ハインリッヒ=アレクサンダー=ルードヴィッヒ=ペーター=プリンツ=ツー=ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザインは、ドイツ夜間戦闘機隊第三位に当たる83機撃墜のスコアを持つエースパイロットです。
ザイン＝ヴィトゲンシュタイン家はラインラントの名門伯爵家で、1591年以後は傍系から婿養子を迎えた関係でザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン伯爵家と呼ばれるようになりました。
一方、伯爵家傍系のザイン＝ヴィトゲンシュタイン＝ルートヴィヒスブルク家は代々軍人としてロマノフ朝ロシア帝国に仕えていましたが、ペーター=ツー=ザイン＝ヴィトゲンシュタイン＝ルートヴィヒスブルク(1769〜1843)将軍がナポレオン戦争で活躍、ロシア帝国軍最高司令官・陸軍元帥に登り詰め、プロイセン国王フリードリヒ=ヴィルヘルム３世からも侯爵(Fürst)に叙されました。
その子ルートヴィヒ=アドルフ=フリードリヒ(1799〜1866)は1846年に本家の家系が絶えたため、1861年にザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン家の家督も継承、同家は侯爵家に格上げされる事となりました。そして、長男テオドール=フリードリヒ(1836〜1909)にロシアの領地を、次男のルードヴィヒ(1843〜76)にドイツの領地を継承させましたが、ルードヴィヒが子の無いまま死去したため、一旦、テオドール=フリードリヒがドイツ領も継承しました。
テオドール=フリードリヒが死去した後、ロシアの領地は息子のゲンリッヒ(1879〜1919)が、ドイツの領地は末弟(ルートヴィヒ=アドルフ=フリードリヒの三男)アレクサンダー(1847〜1940)が継承、ロシアの侯爵家とドイツの侯爵家に家系が分かれる事となったのです。
さて、アレクサンダー=ツー=ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン侯爵には、三人の息子がいました。長男がアウグスト=スタニスラウス(1872〜1958)、次男がフリードリヒ=ゴットフリート=マリア(1875〜50)、三男がグスタフ=アレクサンダー(1880〜1953)です。
グスタフ=アレクサンダー=プリンツ=ツー=ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザインは外交官として活躍し、1914年５月30日にバイエルン王国の王都ミュンヘンに於いてフリーゼン男爵令嬢ヴァルブルガと結婚、第一次世界大戦勃発後は中立国デンマーク王国へ赴任しました。そして、コペンハーゲンに於いて、1915年５月４日に長男ルードヴィッヒ(1915〜62)、1916年８月14日に次男ハインリッヒ=アレクサンダー=ルードヴィッヒ=ペーター(以後ハインリッヒと略)が生まれたのです。なお、その後、三男アレクサンダー=フランツ=レオ(1925〜45)も生まれました。
因みに、ドイツ貴族の称号としては“von”が有名ですが、“zu”も貴族の称号です。vonは英語の“of”と同義の前置詞で、本来は後に続く語が領地の地名を意味していました。しかし、中世後半以後は、vonの後の語は単なる姓を意味する場合が増えたため、出身地や現に支配している領地を明示するために英語の“to”と同義の前置詞であるzuを用いる事も行われたのです。
また、ドイツでは侯爵以上の上級貴族・王族・皇族の当主以外の男子にプリンツの称号が与えられます。従って、本稿の主人公は「王子」で無く、「侯爵の三男の次男」ですので、誤解無きよう御願いします。
さて、ハインリッヒ少年は、1919年に父の転勤に伴ってスイス連邦へ赴き、レマン湖畔で家庭教師から教育を受けた後、1926年にバイエルン州ノイボイアーンのボーディングスクール(全寮制寄宿学校)に入学しましたが、病弱だったため、翌年、両親のいるスイス連邦のダボスの公立学校に転校、続いてモントルーの公立学校に転じた後に帰国、1932年春にバーデン州フライブルクのギムナジウム(９年制中等教育機関)に転入しました。
折しも、ナチス党党首ヒトラー陸軍伍長が現職のヒンデンブルク陸軍元帥に挑んだ大統領選挙の最中でしたが、スイス暮らしの長かった少年には、新興のナチス党のパフォ−マンスは衝撃的だったようで、忽ち感応されたハインリッヒは早速４月12日に15歳でヒトラーユーゲントに入隊しました。そして、ヒトラー内閣誕生直前の1933年１月15日にグループ長（Kameradschaftsführer）になり、1933年の復活祭から秋まで「Wehrsportleiter」という軍事スポーツ活動のグループを率いました。
ハインリヒ少年は、その後、1934年５月まで指導部隊（Ausbildungsschar）の指揮を執り、同年６月からは実践隊（2/1/113、Gefolgschaft）を率い、113隊（Bann）所属の指導者達と地域リーダー学校（Gebietsführerschule）で更なる準軍事スポーツ訓練を受けました。
