コア・拓郎！コミュのディランと拓郎が我が国に与えた多大なる影響／読み物

吉田拓郎がボブ・ディランに心酔していた、というのは有名な話だ。それは吉田自身が何度もあちこちのメディアやコンサートで公言しているし、彼の初期のスタイル（髪型はさておき）、機嫌の悪そうなダミ声にハーモニカホルダー、その私的かつ内省的な詩の中に感じられる多少のプロテスト性からも、充分納得できる。また吉田はディランの「ハッティキャロルの淋しい死」をモチーフに（というかそのまんま）「準ちゃんが吉田拓郎に与えた多大なる影響」という替え歌を作ったりしている（よしだたくろうオンステージ第１集：収録）。さらに、彼はディランが何度も家出をくり返したことを聞き及び、かなりイイ年になってからの話だったと思うが、自らも家出してお寺に居候したりしたらしい。

ここで、少なくとも“様式”としては明らかな舶来品であったロックンロールが、どのように日本に輸入されたかについての僕のオリジナルに過ぎる主張を記しておく。

僕が音楽的にモノ心ついて以来“日本にロックはない”というバカの一つ覚えをどれ程聞かされ続けただろう。十代後半の僕がフォークの熱狂的な信奉者であった頃から（今でもそうだが）、日本にロックはあった。いや、ロックというと受皿は広すぎ、僕の主意に沿わないので“ロックンロール”と言い切ってしまうが、日本にも70年代半ばには既にロックンロールはあった。もちろん、ウエスタンカーニバルやロカビリーモドキ、GS等ではない。それらは確かに“音楽”の“様式”としてはロックンロールに類似してはいたが、明らかに別種のマトモな音楽に過ぎなかった。当時の日本に於てはまだ、音楽の一形式としてのロックンロールは浸透しておらず、ほとんどの人間、ミュージシャンでさえも、その概念を捉え切れていなかったと思われる（その概念がようやく深くまで浸透しはじめたのはここ10年以内の話だ）。おそらくビートルズやストーンズをロックンロール・バンドであるとする認知の仕方さえ、まだなかったのではないか。当時、ロックンロール、ロックンローラーというイメージを体現する唯一のアーティストはエルビス・プレスリーであり、モーターバイク、リーゼント、ならず者、チンピラ等を表象的なイメージとする、やや反抗的なダンス音楽程度の認識しかなかった。これらの表象はその後キャロルやクールスによって再構築され、以下現在に至るまでロックンロールの本質に対する大きな足枷となった。日本に於いてロックンロールに対するイメージは大きく片寄ってしまったと考えざるを得ない。

いささか荒唐無稽ではあるが、この日本において“ロックンロールは初め、フォークソングに仮装して現れた”というのが僕の仮説である。そして当時、それ意外に“厳密な意味においてのロックンロール”は存在しなかった。

もちろん、日本の初期のロックンロールがフォークソングに仮装して現れたのには訳がある。先述したが、それらしいモドキたち、ウエスタンカーニバルやロカビリーモドキ、グループサウンズは、プレスリーやビートルズの形式だけの道化であり、何よりも“言葉的に”醸成されておらず、“言葉が歌われる音楽の一形式”として顕現するロックンロールの依代にはなり得なかった（もちろん例外もいくつかあったが）。比べて、70年代中期に隆盛を見せたフォークソングは比較的に歌われる言葉を吟味した音楽であり、ロックンロールの“言葉が歌われる音楽の一形式”という本質を、ごく自然に自らのフォームに浸透させていったと思われる。さらに、当時のフォーク界の一大スターは若きボブ・ディランであったが、プロテスト・ソングの父に祭り上げられたディランが、有名な“ニューポート・フェスティバル”で、フォークギターをエレキギターに持ち替え、何千のフォークソングの狂信者の前で高らかにロックンロールを演奏してブーイングを浴び、裏切り者のレッテルを貼られたというちょっとした事件を契機に、日本のディラン・フォロワー、つまりフォーキー達を通じてディランのロックンロールが、くどいようだがウエスタンカーニバルやロカビリーモドキ、グループサウンズとはまったく違った次元での現象である本質的ロックンロールのミーム（文化的遺伝子）として、日本に侵入したのである。

その音楽としての現れ方のみならず、若きディランはそれまでの的外れなロックンロールの偶像のすべてを叩き壊し、その本質を洗練させ（ロックンロールの洗練とは退化に等しいかもしれないが）、新たなるアーキテクチャを示した。ロックンロールの道化的アイコンであったマッチョさを不健康そうな体型と顔色、不機嫌な表情でディライトし、ロックンロールのトレードマークであったリーゼントを茶化した鳥の巣頭で舞台の上を歩き回り、それまでのロックンロールのイメージとはまったくそぐわないハーモニカを吹き散らし、到底歌とは思えない唸り声を上げ、エンタテイメントでなければならないコンサートを皮肉たっぷりにショー“ダウン”した。

