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小説を書いてみよう!コミュの短編小説 教師には反乱を

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 中三というのは常にストレスが溜まっているわけで、受験と卒業を間近に向かえた二月というのは、奇声を上げて叫びたいような、泣きまくって誰かに側にいてほしいような、そんな不安定な気持ちになる。
 だからといって、私がトイレの中で授業サボってる理由を「えへへごめんね先生。わたしぃ、情緒不安定なのー」と言えるわけもなく、火災報知器鳴ったりしないかと不安になりながらも、内ポケットからダイソーでこしらえた百円ライターとキャスターマイルドを取り出す。
 ではでは一口。……味はしない。でも、なんとなーく落ち着く。タバコを吸うと、心の中からむかむかした嫌な黒い塊が飛び出していく気持ちになる。
 吸い終わってトイレに投げ込み、水を流して証拠隠滅。そろそろ五時間目が終わるだろう。教室に戻らなければ皆が心配する。……いや、授業サボってる奴の心配する奴はいないか。
 チャイムが鳴る。私はゆっくりとトイレを出た。

「可奈子」
 教室に入ると、いきなり無愛想な、可愛くない声で私を呼ぶ奴がいた。
「なぁに、夏海」
 笠原夏海。私と幼稚園からの幼馴染。顔は整っていて可愛い。でも私と違って大人っぽい顔で、中学生にしてはどことなく色っぽい感じがして、凄く落ち着いている。
 実際、性格は超クール。皆からは生意気とか言われてあまり好かれていない。教室という箱庭は、その対象が良い人間だろうが悪い人間だろうが、自分と何か違うと感じたらのけものにする。だから夏海は親しい友達はあまりいない。
 夏海は悪い子じゃない。ただ、かなり個性的な人間なんだ。個性的な人間は外されやすい。特に、学校では。
 とにかく夏海は、もう中学生にしてほとんど顔立ちも性格も完成されてしまっている。あまり早いうちに顔とか性格が大人っぽくなるのはちょっともったいないと思う。ガキっぽかったり、くだらなかったりする子供である時期は少ない。その貴重な子供の時間に、もうこんなに大人びて、世の中を大人の視線から見るのは、もったないしつまらない。
「アンタ、数学サボって何やってたんだ」
「妄想」
「他には」
「タバコ吸ってた。すっきりだよ」
「キャスターだろ? あんなの吸って、すっきりするかよ」
 夏海は長めのもみあげをぐりぐりといじりながら、言った。
「今日でもう二月なんだよ? 十六日には私立の試験。三月の頭には公立の試験。こんな大変な時期に何やってるのさ」
「だって三角比とかぜんっぜんわかんないんだもん!」
「塾いってるのに授業サボるのは矛盾してるぞ。私も教えてあげるからもう少しやる気出しなさいよ」
「やだー! だってだって、勉強して何になるのよ。それにね、私わかるんだ。このまま頑張っても試験に受からない事ぐらいわかる」
 それはあながち冗談ではなかった。確かにそうなんだ。私はこのままじゃ試験に受かるのは無理だと思う。テストで良い点取れないし、志望校の合格率は低い。それに合格発表の時に、掲示板に自分の番号が載っている場面がイメージ出来ない。イメージ出来ないことは、実際にはあまり起こらないと思う。……私の経験上。
 そう思うと、もう何もかも嫌になってくる。刺激が欲しい。なんでもいいから刺激、そうスリルが欲しい。何もかも嫌な事全て忘れてはっちゃけたい。
「……ま、別にアンタがそう言うなら、私は何も言わないよ」
 夏海が私のことを冷たい目で見てそう言った。夏海は深い同情をしない人間だし、励ますことはしても、しつこく接することはしない。つまり、今みたいに少ししか怒らない。私がやだっていえば、あぁそうかいで終わる。押しはするけど、押し切らない。だから一緒にいて居心地が良い。
「かなかなー!」
 という甲高い声が聞こえた瞬間、私の女友達数人が寄ってきて、思い切り背中をたたいてきた。
「なに五時間目失踪してんのよ。またセンセイが怒るよ」
「いいんだよ。センセイに怒られてもなんとも思わない。なんだよあいつら、大した才能もないくせに威張りやがって」
「だよねだよねー! あ、六時間目学年集会だよ。そろそろ体育館行こうよ」
 しまった。私は女友達に背中を叩かれ後ろ髪を引っ張られどさくさに紛れて香水を吹きかけられながら教室の外に出された。
 哀しそうな目で夏海が私を見ている。夏海を一人にしてしまった。
 夏海は、私以外に友達は誰もいない。