一方、ハインリッヒ少年は学業も怠らず、1935年12月17日にはアビトゥーア(大学入学資格)に合格しましたが、大学には進学せず、徴兵に備える組織である国家労働奉仕団で活動した後、1937年４月に軍務に服する事を決意、バイエルト大管区バンベルクの第17騎兵連隊へ志願入隊しました。同年夏にドイツ空軍へ転籍となり、10月にジュードハノーファー・ブラウンシュヴァイク大管区ブラウンシュヴァイク市の航空士官学校へ入校、1938年６月に早くも少尉任官を果たしました。
ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン(以後ヴィトゲンシュタインと略)少尉は双発機パイロット資格を得て、様々な飛行場で勤務に就き、Ju88やHe111を操縦する事もありましたが、基本的には観測員として乗務していました。
ヴィトゲンシュタイン少尉は1939年５月１日にクルヘッセン大管区フリッツラー駐屯の第54爆撃航空団(司令；ヴァルター=ラックナー大佐)が新設されると、そこへ配属され、同年９月１日の開戦を迎えました。
第54爆撃航空団は英仏軍に備える第２航空軍(軍司令官；ヘルムート=フェルミ大将)に所属していたため、ヴィトゲンシュタイン少尉にポーランド戦での出番はありませんでした。同年12月18日、ポーランドから第１爆撃航空団(司令；エルンスト=エクスス大佐)が第２航空軍麾下に転進して来ると、ヴィトゲンシュタイン少尉はそちらへ転属となり、第３飛行隊長ゲルハルト=バーカー中尉のHe111で観測員を務める事となりました。
1940年５月10日、西部戦線での大攻勢“ファル=ゲルブ”が開始されると、ヴィトゲンシュタイン少尉はベルギー王国リエージュ要塞への空爆で初実戦を体験し、６月５日に第二級鉄十字章、26日に第一級鉄十字章を受章、同年夏のバトル=オヴ=ブリテンでは、バーカー中尉が実施したビッギンヒルの英空軍基地への高高度作戦飛行等に参加しています。
なお、同年８月12日に祖父アレクサンダー侯爵が死去、伯父のアウグスト=スタニスラウスが爵位を継承しています。
同年末にヴィトゲンシュタイン少尉はパイロット訓練学校に戻り、夜間飛行任務に必須の盲目飛行に習熟していることを認定した「'C2'-免許」として知られる「空軍高等パイロット２種免許」（Erweiterter Luftwaffen-Flugzeugführerschein 2）を取得し、1941年３月に第１爆撃航空団(司令；カール=アンゲルシュタイン少将)へ復帰しました。
やがてバルバロッサ作戦の準備のために第１爆撃航空団はオストプロイセン大管区アイヒヴァルデへ移動して北方軍集団(司令官；ヴィルヘルム=リッター=フォン=レープ元帥)を支援する第１航空軍(司令官；アルフレート=ケラー上級大将)に配属されました。
同年６月22日に作戦が発動されると、ヴィトゲンシュタイン少尉は双発爆撃機Ju88のパイロットとしてリエパーヤ・イェルガヴァ・リガ等の厳重な防衛体制が整えられた敵飛行場を目標とした作戦に参加しました。
しかし、貴族として狩猟を趣味としていたヴィトゲンシュタイン少尉は、かねてから爆撃よりも狩猟に通じる空中戦に憧れを抱いており、同年８月に同じ双発機を用いる夜間戦闘機隊への転属が認められて、形式上第51爆撃航空団(司令；パウル=ケースター大佐)へ移籍した上で夜間戦闘機隊の訓練を受ける事となりました。この時までにヴィトゲンシュタイン少尉は爆撃機隊で150回の出撃を経験していました。
1941年11月１日にヴィトゲンシュタイン少尉は、オランダのレーワルデンに司令部を置く新設の第２夜間戦闘航空団（司令；カール=ヒュルショフ少佐)第３飛行隊(隊長；ヘルベルト=ベンシュ大尉)第９飛行中隊長に任命されて中尉に昇進、夜間戦闘機型のJu88Cを操縦する事となりましたが、なかなか初撃墜を記録出来ませんでした。
しかし、1942年５月６日夜にワルヘレンの西方40�卉賄世捻儼海料佝�爆撃機ブリストル・ブレニムを撃墜する事に成功、コツを掴んだ後はどんどんスコアを伸ばして行き、７月23日には一晩で３機を屠って17機撃墜を達成、８月21日にドイツ十字金章を受章しています。
続いて９月10日にも一晩で３機を葬ってスコアを21に伸ばし、22機目を撃墜した後の同年10月７日に全夜間戦闘航空団を統轄する第12航空軍団長ヨーゼフ=カムフーバー中将から騎士十字章を授与され、同時に大尉へ昇進しました。
