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新聞の将来コミュの新聞社は生き残れるか

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某地方紙の新米社員です。広告は毎年減り、若者は新聞を読まず、地デジが新聞のテレビ欄の必要性をなくす。
かといって、ネットによる課金システムの先行事例はほとんどない。

地方紙ならば地域ユーザーに携帯へのニュース発信を有料で行うことも可能だと思うのですが、参考になる先行事例などはないでしょうか?

ご意見やお勧め書籍などがあればお願いします。

コメント(98)

あえて、今回触れるべき話ではないですが、

あることに、あっさり?とだけ触れます。

新聞報道や警察の捜査を支えるものの一つが、リークや内部告発合戦です。

今回、村木さんが、検察当局の捜査対象となったのは、村木さんの活躍を妬んだりしていた個人や団体による検察への疑惑情報提供だったのかな、と推測します。村木さんが失敗することを望んでいる人たちです。

今回の朝日のスクープも、つい裏を読んでしまいます。捜査資料を丹念に調べた結果、見つけ出したニュースなのか、
それとも今回の捜査グループ、もしくは今の検察庁に対し不満を抱いている人からの告発なのか。
告発にせよ、朝日さんが「夜討ち朝駆け」などにより、取材活動を頑張った結果であることは、間違いなく、もちろん、評価されるべきことです。

今、NHKで、特捜部検事の逮捕のニュースを流しています。大きなニュースです。今回、本当に朝日さんはお手柄だと思います。

一方、報道されてから、逮捕まで、検察の手際もすばらしく鮮やかです。
検察は、報道されることを分かっていたのかな、と邪推してしまいます。

新聞は、結構、利用されたり、踊らされたりすることが多いので、新聞を制作する我々も、それを読む読者も、時には、冷静に、ニュースを信じつつ、もしかしたら違うかもしれない、という疑念も、常に頭の片隅にいれておくべきなのかな、とも思います。

事件でも、政治でも、選挙でもです。人の利害が絡むニュースでは、そんな可能性があります。

少し前には、建築士の姉歯さん絡みの事件で、彼が被害者のように装い、日本中、すべてが騙されましたからね。

せっかく、新聞をほめていただいたのに、水を差してすいません。
朝日さんのスクープに関しては、全くの憶測です。

今回、こんなことを書くのは不適切だったのかな、とも思いますが、

ただ、新聞や情報の読み方は、かくも難しい、ということをお伝えしたかった次第でした。
うがった見方は私の最近癖になっていますが
今回のことは朝日のスクープがあっているように思います。

まず、今回の一番のお手柄は村木さんです。
「6月上旬に凛の会に依頼を受けて、上村さんに偽造を依頼した容疑」
であったので
開示してある捜査報告書で
上村さんの偽造したフロッピーの更新記録が6月1日午前1時であったことから
そこを調べて欲しいと弁護士に頼んだとのことです。
6月上旬に頼まれたことを5月31日深夜に仕事はできないはずですものね。

また、そのFDが証拠として裁判所に提出されなかったのにも
疑問をもち、弁護側の証拠として上村さんに返却されたFDを裁判所に提出したそうです。

もう1回文藝春秋の手記、捜査の流れを読み矛盾はないなと思います。

検察が杜撰すぎですよね。

女一人だから自白に追い込めると思ったのでしょうか?(ここからは私の憶測)
彼女の上司も、凛の会も、部下も
検察に言いくるめられていたので
彼女がそんなに強いとは思わなかったのでしょうね。

また、前田検事一人のせいにはしてほしくないなと思うし
前田検事の自殺なんかでウヤムヤにならないことを望んでいます。
大変、勉強になりました。

恥ずかしながら、まだ朝日の記事を読んでいないもので、遅まきながら読ませていただきます。

読んでないのに、書き込んで、大変失礼しました。

前田検事の件。

おっしゃる通り、前田検事一人のせいにして、事件を収束させてはいけないと思います。それこそ、検察の思うつぼでしょうから。
私も新聞で家族を養っているものです。

ちょっとここの議論で、引っかかりましたのでかかせていただきます。
お題提議は、「携帯の有料課金モデルなどでお金もうけできない?」だったようにおもいます。

できるかできないかなら「できる」でしょうけど、それでいくら儲けるのかによります。
年収200万でいいならできるでしょうけど、年収700万になると、無理でしょうね。