 体育館に行くと、すぐに出席番号で並ばされた。私は佐伯可奈子なので、結構前の方。そして私の前には笠原夏海がいる。
 ふと思った。三年生は約二百人いる。そう、このなんの変哲のない体育館に、人間が二百人もいるのだ。それって、ごくあたりまえだけど、凄く不思議なことなんじゃないか。
 話したこと無い人はもちろん沢山いる。その話したことが無い人達の中には、もしかしたら死ぬまで一緒にいたいと思える程に気の合う人がいるかもしれない。そう思うと、この二百人の人間を見て凄く不思議な、なんともいえない気持ちになる。
 でも、我ら学生は学校に通い、センセイの言う事に従わなければならない。例えセンセイの言ってること、やってることが間違ってても、「はい」と言わなければならない。いいえと言ったら、凄く怒られる。そんな理不尽で不思議な箱庭に、私は毎日通ってる。……なんでだろう? 勉強以外に、何か出来る事ってあるんじゃないかな。
 私には、何か特別な才能が、あるかもしれないのに。
 そんな妄想をしていると、夏海はくるっとこちらを向いていた。サラサラの長い髪をがりがりと掻きながら、大きいくりくりした瞳で私をじっと見つめている。
「なに。私に惚れたの? そう……でも、幼馴染って難しいよね。そんないきなりは無理かもしれないけど、時間をかけていけば……」
「アンタ、タバコ臭いんだけど」
「えっ。さっき香水かけられたから、大丈夫だと思ってたんだけど」
「センセイにバレるよ。怒られるよ。根性焼きされちゃうかもよ」
 根性焼きはないにしても、これは困ったな。匂いを消さないと。
「ど、どうしよう」
「……ほれ」
 夏海はスカートのポケットから小さい消臭スプレーを出して、私の胸に押しつけた。結局、夏海は甘いのだ。普段はちょっと冷たいけど、一番最後まで手を差し伸べてくれるのは、夏海だけ。
 私はスプレーをかけながら、夏海を見た。
 紺色ブレザー。白のワイシャツ、薄い緑のチェックのスカートという制服がよく似合っている。
「ありがと。……ねぇ、夏海は香水つけないの?」
「つけない。興味無い」
「いつになったら夏海は女の子になるのかなぁ……」
 素質は抜群なんだがら、ちょっと化粧したり香水つけてキメれば、すっごく良い女になれるのに……。もったいない。
 でも、夏海はそんな必要はないのかな。化粧に頼らなくても美人だし、その気になれば男なんか簡単に作れる女だ。
「ねぇ、今日私の家こない? 化粧したげる」
「化粧は遠慮するけど、行く」
 ここでちゃっかり”行く”って言うところが、夏海のかわいいところだな!
 少しすると、センセイがステージに上がり、ぐだぐだとマニュアル通りの綺麗事を並べていく。そしてしばらくすると、センセイはステージを降り、校長がステージに上がる。「もう試験と卒業は近いです。ただ、ちょっと落ち着きがない気がします。皆さん、気づいてください。人生の分かれ道は、すぐそこなんですよ」とか、熱論している。言ってることは確かに納得出来ることだけど、自分の話の長さにも気づいて欲しいものだ。
 少し、足が疲れてきた。私は何気なく両手を腰に当てながら体を左右に曲げ、軽くストレッチを始めた。自然と「ふぬっ」という声が漏れる。
 すると、近くを歩いていたセンセイがやってきた。化粧の濃い中年の女。名前は倉野。目はツリ目。どんな奴かと紹介するならば、女に死ぬほど嫌われる女といえば十分だろう。もちろん、男にも嫌われてるけど。
「佐伯、なにやってんだ」
「ストレッチ」
「お前、さっきからふらふらしすぎだぞ」
 ……で?
「校長先生も言ってるだろ。たるみすぎだぞ、特にお前がな」
 それはさすがにカチンと来た。何も少しふらふらしてただけで、なんだよそれ。でもグッと我慢する。私にはわかる。このセンセイ、私のことが大嫌い。
「おい佐伯、ちゃんと聞いてるのか。聞いてないよな。授業中いつもいつも寝やがって。お前、この香連中学はなんて呼ばれてるか知ってるか?」
 当然知ってる。落ちこぼれ中学。バカ中学。アホの集まり。香連中学は、昔からガラの悪い中学として有名だ。
「……頭悪いとか?」
「そうだ。ただでさえ頭悪い学校なんだ。お前、そんな学校の底辺になっちゃったらどうするんだ? だからなぁ、私の授業ぐらい聞け。頭の悪いお前らと違って、勉強出来る私が教えてんだ。佐伯はかなりバカなんだから、人一倍勉強しないと生きてけないぞ」
 このセンセイは、どうやら頭がおかしいらしい。さすがにここまで重症だと、返す言葉も無い。むしろこのセンセイが哀れにさえ見えてきた。多分子供のころ、それはそれは辛い人生を送っていたのだろう。
「なぁ、さえきぃ。私はアンタが心配だよぉ。ちゃんと高校いけるのかね?」
「あ、心配してくれるんだ? ありがとう!」
「……っ。やっぱお前変わり者だな。なぁ佐伯?」
 無視する。バカは無視するのが一番賢いやり方だ。つーか、皆の前で怒るってどうよ。さすがに人が沢山いるので、倉野の声はそんなに大きくないけど、すっごい目立つし恥ずかしい。友達が笑って見ている。
「おい、お前教師の言う事を無視すんのか!」
 倉野はそう言いながら、拳を頭の高さまで上げた。殴る、フリ。もしくは、本当に殴ろうとしてたのかもね。
「センセイ、暴力で生徒を押さえつけるんですか? 生徒とセンセイって、素晴らしい信頼関係で結ばれてるんですね」
 その瞬間、胸に衝撃が走った。訳もわからないまま、私はよろめいた。転びそうになったけど、夏海が抜群の反応を見せ、私を抱えてくれた。
「だ、大丈夫!?」
 夏海は目をまんまるにして、いつもの低い声ではなく、甲高い声でそう言った。
 ありえない。教師が生徒の胸を小突くなんて。

 信じられるだろうか。今の日本はあぁいう腐った教師が沢山いる。いや、良いセンセイだっている。例えば私と仲の良い木元先生は、さっきの倉野と同じ中年の女だけど、優しいし、暴言なんてもちろん言わないし、相談に乗ってくれるし、なにより女子に大人気なのだ。ちょっとぼけーっとしてるところがあるけど、とにかく良い人だ。
 だが、悲しいことに良いセンセイなんか滅多にいないのだ。
 センセイはいつだって勝手だ。なにかあったらすぐに生徒のせいにする。そして自分達はいつでも正しくて上の立場にいると思い込んでる。教師じゃなくても、大して特別な才能の無い年寄りの専門家とかが、偉そうな顔してキレ易い若者とか引きこもりとか意欲の無さとかを語り、子供を批判する。自分はどうなんだよと、強く思う。
 大人がどれだけ辛い人生を歩み、もしくは楽しい人生を歩んでいるのかはわからないが、今の大人は、私達をあまりにも批判し、白い目で見すぎる。私達だってもがき苦しんでるのに、それについて綺麗事しか言えない。
 特にセンセイは社会性が無い。謝ることを知らない。それは何故か。子供に囲まれているからなんだと、私は思う。
 センセイが間違ったこと言って、生徒が自分の意見を真っ直ぐぶつけると、センセイは「生意気だ」、「反抗するな」って怒る。じゃあ、私達はどうすればいいんだろう?その答えだが、センセイは誰も教えてくれない。ただ「勉強しろ」しか言わないんだ。
 私たちは、どこに行けばいい? どこを見ればいいの? 全然わからない。