ヴィトゲンシュタイン大尉は同年12月１日に第５夜間戦闘航空団（司令；フリッツ=シャッファー少佐）の第４飛行隊長に任命されましたが、同航空団は1943年２月に夜間戦闘航空団としては例外的に東部戦線へ転戦する事となったのです。ここでヘルベルト=キュムリッツ伍長が無線士兼レーダー操作員としてヴィトゲンシュタイン大尉機に登場する事となりました。キュムリッツ伍長は戦前に帝都ベルリンのテレフンケン社で短波無線技術を習得していた人物で、オストハノーファー大管区シュターデに駐屯する第３夜間戦闘航空団第２飛行隊に於いて６ヶ月のBf 110搭乗経験がありました。名門貴族出身で傲慢不遜な性格だったヴィトゲンシュタイン大尉は、それまでの全ての無線士兼レーダー操作員を数回共に飛行した後で、「無能」と決め付けて交替させており、目標を見失ったレーダー手に対して機内で不動の姿勢を取らせ、三日間に亙って搭乗させるだけで任務をやらせなかった事すらありました。しかし、キュムリッツ伍長の登場で、ヴィトゲンシュタイン大尉は漸く有能な相棒に巡り合えたのです。
さて、東部戦線に於ける夜間航空戦は、安眠妨害を目的として散発的に来襲する夜間襲撃機や戦線後方のパルチザンに物資補給を行う輸送機等を対象とした小規模なもので、地上管制システムも無いに等しい状況でしたが、レーダーを全く持たないソ連軍相手の夜間戦闘はドイツ軍による一方的殺戮であり、ヴィトゲンシュタイン大尉は馴染のJu 88C‐6で少ない空戦機会で着実にスコアを伸ばして行きました。
ヴィトゲンシュタイン大尉の乗機コードはC9＋AEでした。
この間、1943年３月〜６月に第４飛行隊はカムフーバー大将の命で、フランスにあるUボート基地の防衛のためにブルターニュ地域圏の首府レンヌへ一時的に移動しました。そして、６月下旬に第４飛行隊は装備機をBf 110に改編する命令を受け、機種転換のためオランダのギルゼレイエンに赴きました。６月24日夜、英軍重爆編隊襲来の報を受けたヴィトゲンシュタイン大尉はBf 110に初搭乗してみましたが、この機体はすぐに故障してしまったため、直ちに馴染のJu88Cに乗り換え、一晩で４機ものアブロ・ランカスター四発重爆を屠り、通算スコアを35に伸ばしました。
そしてヴィトゲンシュタイン大尉は以後Bf 110への搭乗を拒否、カムフーバー大将もJu88に乗り続ける事を認めざるを得ませんでした。この時期、ヴィトゲンシュタイン大尉は、C9＋AEの外、C9＋DEを用いる事もありました。
７月に第４飛行隊は東部戦線へ戻り、オストプロイセン大管区インステルブルクに駐屯しましたが、直ちにツィタデレ作戦中止で後退する中央軍集団(司令官；ギュンター=フォン=クルーゲ元帥)支援のためクルスク方面へ出撃、７月24日にヴィトゲンシュタイン大尉はオリョール北東地域に於いて僅か47分間で６機のソ連軍機を撃墜、スコアを41に伸ばしています。
東部戦線が崩壊する中、1943年８月１日に第５夜間戦闘航空団第４飛行隊は、第100夜間戦闘航空団第１飛行隊と改称されましたが、その夜ヴィトゲンシュタイン大尉は３機のソ連機を屠り、８月３日夜にも３機を葬って50機撃墜を達成しました。
ヴィトゲンシュタイン大尉は同年８月15日に、東部戦線を去ってオストハノーファー大管区シュターデに司令部を置く第３夜間戦闘航空団の第２飛行隊長に転じました。第３夜間戦闘航空団司令は当時撃墜数73(うち夜間は65)のスコアを持つ夜間戦闘機隊トップエースのヘルムート=レント少佐《http://
そして、ヴィトゲンシュタイン大尉は54機目を撃墜した後の8月31日に柏葉騎士十字章受章が決定、オストプロイセン大管区の総統大本営ヴォルフスシャンツェで総統自ら授章式を行う事となったのです。
実は当時、ヴィトゲンシュタイン大尉は少年時代には憧憬の的だったヒトラー総統に全く失望しており、「ドイツがアカ共の軍靴に蹂躙される前に、身分卑しき成り上がり者を誅し、ドイツを破滅から救うのが名門貴族たる自分の使命だ」と思い詰めていて、母親のヴァルブルガや親交のあったタティアナ=メッテルニヒ侯爵夫人(1915〜2006)に対して「薄汚い平民でありながら国家元首を僭称しているヒトラー伍長を授章式で射殺する。自分は独身なので妻子が巻き込まれる事は無く、犠牲者は自分一人だけで済む」との決意を語る一方、レント少佐の撃墜記録を越えるという野心も抱いて葛藤していました。
なお、タティアナはロシアの名門貴族ヴィスリチコフ公爵の娘で、かのウィーン体制の指導者たるオーストリア帝國宰相クレメンス=メッテルニヒ侯爵の曾孫であるパウル=アルフォンス=フォン=メッテルニヒ=ヴィンネブルク侯爵と結婚、夫と共に密かに反ナチス運動を行っていた女性です。
さて、ヴィトゲンシュタイン大尉への柏葉騎士十字章授与式は1943年９月22日に滞りなく行われました。結局、ヴィトゲンシュタイン大尉はレント少佐の記録を抜く野心を優先させた訳です。
なお、1943年10月に無線士・レーダー操作員がフリードリヒ=オストハイマー軍曹へ交替していますが、オストハイマー軍曹もヴィトゲンシュタイン大尉を充分に満足させる技能の持ち主でした。
1943年12月１日、ヴィトゲンシュタイン大尉は古巣の第２夜間戦闘航空団（司令；カール=ヒュルショフ中佐)第２飛行隊長に転任してオランダへ赴き、年末までにスコアを68まで伸ばしました。
そして、ヴィトゲンシュタイン大尉は1944年元日に第２夜間戦闘航空団司令に任命され、同時に少佐昇進を果たしたのです。