新聞社の生き残りとジャーナリズムを同じ地平線で語るの違うように感じます。

新聞も産業なんですから、人々に「いらないや」と思われれば消え行くものなのでしょう。あえて逆らう必要はないと思います。転職すればいいだけですから。

なぜ「新聞社がなくなる」ことにそんなに必死なのか最近わからなくなっています。

そんなことよりも、新聞社という会社に勤めている自分自身が、ちゃんと日々自己研鑽を怠っていないか?ということです。

新聞社って看板を外されても生きていけるのか?それでも、生きていけるって人が新聞業界に増えていけば、おのずと新聞社の未来も見えてくるんじゃないでしょうか。

ま、最近そんな風に感じています。
>未熟者隊長さんへ

個人的な考えで恐縮です。

人間の生き方には、大きく分けて、新しいものを追いかけ続けて、競争の中で生きていくものと、田舎で晴耕雨読をし、競争とは別次元で生きていくものの2種類があるのかと思います。

このとき、前者の生き方を選んだ人は、「情報」が命です。
その情報を担う手段の一つが、新聞であり、ネットであり、テレビであり、書籍であると思います。

これから先、新聞が生き残るためには、「あの記事はためになった」「あとで役に立った」などと言われる情報を、いかに載せ続けるか、ということになるのかな、と思っています。

そのためには、有用な情報を集める力を磨き続けなければいけません。新聞社に自然と情報が集まるシステムを作るのか、情報収集に長けた人を外部から連れてくるのか、記者の能力を磨くのか・・・。

個人的には、このような新聞本来の情報収集能力を磨くことを優先して、ウェブ戦略は、後回しでいいと思ってます。
「携帯の有料課金モデル」は、紙による新聞を配っている限り、そのコストをカバーできるはずがなく、焼け石に水かなあ、という印象を持っています。

ジャーナリズムに関して。

専門に勉強したことはありませんが、よくも悪くも、民主党政権が誕生したことも、小沢さんが民主党代表になれなかったことも、世論形成という点で、新聞が大きな役割を担ったと思ってます。
そういった意味でも、新聞の力はまだまだ大きく、国民の声を国政などに届ける大切な手段だと思います。新聞は、くれぐれも読者をミスリードしないように、国民の声を真摯に紙面に反映する責任があります。

お気持ちは分かりますが、新聞を生活の糧としている限り、あきらめずに、世の中のためになる新聞をつくるために、お互いで研鑽できれば、と思います。あきらめたら、その瞬間、新聞がつまらなくなる気がします。

幸い、新聞は(つい最近、ある方の書き込みにもあったように)、おおよそ、地方に一紙です。やり方次第では、面白くなるし、一方、古里に一紙しかないという、地方への責任もあります。

僕は、新聞が「大変革」の中にあるのを、不安に思うより、この時代に、新聞づくりにたずさわれることを幸せに考えています。新聞の原点に立ち返る一方、いろいろなチャレンジをしてみたいと思っています。
朝日のスクープ記事を書いた板野洋佳さんは
栃木県の下野新聞で知的障害者誤認逮捕のスクープを書いた人だそうです。
下野新聞から引きぬかれていたのですね。
地方で権力に巻き込まれていない人たちの可能性があるような気がしました。
地方紙応援しています。
コメント65ですが、私の認識が間違っていたため、削除させていただきました。

本日、やっと、朝日新聞を読み、今回の件が、朝日新聞の丹念な調査による、独自のスクープだったと認識したためです。

記事を読まれ、僕のコメントを見た方には、不快感を与えていたと思います。反省しています。

一つだけ言い訳させていただくと、21日付では、私の地方の朝日新聞には、このニュースは載っていませんでした。本日手に入れた22日付けで、確認した次第でした。

いずれにせよ、申し訳ありませんでした。以後、気をつけます。
私も尖閣諸島に関するデモなどが何故全く報道されないのか不思議です。

ニュースとしての価値が無いのでしょうか?
海外のメディアも報道していますし、価値が無いという事は無いですよね?

どなたかわかりやすくこのニュースが全く報道されない理由を教えていただけないでしょうか?