 集会が終わり、私は苛立ちが治まらないのを我慢して教室へ戻った。私はこんな精神状態のまま六時間も授業を受けないとダメなんだ。つくづくちきしょって思う。
「ムカツク! ねぇ夏海。さっきの、何アレ?」
「あのままひたすら黙ってりゃよかったんだよ。アホは無視しろ」
「なにそれ。夏海は私の味方してくれないんだー?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど……」
 まぁ、確かにずっと黙ってればよかったのかもしれないけど、あいにく私はまだピチピチの十五歳なわけで、あの状況で最後まで我慢できるような大人の精神はもってない。夏海じゃあるまいし。
「もーやだ。考えてもみてよ。ただでさえ受験のストレスで頭一杯なのよ? 私、今真剣にサンドバック買おうかと思ってるぐらいよ」
「買えば?」
「そんな苛々で可哀相な毎日を送ってる女の子に暴力って、どういうことよ。ねぇ、どういうことなの?」
「そういうこと」
 ダメだ。確かにギャーギャー騒いだって無駄なのはわかってるけど、じゃあこのやり切れない理不尽な出来事がずっと起きてていいのだろうか。いいわけない。学校は、生きるにはちょっときゅうくつすぎる場所だと思う。どうも、最近学校で自分の居場所を見つけられない。
「可奈子、人生ってのは、そんなもんさ。そのつらーい人生をな、いかにして一パーセントでも楽しくうまく生きるかってのが大事なのさ」
 夏海は、大人っぽくてぶっきらぼうな顔を少し崩し、嘘のない可愛い笑顔でそう言った。
「偉そうにかたるなぁー!」
 私はそう言いながら、香水を夏海の体中にぶっかけた。そして怒った夏海に頭を叩かれた。

 翌日の朝教室に行くと、すぐに教室の雰囲気が違うのがわかった。なんかこう、ピリピリしてる。ペットボトルに溜まった水が勢いよく流れ出そうな感じ。……もっとうまい比喩でも思いつけば、国語で良い点とれるのかしら。
「ねぇねぇ夏海。なんか、今日はみんなピリピリムードだね。どうしたんだろう?」
 夏海は、珍しく髪留めで前髪をまとめていた。昨日私が香水とか化粧の話をしたから、けなげにも夏海なりに頑張ったらしい。
「チャイム、もう鳴るね」
「え? ……うん」
 でも、遅刻してないもん。
 私が怪しい目で見るのを感じたらしく、夏海はちょっと早口で言った。
「六人、来てない」
 ざっと教室を見てみると、確かにいない。
「インフルエンザとか?」
「サボり」
「こんな時期に?」
「こんな時期だから」
 スムーズに会話が進まない。それに夏海の顔が少し赤く、目がちょっと潤んでる。……どした?
「可奈子、昨日倉野に小突かれたろ。それ見た奴ら。……まぁ、あの不良ぶってるカッコつけグループな。その中の男子三人と女子二人が来てないね。まぁ、香連中のアホなセンセイたちに耐えられなくなったんだろう。昨日のあの事件は、その起爆剤ってやつかな」
 ……いやいや、それはないでしょう。センセイが学校を放火したとかなら解る気もするけど、そんなのサボる理由にも口実にもならないし、サボりたくなるようなことでもないと思う。私はそんなに影響力のある人間でもない。
 つーか、実際サボりなんか話題にするようなことでもない。私達だっていつも一緒にサボる仲じゃないか。非常にどうでもいいことで、些細なことだ。
「それは、ピンとこない話なんだけど」
 夏海の顔が、一気に険しくなる」
「そ、そんなことないと思うよ」
 夏海は手を小さくパタパタさせだした。普段冷静なくせに、一回パニくるとオロオロするから面白い。
「ねぇ、どうしてなの?」
「わ、わかんないよ……」
 あんまりいじめてもかわいそうなので、これ以上理由は聞かないでおく。まぁ、たかが他人のサボりごとき、夏海に解るわけがない。
 でも、いっせいに五人サボるってのは、嫌なことだね。まぁ、その五人が不良グループだから深く気にならないけど、なんか、嫌な予感がする。この受験期特有の嫌な空気のせいもあるけど、それ以外に、何か不穏な空気を感じる。でも、それはなんなのか、はっきりとは解らない。

 今日は、すぐに学校が終わった気がする。なんでだろう。……寝てたからか。
 帰りの会が終わると、友人達が私の周りに寄ってきた。
「ねぇ可奈。今からゲーセン行かない? 最近プリクラ撮ってないしさ」
「金ない」
 パチモンのコーチの財布には、二百二十円とポイントカードとマックの割引券ぐらいしか入ってない。
 帰ろうとして席から立ち上がると、他の友人が机に手をつき、身を乗り出して言った。
「私達ジャスコ行くんだけどさ、一緒にいこ。ふらふらするだけ。可奈いないとつまんないよ」
「別に私なんかいなくたって、十分楽しいだろ」
「そんなことないよ。可奈はエースだよ。エース」
「どっちにしても、わたしゃあこれからすぐに塾があるのだよ」
 そう言うと、皆はブーイングを浴びせ、キャーキャーとうるさい声を出しながら教室から出て行った。
 横を見ると、窓際の席でポツンと本を読んでいる夏海が目に入った。本をよーく見てみると、その本は背景が水色で、表紙は女の子がベンチに座っているものだった。
 本を読んでいる夏海は、凄く静かで、綺麗な雰囲気をかもしだしている。
 窓から夕日が差し込んでいる。なんか、懐かしい匂いがする。昔どこかで絶対にかいだ匂いなんだけど、いつどこで感じた匂いなのかは覚えてない。でも、居心地の良い匂いだ。
 夕日の力も借りて、夏海は更に清楚に見える。
「あたし、ただいま絶賛清楚な女子高生を演出中です! だからみんな、綺麗な私を見てぇ!」
 ちゃかしてみた。
「塾、行こうか」
「……うん」
 夏海、このまま私以外の人と接しないで生きてていいのか。誰も、笠原夏海を見てくれないぞ。見てもらわなくて、いいのか?