ヴィトゲンシュタイン少佐は司令就任当夜に自ら出撃して英軍四発重爆６機を一挙に屠る快挙を成し遂げています。
門閥貴族らしく傲慢なヴィトゲンシュタイン少佐は、襲来する敵爆撃機に最上の接敵が出来るまで出撃命令を無視して地上待機をする事があり、自分が到着する前に既に他の戦闘機が敵機を捕捉していると"Hier Wittgenstein—geh weg!"(ヴィトゲンシュタイン参上。そこをどけ!)と命令して戦果を横取りする事がありました。
このため。本土防衛戦闘機隊総監ヴォルフガング=ファルク大佐はヴィトゲンシュタイン少佐を指揮官の器では無いと評していましたが、その類い稀な戦闘技能については高く評価しており、「彼は驚くべき第六感、敵機の居場所を見出したり感じる直感を持ち合わせていた。これは人間レーダーとでも言うべきものであり、彼の空中射撃能力は素晴らしいものであった」と述べています。
1944年１月20日、ヴィトゲンシュタイン少佐は帝都ベルリン上空で英軍重爆３機を屠り、通算スコアを78としましたが、３機目のアブロ・ランカスターが乗機のJu88の真上に落下して来る事態とを招き、辛うじて空中衝突は避けられたものの、Ju88は制御不能となってしまいました。ヴィトゲンシュタイン少佐は胴体着陸で難を逃れましたが、不時着した機体を点検すると主翼約２ｍ分がランカスター機のプロペラで切断されている事が判明したのです。
こうして、死神の魔手から逃れたかに思われたヴィトゲンシュタイン少佐でしたが、その翌日の１月21日、地上管制と対空レーダーとの連携戦法である「ザーメ・ザウ」を実施するため、通常は第２夜間戦闘航空団の技術将校に割り当てられているJu88（機番：R4+XM・製造番号：750467）に搭乗して離陸しました。
2200時、ヴィトゲンシュタイン少佐は捕捉した最初の５機のアブロ・ランカスター編隊を攻撃し、2205時に１機を撃墜、2215時までに２機目も屠りました。続いてヴィトゲンシュタイン少佐は、2230頃時に３機目、2240時に４機目も葬り、2315時には５機目にも命中弾を叩き込んで炎上させましたが、ここで突如英軍夜間戦闘機からの攻撃を受け、Ju88は左翼から出火してしまったのです。
ヴィトゲンシュタイン少佐は直ちに搭乗員に脱出するように命じ、無線士兼レーダー操作員のオストハイマー軍曹と機上整備員のクルト=マッツライト伍長は被弾した機体から無事にパラシュートで脱出する事に成功しましたが、ヴィトゲンシュタイン少佐の安否は確認されませんでした。
翌１月22日、マクデブルクアンハルト大管区シュテンダル近くのリューバースに属する森林地帯に於いて、Ju88の残骸の傍でヴィトゲンシュタイン少佐の遺体が発見されました。パラシュートが開傘しない状態で発見された事からヴィトゲンシュタイン少佐は機外へ脱出しようとして垂直尾翼に頭部を強打したと推測され、死因は「頭蓋骨の閉鎖骨折と顔面骨折」と診断されました。享年27。
ヴィトゲンシュタイン機を撃墜したのはオストハイマー軍曹の証言で夜戦型のデハビランド・モスキートだと確認されていましたが、当夜に撃墜を申告したモスキート機のパイロットはおらず、状況は謎に包まれていました。しかし、最近の研究で、マクデブルク攻撃に参加した英第141飛行隊所属のデスモン=スナイプ特務軍曹のモスキートFII機が2315時にJu88を攻撃、コックピット後方に損害を与えたものの撃墜を確認出来なかったため申告していなかった事が判明、スナイプ特務軍曹こそが天翔けるプリンツに引導を渡した男である事が確実になりました。
ヴィトゲンシュタイン少佐は320回の作戦任務(うち150回は爆撃任務)に出撃し、最終撃墜スコアは83でした。ライヴァルだったレント少佐のこの時点でのスコアは89でしたから、ヴィトゲンシュタイン少佐は遂に及ばなかった訳です。
1944年１月23日、ヴィトゲンシュタイン少佐には剣付柏葉騎鉄十字章が死後授与されました。
ヴィトゲンシュタイン少佐の遺体は、1944年１月29日にオランダのデーレン飛行場にある第２夜間戦闘航空団墓地に埋葬されましたが、1948年に改葬され、現在はオランダ王国エイセルスタインのドイツ軍人墓地に眠っています。隣には、やはり上級貴族出身の夜戦エースだったエグモント=プリンツ=ツール=リッペ=ヴァイセンフェルト少佐の墓があります。
なお、1958年にヴィトゲンシュタイン少佐の伯父であるアウグスト=スタニスラウス侯爵が子を残さぬまま死去、その次弟フリードリヒ=ゴットフリート=マリアも1950年に子を残さぬまま死去していたため、1953年に死去していた三弟グスタフ=アレクサンダー(ヴィトゲンシュタイン少佐の父)の長男であるルードヴィヒ、即ちヴィトゲンシュタイン少佐の兄が侯爵位を継承しました。
1962年にルードヴィヒ侯爵が死去した後は、その長男アレクサンダー(1943〜)がザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン侯爵家の当主となっています。