新聞がこの先も生き残っていくかどうかを考えるためには是非とも知っておきたい事です。
個人的意見でも推測でも結構です。
純粋に理由を知りたいです。
どうかよろしくお願いします。

九州に住んでいますが、渋谷で、そんなデモがあったことを知りませんでした。

新聞で、報道されてなかったとしたらなぜなんでしょうかね。

主催者が、非社会的活動に近い団体だったのでしょうかね。

憶測するばかりです。
ネットで検索したところ
田母神さん主催らしいです。
新聞社に質問しようと思います。
 知人との噂話の域を出ませんが、ようやく沈静ムードになってきた日中関係に油をそそがないよう、政府から記者クラブ加盟団体に対し報道自粛要請があったのかもしれません。そうでもなければネット上でこれだけ騒ぎになっているにも関わらず、各社右へならえで沈黙している意味がわかりません。

 諸外国メディアが報じているのに、隠しきれるわけはないのですが、隠そうとされると逆に不安になります。この沈黙に相当寒々しいものも感じます。とにかく既存メディアを信用しすぎないようにしようと感じた日でした。
本来、当事者が新聞社の判断を示すのが一番いいのでしょうが、新聞社側からの書き込みがないようなので、九州の地方紙のいち社員として、各社が書かなかった理由を考えてみました。

個人的には、もし載せても(小さなベタ記事になるとは思いますが)、大きな問題には発展しないでしょうから、このように載せなかったことに不信感を抱かれる方が大勢いるのであれば、載せた方がよかったのかな、と思います。産経新聞も載せなかったのであれば、不思議な気がします。

今回の尖閣諸島問題は、日中関係への配慮が必要だったと思われますが(必要ないとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが)、新聞としての掲載基準のひとつは、誰の発言かという点があったと思います。

重要閣僚か、財界人か、日中関係に重要な役割を持つ人か、などです。このほか、世論調査結果や、地元の漁業者などの意見も掲載対象だと思います。また、読者への判断材料として、大学教授やジャーナリストなどの専門家の見方も必要だと思います。

そういった中で、今回のデモは、国民への判断材料として、各社は「そぐわない」と判断されたのではないでしょうか。規模としては、主催者発表2,600人ということで、決して小さなデモではないですが、新聞としては、主催者の人たちに「利用される」ことを、避けようとしたのかな、と思います。
今となっては新聞としては、小さな記事であっても掲載すべきだった、と思います。一方で、掲載しなかったことによる損失もなかったと思います。もちろんホットな話題ですから、国民の知る権利を手助けできず、読者を失望させてしまったことは残念ですが。

新聞には、良くも悪くも、フィルター機能があります。例えば、特筆すべきことが無い限り自殺は載せません。このほか、取材はしても、悪質でなければ、記事化しない事件事故もあります。

そういったフィルターが、情報があふれる社会の中で、新聞を「ネット記事」から、差別化させているものの一つだと思います。しかし、このフィルターが、読者が関心のある記事を落としてしまい、「なぜ載せなかったのか」と読者に不信感を抱かせてしまったようなので、そこは素直に修正するか、掲載しなかった理由を、事後にでも説明しないといけないと思います。

今回のことは、田母神さんの関連団体の主催ということも、新聞各社を敬遠させたのかもしれません。個人的な発言とはいえ、航空幕僚長経験者が尖閣諸島に関して独自の見解をデモにより主張することは、日本の自衛隊が、そのようなことを目的として活動している、と誤解を与えかねないと判断したのかもしれませんね。

中国側は、中国側で、日本人によるネット上の解説によると、今回、逮捕された船長は、もしかしたら、人民解放軍関係者で、中国政府にダメージを与えるために、意図的に問題を表面化させた可能性も考えられる、という指摘もありました。

報道機関は、常に、利用されることを警戒しながら、一方で、バランスよく報道することが求められますから、自主規制が働き、それが読者に、「政府から強い自粛要請があった」と誤解を与えるようなことになったのかな、推測しています。
先行事例は、海外関連ですと、以前、ニューズウィークで特集があった記憶があります。時間のあるとき探してみます。スクラップしていたと思いますので。

ただ先行事例は、海外の話だったり、過去の成功だったりします。

もっと大きな時代の流れの中での新聞の生き残りの方法を描かれることをお勧めします。全国紙は全国紙の、地方紙は地方紙の、業界紙は業界紙の生き残りの方法があると思います。その方法をご自身で考え続けることが大切だと思います。その答は新聞社の中で見つかると思っています。

*********
うまく整理できるかわかりませんが、最近、考えていることを。

ネグロポンテという方は、コンバージェンス(融合)を提唱したとき、テレビ、新聞、コンピュータの3つの円を書いて、この3つの区別はなくなると主張しました。この発想を拡大すると、新聞、雑誌、書籍、ラジオ、テレビ、ネットなどを区別することはナンセンスということになります。

