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カンボジアでフリースクールコミュの最近,藍さんががんばっているので、「愛センター」というミニ写真集の編集を始めました。

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2009年の3月に行った時にも、作ると言っていて、
ずっとそのままになっていたものです。最近の藍さんの
ブログ更新記録が毎日のように入り,刺激を受けていて、
私も何かしなくては、、、と、思う様になってきました。

それで、取りあえず出来る事は,2008年の1月に
初めておじゃました時から、2009年の11月に最後
におじゃました時までの写真を整理して、一冊のミニ
写真集にすることだと思いました。

子ども達もどんどん入れ替わっていました。
それに、勉強もどんどん難しくなっていて、
もう、今の私が言っても授業に参加できない
と思っています。

愛センターも、変わろうとしているこの時期
に、私の目で見たものをまとめておきたいと
も思ったのです。ただ、今から考えると,
当時の写真はまだまだ迷走していて、ちょっと
だせないなとも思う状況の写真ばかりですが、
このまま、埋もれるのも残念なので,やっと
思い立ちました。
もっとも、ほとんど日本人は撮っていないので
愛センターを訪ねた方々の思い出にはならない
ものです。申し訳ありません。

さてさて、最初の一枚はやはり、これ、
表紙にしたい一枚。
カンボジアで唯一、私が訪ねた子どもの家は、
この兄妹の家です。兄弟が多くて,この子達は
公立の学校には行ってないのですが、愛センター
に午前・午後と一日に2回来ている時期もありました。

この写真は,愛センターでぬりえをもらい、大事そうに
持って家に帰る兄妹。この時ばかりは、「愛センターが
あってよかったなあ」と実感したものでした。

最後に行った時には顔ぶれも変わっていました。もう、
愛センターに来ていない子の事が気になってしまった
のですが、それでも、公立の学校に行っているのが
分かって安心したものでした。「ああ、元気でやって
いるなあ」と、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
彼等が元気で学校に通っている。例え,愛センターに
こなくなっても、それで充分,愛センターの役目は果
たしていると感じたものでした。

しかし、ほんとは、ちょっぴりさみしい気持ちにも
なってしまっていました。どうにかならないのかなあ
とも思ったものでした。

この9月には、ラオスに日本の絵本を持っていく事と
シェムリアップの公立の小学校に3ヶ月間入って、
1年生の子ども達と一緒にカンボジア語を勉強しなが
ら写真を撮ってくる事を計画しています。だから、
それまでに、できれば7月中に編集を終えて発注した
いと思って、今,その編集を始めたのです。

その様子もここに載せさせてもらいますね。
mixiのプレミアムを止めてしまったら,
自分の日記が書けなくなってしまったので、
色々考えている所でもあります。

コメント(20)

今日の3枚
今の時点で気になっている写真を探し出しています。
>キッドリンクさん

しばらくmixiは見ていなかったのですが、
ありがとうございます。

ミニ写真集、楽しみにしています。

いい写真は
カレンダーに使わせてもらってもいいですか?



あいぷーさん、お世話になっています。
はい、OKですよ。具体的な写真が分かれば、
元のファイルを送りますよ。役に立つなら、
嬉しいです。

さて、今日の3枚。
最初は,前日、愛センターに行った時にはみなかった兄妹。
翌日の公立の学校の入り口であって、彼等も覚えていてくれ
たのか、ちゃんと挨拶をしてくれました。
この時,何故,嬉しく感じたかと言うと,その前には、
色々と事情があって、彼等は公立の小学校には行ってなかった
のです。でも、こうして、公立の小学校で見たから,私自身が
とても嬉しくなってしまったのでした。
最近では,彼等も、愛センターを卒業したのか、昨年の11月
の時にはみなかったです。

次は,一番左の子は、2008年の1月の時には愛センターに
きていて、愛嬌を振りまいていた子で,私もよく覚えていました。
2008年の11月の頃には,愛センターには来なくなったのです
が、こうして,公立の小学校で会えば,「いつでも友達」、愛センター
の子ども達でした。

そして、最後は,大きいクラスの子です。1時間、日本語をやって
あと1時間英語の初歩をやっています。それでも、午後は眠たく
なって、眠気をおさえるのに大変。この時にも別の女の子はこっくり
をしていましたが、その写真はみんなに見せないでと言われたから,
その後,出していません。

今回は、30枚で編集しようと思っています。
サイズは中。それがお土産にはちょうどいい
という事はこれまで実証済みです。
ところで、愛センターへの地図
プノンペンの大きな地図の端に載っています。
橋を渡ってすぐの右がワットスタミンチャイ。
その最初の道を右に曲がって、道沿いに2つ目
を右に曲がれば、すぐです。
写真の様な大きな看板が道の右側に見えれば,
その入り口が愛センターの入り口です。
その入り口では大家さんの所のお店になって
います。
お父さんのバイクもその入り口辺りにあって、
客待ちしていることもあります。
初めて訪ねた時の写真
2008年の1月21日。この日、一日だけの予定だったのに,
次の22日も行くことになってしまった。何がきになったんだ
ろうかと、いつもそれを考えている。私自身がカンボジアに集中
するようになった一つでもある愛センターとの出会いの日です。

こういう場で、こういう授業をしている。
その必要性は、その時,まだ考えてもいなかった。
ただ、日本人がやっているフリースクールという
事で,多分対した事はないと思って行ったのに,
そこでしっかりと「学んでいる子どもたちがいた」事に
感激したんだろうか??

