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おーぷん☆リーチコミュの勉強会(宮田日記)

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「今の自分」

以前久保氏に「自分が麻雀牌ならどの牌に当てはまると思いますか?」と聞かれまして自分は端牌を何気なく選びました。

何気なく選択したの言うのは実は誤りで、本当のところは自分は少なくとも勉強会の末席を汚していると勝手に判断した故であましてそうした自分の思いを見透かしたように久保氏は「その牌で大きな手をあがったことがあります」とか「A状態の危機をB状態にしました」といたお話しをされました。

そして「結局136牌どの牌もかけてはならない大切な牌ですよ」とおっしゃりました。

そこで「相手にへりくだる姿勢は大切だけどもおもねるような姿勢は感心できないよ」と久保氏は今の自分の卑屈な気持ちを見通したのが先のお話の意味として受け取らして頂きました。

誰に対してもうつむくことなく、それでいて礼儀を尽くすことを忘れずに接するよう心がけたいと反省いたしました。

コメント(19)

「気を付けるから築き」へ



言葉遊びのようですが、とても興味ある次のようなお話を久保氏から伺いました。

「気をつける」というこの言葉、まずは何事にも「気をつける」という意識がないと始まらないし「気をつける」ことが当たりまえのようにできるようになることではじめて「気をつける」が「気付く」という言葉に短縮されます。

そしてさらに「気付く」ことから一歩進めて「気付くことが常時出来るようになるとよくやく人との築き、人との信頼関係を「築ける」ようになり「気づく」から「築く」という言葉に変化するというお話でした。

このお話は以前にも伺ったことがあったのですが改めて説得力があり大変うなづけるものでした。

そこで自分なりにそのお話の解釈を推し進めると何事も小さなことから始めることで大きな力となりその小さなことというものはいつも身の回りに存在し、だからこそ人は少しのきっかけで大きく変わることができるのではないかと。

まずは身近なことに大切に感謝することから始めたいと思います。
「一万円札の人」

先日とある方が勉強会の中でやはりというべきか「このようなルールを守って意味があるんですが?」要は「勝てるようになれるのか」聞いてこられました。

こちら側としては舌足らずであったかもしれませんが、と同時に福沢諭吉翁の自伝のこんな一節が思い浮かびました。

要約してみると蘭学書生といっていくら勉強に励んでどれほどエライ学者になても現実の仕事に縁がなくということは衣食にも縁がなく、なぜ苦学するのかとさえこれといっても理由がない。
将来自分の体がどうなるのか考えたこともなければ名を求める気もさらさらない。

ただ昼夜難しい原書を読んでは面白がっているようなものでこんなことは事は日本国中の人に出来ず、自分たちの仲間に限ってできる。

ただ難しければ面白い「苦中有楽」「苦即楽」という境遇でありたとえるならばこの薬の効能はよく知らないが自分たちよりほかにこんな苦い薬を飲むものはないだろうという見識でただ苦しければもっと飲んでやるというくらいの血気であった。



と続くのでありますが全国の雀鬼流を志す仲間たちに会い通じるものがあると気がつく機会をかえって与えていただいたことに感謝です。
「二枚看板」

広島勉強会には2人の二枚看板がいて、1人は久保氏。
もう1人が陰山氏であります。

陰山氏は久保氏や私より一回り年齢的に若く、ご自分自身では楽観的ですよと仰っていますがどうしてどうして私は氏の人間性を実はとても繊細で温厚な心根でありながら久保氏の一件磊落豪雄そうですがその本質である深沈温重さを稀有なことに同じくして併せ持たれておられるとお見受け致し大変頼もしく思っております。



その氏が最近見ていて少し急いでおられるようで危惧されてなありません。
以前の氏の持ち味である懐を深くゆったりと構えてもよろしいかと思いますがどうでしょうか?



見当違いならよいのですが、なにぶん氏のことが他人事ではないような気がいたしましたのであえて狼狽新ながら述べさせていただきましたが気分を害するようでありましたら平におゆるしください。
「存続」

先週の勉強会は久保氏不在のためお休みとなりましたがいつまでたっても久保氏がいないと何もできない自分が情けなくもあり、いつもどれだけ久保氏の存在力、有難味を痛感させられました。

まったくもっていつも久保氏に負担をお掛けし、自分のふがいなさを申し訳なく思いながらも今こうして当たり前のように勉強会存続することや、何かと過ごせるのは久保氏のおかげなんだなと思うと感謝してもしきれません。

本当に久保氏には頭が下がる思いです。

久保さんいつもありがとう。
でも手伝えることがあったら何でも声をかけてください。
お願いします。
「支え」

「自分にとって勉強会とは?」
ときかれたら皆様方はなんとお答えになるでしょうか?

僕には勉強会に参加することが己自身を映し出す鏡であると同時に今自分が歩んでいる道を軌道修正する方位磁石のような存在でしょうか?