私はこの発想は半分だけ正しいと思っています。

いくつか視点を。新聞ネット論は豊富な情報が出てきているので、ここでこまごまご紹介する必要はないでしょう。

1)まず新聞は紙媒体としても生き残ります。それ以外の媒体(ネットやニュース配信元)として生きる道を選ぶ新聞社もあるでしょう。あるいは新聞社の再編はありますし、倒産する新聞社もあるでしょう。解雇されても倒産しても元社員は生きていますから、多くの方は他のメディアに流れて生きるでしょう。
その新聞社の核心の部分は変わいまま残ると思います。

2)紙で生き残る場合について追加を。これは英国の例ですが、新聞は、もっと分厚く、書店にも並んでいて、山と積まれていますが、飛ぶように売れています。週刊誌みたいなもんですね。でも新聞魂は残っています。従来の流通や収益を確保する方法を変える必要はあるでしょう。従来の組織ではできない販売方法については、別会社でやるという方法もあります。しがらみを断つ必要があるからです。新聞の本当の役割、使命は何かトコトン究めることで、生き残る方法は必ず見つかります。

4)私は新聞ネット論に限らず、雑誌も同じですが、従来の新聞や雑誌のコンテンツをマルチユースでそのまま流用する発想は、成功しないと思っています。新聞も雑誌もテレビも全部異なるメディアなのに同じ土俵で議論することは無意味だと私は思います。ネットは単なる流通のひとつの手段です。

********

なお私はマスゴミ論の支持者です。
簡単に言えば
新聞社さん「世論をあおらないでね」でしょう。
新聞と政治は持ちつ持たれつの関係ですから。
結論のみでゴメンナサイ。
皆さんの議論に水をさして申し訳ありませんが、日本のメディアに対してはたったひと言で話が片付きます

「メディアの社員には言論の自由はない」
私、個人的には、今回のことは記事にすべきだったと思っています。

ただ、結果的に、各社が掲載しなかったのは、各社が同じベクトルでフィルターを掛けたのかな、と思いました。

今回の事件は、政府もマスコミも、当初、日本に正当性があるとしてイケイケムードでしたが、中国の反発が強く、また日本国内でも、「日本は中国国内の実情が分かってない」と対応を批判する声が出て、政府的にも、マスコミ的にも、「このままでは、日中双方とも無傷ではすまないぞ」という雰囲気が漂い、報道姿勢が慎重になったと思われます。

問題の重大性を考えたら、報道機関とはいえ、「国益」を意識し、伝えることと伝えないことをフィルターに掛けるのは仕方がないと思います。

かといえ、デモをされた方の意見を封じる訳ではなく、デモではなく、投書などをされれば、バランスよく掲載するのではないかと考えます。


例えば、10年ほど前に「地域振興券」という景気刺激策がとられましたが、そのときに私の地域の配付初日に、早朝から並ばれた先頭の方に聞いた感想を記事にするかどうか迷ったときがありました。それは、その方が、地域振興券を提案したある政党の支持者であることが、推測されたからです。その制度に関する感想は、できるだけ、一般の方のコメントを採用したいと思いましたので。

だいたい、みなさんポリシーやイデオロギーがありますが、特に強い主張をお持ちの方の言動には、新聞社は、警戒する傾向があると思います。今回の場合、事前に、その主催団体がどのような考えを持っているか分かっているわけですから、今回は掲載を見送られたのではないでしょうか。

今回の報道に、私が書いたような背景があったとしたら、それは世論の操作だと批判を受けるかもしれません。
しかし、ご存知の通り、新聞やテレビには、大きな影響力があります。それを預る責任上、新聞社としては、ときにはミスリードを心配して、記事にするのを遅らせたり、載せなかったりすることがあることは、批判を受けても、やむを得ないことだと考えます。それは、決して国民のメディアリテラシーを信じていないわけではありません。

いずれにせよ、今回のことは、小さい扱いでも載せるべきだったと思いますが、今回の問題を冷静に判断する上で、必ずしも掲載が必要なニュースではなかったのかな、と思っています。
例えば、デモに対し、警察が乱入してきて、妨害活動を行った、とか、デモに対し、中国人留学生が、飛びかかってきた、などという事件が起こって、それが、もみ消されたなどということであれば、国民の知る権利を裏切る行為だと指摘されても仕方がないと思います。

今回のデモを行ったのが当事者である尖閣諸島を漁場とする漁民であって、もしマスコミがそれを取り上げないとしたら、国民の代弁者を自任している以上、責められても仕方がないと思います。