おそらく、日本に於いてのそれまでのロックンロールのイメージとディランが演奏するロックンロールには天と地ほどの違いがあったに違いない。そして、それに気付いたのは、あくまでもフォーキー、つまり日本のディランフォロワー達であり、彼等の中の、主に関西のフォークシンガー達は、その新しい“本物じみた”ロックンロール像に魅せられ、ディランよろしく騒音にのせてシュールな歌詞をひたすらガナリ立てるというスタイルを日本に於いていち早く実践した。

彼らがエレキに持ち替えた“ボブ・ディラン”から感じ取ったものは、音楽上の形式というよりは圧縮された空気感のようなものだったに違いない。ただ、フォークシンガー達はディランの、その圧縮された空気感と同じ素材で構成されたロックンロールの言葉の暴風雨にいち早く反応したのに対して、旧ロック畑の人間達は、音楽的なリズムのノリのみを重視し、歌詞を軽視、もしくは無視した嫌いがある。そしてディランを“軟派で陰気な”フォークソング・イメージの親玉として軽視し、新たなるロックンロールの生成変化に乗り遅れるという事態となった。この差はその後長きに渡りロックンロールの理解において、フォークシンガー達を彼等より先んじさせた。一連のフォークシンガー達が歌詞を重視する余り生み出した“字余りソング（実は、この“字余りソング”成立の経緯こそが後のラップやヒッポホップ的なるものの源泉であろう。邦楽、洋楽の区別はない。つまり過剰な言葉の嵐が形式としての音楽の枠を超え出、それを新種の音楽として成立させたのである）”の、メロディーやリズムへの乗っていなさを捉えた旧ロック畑の人間達の、“日本語はロックにはノラない”といった物言いは、当時の鬱屈した自虐心の現れとして多く使われたようだ。もちろん、現在の日本においてそう主張したところで爆笑に伏されるのがオチであろう（誰よりオレ様が爆笑してやるよ）。

僕が“日本の初期のロックンロールがフォークに仮装して現れた”というのは以上のような意味に於いてである。

マルチタレントであり、物心ついて以来のディラン・フォロワーであることを公言するみうらじゅん（「アイデン＆ティティ」はイイ感じ）が生まれて初めて、これがロックンロールというものなのだ、と劇的に理解した曲はディランの「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」であったらしいが、関西フォークの重鎮、加川良も“アウト・オブ・マインド”と言う好アルバムに「2分間のバラッド」という、さながら「サブタレニアン～」風のロックンロールを録音している。日本のフォーク神様に祭り上げられた岡林信康も「それで自由になったのかい」を、当時のハッピーエンドをバックに従えて“ライク・ア・ローリングストーン”そのものの演奏で聴かせている。が、まさしくそれが演奏された、伝説の「第3回中津川フォークジャンボリー」において、ディランを強く意識しながらも、自身のアクの強さにおいてその影響をも霞ませる程の一人のアーティストが、おそらく初の、オリジナルと呼んでいい和製ロックンロールを2時間に渡ってブチまけた。この演奏を以て、僕は日本初のロックンロール、真の和製ロックンロールの誕生としたい。アーティストの名は吉田拓郎。演奏曲は「人間なんて」である。

現在に於いても、日本のロックとやらには、かつてその対極にあった軟弱音楽“フォーク”の親玉・吉田拓郎を一笑に付してこそようやく話が始まるといった風潮が根強く見られるが、大きく取り違えている。70年代初頭の音楽シーンにおいて、プレスリー的なロックンロールのイメージを駆逐し、価値転換したボブ・ディラン的なロックンロールの“力”を日本において第一に顕現させたのは吉田拓郎その人であった。断言するが、吉田拓郎とその音楽を正当に評価出来ていないアーティストには何かが欠落している。彼等は同時に、ディランについてもその評価は高くない。つまり、ロックンロールについてのセンスがない。失礼。でも本当だからしかたがない。むろん、吉田に対して最大のシンパシーを公言していてもやってるこたクダラナイ人もいるし、その逆もある。僕の断言は相対的なものである。

（ウッディー）
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■PS／

従来のジャンルではない。音楽を、いや、唄をその強度によって分類しなければならない。たとえば、四畳半フォークの大御所とされるかぐや姫の音楽は、同じフォークのプリンスと歌われた吉田拓郎とは大きく隔たっている。