 学校の近くには、大型スーパーやら本屋やら、店はなーんでも揃ってる。香連中学付近は、開発がよく進んでいるらしい。……と塾の先生が言っていた。だからといって東京みたいに大きいビルがあるわけではない。
 とにかくごちゃごちゃしたところだ。そのせいで、遊びすぎてお金はどんどん無くなる。
 自然はほとんどない。大きい建物ばかりだと、なんか嫌だ。
 塾は、学校から徒歩十秒のところにある。学校を出て、塾の分厚いドアを開ける。すると狭い空間に出て、そこには傘置き場がある。二枚目の分厚いドアを開けると、学校の教室より一回り狭い教室が私と夏海を迎える。
「こんにちはー!
 挨拶し、靴を脱いでスリッパを履いて、席につく。先生はパソコンから顔をあげ、言った。
「お前らだけか。あとの三人は?」
 私の学年には、私と夏海以外にあと三人いる。その三人は、私とは違うクラスだ。
「わかんないです」
「そうか。じゃ、ちょっと待つか」
「はい。……ねぇ夏海。私おなかすいた」
 そう言うと、夏海は鞄からヴィトンの財布を出し、小銭入れから三十円を取り出し、机においた。
「……何コレ」
「平等院鳳凰堂。テストに出るかも」
「そうじゃなくて」
「カンパ」
「安い」
 すると、先生は立ち上がり、塾の奥へと引っ込んだ。この塾は、黒板の両側に扉があり、そこから先生の部屋へ行ける。
 すぐに戻ってきたと思ったら、コンビニの袋を抱えて出てきた。
「おにぎりだ。食え」
「え、いいんですか先生? 有難うございます!」
「おい可奈子。しゃけとんなよ」
 夏海は渋々梅を選んで食べる。
「ねぇ先生。私、もう受験無理かもしれない。全然問題解けないんです」
「受かれ」
「だって。学校のセンセイったら教え方下手クソなんだもん。暴言ばっか言うし。香連なんか大嫌い。まともなセンセイいないんですよ」
 私は、夏海のほっぺたについてる米を人差し指でほろいながら、そう言った。
「だから塾に来てるんだろう」
 冷静に返してくる。夏海といいこの先生といい、誰か私の愚痴をうんうん、と言いながら聞いてくれる人はいないのか。
「ねぇ先生。どうして勉強しなきゃダメなんですか?」
 私は今更な質問をした。だが、本当にわからないのだ。なぜ勉強をするのか解らないのに、勉強をやろうなんて気にならないし、はかどるわけもないんだ。というのはあまりにもわがままな意見だろうか。
「そうだな。今はどんどん外国人労働者が増えている。それに負けちゃいけない。あとは……」
 やっちまった。この先生、話し出すと二時間は語る!
 しかし、すぐに残りの三人が塾にやってきた。先生が英語のプリントを机においていく。……一問目からわからん。