しかし、どちらかというと、今回のデモは「切実さを伴っている」というよりも、今回の問題を憂いている方々が、独自の主張をされたのであって、マスコミは報道の優先性は高くないと判断されたのだと思います。
また、デモは、渋谷を中心に、日本国民に訴えることができたことで、目的は達成できたと思います。それを取り上げなかったことを責められても、それは、マスコミとして責任はとれません。

マスコミとしては、尖閣諸島問題に対しては、中国で日本大使館が投石か何かされたとか、日本で、中国領事館に迫撃砲か何か撃ち込まれた、などという事件は報じています。

過激さがすべてではありませんが、中国におけるデモの勢いと、日本でのデモの勢いは同じではないと思います。
中国においては、あちこちでデモが続いたので、日本のマスコミも取り上げたのでしょうが、日本のデモは、そこまでの勢いは、まだないと判断されたのではないでしょうか。

今回のことが、どうしても不満であれば、さらに共感者を増やし、さらにデモなどの主張を繰り返されるか、
今回の政府の対応が、何かしらの法か憲法を犯したとして、裁判所に告発されるなどの手段を、お薦めします。

それでも、新聞が掲載しないなら、本当に新聞は死んでいると思います。

私個人としては、今回のデモは掲載すべきだったと思わないでもないですが、尖閣諸島に限らず、日本人がもっと熱く議論し、解決への道を探るべき問題は、ほかにあると思いますので、今回のマスコミの姿勢は、特に問題だとは思いません。また、今、新聞を読んでくださっている方々の信頼を裏切る行為であったとも思っていません。

今回の問題は、特にジャーナリズムを振りかざすものではなく、国民の声を拾いながら、国民の納得がいく解決方法を探るべき性質のものではないかと考えます。
今回のことが、意図的に横並びになったとは思いませんが、読者のお一人を失望をさせてしまったのは、非常に残念です。

限りある紙面とはいえ、少しぐらいは掲載するスペースはあったでしょうから、これほど、反響があるなら、載せる判断をするべきだったのでしょうね。

マスコミも、読者がどうでもいいニュースを落とすならしょうがないですが、アンテナを張っているニュースを落とすのは問題だと思います。

フィルターを修正しなければいけないと思います。

私も、報道の横並びは、非常に気持ち悪いです。

この前の帝京大学病院の院内感染のニュースなど、コンビニに並んだ新聞の見出しが、ほとんどすべて同じ日は、違和感を覚えます。仕方がないことかもしれませんが、できるだけ、そんな横並びにならないように、各社独自性を出すべきだと、感じています。

気休めにしかならないかもしれませんが、新聞記者も、世代交代が進んでいます。コスト削減の流れの中、記者総数も減少傾向ではありますが。

徐々にですが、より、読者目線の記事が載るようになると思いますし、そのように社員同士、意識を共有していきたいと思います。

できるだけミスリードしてはいけないという新聞制作の責任の重さを感じながらも、できるだけ、失望させないように、頑張っていきたいと思います。
朝日のFD改ざんのスクープ記事、賞をとりましたね。
報道時期の問題は検証しなきゃいけないですけど。
新聞協会賞だったですかね。

それぐらいのスクープだったんですね。

おみそれしました。
現代では、新聞の役割は変わってきているのでしょうか?
紙媒体である以上、一日遅れの情報しか載せられず、
情報の鮮度でネットやTVニュースにはかなわない以上、
紙面を作る上での狙いは、
ネット環境の無い読者向けの情報プラス読み物的な意味合いが強くなっていますか?
デモに関してはいまだにあちこちの掲示板でネトウヨの方々が非難を続けております。

「現役」から言わせてもらうと

まずなんらかの規制ないと考えていいと思います。

次に他の現役の方もわかると思いますが、およそデモは主催者が相当のアピールをしないと取材対象に上がりません。

しかし最大の問題はこのデモを「誰がなんのために」やるかという趣旨です。

尖閣諸島の対応に対する素直な批判であればそれはそれで問題がない。

しかし、今回は主催者を鑑みれば、これは尖閣問題ではなく田母神氏のためのデモになるということは明白です。となれば、他の誰かもお書きになっていましたが、本来デモが持ちえる意義としてメディアが伝えるだけの材料であるかどうかということに非常に疑問を持たざるを得ません。


産経も取材しなかったことも、ある種の状況証拠です。

すべてのメディアが報じなかったというひともいますが、主催者はチャンネル桜というメディアを持っています。

一方で、フラッシュニュースのような何らかの形で報じる方法はあったかもしれません。主催者と主催団体を明白にして。そうするとそれに対する知識のない人は「反中デモがあったんだな」と思うし、事情が分かる人は「なんだ、あの人主催じゃ・・・・・」と感じるかもしれません。

