スタンドポイント理論(standpoint theory)を示したと言う。フェミニスト経験主義は、知の男性中心主義は、方法論の不徹底さゆえにいろいろなところで入り込むバイアスの結果であるから、その排除のためには、より一層厳格な科学的方法の遵守が必要だと主張する(ハーディング1986)。

フェミニスト・スタンドポイント理論は、前者のアプローチでは不十分であるとして、「女の経験」を土台とした女の知の構築を主張する。ドロシー・スミス(1987,pp.105・一・8)は、女のスタンドポイントとは、女が社会で占めている位置において日々経験することを土台として世界を見ることから得る知であると言う。

ナンシー・ハートソック(1987)は、階級社会においては、生産関係において支配的階級の知が社会全体の知としての権威を獲得し、イデオロギー的にも支配するというマルクスの考え方を応用し、制度化された性による労働分業による女性の異なる経験を土台とするエピステモロジーを提唱した。女性の活動、特にマザーフッドは精神と肉体との統合的活動であり、女性の自己構築は近代思想の二元論に相対する。

日々の生活の具体性の価値化、自然との結びつきの尊重、他との結びつきや連続性の感覚等をもとにしたエピステモロジーによって男中心のイデオロギーと制度を批判し、解放的ヴィジョンの基礎とするという考え方である。

ドナ・ハラウェイのスタンドポイント理論(1985・90)は、本質的な「女」を前提にした「女の経験」に基づく知の主張ではなく、サイボーグという、ポスト・ジェンダーの世界の、機械と人間の混合物をメタファーとして用い、複数の動的なスタンドポイントからの知によって、普遍的、統合的理論化への反対、あらゆる二元的区別からの脱出を説く。ハラウェイは、ハートソックやスミスが展開したスタンドポイント理論に欠けていた、知を主張する主体の分析を取り入れ、近代的主体の脱構築を試みたと言える。
マルクス主義のマテリアリズム重視を維持しつつ、ボルトモダンの知や文化の分析と主体概念と接合し、主体の意識の構築性、知や文化のマテリアリティを強調するグループは、マテリアリスト・フェミニズムと呼ばれる流れを形成している。

知や文化は、意味の生産活動であり、人々の思考、現実の解釈の仕方、行為を導くものであり、それを通して現実に作用する。現実社会の構造の分析から文化の分析の重視へと移行したポストモダン・フェミニズムに異議を唱え、文化のマテリアリティを構造分析と結びつけようとする試みとも言える。

そして、古典的マルクス主義からポストマルクス主義への展開と並行している。

第二次大戦後からの半世紀に起こった世界の政治経済情勢の諸変化の中で、古典的マルクス主義は大きな批判を受け、理論的修正が行われてきた。

さらに、ポストモダン思想は、近代の啓蒙思想と共に、マルクス主義のメタナラティヴ性、科学性の主張にも挑戦した(リオタール1984)。ポストモダン社会に入り、知や情報が産業の中心となり、文化、知、イデオロギー、言語の分析が重要性を増す中で、古典的マルクス主義の下部構造の一次性、上部構造の二次性という考え方や、古典的階級概念は不適切であるという認識が強まり、マルクスのイデオロギー論の読み直し、アルチューセールのイデオロギー論、グラムシのヘゲモニー概念等による修正が試みられてきた。

エルネスト・ラクラウ&シャンタル・ムフ(1985)は、文化批判を取り入れた複数的「ポストマルクス主義」の理論の構成に大きな貢献をしたとされている。ポストモダン/ポスト構造主義者の多くは、マルクス主義を批判し、マルクス主義を通り過ぎた「ポスト・マルクス主義」であるのに対し、 「ポストマルクス主義」はポストモダン思想を取り入れた修正マルクス主義である。
性問題は、伝統的マルクス主義の理論的枠内で議論できるか?社会主義フェミニズムは、マルクス主義に、精神分析、性分業、家族論、ジェンダー化された主体を構築するイデオロギー論等を取り入れ、マルクス主義とフェミニズムの接合・統合を試み、さらにマルクス主義のジェンダー化を試みた。しかし、前述した理論的袋小路からの脱出、新しい道の模索は、ポストモダン思想との出会いの中で、文化、言語のマテリアリティを取り入れた理論化、マテリアリスト・フェミニズムを生み出した。
エイジェンシー