そうそう、ラジオ体操もどきもやっていて、最初は
笑ってしまった。何故、、、という想いもあったのだ。
次の日には、当時、一ヶ月間滞在していた吉田夫妻が
リコーダーをやるというので、普段とは違うクラスに
参加した。
私自身の課題は,カンボジアの子ども達がどうやって
母国語であるカンボジア語を勉強しているか?
だったから、いつも初級クラスが気になっている。
こちらのクラスは,日本語を1時間、英語を1時間
やっていて、ほとんど興味はなかったのだが、まあ、
教科に音楽のないカンボジアで子ども達がどう思う
のか、それをみておくのも悪くないか、、、と、思っ
て参加したものでした。
結果として合格とはいえなくても、この2枚の写真
からも、子ども達は新しい楽器にであってくれた様だ
と安心したものだった。
しかし、日本人って、どうして、リコーダーを教えた
がり,ラジア体操を教えたがり、お絵描きを教えたがる
のだろうかと、、、今もずっと考えている。

右の写真の女の子は、その後,12月に行った時には
元気で、12月1日のクリスマスツリーの飾り付けでは
よく働いていたけれど、その後,先生との折り合いが
悪くなり,結局,愛センターにこなくなっていた。
その弟も、勉強がよく分からないらしく、愛センター
にも来なくなった。気になったので,公立の小学校を
覗いた時、その子を探してみたが、ちゃんと2年生の
クラスに来ていたので,安心したのだった。
そう、例え,愛センターに来なくなっても、学校に
行っていれば,安心するのは、日本人の国民性の一つ
でしょうか????
2008年12月1日
この日から,子ども達がジャンバーを着て来て、まずは
驚き,12月に入ったらとたんにクリスマスの準備にも
驚きました。
どちらも1年生同士,本人もよく分かっていないのに、
どうしても教えたくなってしまうカンボジアの子でした。

そう、その頃では、子ども達も授業中にずいぶんと咳を
していました。気温は25度以上あると思うのですが,
それまでが30度を超えていたから、5度の気温低下も
とたんに風邪の原因になるのでしょうね。実際,12月の
早朝は結構,冷える感じでした。
当時、右の教室の壁に子ども達の写真が張ってあったのですが、
眼には画鋲??で開けられた穴ばかり。こういう時には,早く
取り外すのが一番なんだけれど、カンボジアではあまり気にして
いないのか、ずっとそのままのようでした。
だから、私自身が全員の写真を取り直したい気持ちにもなって
いました。そうそう、最初に子どもの記念写真を撮って,小さく
プリントし、そこに名前を書いてもらっていました。それで、
名前を覚えようとしていたのです。
続き、この子は何かいいことがあったのか、この日、一日
こんな素敵な表情をしていました。
月3回の木曜は、授業がなくて、作業の学校もあります。
中には,2時間目が終ると,子ども達は自習になって、
先生たちが一つの教室に集まり,研究会??をする所、
または、近隣の学校から先生が集まってきての研究会?
あるいは、学年末近くになると、そんな時間がとれなくて、
授業の追い込みに忙しくなるようです。

