したり映画帖コミュの『男の傷』（‘８１）

監督：イヴァン（アイヴァン）・パッサー監督、脚本：ジェフリー・アラン・フィスキン、撮影：ジョーダン・クローネンウェス、音楽：ジャック・ニッチェ、出演：ジェフ・ブリッジス、ジョン・ハード、リサ・エイクホーン

監督のイヴァン・パッサーはチェコスロヴァキア出身の亡命監督。寄宿学校時代にミロシュ・フォルマン（フォアマン）とイエジー・スコリモフスキがルームメイトにいたという伝説の持ち主。のちにその三人全員が亡命者となって、アメリカで映画を撮るという運命を辿ることになる。音楽に『エクソシスト』（‘７３）のジャック・ニッチェ。その後『インディアン・ランナー』（‘９１）に起用されるのはショーン・ペンが本作を観たからではないかと妄想に駆られる。撮影は『ブレード・ランナー』（‘８２）直前の名手クローネンフェス。カリフォルニアの陽光のなかの陰鬱さをみごとに切り取る。この組み合わせだけで、本作への期待は高まらずにはいられない。

カリフォルニア辺りのちいさなリゾート地で、ヨットハーバーの雇われ管理人をしながら有閑マダムたちのベッドの相手をして小遣い稼ぎしている青年（ジェフ・ブリッジス）。寝ぐらは幼なじみの退役軍人（ジョン・ハード）の低所得者層住宅。ハードには片目と片腕がない。片方の脚にも義足がはめられている。ヴェトナム帰還兵なのだ。だから、バーでも悪態ばかり吐いている。世間を呪って問題ばかり起こしている。酔い潰れたハードを介抱するのが、ブリッジスの日課でもある。家にはハードの妻（リサ・エイクホーン）も住んでいる。だが、エイクホーンもアルコール依存ギリギリの状態。荒みささくれ立った三人の生活。

町ではもうすぐ始まる恒例のカーニヴァルの準備に忙しい。そんなある夜、エンコしたボロ車のなかで、ドシャ降りの雨に立ち往生したブリッジスは、高級車に乗った男がゴミ集積所に何か捨て去ってゆくのを目撃する。翌日、刑事たちがブリッジスを訪問する。チアガール少女の死体が発見された現場にブリッジスのボロ車が乗り捨てられていたからだ。ブリッジスはそこで初めて気づく。雨の夜、ゴミ集積所に捨て去られたものが、精液にまみれた少女だったことを。その話を聞いたハードは義憤に燃える。チアガール少女をレイプし殺害した犯人を突き止めようと息まく。だが、ブリッジスは乗り気でない。そんな面倒で億劫なことに巻きこまれたくない。しかし、カーニヴァルの見物にいった際に、ブリッジスはあの夜見た高級車の男の顔を発見する。パレードの中心で乗馬して悠然と立ち居ふるまう高級車の男は町の有力者だった。

だが、地元の警察はアテにならない。アメリカにはいまヒーローがいない、だからこそ、オレたちが正義を実行するのだ。犯人を知って、ハードはさらに気炎を吐く。逆に、ブリッジスはますます及び腰になる。自分を雇ってくれている気のいいオーナーも有力者に世話になっているのだ。非協力的なブリッジスを尻目にハードだけが暴走する。殺された少女の姉も巻きこんで、有力者から大金を脅し取ろうと画策する。支払いに応じれば、犯人だと告白したようなもんだと言うのだ。金の話に目が眩んだブリッジスも脅迫仲間のひとりとなる。そんなふたりを見て、エイクホーンは鬱積した怒りをぶち撒ける。いつの日かまともな暮らしを夢見るエイクホーンには、ふたりの正義とやらも馬鹿らしい。彼女は酒瓶を手に再び酩酊の世界へと逃げ込む。

結局、有力者への脅迫は失敗に終わる。ブリッジスは訝り始める。あの夜見た犯人は本当に有力者ではなかったのではないか？自分の見間違いではないのか？そんなブリッジスの言葉なぞ耳も貸さず、ハードの妄想に近い有力者への憎悪は高まってゆく。まるで有力者に復讐することが、生きる目的であるかのように自分に刷りこませてゆく。ブリッジスは孤独に落ち込むエイクホーンを慰める。そして、つい情交を結んでしまう。翌朝、ブリッジスとハードは家が全焼したことを知る。原因は事故なのか放火なのかは判らない。ただ、焼け落ちた家からはエイクホーンの死体が発見される。ブリッジスには思い当たることがある。夫の親友と寝た後悔からエイクホーンは自殺を図ったのだ。しかし、ハードは有力者の仕業だと信じる。脅迫したことがきっかけでエイクホーンが巻き込まれてしまったと自責の念に駆られる。