意味の構築は、 「支配、従属、否定、抑圧を伴う闘争の過程」である。

「ジェンダーは男女の肉体的差異に意味を付与する知であり」「知とは世界を秩序立てる方法であり、...・社会組織と不可分なものである。」(スコット1988,p.16)ジェンダーをめぐる知は、政治的闘争の場であり、時代、場所、状況によって生み出され、修正されていく歴史的現象としてとらえられる。

「社会編成原則としてのジェンダー概念」「すべての社会関係はジェンダー化されている」という洞察は、その後の理論的展開に大きなインパクトを生んだ。これまでジェンダーに中立的なものとして用いられてきた概念、用語が、実はジェンダー中立の表相にもかかわらず、社会理論の諸概念自体がジェンダー化されていることの分析が蓄積された。

それと共に、ジェンダーが、いかに、あらゆる領域で、一見ジェンダーと無関係に見られてきた社会的プロセス、構造の中に入り込み、社会組織の編成要素として作用しているか、多くの分析が行われた。

(例えば、 「労働者階級」や「市民」概念が、いかにして女性排除によって形成されたかの分析;軍隊、国家、組織、仕事等のさまざまな社会的組織とジェンダーの分析)。
女/男の意味づけをする文化的活動、言説活動は、女/男の主体を構築する。

そして、言説的に構築された主体の行為を通して、社会的現実が構築される。女/男の意味・主体をめぐってどのような知が構成されるかは、まさに言説/力の衝突を通した闘争の場である。

フェミニズムにとって、知の構築のプロセスにおける女の排除を批判し、女自身が知の生産者となることによって、女の不利を当然化している知を修正していくことが必要である。

我々は皆、知を学習していくわけだが、しかし知こそが女性劣位を包含している時、我々の思考はそれによって方向づけられ、女性劣位を内面化し、女性劣位の社会秩序を受容してしまう。

抑圧からの解放のためには、さまざまな形で存在する抑圧を批判し、それに抵抗し、変更していくために、能動的にはたらきかけるエイジェンシーとなりうる主体を構築していくことが必要である。

しかしながら、女が社会的に構築されたものであるなら、男権的社会で構築される女は、すでにそのような価値観を内面化してしまっているわけであり、結局は男権の維持に加担してしまう「女」にすぎないのではないか?我々は皆、社会的、文化的秩序の中に生まれ、それによって主体を形成されているのであり、したがって、常にすでにその秩序の一部となっている。

それでは、すでに社会的に構築されており、ヘゲモニックなイデオロギーの作用を吸収してしまっている我々は、どのようにしたら、自らを構築するプロセスを分析し、批判する力を持ちうるのだろうか?

これは、現代フェミニズムに投げかけられた重要な問題提起であった。

自己の中に潜むヘゲモニックなイデオロギーを常に自己点検し、批判し、抵抗する力をいかに生み出していくか?テレサ・ド・ロレティス(1984)は、歴史のある時期に、ある文化における意味、知の中で、個々人が思考し、解釈し、批判し、再構築していくプロセスとしての主体としてとらえ、完全に外部的に構築される受け身の存在ではなく、「政治的、理論的な自己分析の実践」にエイジェンシーを求める。
いかにヘゲモニックな言説/知であっても、常に抵抗があるというフーコーの洞察は、ここでも有益である。

異なる諸言説間の矛盾と競争、闘争の場こそエイジェントとしての主体による抵抗の可能性が存在するのであり、したがって、対抗言説の生産への積極的参加が重要な戦略となる(川嶋1996,1999)。

「異なる言説/知との出会い、異なる経験は、我々に自分自身の中にある支配的言説の存在を認識させ、それに抵抗する力を与える。」(川嶋1999,p.20) 知はさまざまな媒体を通して生産される。

学問知の主要な生産の場であり、学習の場である大学において、どのような知がいかにして生産されているか、どのような知が教育されているかを点検していくことは重要である。

文学やマスメディアは、ジェンダーの意味づけについてどのようなメッセージを発しているのか?知の集積である文化、われわれに常にはたらきかける文化に対して、クリティカルな目を向けて、抑圧に対抗する言説を生産していくことが必要である。

現代フェミニズムは、「伝統的知への女性の追加」を超えて、女性を劣位に置くことに加担している知そのものの構成を批判し再編成していくこと、およびそれを通して既存の社会組織の再編成を目指す作業を行っていると言える。

学問知から大衆文化までのすべての文化的生産活動は、主体を構築し、社会的現実を規定する力として作用しているからである。

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