たとえばだらだら過ごしていたら「怠けちゃいけないよ」とか、頑張っていたら「よくやっているね」とか気持ちが沈んでいたら励ましてくれるような、大げさにいえば生きる支えのような今の自分にとって存在です。

しかし久保氏がいつもおっしゃられるように「永遠にいつまでもあるもの」ではありません。
明日とか次とかいう言葉は遅まきながら今さらしばらく気付かされましたが「もうすでに遅いかな」と反省と後悔の念が入り混じっています。
だから少しでも余計に皆様方と時を共有したいのかもしれません。

振り返っても過去は戻ってこないし、この先を思いめぐらしてもどうなる事やらわかったものではありません。

とにかく勉強会に参加することを優先にして日々を大切に送りたいと思います。
今年のお盆(8月13日)は特別な忘れられない一日となりました。
なぜかと申しますと高槻塾生の藤田氏と岩藤氏がお友達とご一緒に3人でわざわざ広島勉強会にお越しになられたからです。

当初自分は不安と緊張でどうなることかと心配でしたが、藤田氏の人懐っこい明るさと岩藤氏の温厚さのお気遣いによって救っていただき、勉強会のご指導も直接してくださり大変ありがたく思い、どう感謝の言葉を述べたらよいのかわかりません。

個人的にはお越しになられた御三人様の方々とお好み焼きを食したことがいい思い出となりましたが勉強会全員でお迎えし食する機会はまたにとっておくことといたしましょうか?

高槻塾生の皆様方、いつも広島勉強会を暖かく見守っていただき改めてありがとうございます。
今後ともよろしくご指導とご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

最後になりましたがこのような貴重な機会に気遣って自分にお声をかけてくださった久保氏にはますます頭が上がりません。

久保さん、いつもこんな自分に声をかけてくれてありがとうね。
おかげさまで今年はこんなにいいお盆になりました。
がんばらない(宮田日記)




東日本大震災を受け、甲子園でも「がんばろう日本」ニュースに流れてくるのも「がんばってください」の大合唱。

自分の病もあってかぼくはこの「頑張る」が苦手です。
特に心の病には頑張るはかえって逆効果だそうだがほかに適切なことばも見当たりません。
が、同類憐れむではないが被災者の方々にこれ以上頑張ってくださいというのはもういいのではないでしょうか?
ただ耐えしのいでいるだけで十分ガンバているのだから。
少なくとも僕はこれ以上がんばってくださいとは言えません。
そう思うのは僕だけでしょうか?
怠る(宮田日記)




自分はつい勉強会でうちに閉じこもり暗くなりがちになり「声を出すこと」「なくこと」が大変おろそかになってしまいます。
そのためか勉強会はお店の中で内輪だけでやっているように見られているらしく、そこを何とか久保氏陰山氏田中氏が皆を引っ張って明るくしようとしておられます。



そんなとき「今の自分に何ができるか?必要か?」と問われればマージャンに限らず普段の生活を送るなかで「積極的にもう一度初心に帰って声をかけること」しかないように思います。



そうです。久保氏がこうおっしゃいました。
「4人で会話をかわすつもりで打ってごらん」
そして大きく声を出すことで元気に明るくなれる、と以前ある人に大切に教えいただいたことを思い出しました。



またまた再スタートです。
先週の10月5日は亡き父の誕生日であった事もあり「父は他人様から悪く言われた事もまた、悪く言う人でもなかった」と母と話をし、生前父が自分にことあるごとに「飄々と爽やかな男になれ」と言われた事を何かと思い返してその言葉に恥じない生き方が出来ているかどうかと戒めております。

しかし、どうあれ無事にこうして生活できるのもやはり父が見守っていてくださるおかげかな?と内心いつも仏壇に線香を上げて感謝しております。

そして自分にも父の血が流れている事を誇らしく思えて来て不思議な事とお思いでしょうが生前より無くなった今の方がより父の事を思い、自分の傍ら近くにいるような気がします。

今日もありがとうオヤジ殿。
年は取りたくないけどこればっかりはしょうがなく、年だけは人並みに取りまして不惑の仲間入りすることになりましたがもうこのオッサンになるとよほどの事が無い限り本気で親身に「叱ってくださる」=「教えてくださる」方は皆無になります。

しかし自分は幸いにも勉強会に参加させていただき、文字通り来長男ン現としての学びの場を与えられており大変ありがたく思っております。

とりわけ久保氏には教えられる事が多く、自分にあえて直接おっしゃらないで「氏自身の体験談をユーモアを交えてそれとなく」気付くように配慮して下さいます。

こんな自分のような輩には本当にもったいないくらいのお方が身近にいらっしゃることに感謝しなければいけないのに、なにぶんつい自分に負けてしまい情けなくなって弱音を吐いて氏を悲しませてしまう時があります。

その時の事を思うと本当に自分自身に腹が立ち、とてもつらくなります。

ですから今の自分は失礼ですが「麻雀以以前にただ師匠を悲しませない事」唯一これにつきると思っております。
感傷(宮田日記)


勉強会に向かうための電車の乗り継ぎの途中では、道の通り沿いの店舗や家々の軒先には「秋祭」を告げるお札が飾ってあり「もうそんな時期なのかなぁ」を感慨を抱くと同時に、二週間後には上京し全国大会が催されると思うと今までにないなんとも形容しがたい感覚にかられどうも感傷にふけっているようで少し自戒。