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ザイン＝ヴィトゲンシュタイン家はラインラントの名門伯爵家で、1591年以後は傍系から婿養子を迎えた関係でザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン伯爵家と呼ばれるようになりました。
一方、伯爵家傍系のザイン＝ヴィトゲンシュタイン＝ルートヴィヒスブルク家は代々軍人としてロマノフ朝ロシア帝国に仕えていましたが、ペーター=ツー=ザイン＝ヴィトゲンシュタイン＝ルートヴィヒスブルク(1769〜1843)将軍がナポレオン戦争で活躍、ロシア帝国軍最高司令官・陸軍元帥に登り詰め、プロイセン国王フリードリヒ=ヴィルヘルム３世からも侯爵(Fürst)に叙されました。
その子ルートヴィヒ=アドルフ=フリードリヒ(1799〜1866)は1846年に本家の家系が絶えたため、1861年にザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン家の家督も継承、同家は侯爵家に格上げされる事となりました。そして、長男テオドール=フリードリヒ(1836〜1909)にロシアの領地を、次男のルードヴィヒ(1843〜76)にドイツの領地を継承させましたが、ルードヴィヒが子の無いまま死去したため、一旦、テオドール=フリードリヒがドイツ領も継承しました。
テオドール=フリードリヒが死去した後、ロシアの領地は息子のゲンリッヒ(1879〜1919)が、ドイツの領地は末弟(ルートヴィヒ=アドルフ=フリードリヒの三男)アレクサンダー(1847〜1940)が継承、ロシアの侯爵家とドイツの侯爵家に家系が分かれる事となったのです。
さて、アレクサンダー=ツー=ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン侯爵には、三人の息子がいました。長男がアウグスト=スタニスラウス(1872〜1958)、次男がフリードリヒ=ゴットフリート=マリア(1875〜50)、三男がグスタフ=アレクサンダー(1880〜1953)です。
グスタフ=アレクサンダー=プリンツ=ツー=ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザインは外交官として活躍し、1914年５月30日にバイエルン王国の王都ミュンヘンに於いてフリーゼン男爵令嬢ヴァルブルガと結婚、第一次世界大戦勃発後は中立国デンマーク王国へ赴任しました。そして、コペンハーゲンに於いて、1915年５月４日に長男ルードヴィッヒ(1915〜62)、1916年８月14日に次男ハインリッヒ=アレクサンダー=ルードヴィッヒ=ペーター(以後ハインリッヒと略)が生まれたのです。なお、その後、三男アレクサンダー=フランツ=レオ(1925〜45)も生まれました。
因みに、ドイツ貴族の称号としては“von”が有名ですが、“zu”も貴族の称号です。vonは英語の“of”と同義の前置詞で、本来は後に続く語が領地の地名を意味していました。しかし、中世後半以後は、vonの後の語は単なる姓を意味する場合が増えたため、出身地や現に支配している領地を明示するために英語の“to”と同義の前置詞であるzuを用いる事も行われたのです。
また、ドイツでは侯爵以上の上級貴族・王族・皇族の当主以外の男子にプリンツの称号が与えられます。従って、本稿の主人公は「王子」で無く、「侯爵の三男の次男」ですので、誤解無きよう御願いします。
さて、ハインリッヒ少年は、1919年に父の転勤に伴ってスイス連邦へ赴き、レマン湖畔で家庭教師から教育を受けた後、1926年にバイエルン州ノイボイアーンのボーディングスクール(全寮制寄宿学校)に入学しましたが、病弱だったため、翌年、両親のいるスイス連邦のダボスの公立学校に転校、続いてモントルーの公立学校に転じた後に帰国、1932年春にバーデン州フライブルクのギムナジウム(９年制中等教育機関)に転入しました。
折しも、ナチス党党首ヒトラー陸軍伍長が現職のヒンデンブルク陸軍元帥に挑んだ大統領選挙の最中でしたが、スイス暮らしの長かった少年には、新興のナチス党のパフォ−マンスは衝撃的だったようで、忽ち感応されたハインリッヒは早速４月12日に15歳でヒトラーユーゲントに入隊しました。そして、ヒトラー内閣誕生直前の1933年１月15日にグループ長（Kameradschaftsführer）になり、1933年の復活祭から秋まで「Wehrsportleiter」という軍事スポーツ活動のグループを率いました。
ハインリヒ少年は、その後、1934年５月まで指導部隊（Ausbildungsschar）の指揮を執り、同年６月からは実践隊（2/1/113、Gefolgschaft）を率い、113隊（Bann）所属の指導者達と地域リーダー学校（Gebietsführerschule）で更なる準軍事スポーツ訓練を受けました。