何はともあれ,愛センターで顔なじみになった子ども達
が公立の学校でもがんばってくれる姿を見るのはいいもの
ですね。
食べる,飲む、、、子ども達も忙しい
愛センターに来ている子達はそれなりに
おこづかいをもらっているようで、始終、
何か食べている感じがしています。
朝ご飯から、ここで食べている子もいます。
まだ、一年生になっていない子も、ごくごく
普通に一人で買って食べています。それには、
驚きです。日本だったら,1年生でコンビニの
お弁当を買って食べている光景は異常に写りますが
ここでは、これが普通ですね。
カンボジアで唯一、子どもの家に行った、その兄妹
最初、2008年11月に初めてこの兄の方と出会って
しまった。左の写真がそのきっかけのしゃしん。
先生に立たされて、ずいぶん時間が経って,先生も
立たせた事をすっかり忘れていたようだったから、
私が、「座っていいよ」と言ったのです。そしたら、
その子は、先生が座れと言って無いから,座れない
と、更にしばらく立ち続けていました。だから、
私が先生に声をかけて、座ってもいい事になり、
私もほっとしました。そんな子は、今時の日本には
いない。無性に興味が湧いてきて、その後,この子
にくっついて,何かあれば、カンボジア語を教えて
もらっていました。そんな事もあって、最後の最後で
この子の家に行く事になりました。ほんとは、愛センター
が休みの土曜に,愛センターまで迎えにきてくれる
約束だったのに,すっかり忘れていたのか、まさか、
日本人が自分の家に来るなんて信じていなかったのか、
約束の時刻になっても来なかったのです。
仕方が無いから、途中までは分かっていたので、
そこまで言って、彼の家を探しました。そうしたら、
この前に行った、ほんのその先が彼の家だったので、
またまた驚きでした。家族総出て出迎えてくれて、
持って行ったコンピュータでお絵描きをしてもらい、
持っていったプリンターでその場で印刷して、
カンボジアで初めての子どもの家の訪問を終ったの
でした。その後の幾たびにこの子の事が気になって,
ノートとかスケッチブックをプレゼントしたものでした。
絵を描くのが好きだといっていたので、そんなものを
思いついたのでした。
藍さん、みっけ!!!!!
ミニ写真集の方ではちゃんとした写真を載せますね。
ここでは、画像をちょっと細工して、それでも、
「藍さーーーん、みっけ!!!」をやってみたかった
のです。失礼しました。
そうそう、一度大変な事になりました。いつものように、
愛センターの午前授業を終って、近くの公立の小学校に
行きました。しかし、その日はいくら待っていても、
午後授業は始まる様子がないのです。仕方がないから、
涼しい所で休んでいて、しばらくして気がついたのですが
校門が閉まっていたのです。入り口はそこしかしらないので
このままでは外に出れないと思い、学校の塀をずっと一周して
なんとか、ここなら出られるかと思われる場所を見つけました。
しかし、そこには、鉄条網とか、ガラスの破片がはめ込んであって
普通には出られない場所になっていました。しかし、そこ以外、
外にでれそうもないので、そこから飛び降りることにしました。
しかし、その塀の高い事。おまけにしたは、コンクリートの床に
なっていて、ちょっと怖さも感じながら、それでも出るしか無いと
覚悟を決めて、塀にしがみつきながら、ゆっくりと降りたもの
でした。何とか,降りられたからいいようなものの、それ以外
の場所には鉄条網がびっしりと打ち込んでありました。
もう二度とああいう想いはいやだと思ったものでした。

しかし、愛センターで顔見知りになった子達を公立の学校で見ると
なぜだか安心しました。例え,愛センターに来なくなっていてもです。
真ん中の写真の姉弟も愛センターに来なくなった者たちです。ただ、
お姉さんの方が,先生と折り合いが悪くて、それで来なくなり,
弟の方は全く勉強ができなくて、それで来なくなったので、私は
少し心配になり、この弟の方を探したのでした。それが右の写真で
毎朝の会の時,2年生のクラスの所にいたから安心しました。
そうだ、その朝会の前に、2年生の教室を探したんだったなあ。
それでも、11月の時には、ぎごちないながらも笑顔を
作ろうとしていた。それが左。しかし、翌年の2月にな
るともう耐えかねて,逃げ出したしまったのでした。
まあ、続けて出て来ないと,テストもできないし、新しい
事も中途半端になってしまうのです。
大抵のカンボジアの学校もそうですが、1週間で、
毎日のように、昨日の復習をいれ、そのテストをします。
そして、少し新しいことをやって、それもテストします。
だから、一日でも休むと、やっている事の意味が分からなく
なってしまうのです。
それに授業は一斉だから、個別にやるということは基本的に
不可能なのがカンボジアの学校システムです。
みんなで大きな声を張り上げて,空で言える様にし,そして、
ボードを使いながら,ノートに写しながら,言葉も少しずつ
覚えて行く。
その辺がベテランの先生になると巧みなもので、全体でやって
いても、落ちこぼしが出ない工夫をしているのです。それは、
シェムリアップのバンティアチャ小学校の神様の授業に参加して
いて教わりました。
そうか、愛センターのミニ写真集は,単に記録の
写真集ではなく、一人一人のこどもの成長記録で
もあるものにする必要があるし、また,自然に
そうなっていくんだなあと、今,分かりました。
掃除も当番が決まっているみたいで、よくこんな事がありました。
名前も覚えて、いつもからかってしまう子ができた頃,その子が
出て来ると,いつも、「掃除、掃除」と大きな声で私が言うのです。
すると、その子は,怪訝な顔をして、壁の所の表を見に行って、
「私の当番じゃあない」と言うのです。最初は、それでも、私が
「掃除、掃除」というもんだから、仕方ないなあと言う表情で、
掃除道具のある場所まで,行って,ほうきを取って掃き出す事も
ありました。いつしか、「掃除、掃除」が挨拶代わりになってい
たのです。
子どもによっては、ちゃんと自分が当番の日を知っていて、言わ
れなくても掃除を始める子もいます。しかし、中には,ただ掃けば
いいとがむしゃらに掃くので,砂埃が立ち,ご飯を食べている子が
迷惑する事もありました。トイレの掃除も自分たちでやっていました。
そうそう、このトイレは,2008年1月に来ていた吉田夫妻からの
プレゼントでした。彼等は、その完成を見ずに次の訪問先に旅立って
いました。
こんな小さな子でも、合掌でびくともしないのが
不思議なのと、カンボジアの未来も大丈夫だな、
と思わせてくれる原動力になっています。
キッドリンクさんのブログに、
たくさん写真を載せていただいていたので、
どうぞ、ご覧ください。

http://kidlink.blog.so-net.ne.jp/archive/20100807

キッドリンクさん、編集、楽しみにしています!

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