 塾が終わると、もう夜になっていた。なんか、このまま帰りたくない気分になった。
 札幌の二月はとっても寒い。でも夜風は心地よい。
「ねぇ夏海。どう思う、この建物ばっかの景色」
「うざい」
 夏海はながーい髪をゆらゆらとなびかせながらそう言った。
「まだ、七時前だよね。遊ぼうよ」
「ん……。別にいいよ」
「制服デート!」
 私はピアスをつけながら、どこで遊ぼうか考えた。歩いて十分で街へいけるが、今は街で遊びたい気分ではない。
 すると夏海は、うなじをかきあげ、色っぽさを演出しながら言った。
「川。川行きたい。風が最高に気持ちいいと思うよ。豊平川行こうぜ」
「年寄りかお前は。……でも、たまにはいいね。近いし、いこっか」
 私と夏海は、並びながらゆっくり歩き始めた。私たちは学校にあまりいたくない。家にも帰りたくない。安らげる場所はどこだろう。私達はこのまま高校に行って、その後どうするんだろう? 楽しい人生が待っているのだろうか。それとも、頑張って勉強したのに、その成果が出ないまま、事故にでもあってポックリ死んじゃうのかな。
 私は、毎日なんのために生きてるんだろう?
「ねぇ夏海。耳に穴、開けないの?」
「開けない」
「オシャレ、しようよ。可愛いのにもったいない」
「ここに変態おじさん的思考の女子中学生がいるー」
 夏海はたったっと私の前に出て、指をさして笑った。普段からその最高の笑顔を、何故見せない。
「だってだって、本当にもったいないよ。お姉さんに任せな。アンタを香連中一の女にしてやるよ」
「興味ない。まず男に興味ないもん」
「どして?」
「だって、付き合ってる人達って、お遊びで付き合ってるの少なくないじゃない。そういうの、嫌いなんだ。そういう人間関係って、うざいよ」
 夏海はブレザーの胸ポケットから、マルボロメンソールとジッポを取り出して、一口吸い、わっかの煙をもくもくと吐き出した。
「うざい人間関係は、いらない。上っ面なんて疲れるし、意味ないよ。特に女子の友達関係は怖いね。つい五分前まで楽しく話してた友達の悪口を、他の友達と言い合うんだ。それっておかしいだろ」
「まぁ、ね」
 夏海は、珍しく顔を紅潮させて、喋りつづける。
 私も同感だった。でもそれは夏海の感じていることで、しょせん人は十人十色なんだし、いま夏海が言ったことに対して、私は言葉に出して賛成も反対もしない。心にとめておく。ただ、夏海の意見を真剣に聞くことが一番大事なんだ。
 夜はいい匂いがする。すーっとする、自然の匂い。豊平川が近づいてくる。でっかい橋が、闇の中で目立っている。
 豊平川はずーっと向こうまで続いている。私と夏海は立ち止まり、橋の上から川をぼーっと見つめる。なんか泣きたい気持ちになってきた。
 豊平川をまっすぐいけば、ススキノのゲーセンでわぁわぁ遊べる。何か食べて買えるのもいいかもしれない。……あ、今日はお金無いから無理だったか。
 とにかく、今はこうして川を眺めていたい。
 少し歩く速度をあげ、階段を降りて原っぱにぺたんと座る。目の前にある川が、ざぁざぁと心地よい音を出している。
「気持ちいいね」
「そだね」
「夏海は、将来何になりたいの?」
「目の前にアホな大人が多いから、大人になるのが怖いね。なりたい職業とかも、無いよ」
 それは私も同じだ。目の前には希望なんかない。
「……そういう可奈子は?」
「しあわせになりたい」
「そりゃ、誰だってそうだよ」
 実際、それぐらいしか思いつかない。私は、あぁいう仕事をやりたいとか、こういうことをしたいとかが、無い。
「でもね、可奈子。変なこと言うけど、私、なんか自分に特別な才能があるんじゃないかってたまに思うんだ。根拠は無いよ。でも、自分はなにか出来る。人となにか違う! って思っちゃうときがある」
「あ、それ私もあるよ。本当に根拠なんかないんだけど、いつか開花するんじゃないかって、思うんだ」
 そういうと、夏海はクスクスっと笑った。
「ねぇ、可奈子」
「なぁに?」
「あの……ごめんね」
 何がごめんなのか解らなかったけど、私は何も聞き返さなかった。いや、聞き返せなかった。
 確かに、そのとき夏海は、泣いていた。

 二月になってすぐに、五人の生徒が学校にこなくなった。で、気づくとその数は徐々に増え、他のクラスでもほんの少しながらも、学校にこない生徒が増えてきた。
 大抵の生徒は、学校でやるくだらない授業はやらず、塾で頑張っているそうだ。
 サボってる奴らは私と接点の無い人達だから別にどうでもいいけど、どうも夏海の発言が気に掛かる。私が、起爆剤? 気になってしょうがない。
 まぁ、何があろうとも日は流れる。二月十四日。バレンタインであり、私の誕生日である。私立の試験をあと二日に控えていることを除けば、楽しい一日になるはずだった。
 教室へ入ると、女友達がわーっと寄ってきた。
「かなちゃん誕生日おめでとー! はいこれ、誕生日プレゼント」
「お、有難う。ところでさ、中学生の女の子に携帯灰皿のプレゼントってどうよ。しかもこれ、ダイソーに売ってるやつじゃん」
「私からはこれだよー。なんとみっつもー!」
「わぁうれしいー! 百円ライターがみっつもー!」
 他には、酒のお供にとおつまみとか、ドクロが描かれたネックレスとかだった。佐伯可奈子に乙女というイメージは皆無らしい。チョコはちゃんと交換した。
 私は両手に携帯灰皿などを抱え、自分の席につき、いそいそと鞄に突っ込んだ。で、窓際にいる夏海の席へいく。
「夏海、はいチョコ」
 すると夏海は顔をあげ、言った。
「……私の、ほしいの?」
「へ?」
「いや、なんでもない」
 そう言って、夏海は鞄からチョコを出し、私に渡した。
「手作りだからな。頑張ったんだからな。可奈子ちゃーんと食べてよ」
「わかってるって。私だって手作りよ」
 味わって食べなさい。隠し味はほんの少しのとんかつソース。
「ていうかぁ、あさって私立の試験だもんねぇ。なのに意外と不安にならないよね。なんか、いつも通り」
「まぁ、そんなもんでしょ」
 チャイムが鳴る。一時間目は、数学。
 センセイがやってきて、またつまらない一時間が始まる。
 ……だが、どうも学校だと勉強がはかどらない。ていうか、このセンセイはプリントをやらせるだけで、授業する気はあまりないらしい。塾の先生は、もっと効率のいい授業やるし、勉強以外のことも教えてくれるのにな。
 ふと、窓の外を見る。そういえば、今年は男にチョコあげなかったな。私も、実は夏海の言う通り、そういう面倒な人間関係が嫌になっているのかもしれない。
「おい、佐伯」
 ふと、数学のセンセイが私に話し掛けてきた。名前は田野。
「なに?」
「ぼけっと窓の外見てなに考えてたんだ。はやく遊びたいとか思ってたのか」
 無視する。
「おい、俺の話聞いてるのか」
「聞いてるから無視してるんだけど」
 しまった。反応してしまった。あぁ、もう我慢できない。悪口言われて、小突かれて、また悪口。黙っていられない。
「お前、教師を無視すんのか。性格ひんまがってんなぁ」
「子供に喧嘩売る大人のアンタが、一番ひんまがってるよ」
「おい、今なんて言った!」
「大人っていいですよね。特に教師。いつでも自分が一番。自分の思ってる事が全て正しいと思ってる。だから生徒や人の意見は受け入れない。自分が間違ったこと言って、生徒に正しいこと言われたら、暴言や暴力で黙らせる。嫌な世の中ですねぇ?」
「佐伯、お前調子にのるなよ」
 そう言って、田野は私の机を思い切り蹴飛ばした。
 センセイは、私達に何かしてくれただろうか。語るだけ語って、それで終わり。助けを求めると、もう子供じゃないんだから自分でやれ、と言う。なんで私達は、助けてもらうことに、そこまで負い目を感じなければならないのだろうか。
 目の前にいる田野が憎くてしょうがない。
「佐伯、お前タバコ吸ってるのか?」
「……なんでいきなり、そんなこと」
「お前はすぐ先生に反抗するからな。そういうやつはタバコ吸ってるもんなんだよ。吸いたくて吸いたくてしょうがないんだろ? じゃあ、良い方法を教えてやる。学校に来る前に、タバコを五本ぐらい一気に吸う。そしたら、学校にいる間は吸いたくなくなるぞ」
 なにを言ってるんだろう、このセンセイは。窓の方から机を蹴るような音がしたけど、今は気にしない。
「お前なぁ、麻薬とかやってないだろうな? やってんなら、早く止めろよ」
 私は、机を思い切り蹴飛ばし、鞄持って教室から出て行った。
 そしてトイレの個室に入り、気づくと涙がどんどん流れてきた。なんだよ、私は何もしてないのに。一年の時からそうだった。私は自分から何もしてないのに、あいつらはすぐに暴言を言ってくる。で、我慢できなくて、言い返してしまう。
 本当は、私だって普通におとなしく過ごしたいのに。
 急に、激しい音が聞こえた。強くドン、ドンと殴っているような音。……蹴られている?
「え、なに?」
「可奈子。いるんだろ。出てこいよ。あと十秒以内に出てこないと、突き破るぞ」
 扉を開けると、両手をブレザーのポケットに突っ込みながら、隣の扉を思い切り蹴飛ばしている夏海がいた。
「……やっほ」
「なんだ、そっちにいたのか。私、耳悪いんだな」
 どうやら泣き声が聞こえていたらしい。顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「ねぇ夏海。私、なんか悪いことしたのかな」
「してたら、ここに来ないさ」
「……ありがとう」
 夏海は、なにやら複雑な顔で、天を仰ぎほっぺたをポリポリと掻いている。これは、夏海が照れている時に必ずやる癖。
「別に、負い目を感じたりする必要ないんだ。だから、あんなアホのせいで泣くなんてやめろ。バカげてる。大丈夫、もう少しの辛抱だ。そうだよね、中学校は確かに、狭いよね」
 やっぱり夏海は優しい。最後の最後まで一緒について来てくれるのは夏海だけだ。
「……ねぇ、なんでチョコあげたとき、私のほしいの? なんて言ったの?」
「だって、可奈子友達多いのに、私なんかといたら、なんか……おかしいよ」
「そんなことないって」
「だって、私なんかといたら、可奈子悪口言われちゃうよ。変な目で見られるよ」
「そんなことない。大丈夫だよ」
 これ以上、これについて話したくなかった。夏海は変な所で弱気だ。私は十人の友達と夏海のどちらかを選べと言われたら、迷わず夏海を選ぶ。
 でも、なにものにも変えられないこの憎しみは、完全に私を支配している。このまま、泣いて終わりなんて、嫌だ。我慢、できない。

