今週、神様は私に、"nowhere" という言葉を、何度も繰り返し語られました。 "nowhere" それは、「どこにも・・ない」という意味です。 生まれつき目の見えない人は、まさに "God is nowhere!"(神様は、どこにもいない!)という気持ちだったことでしょう。 "Love is nowhere!" "Jesus is nowhere!" "Friend is nowhere!" は、今を生きる私たちにも、あるいは共通する気持ちかもしれません。
さあ、ここでイエスさまは、"God is nowhere!" と嘆く彼に、なにをするのでしょう。 イエスさまは肯定的なお方だから、no を取り除くに違いないと考える人もいるでしょう。 すると、"God is where!" これでは語順はともかく、「神様は、どこ!」となってしまいます。 そうではなく、イエスさまは、彼の、そしてあなたの、悲しみの真っただ中に、現状の真っただ中に、来るのです。
「どこにもいない」"nowhere!" の真っただ中に、イエスさまをお迎えすると、"now here!"「今、ここに!」になるのです。 ほとんど見た目は変わりません。 半角スペース一文字分です。 しかし、完全な変質です。 "God is nowhere!"(神様は、どこにもいない!)が、"God is now here!"(神様は、今、ここに!)へと。 "Love is nowhere!"(愛は、どこにもいない!)が、"LOVE is now here!"(愛は、今、ここに!)へと。 "Jesus is nowhere!"(イエスさまは、どこにもいない!)が、"Jesus is now here!"(イエスさまは、今、ここに!)へと。 "Friend is nowhere!"(友は、どこにもいない!)が、"Friend is now here!"(友は、今、ここに!)へと。 見た目はほとんどそのままに、中身だけが、意味だけが、まったく変えられてしまうのです。 そのしるしとして、目の癒やしという奇蹟が行なわれたのです。