ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

有明の仲間達コミュの作業とお手伝いの有明児童センター

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 最近の子ども達を見ていると、お手伝いや作業の経験が少なすぎる。働き・遊び・学びはバランスが必要である。大人になれば8時間の勤労・1時間の遊び・1時間の学びが必要であろう。同様に子ども達にも1時間位のお手伝い・2時間の遊び・5時間の学びが必要であろう。

 児童館や児童クラブは遊びを通しての健全育成をうたっているが、それは昭和20年代から40年代までは子どもたちも労働力としてよく働いていたからである。底辺にこうした労働があったので「よく学び、よく遊び」とのスローガンは有効であった。しかしながら、平成の時代になって、子ども達はお手伝いや勤労の経験があまりにも少ない。こうした時代には勤労やお手伝いの経験をさせることが児童館や児童クラブに必要なことではないかと私は思う。

 学びは学校・遊びが児童館児童クラブ・お手伝いは家庭との主張がある。しかしながら、家庭に居る時間が極端に少なくなっている今の時代は、課程で勤労の経験をさせることは難しい。親もたまにの日曜日くらいはゆっくり遊びたいと思ってしまう。したがって、今、勤労経験を子ども達にさせることができるのは、児童クラブ児童館と私は考える。

 実験的に私の職場で「遊びを通しての健全育成から勤労経験を通しての健全育成」との方針転換をしたら、子ども達の自尊心が高まり、逆に豊かに遊べるようにもなってきた。遊びと労働は似ているものだからだ。しっかり作業や労働の出来る子どもは豊かに遊べる。しっかりした仕事ができない子どもは労働や作業やお手伝いも下手である。遊びを教えると自由度がありすぎて、しっかりと教えることができない。しかし労働は一定の手順があるので、それをしっかり守らせることができるので伝達や教えることが簡単である。

 しっかりと基本を学ぶと、それの延長線上に創造力が出てくるのである。だから、遊びの指導よりもお手伝いの指導を大切にしたら良いと私は思うのである。

 子どもの遊びが豊かになると、子どもは大人の思わぬ発見をするものである。その発見を見つけて、取り上げて、普遍化することも児童館児童クラブ職員の仕事である。ですから、お手伝いを通しての健全育成をする職員の方が、遊びを指導する職員よりもはるかに遊びの巾が広がるのである。

 お手伝いを指導する職員が遊びの巾が広くなるのは、遊びを指導する職員は「自分の遊び」に固執していて、お手伝いを指導する職員は「多くの子ども達の遊び」に依拠しているからである。一人の大人の遊びの量と多数の子どもの遊びの質と量は多数の子どもがはるかに勝っているのである。これが子どもは遊びの天才という所以であると私は思っている。そして子どもが遊びの天才である所以はもう一つその底辺に多くのお手伝いや勤労の経験があることにあると私はおもう。大人と違って子どもは奴隷労働が出来ないポジティブな存在であるのがその根拠ではないかと私は思っている。

 大人が、子ども心をもち続けるということは、物事をポジティブに考え、いつも工夫をして楽しく働こうとすることではないかとも思う。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

有明の仲間達 更新情報

有明の仲間達のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。