でも振り返ると今年の春先に陰山氏から「築地へいきませんか」とお声をかけていただいたことから全ては始まったのは確かです。

この半年弱い自分を支えてくださった師匠の久保氏を始め「陰山氏、下久氏、柳氏、ゆうちゃん」前向きな明るさを教えてくださった「田中氏、お店のお客さん」

なんとかこうして無事に大会にこぎつける事ができることができたのも全て皆様のおかげです。

改めて御礼申し上げます。
読んでみると本当に良い文章。
師匠って久保サンでしょ?
大震災・不景気それに伴う就職難だからでしょうか?
将来が不透明で不安という言葉をよく耳にします。
でももともと将来・未来なんて見えるのが錯覚で分からないモノだと思います。

おそらくその背景には何事にもあまりに性急すぎて体が耐えられないことがあるように思います。

そこで「ペナルティ」ですがすぐに思考に頼って理解しようとせずともいつになるか分からないけどそのうち体でその意味に気付き分かるようになるのを楽しみに「わからなさ」と付き合って待つのも大切だと思うのです。

また「頭だけでそう簡単にわかるような底の浅いものだ」としたら体で体現することを意味する言葉であろうと流派を名乗ったりしないはずですよね。
「おばちゃん」

おばちゃんが亡くなりました。

おばちゃんといってもじぶんの親戚ではなく「映画:男はつらいよ」シリーズの主人公寅さんのおばちゃんです。

「映画:男はつらいよ」のおばちゃんは涙もろく人情味あふれていていつも旅先の空の下にある寅さんの身を妹のさくらとともに案じている優しい役柄です。

「映画:男はつらいよ」は生前父がとても好きで一緒にテレビ放映や正月恒例に映画館へ良く足を運んだものでした。

だから「映画:男はつらいよ」には思い入れがあり父を思い出されてなりませんがただ「映画:男はつらいよ」や喫茶店でスポーツ新聞片手にコーヒーを飲むといったことを父が好きだったように「自分も好きだった」ということがこの年齢になって初めて思い出され、父と同じ血が流れていることに気付き誇らしく思えてくるのです。
まずは何と言っても「おーぷん☆リーチ」6周年おめでとうございます。

広島にこんなに居心地のいいお店があり出会う事が運よくできてつくづくよかった・・・と幸せを感じるとともにお店の方々にいつも自分をお世話して頂き「ありがとう」の感謝の言葉しか見つかりません。

今までもいろいろあっただろうけどこれからも皆様がたと一致協力してとにかく楽しんで自分も陰ながらお手伝いできればこれ以上の喜びはありません。

また6周年の日には多忙な中で田中氏が来られて逢う事が叶い、氏は相変わらずお変わりなく自分としては喜ばしい日となりました。

田中さん、お疲れ様。

またお会いできる日を楽しみにしております。

偶然にも6周年前日に師匠と久々に田中氏にお店で居合すことが重なり本当にいい一日でした。
「おーぷん☆リーチ」の皆様方にはいつもお気遣い頂きまして御礼申し上げます。
お師匠様には早朝お休みのところ突然のお電話をいたしましたことをお詫びいたします。
申し訳ありませんでした。

それでもなお、親切丁寧にお疲れのところ対応していただきましたことありがとうございました。

そしてお店のコータさんからうれしいことに励ましといリラックスできるように暖かいメールを早々とくださいました。

お気遣いありがとうございました。

私ごとになりますがこうして心身ともに徐々にではありますが復調の方に向かいつつありますのもお師匠様をはじめお店の皆々様のおかげだと母ともども今の自分には「感謝」と「御礼」の言葉しか見つかりませんが改めて申し上げる次第であります。


今後ともお師匠様をはじめお店の皆様方にはご迷惑をおかけするかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。
お師匠様、下久氏をはじめ勉強会の柳氏、松本氏、田中氏にはこの数カ月の間、自分の不手際で勉強会の活動に御迷惑をおかけした事を深くお詫びします。

今後はこうしたトラブルに強くなるように心身ともに鍛練してゆきたいと思っております。

しかし、なんとかまた再び勉強会に参加することが叶い、まずは第一報をお師匠様に報告した次第でありますが、その旨をお師匠様は電話口で聞いておられて少し戸惑ったようなご様子でありましたがこのこともよく後から思えば当然なことで、かえってまたご迷惑をおかけしたと反省しておりますが、どちらにしても通知が届いたら即、お師匠様に連絡する心づもりだったのです。

これを機会に勉強会に当たり前に参加できる幸せと同時に困難さを実感したというのが正直なところです。

当たり前のことを当たり前と思わずにすべてはこうして活きているだけで奇跡的なことであり、その上、勉強会に参加できるというのはまさしく僥倖と言わずして何と言いましょうか?

お師匠様をはじめとして皆様がた、無くなった父親どの、そしていつも心配をかけっぱなしの母にこの場を借りて感謝申し上げます。

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