とうとうハードは決心する。有力者のパーティー会場に乗り込み、直に有力者に白状させよう。それが、妻エイクホーンを悼むためには必要なことなのだ。ハードを思いとどめさせようと、ブリッジスは乗り込む直前にエイクホーンとの情事を告白する。彼女の死は不倫の贖罪意識からの自殺だったのだと。だが、そんなことでハードの決意は揺るがない。思いこみは常軌を逸している。ブリッジスとエイクボーンの関係を赦したうえで、懐中に拳銃を携えてパーティー会場へと忍び込む。

厳戒な警備を豪快にくぐり抜け、傷だらけになって有力者を追い詰めるハード。しかし、白状させる直前に息絶えてしまう。乗り移ったようにハードの遺志を継いだブリッジスが銃を手に有力者に迫る。それまで余裕たっぷりの貫録を見せていた有力者も銃口を向けられてはじめて怯える。そして、少女の死が自分の犯行だったことを認める言葉を漏らす。震える手で握られていたブリッジスの銃が火を噴いた――。終幕。

敗残者たちのレクイエム。負け犬の遠吠え。どうとでも呼びやがれ。兎にも角にも傑作。感情移入でしか映画を観られないヤツは門前払い。『生き残るヤツ』（‘７１）に通じる笑うに笑えない哀しい喜劇。それでも『生き残るヤツ』にはまだ人間の図太さやふてぶてしさを描くダメ人間への謳歌的な側面があった。あの作品のジョージ・シーガルにはまだしみったれた愛嬌があった。だが、本作のブリッジスやハードには、本来キャラクター主義的なハリウッドの劇作術とはかけ離れたどうしようもなさばかり。“好感”という観客への鈍いすり寄りの瞬間すら拒絶される。生きると呼ぶには脆く儚すぎる存在。リアルでしかない。それは、チェコスロヴァキア出身の亡命監督パッサーのアメリカに対する気骨とでも呼ぶべきか。

正義の刷り込みという悪意のテーマの何ともやるせない世界にも作家の強度を烈しく感じる。ハードを狂気の行動に駆らせる発端となるブリッジスの目撃証言からして頼りない。途中で自分が見たものすら自信が持てなくなるブリッジスの姿には正義の根拠への疑問がさりげなく描かれる。すべてが幻影のように頼りない。歪んでいる。いびつなのだ。だから、ラストの有力者が犯行の告白をする場面に快哉することは許されない。死んだハードの化身となってブリッジスは有力者を射殺する。だが、そこでも有力者の告白は銃口を向けられた怯えからでた言葉とも取れるように演出がなされている。まったく確実な正義というものから見放された世界観なのだ。

しかし、パッサーの演出はテーマ主義に陥らない。片腕義足にアイパッチというハードのルックスはそれだけで正義の執行者を想起させるキャッチーさが備わる（カート・ラッセルのスネーク・プリスキン！）。そんなハードがパンツ一丁で着替えるシーンが用意される。どうやって欠損した身体を生々しく描くのか？そこにはトリッキーな撮影と編集の映画ならではの醍醐味の瞬間がある。観客の好奇の目を惹きつける映画作家としての図太さを忘れていないのだ。

その図太さは劇作としてクライマックスにも表出する。パーティー会場に忍び込んだハードは有力者の邸内に強行突破するため、厩から馬を盗みだして疾走させる。それは冒頭で、ブリッジスとアイクホーンの間で交わされたどうでもいい会話の内容に符合する。酩酊状態のアイクホーンは自身の惨めったらしい生活から白馬の王子が救いだしてくれるのだと、冗談めきながらつぶやいていたのだ。その場面ではブリッジスへの淫靡な誘惑にも思える演出なのだが、観客はクライマックスになってようやくアイクホーンの夢が現実化した画を見せられる。それが片腕義足に片目のハードだったのだ！と。ベタなカタルシスを堂々とやってのける心意気。感涙。激泣。そのハードは片腕の役を演じながら本当に自身で白馬に乗馬してみせる。きっちりとその姿をロングで見せるパッサーの演出。カッコよすぎる！美しすぎる！！

コメント(2)

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[1] mixiユーザー 01月03日 09:40

あったよー！

凄いラスト2分な。「男のみち」やね。馬で登場する時の劇伴がプール側で演奏している楽団と重なるのもまた。ジョン・ハードは何でガラスぶち破って絶命しちゃうんだっけ？銃をハードの手から離さないでブリッジスが撃つのも泣かせる。
『生き残るヤツ』は廉価盤が出たけど、こっちもソフト化してもらいたいですね。

[2] mixiユーザー 01月03日 13:58

＞バーチーさん

コメントありがとッス。
そうなんです。ダメかっこイイ、男泣かせの映画なんです。

ご指摘のとおり劇判と楽団の重なるうまさ！
バカバカしいけどそうゆうのが余裕の貫禄ですよね。
いまの日本映画じゃ贅沢すぎてプロデューサーに絶対却下されます。

ＴＳＵＴＡＹＡオンラインだとＶＨＳがレンタルできるみたいですが、
ＤＶＤのソフト化すれば即買いですね。

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