 二月十六日。北海道は私立試験のA日程を迎えた。
 私と夏海は西区にある十八軒高校を受ける。私は普通科を受けるが、夏海は頭が良いので特進科を受けている。公立は違う高校を受けるので、もしも二人とも公立に受かると、同じ高校に行けなくなる。
 そりゃあ、第一志望の公立に受かる事が望ましいけど、もしも二人とも落ちてしまえば、高校でも一緒にいられるという、かなり不謹慎で失礼なことを思っている。
 これまでずっと、試験となったらもう手足がガタガタして、ペンもロクに持てないんじゃないかと思ってたけど、別にそんなことはなく、ただ心臓の鼓動がいつもよりちょっと早いぐらいだった。
 なんつーか、試験というよりは、ちょっとしたお祭り気分みたい。
 だが、試験本番になり、緊張はしなかったものの絶望を感じた。
 サイアク。全然わからなかった。はっきり言ってかなりヤバイ出来だった。どうしよう。滑り止めの高校なのに、この出来は絶望的だ。
 全ての歯車が狂ってきた感じがした。学校のサボりは増えるばかりだし、私自身も、なんか最近学校へ行く気が失せてきたし、テストもサイアク。
 もう、いいや。私も、当分学校は行かない。ぜーんぶ、嫌になった。勉強は、塾で十分。

 学校を休んで三日目になった。もう夕方だけど、そろそろ塾の時間だ。
 チャリこいで塾へ行くと、夏海がちょこんと座っていた。
「やっほ。元気してた?」
「アンタ、この三日間何やってたんだ」
「ペン回しの特訓」
 実際かなりうまくなったので、夏海のペンを奪い取り、くるくると回す。
「サボるなよ。学校来なさいよ」
「いーやーだー! 受験なんか、もうむりむり。ぜんっぜん出来なかった。それに、学校行ってもセンセイうざいもん」
 私に、居場所なんてないんだ。
「なんだよ。勉強ならいつでも教えてやるよ。それに、私は学校で誰と話してればいいんだよ」
 少しムッときた。別に休むのは私の勝手じゃないか。ダレトハナシテレバ? そんなの、知るか。
「クラスに女の子十六人もいるじゃない。話せるじゃんさ」
 しまった。私はどうも感情的になりすぎる。夏海は、実はひどく不器用な性格だ。人と馴染む事がうまく出来ない。
 夏海はもともと大きい瞳をくりっと見開いた。まんまるの目が私を見つめる。表情は、驚きから哀しみへと変わっていった気がする。
「だ、だって。……いないもん!」
「へ?」
「今日学校に来たの、うちのクラスは全部で十五人だけだもん!」
 なんと。
「え、ど、どういうこと?」
「やっぱり、貴方と倉野のあの事件がきっかけだったのよ。実際きっかけなんて、なんでもよかったと思うけどね。私達の不満は限界ギリギリまできてたのよ。で、そのきっかけがあの事件。教師が生徒に暴力する場面は、衝撃的だよ」
「マ、マジ……?」
「マジマジだよ。不良ぶってるアホな奴らは、今こそ反乱だーとか言ってた」
 まぁそういうおバカ発言は置いといて。
「じゅ、十五人は驚いたね。でも、いいんじゃない?」
 そう言うと、夏海は呆れた顔をして、溜息を吐いた。いつもならここで話は終わるのだが、夏海は一言付け加えた。
「あのさ……。私、寂しかったんだけど」