そういう判断をさせる方法もあったとは思います
漆妖さま

ご指摘ありがとうございます。ここまで御考えを述べていただけるなら、ご自身の論に都合のいいところだけではなく「フラッシュでも報じるべきだった」という部分に対しても言及していただきたかったところです。持論に都合のいいところだけを取り上げて言及されるのは、既存のメディアにも見られることで戒めるべきことですが、同時にメディアについて批判一辺倒の方々にも多くみられることです。


田母神氏を一度も取材したこともなく断定したのであれば、これは問題でしょう。
しかし逆に氏を取材したことのない大手メディアはないのではないかと思います。その「取材」に基づいてメディアとして伝えるべきかという判断をしたのではないかと思われます(わたくしはこの件に関し、当事者としてあたったわけではないので、あくまで状況が想像できる立場にいる者としての推論です)



わたくしも横並びは非常に気味が悪いですし、さまざまな判断があっていいと思います。その中で、結果的に、日々の社説や原稿の内容から、既存新聞社の中では右よりと判断する合理的な理由がある産経ですら報じなかったということに、一定の推論が成立するということを申し述べたわけです。

それから、これは賛否あるのでしょうが、既存のメディアは「選民」ではなく「選別」のメディアです。寄せられるすべての情報を取材していれば、それこそ垂れ流しとのそしりは免れません。物理的にも無理です。それではどういう基準で取捨選択をすべきか、ということになります。選択がなければ見出しの大小もつけようがないでしょう。


書き込みを拝読するに研究者と推察いたします。どうか学会で厳しい判断を下す論文を発表してください。既存のメディアにさまざまな問題が多いことは十分認識していますので、そういう研究者の方の積み重ねも必要だと思います。

願わくば、世にあふれる「課題だけをあげつらった批評論文」、あるいは「批判のための批判論文」にならぬよう、どんなものでもいいので具体的な処方箋を盛り込んだ論文であることを強く期待いたします。かくいうわたくしも研究者の卵ですので、近い将来学会で建設的な議論ができることを楽しみにしております。


朝日の記事の検証
2010年1月27日公判で捜査報告書とFDの最終更新日の日付に矛盾があることが問題
無罪判決間近の7月から朝日の取材開始。

9月10日無罪判決
9月15日朝日がFDの鑑定依頼
9月19日鑑定結果
9月20日大阪地検に取材→大阪地検前田検事に事情聴取
9月21日スクープ記事→前田検事逮捕

弁護側の証拠として提出されていたわけだから
この時期のスクープは問題なさそう。
漆妖さま


>第一報のスクープは既存メディアの舞台ではないと考えます。そういったニュースはネ>ットの個人などのメディアにとって変わられるでしょう。プロのメディアはそこで勝負>すべきではないという主張です。

個人的には同感です。現実にそういう動きも出てきております。社間、上と下などで温度差は修復不可能なくらいありますが。

一個人としては、主義主張や田母神氏がデモで表現しようとしたことなどを鑑みると、報道する値があったかどうかは、極めて疑問を抱かざるを得ないという考えは揺るぎません。しかし今回の一件、調査報道などで表に出てくることがあれば(諸般の事情で自分がそこに即かかわるということはできないのですが)さまざまな議論が生まれるという意味では意義深いのではないかと思っています。

閑話休題

どこかの掲示板で「表現の自由が死んだ」という言い回しがありましたが、それは誤りです。なぜなら表現の手段としてデモは行われたわけですから。

すこしトピの趣旨とずれてきた感もありますので、この件に関しては筆をおきたいと思います
「生き残るためのアイデア」を募集しています。
管理人はいたって真面目にやってるつもりですw

参加者大募集です。

あなたが新聞社をつくるとしたら
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5397051
新聞社の全体の利益構造は把握してませんが、紙面広告収入も大きな割合になってるはずです。発行本社が「紙」に拘るのはそこです。なので、すべてデジタルに移行するわけにいかないと思います。広告料は発行部数によっても変わるため、発行部数を増やす為に販売代理店があり、販売代理店は発行本社からのノルマの為に強引な勧誘やお客の手元に届かない不要な新聞を買い取って発行部数を維持してるのです。

発行本社としては デジタル化=販売代理店潰す=発行部数減 なので、あくまでも「紙」に拘ってると思いますよ。

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