一方、ハインリッヒ少年は学業も怠らず、1935年12月17日にはアビトゥーア(大学入学資格)に合格しましたが、大学には進学せず、徴兵に備える組織である国家労働奉仕団で活動した後、1937年４月に軍務に服する事を決意、バイエルト大管区バンベルクの第17騎兵連隊へ志願入隊しました。同年夏にドイツ空軍へ転籍となり、10月にジュードハノーファー・ブラウンシュヴァイク大管区ブラウンシュヴァイク市の航空士官学校へ入校、1938年６月に早くも少尉任官を果たしました。
ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン(以後ヴィトゲンシュタインと略)少尉は双発機パイロット資格を得て、様々な飛行場で勤務に就き、Ju88やHe111を操縦する事もありましたが、基本的には観測員として乗務していました。
ヴィトゲンシュタイン少尉は1939年５月１日にクルヘッセン大管区フリッツラー駐屯の第54爆撃航空団(司令；ヴァルター=ラックナー大佐)が新設されると、そこへ配属され、同年９月１日の開戦を迎えました。
第54爆撃航空団は英仏軍に備える第２航空軍(軍司令官；ヘルムート=フェルミ大将)に所属していたため、ヴィトゲンシュタイン少尉にポーランド戦での出番はありませんでした。同年12月18日、ポーランドから第１爆撃航空団(司令；エルンスト=エクスス大佐)が第２航空軍麾下に転進して来ると、ヴィトゲンシュタイン少尉はそちらへ転属となり、第３飛行隊長ゲルハルト=バーカー中尉のHe111で観測員を務める事となりました。
1940年５月10日、西部戦線での大攻勢“ファル=ゲルブ”が開始されると、ヴィトゲンシュタイン少尉はベルギー王国リエージュ要塞への空爆で初実戦を体験し、６月５日に第二級鉄十字章、26日に第一級鉄十字章を受章、同年夏のバトル=オヴ=ブリテンでは、バーカー中尉が実施したビッギンヒルの英空軍基地への高高度作戦飛行等に参加しています。
なお、同年８月12日に祖父アレクサンダー侯爵が死去、伯父のアウグスト=スタニスラウスが爵位を継承しています。
同年末にヴィトゲンシュタイン少尉はパイロット訓練学校に戻り、夜間飛行任務に必須の盲目飛行に習熟していることを認定した「'C2'-免許」として知られる「空軍高等パイロット２種免許」（Erweiterter Luftwaffen-Flugzeugführerschein 2）を取得し、1941年３月に第１爆撃航空団(司令；カール=アンゲルシュタイン少将)へ復帰しました。
やがてバルバロッサ作戦の準備のために第１爆撃航空団はオストプロイセン大管区アイヒヴァルデへ移動して北方軍集団(司令官；ヴィルヘルム=リッター=フォン=レープ元帥)を支援する第１航空軍(司令官；アルフレート=ケラー上級大将)に配属されました。
同年６月22日に作戦が発動されると、ヴィトゲンシュタイン少尉は双発爆撃機Ju88のパイロットとしてリエパーヤ・イェルガヴァ・リガ等の厳重な防衛体制が整えられた敵飛行場を目標とした作戦に参加しました。
しかし、貴族として狩猟を趣味としていたヴィトゲンシュタイン少尉は、かねてから爆撃よりも狩猟に通じる空中戦に憧れを抱いており、同年８月に同じ双発機を用いる夜間戦闘機隊への転属が認められて、形式上第51爆撃航空団(司令；パウル=ケースター大佐)へ移籍した上で夜間戦闘機隊の訓練を受ける事となりました。この時までにヴィトゲンシュタイン少尉は爆撃機隊で150回の出撃を経験していました。
1941年11月１日にヴィトゲンシュタイン少尉は、オランダのレーワルデンに司令部を置く新設の第２夜間戦闘航空団（司令；カール=ヒュルショフ少佐)第３飛行隊(隊長；ヘルベルト=ベンシュ大尉)第９飛行中隊長に任命されて中尉に昇進、夜間戦闘機型のJu88Cを操縦する事となりましたが、なかなか初撃墜を記録出来ませんでした。
しかし、1942年５月６日夜にワルヘレンの西方40�卉賄世捻儼海料佝�爆撃機ブリストル・ブレニムを撃墜する事に成功、コツを掴んだ後はどんどんスコアを伸ばして行き、７月23日には一晩で３機を屠って17機撃墜を達成、８月21日にドイツ十字金章を受章しています。
続いて９月10日にも一晩で３機を葬ってスコアを21に伸ばし、22機目を撃墜した後の同年10月７日に全夜間戦闘航空団を統轄する第12航空軍団長ヨーゼフ=カムフーバー中将から騎士十字章を授与され、同時に大尉へ昇進しました。
ヴィトゲンシュタイン大尉は同年12月１日に第５夜間戦闘航空団（司令；フリッツ=シャッファー少佐）の第４飛行隊長に任命されましたが、同航空団は1943年２月に夜間戦闘航空団としては例外的に東部戦線へ転戦する事となったのです。ここでヘルベルト=キュムリッツ伍長が無線士兼レーダー操作員としてヴィトゲンシュタイン大尉機に登場する事となりました。キュムリッツ伍長は戦前に帝都ベルリンのテレフンケン社で短波無線技術を習得していた人物で、オストハノーファー大管区シュターデに駐屯する第３夜間戦闘航空団第２飛行隊に於いて６ヶ月のBf 110搭乗経験がありました。名門貴族出身で傲慢不遜な性格だったヴィトゲンシュタイン大尉は、それまでの全ての無線士兼レーダー操作員を数回共に飛行した後で、「無能」と決め付けて交替させており、目標を見失ったレーダー手に対して機内で不動の姿勢を取らせ、三日間に亙って搭乗させるだけで任務をやらせなかった事すらありました。しかし、キュムリッツ伍長の登場で、ヴィトゲンシュタイン大尉は漸く有能な相棒に巡り合えたのです。
