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おーぷん☆リーチコミュの新・宮田日記

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「牌温」

先々週お師匠様から不詳の弟子宮田が伺った「勘」について記した文章を受けて補足説明であります。

まず「第六感」という感覚(いわゆる勘)でありますが「勘」とは五感をフル活動させることによってそれぞれ5つの感覚をトータルする足し算的能力が「掛け算的に」一つの大きな総合力、つまりは統一された信じられないほどの感覚として現れたものではないか?ということであります。

さらにお師匠様がおっしゃるには牌一つ一つに温度差があるというものです。

たとえば配牌やツモ牌に触れるときに感じるのだそうです。
ここで私自身の体験から配牌をスムーズに持ってこられるかによっても結果は別として内容と言うか納得して気分よく打てるかが顕著にちがいますよね、とお話ししますとお師匠様もうなずいておられました。

と、ここで会話が途切れますが今この文章を書きながら思いますに改めて麻雀とは全身の運び方や使い方がもっとも重要視されるべきものであり間違っても頭だけを使うようなそんなそこの浅いものではないということです。

コメント(6)

「厄年」

最近母が何かにつけて口癖のように言うので自分も不惑を迎えてからトンに意識するようになったいやな言葉がある。

そう不惑とくれば次に予想される言葉は「厄年」というやつである。
そして、自分もとうとうその言葉の仲間入りをしたわけである。

勉強会に参加しているときはすっかり忘れているけれども一歩足を実家に踏み入れてみると急に様相が変化するような気がするから不思議であるが、人生都合のよいことばかりではなくいろいろ風も嵐も起こるから面白いといえるのだしお師匠様が良く言われる「物事には二面性がある」というお言葉通りだとすればまた「災い転じて福となす」という言葉もあるくらいだからこの「厄年」も案外悪いことばかりではないかもしれません。

金持ちケンカせずではなくてあえて「渦中の栗を拾う」とまではいかないまでもそれくらいの気概が今の自分には必要だと思う。

積極的に振り込んで振り込みまくって、振りこみの神様が「もう結構です」と弱音をあげるまで積年のたまりにたまったウミを吐き出すとするかな?

そうすればきっと「厄年」の疫病神も退散してしまうかもしれませんね。

と、くればあとは「笑う門には福来る」しかないでしょう。
「打牌」

先日大リーグのマリナーズのイチロー選手がヤンキースに電撃移籍したそのすぐ後に大リーグ、レイズの松井秀樹選手が戦力外を通告された。

私は父の影響もあり、野球が下手の横好きというやつでしかも地元の広島東洋カープよりも阪神タイガースがそれよりも永遠のライバルである巨人在籍時、いや甲子園の高校野球自分から松井選手のあの豪快なホームラン、長打に父親ともども見せられてしまい、ヤンキース移籍後契約最終年に骨折やけがを乗り越え、夢にまで思い描いたであろうワールドシリーズ優勝を自らのシリーズMVPの大活躍で制したときはちょうどその年の初夏に親父を亡くして自分が気落ちしたときに大変励まされたのを覚えています。

その松井選手が度重なる怪我の日々、尊敬する長島茂雄巨人元監督の教えである
「素振りにこそ打撃のすべてが凝縮されている」
と一心不乱にバットをふることが復調への糸口と信じてお守り続けたという新聞記事を当時読んだ時にはよくわからなかったが今、こうして打牌の練習をするようになってから大変大げさかもしれませんが
「打牌にこそ麻雀のすべてとは言いませんが大半を凝縮している」ような気がしてなりません。
「終戦記念日」

昨晩弟から電話があった。
どうやら姪っ子姉妹の面倒を見てほしいとのこと。
そしてギャングであるかわいい姪っ子姉妹が予定通りやって来て、結果姪っ子姉妹にずいぶんと遊んでいただき私に取ってはこの上なく楽しい一日となりました。

ギャング姉妹は何でも遊び道具にしてしまい表現も豊かで本当にいつも感心させられる。
夜になって姪っ子姉妹が帰宅すると内心おいちゃんは少し寂しくなり、テレビを付けると今日は終戦記念日だったようです。

映像では皆さん「平和平和」と声高に流れ、追悼のイを捧げておられる。

自分も今日が終戦記念日であるということを全く知らなかった訳ではなかったが「平和平和」という大義を老若男女の方々が真摯に異口同音に唱えると「少し違うのではないか?」と思う自分がいつもいるのである。

それは、この国の交通死亡事故死より大きく上回る毎年三万人の自殺者や孤独死が現に存在しているのに片方では「平和平和」と大義を唱える事でそれらが雲散霧消してしまうかのような錯覚を覚えるのだ。

確かに大儀である平和と言う言葉を発すれば聞こえは良いだろう。

しかし本当の平和とはそうして遠くの大義を唱えるのではなくもっと身近にあるのではないだろうか?

近所の人に挨拶をする。
体の不自由な人に声をかける。
公共交通機関では積を譲る、などなど。

そんな小さな事から、少しは相手の事を思いやることから始まるのではないだろうか?

平和とは自分が思うには当たり前にある目に見えない大切な、例えるならば空気みたいなものだと思う。

空気が大事だからといって意識して呼吸しているひとはいないだろう。
しかし、空気が無かったら生命はすぐに途絶えてしまう。

そんな身近な空気のような大切なものが平和ではないだろうか?

間違っても大義として遠くにあるものではないと思う。

自分の身の回りの人をもっと大切にする事、それに昔から袖振り合うも多少の縁と言うではありませんか?

そうした小さな事も出来やしないのに平和を唱えるなんてどうかな?・・・と首を傾げてしまいます。

以上の事は幾ばくか...次回を込めて。
「麻雀大会を終えて」

先日行われた麻雀大会はしょっぱなから躓いた感があったが参加された方々はさすがでした。

「おーぷんリーチ」のお客さんだけあります。
時間厳守で集まり、遅れた主催者にたいして不平不満もなくただ待っておりました。

大会は個人的に応援していた方がおりました。
予選は第一位で通過し、どうどうの決勝進出。

決勝卓でもその表情から優勝を確信しておりましたが、終わってみると純優勝。
それでも気落ちするでもなくあかるくふるまっておられたのには彼の強さを感じる部分でした。

この感じは一人ひとりのお客様にお礼を述べて玄関先まで丁寧にお送りされていた師匠の姿勢にも通じるものでした。
「ゴメンナサイ」

勉強会の日でもないのに関わらず雀鬼流卓で打牌の練習をしていたところ、その音が不快であるという趣旨の苦言を頂きました。
この場を借りてお詫びいたします。

「基本とは?」

済んだと思ったことがまだおさまっていないとは・・・
「強くなるためには?」という投げかけにたいして自分がかみついたことがその発端となった。

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