日プロ入門当初、ジャイアント馬場は付き人を経験せずにすぐにアメリカ遠征に出され、給料も出ていたという完全に特別扱いだったが、猪木はその全く正反対で、力道山からはまるで目の仇のように厳しく育てられた。リングシューズを力道山に履かせる際、ちょっとした紐の掛け違いでも蹴飛ばされたほど。 詩(ポエム)を作るのが趣味で詩集も出版した。プロレス界きっての「ポエマー」として知られている。 「この道を行けば…」という詩[1]を自らの引退試合で引退メッセージとしてファンに贈った。これは以後新日本プロレスの道場訓となった。このセリフは後のMr.Childrenの楽曲、『one two three』の最後の部分にほぼ原文のまま収録されている(桜井和寿が、この歌に説得力を持たせるために入れたらしい)。