さて、東部戦線に於ける夜間航空戦は、安眠妨害を目的として散発的に来襲する夜間襲撃機や戦線後方のパルチザンに物資補給を行う輸送機等を対象とした小規模なもので、地上管制システムも無いに等しい状況でしたが、レーダーを全く持たないソ連軍相手の夜間戦闘はドイツ軍による一方的殺戮であり、ヴィトゲンシュタイン大尉は馴染のJu 88C‐6で少ない空戦機会で着実にスコアを伸ばして行きました。
ヴィトゲンシュタイン大尉の乗機コードはC9＋AEでした。
この間、1943年３月〜６月に第４飛行隊はカムフーバー大将の命で、フランスにあるUボート基地の防衛のためにブルターニュ地域圏の首府レンヌへ一時的に移動しました。そして、６月下旬に第４飛行隊は装備機をBf 110に改編する命令を受け、機種転換のためオランダのギルゼレイエンに赴きました。６月24日夜、英軍重爆編隊襲来の報を受けたヴィトゲンシュタイン大尉はBf 110に初搭乗してみましたが、この機体はすぐに故障してしまったため、直ちに馴染のJu88Cに乗り換え、一晩で４機ものアブロ・ランカスター四発重爆を屠り、通算スコアを35に伸ばしました。
そしてヴィトゲンシュタイン大尉は以後Bf 110への搭乗を拒否、カムフーバー大将もJu88に乗り続ける事を認めざるを得ませんでした。この時期、ヴィトゲンシュタイン大尉は、C9＋AEの外、C9＋DEを用いる事もありました。
７月に第４飛行隊は東部戦線へ戻り、オストプロイセン大管区インステルブルクに駐屯しましたが、直ちにツィタデレ作戦中止で後退する中央軍集団(司令官；ギュンター=フォン=クルーゲ元帥)支援のためクルスク方面へ出撃、７月24日にヴィトゲンシュタイン大尉はオリョール北東地域に於いて僅か47分間で６機のソ連軍機を撃墜、スコアを41に伸ばしています。
東部戦線が崩壊する中、1943年８月１日に第５夜間戦闘航空団第４飛行隊は、第100夜間戦闘航空団第１飛行隊と改称されましたが、その夜ヴィトゲンシュタイン大尉は３機のソ連機を屠り、８月３日夜にも３機を葬って50機撃墜を達成しました。
ヴィトゲンシュタイン大尉は同年８月15日に、東部戦線を去ってオストハノーファー大管区シュターデに司令部を置く第３夜間戦闘航空団の第２飛行隊長に転じました。第３夜間戦闘航空団司令は当時撃墜数73(うち夜間は65)のスコアを持つ夜間戦闘機隊トップエースのヘルムート=レント少佐《http://
そして、ヴィトゲンシュタイン大尉は54機目を撃墜した後の8月31日に柏葉騎士十字章受章が決定、オストプロイセン大管区の総統大本営ヴォルフスシャンツェで総統自ら授章式を行う事となったのです。
実は当時、ヴィトゲンシュタイン大尉は少年時代には憧憬の的だったヒトラー総統に全く失望しており、「ドイツがアカ共の軍靴に蹂躙される前に、身分卑しき成り上がり者を誅し、ドイツを破滅から救うのが名門貴族たる自分の使命だ」と思い詰めていて、母親のヴァルブルガや親交のあったタティアナ=メッテルニヒ侯爵夫人(1915〜2006)に対して「薄汚い平民でありながら国家元首を僭称しているヒトラー伍長を授章式で射殺する。自分は独身なので妻子が巻き込まれる事は無く、犠牲者は自分一人だけで済む」との決意を語る一方、レント少佐の撃墜記録を越えるという野心も抱いて葛藤していました。
なお、タティアナはロシアの名門貴族ヴィスリチコフ公爵の娘で、かのウィーン体制の指導者たるオーストリア帝國宰相クレメンス=メッテルニヒ侯爵の曾孫であるパウル=アルフォンス=フォン=メッテルニヒ=ヴィンネブルク侯爵と結婚、夫と共に密かに反ナチス運動を行っていた女性です。
さて、ヴィトゲンシュタイン大尉への柏葉騎士十字章授与式は1943年９月22日に滞りなく行われました。結局、ヴィトゲンシュタイン大尉はレント少佐の記録を抜く野心を優先させた訳です。
なお、1943年10月に無線士・レーダー操作員がフリードリヒ=オストハイマー軍曹へ交替していますが、オストハイマー軍曹もヴィトゲンシュタイン大尉を充分に満足させる技能の持ち主でした。
1943年12月１日、ヴィトゲンシュタイン大尉は古巣の第２夜間戦闘航空団（司令；カール=ヒュルショフ中佐)第２飛行隊長に転任してオランダへ赴き、年末までにスコアを68まで伸ばしました。
そして、ヴィトゲンシュタイン大尉は1944年元日に第２夜間戦闘航空団司令に任命され、同時に少佐昇進を果たしたのです。
ヴィトゲンシュタイン少佐は司令就任当夜に自ら出撃して英軍四発重爆６機を一挙に屠る快挙を成し遂げています。