 次の日、夏海のためにも行こうと思ったけど、朝学校に行くことを考えると、吐き気がしてきたのでまた休んだ。
 特にやる事もないので(朝から勉強はやる気が起きない)ゲームでもしようかと思ったら、ゲーム機がいきなり壊れた。ちゃんとディスクを読み込まない。で、よくゲーム機は壊れると冷蔵庫に入れると治るというので、えっさほいさとゲーム機を台所まで運び、冷蔵庫にぶち込んでみた。
 ……学校サボって、昼間からなにやってんだ、私は。
 昼頃、暇に耐えかねてスーパーをうろついていると、うちのクラスの生徒数人がたむろっているのを見かけた。
 その瞬間、凄まじい負の感情がこみあげてきた。そのサボり集団を見ていると、急に情けなくなってきた。
 何やってんだろう。あいつら、バカじゃないのか。……私もバカだ。
 私はこの二月、何をやっていたんだろうか? 愚痴って愚痴って夏海は迷惑だったんじゃないだろうか。夏海は、何があっても愚痴は言わなかった。挙句の果てにはひどいこと言って、傷つけてしまった。
 夏海は、なんだかんだいって、勉強を教えてくれようとしたし、授業抜け出してトイレに駆けつけて励ましてくれたし、チョコにとんかつソースいれたことも、あまり怒らなかったし……。
 あ、どうしよう。私、超わがままだ。急に恥ずかしくなってきた。どうしよう、どうしようどうしよう。夏海になんでもしてもらって、私はこんなバカな奴なんだ。
 あそこでたむろってる奴らと同じなんだ。もう、本当に全部が嫌になってきた。
 今、私に出来ることはなんだろうか? ……それは、学校に戻ることしかないと思った。私はスーパーを急いで飛び出して、走って家に戻った。急いで制服に着替えて、学校へと向かった。
 あいつらと同類なんて、死んでも嫌だ。

 昼休みが始まった直後に、私は教室に入った。
 人の少ない教室で一番最初に目に入ったのは、夏海”たち”であった。私はその様子を、ドアのところで少し観察することにした。
 夏海の周りには、数人の女子生徒がいる。
「笠原さんってさ、おとなしいわりにはスカート短いよね。可奈子より短いんじゃない? なーんか意外」
 だからなんだ。私はスカートの丈をぐいっと上げた。これで夏海より短くなった。
「かーさはらさん。いつも可奈子とさ、どんな話してるの? 可奈子、笠原さんといて楽しいのかな?」
 私は、気づくと勝手にコクンと頷いていた。
「ねぇ笠原さん。今度一緒に遊ばない? カラオケいこ、カラオケ」
 その女子生徒は、見下した笑顔でそう言った。夏海とカラオケに行く気なんかあるわけない。ただの嫌味だ。もしも夏海とカラオケいってみろ。すっごい音痴でビックリするぞ。
「可奈子と話してるの聞こえたんだけど、笠原さんはお酒好きなんだね。今度、一緒に飲もう」
「え、えーと。あの、私はぁ」
 夏海はおろおろと答える。もしも夏海と酒盛りしてみろ。荒れて荒れて手が付けられなくなるぞ。
「つか、さっきから全然喋んないね。可愛かったらなんでも許されると思うなよ」
「おい!」
 さすがに我慢できなくなり、お説教しようとしたところで、いきなり肩に痛みが走った。
「さえきぃ! なんだそのスカートは。短すぎるだろ! 膝に当たるぐらいって何度言ったらわかる? お前はそこまでして人に太股見せたいか!」
 しまった。生活指導の佐々木に見つかってしまった。佐々木は、私の肩をぐいっと掴み、どこかへ連れて行こうとした。
「……かなこ?」
 夏海が、ポカンとした顔で私を見て、そう言った。
「佐伯、ちょっと来い!」
「ちょっと! 肉を服みたいに掴まないでよ! マジで痛いって!」
 ガッシリと掴まれてるから、肩にはかなりの跡がついてるだろう。ちきしょう。

 十分ほど説教をくらい、私は教室へ戻った。
「夏海、おはよう!」
「もう昼だよ。……学校、やっと来たね」
「まぁ、ね」
「で、何しにきた?」
「え……勉強と、夏海に会いにだよ」
 夏海は、わざとらしく溜息をして、言った。
「か、ば、ん」
「あ……」
「教科書、見せてあげる」
 最高の笑顔で、夏海はそう言った。やっぱり、私は夏海にお世話になってばかりだ。
 ダメだ、このままじゃいけないんだ。甘えてちゃダメなんだ。なんか、解った気がする。
 私は、嫌なこと全てを、周りの環境の悪さのせいにして、他人に押し付けて逃げていた。それは自己中で、甘えで、わがままで、あまりにもガキくさかった。
「ていうか、さっきのやつらは?」
「可奈子に気づいたら、どっか行った。……私、やっぱ可奈子いないとなんにも出来ないや」
 ……へ? そ、それは逆だよ。私、夏海いないとなんにも出来ないよ?
「な、なに言ってんのさ。貴方は凄くしっかりしてるじゃない。いつも助けられてるのは、私だよ。ごめんね、本当にごめんね」」
「違うさ。私は、アンタがいなきゃ誰とも喋れないし、学校にも来てなかったよ。今だって、可奈子がいなかったら、あいつらまだ私にちょっかい出してたよ。耐えられなくて泣いてたかも」
 チャイムが鳴った。そのチャイムは、どことなく心地よかった。