門閥貴族らしく傲慢なヴィトゲンシュタイン少佐は、襲来する敵爆撃機に最上の接敵が出来るまで出撃命令を無視して地上待機をする事があり、自分が到着する前に既に他の戦闘機が敵機を捕捉していると"Hier Wittgenstein—geh weg!"(ヴィトゲンシュタイン参上。そこをどけ!)と命令して戦果を横取りする事がありました。
このため。本土防衛戦闘機隊総監ヴォルフガング=ファルク大佐はヴィトゲンシュタイン少佐を指揮官の器では無いと評していましたが、その類い稀な戦闘技能については高く評価しており、「彼は驚くべき第六感、敵機の居場所を見出したり感じる直感を持ち合わせていた。これは人間レーダーとでも言うべきものであり、彼の空中射撃能力は素晴らしいものであった」と述べています。
1944年１月20日、ヴィトゲンシュタイン少佐は帝都ベルリン上空で英軍重爆３機を屠り、通算スコアを78としましたが、３機目のアブロ・ランカスターが乗機のJu88の真上に落下して来る事態とを招き、辛うじて空中衝突は避けられたものの、Ju88は制御不能となってしまいました。ヴィトゲンシュタイン少佐は胴体着陸で難を逃れましたが、不時着した機体を点検すると主翼約２ｍ分がランカスター機のプロペラで切断されている事が判明したのです。
こうして、死神の魔手から逃れたかに思われたヴィトゲンシュタイン少佐でしたが、その翌日の１月21日、地上管制と対空レーダーとの連携戦法である「ザーメ・ザウ」を実施するため、通常は第２夜間戦闘航空団の技術将校に割り当てられているJu88（機番：R4+XM・製造番号：750467）に搭乗して離陸しました。
2200時、ヴィトゲンシュタイン少佐は捕捉した最初の５機のアブロ・ランカスター編隊を攻撃し、2205時に１機を撃墜、2215時までに２機目も屠りました。続いてヴィトゲンシュタイン少佐は、2230頃時に３機目、2240時に４機目も葬り、2315時には５機目にも命中弾を叩き込んで炎上させましたが、ここで突如英軍夜間戦闘機からの攻撃を受け、Ju88は左翼から出火してしまったのです。
ヴィトゲンシュタイン少佐は直ちに搭乗員に脱出するように命じ、無線士兼レーダー操作員のオストハイマー軍曹と機上整備員のクルト=マッツライト伍長は被弾した機体から無事にパラシュートで脱出する事に成功しましたが、ヴィトゲンシュタイン少佐の安否は確認されませんでした。
翌１月22日、マクデブルクアンハルト大管区シュテンダル近くのリューバースに属する森林地帯に於いて、Ju88の残骸の傍でヴィトゲンシュタイン少佐の遺体が発見されました。パラシュートが開傘しない状態で発見された事からヴィトゲンシュタイン少佐は機外へ脱出しようとして垂直尾翼に頭部を強打したと推測され、死因は「頭蓋骨の閉鎖骨折と顔面骨折」と診断されました。享年27。
ヴィトゲンシュタイン機を撃墜したのはオストハイマー軍曹の証言で夜戦型のデハビランド・モスキートだと確認されていましたが、当夜に撃墜を申告したモスキート機のパイロットはおらず、状況は謎に包まれていました。しかし、最近の研究で、マクデブルク攻撃に参加した英第141飛行隊所属のデスモン=スナイプ特務軍曹のモスキートFII機が2315時にJu88を攻撃、コックピット後方に損害を与えたものの撃墜を確認出来なかったため申告していなかった事が判明、スナイプ特務軍曹こそが天翔けるプリンツに引導を渡した男である事が確実になりました。
ヴィトゲンシュタイン少佐は320回の作戦任務(うち150回は爆撃任務)に出撃し、最終撃墜スコアは83でした。ライヴァルだったレント少佐のこの時点でのスコアは89でしたから、ヴィトゲンシュタイン少佐は遂に及ばなかった訳です。
1944年１月23日、ヴィトゲンシュタイン少佐には剣付柏葉騎鉄十字章が死後授与されました。
ヴィトゲンシュタイン少佐の遺体は、1944年１月29日にオランダのデーレン飛行場にある第２夜間戦闘航空団墓地に埋葬されましたが、1948年に改葬され、現在はオランダ王国エイセルスタインのドイツ軍人墓地に眠っています。隣には、やはり上級貴族出身の夜戦エースだったエグモント=プリンツ=ツール=リッペ=ヴァイセンフェルト少佐の墓があります。
なお、1958年にヴィトゲンシュタイン少佐の伯父であるアウグスト=スタニスラウス侯爵が子を残さぬまま死去、その次弟フリードリヒ=ゴットフリート=マリアも1950年に子を残さぬまま死去していたため、1953年に死去していた三弟グスタフ=アレクサンダー(ヴィトゲンシュタイン少佐の父)の長男であるルードヴィヒ、即ちヴィトゲンシュタイン少佐の兄が侯爵位を継承しました。
1962年にルードヴィヒ侯爵が死去した後は、その長男アレクサンダー(1943〜)がザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン侯爵家の当主となっています。
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