 放課後、私と夏海は職員室にいた。お目当ては”鍵”だ。学校の鍵は、全部箱に突っ込んであり、それはもちろんセンセイの許可がいる。
 そして、名も知らぬ適当なセンセイに話し掛ける。
「ねぇ、ちょっと鍵借りるけど、いいよね?」
「……は?」
 夏海が代わって話し始めた。
「センセイ、ちょっと今から勉強したくて。図書室が込んでるので、空き教室を使いたいんですが、鍵を貸してくれないでしょうか?」
「お、偉いな。ほら、そこのプリンタの横に置いてあるから、取ってけ」
 アイコンタクトで「やったね」と言い合う。
 箱には色々な鍵が入っており、鍵には小さい紙(画用紙を適当に破ったもの)がセロテープで貼ってある。で、その紙にはサインペンで視聴覚室とか、音楽室とか書いてある。
 夏海は、すぐに一年七組(現在一年生は六組までしかないので、七組は空き教室なのだ)の鍵を手に取り、一年七組と書かれた紙をビリッとはがし、次に屋上の鍵を手に取り、同じように紙をはがし、二つとも違う鍵にくっつけた。
 つまり、すりかえたのだ。夏海は何もなかったような表情で屋上の鍵(紙はもちろん一年七組のものが貼ってある)を持ち出し、センセイに見せる。
「よし、いいぞ。勉強頑張れよ。もう少しで公立の試験だしな」

 屋上の扉を開け、屋上に出る。
「……寒い!」
 バカだった。今は二月中旬。絶頂に寒い時期に屋上に上がるんだから、コート持ってくりゃよかった。でも、教室に戻るのも面倒だった。
「で、話ってなんだい。夏海」
 夏海の髪は風で揺れ、波をざぁざぁと宙に描いている。
「ごめんね」
「私が貸したエムディー無くしたことか。いいよ、別に」
「そうじゃないもん」
 夏海はくいっと空を見上げた。
「あの、ね。可奈子、いつも私といてくれるけど、ずっとではないでしょ。他の子とも一緒にいるでしょ。でね、私一人のときって大体教室で本を読んでるんだけど……」
 夏海は、すぅっと息を吸い、続けた。
「女の子に頑張って話し掛けたことはあるの。でも、みんなシカトするんだ。ただ……」
「ただ?」
「男の子は話し掛けてくるとき、たまにあるんだ。でね、そのときに、ふっかけたの」
 なかなかピンとこないことをぐだぐだと言っている。ふっかけた?
「もう、この学校はダメだ、とか。可奈子があんな目にあって、このままでいいのかって……」
「へ?」
「ごめん! 私、いつも生意気なこと言ってたけど、違うんだ。頭ではわかってるけど、違う。私が一番幼いんだ。もう学校が嫌で嫌でしょうがなくて、センセイ大嫌いで、我慢できなくなってたんだ。倉野、なんだよ。可奈子のこと小突いて、腹たって、苛々が治まらなくて……。男子に可奈子の名前出して、いっそのことサボっちゃえばとか、言ったんだ」
 ……それは、つまり。
「このサボり騒動は、私のせいだ。でも、悪気はなかったんだ。ただ、可奈子が凄くかわいそうだと思って、なんとかしたくて、でもここまでみんながサボるなんて全然……」
「い、いいよ夏海。いつも迷惑かけてるの私でしょ。つーか、サボりなんて別にどうでもいいじゃない。私達だって結構……」
「そういう問題じゃないの。だって、私は可奈子を利用したんだ。可奈子の名前出して、サボるようにあおったんだ」
「で、でも”サボれ”とは言ってないでしょ。”サボっちゃえば”でしょ」
「同じようなことだよ。私は最低なんだ。可奈子いないと何も出来ないくせに、可奈子の名前だして、こんなことに……。それに私のせいで、みんなサボっちゃったんだよ……?」
 なにを、言ってるんだろうか。怒るわけないじゃないか。いつもわがまま言ってるのは私だ。
 そんなこと、非常にどうでもいい。私も数日サボってわかったけど、サボると非常に暇で死にそうになった。家で悶々としてると、それこそ絶望を感じる。憂鬱になってくる。
 どうせ、サボってる奴らはそろそろ、徐々に戻ってくるだろう。公立の試験は近い。そして、卒業も近い。二月、そして三月に学校に来ないなんて、あまりにも寂しすぎる。
 もう、中学生として生きることの出来る時間は、残り少ない。
 私は、スカートのポケットの中をがさごそと探り、口紅を取り出して、夏海の唇に塗った。
「……ふぇ?」
「さっきも言ったけど、私だって迷惑かけてるさ。それに、今回のことで別に迷惑なんて思ってないよ。ただ、あぁそうなんだって思うぐらいだよ。私、何も被害受けてないし」
「でも」
「でも夏海が許せないんなら、そうだね。お化粧させてくれたら許してあげる。一度でいいから、人を自由に化粧して遊んでみたかったんだ」
 夏海は、ほとんど泣きそうな顔で、頷いた。私はいそいそと夏海の顔に化粧を施していく。夏海は顔真っ赤。
 ……ていうか、このまま学校歩いたら確実に怒られるよなぁ。帰る時は誰にも見つからないように帰らないといけない。
 それはそれで、結構楽しそう。
「ねぇ、夏海。私、気づいたことがあるんだ」
「なに?」
「これまで、自分の居場所が何処にあるか解んなかったけど、わかったよ」
「どこ?」




「学校、かな」

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