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ゴスペルハウスコミュの「神様との歩み方-2」

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ゴスペルハウスメッセージ 2015.08.29
「神様との歩み方-2」ヨハネ6:60-71

60 そこで、弟子たちのうちの多くの者が、これを聞いて言った。「これはひどいことばだ。そんなことをだれが聞いておられようか。」
61 しかし、イエスは、弟子たちがこうつぶやいているのを、知っておられ、彼らに言われた。「このことであなたがたはつまずくのか。
62 それでは、もし人の子がもといた所に上るのを見たら、どうなるのか。
63 いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。
64 しかし、あなたがたのうちには信じない者がいます。」――イエスは初めから、信じない者がだれであるか、裏切る者がだれであるかを、知っておられたのである。――
65 そしてイエスは言われた。「それだから、わたしはあなたがたに、『父のみこころによるのでないかぎり、だれもわたしのところに来ることはできない。』と言ったのです。」
66 こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった。
67 そこで、イエスは十二弟子に言われた。「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。」
68 すると、シモン・ペテロが答えた。「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。
69 私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」
70 イエスは彼らに答えられた。「わたしがあなたがた十二人を選んだのではありませんか。しかしそのうちのひとりは悪魔です。」
71 イエスはイスカリオテ・シモンの子ユダのことを言われたのであった。このユダは十二弟子のひとりであったが、イエスを売ろうとしていた。

「わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。」(51節)
この言葉を中心にした、イエスさまの言葉を聞いた時の弟子たちの反応です。

ある弟子たちは、「これはひどいことばだ。そんなことをだれが聞いておられようか。」(60節)と、つぶやきました。
イエスさまの言葉を理解できず、反感を覚えたのです。
イエスさまが目に見える奇蹟を行ったときには喜んで従ったのに、イエスさまの本質を語った言葉には反対したのでした。

彼らは、イエスさまの本質を尊重するよりも、自分たちの都合やご利益を尊重したのです。
それで、「弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった」(66節)のです。

自分の都合のいいときだけ、自分の得になるときにだけ、イエスさまと歩むというスタイルですね。
自分の論理や感情が、神様の御心よりも優先してしまったのです。

ペテロは、そんな状況でイエスさまに尋ねられ、イエスさまとともに歩み続ける決意を述べます。
「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。
私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」(68−69節)

ペテロは、イエスさまを「神の聖者」と言っていますが、それは正しい理解ではありません。
そして、後にイエスさまが逮捕されたときには、イエスさまのことを知らないと3度も拒絶します。

つまりペテロは、イエスさまのことを十分に理解していません。
イエスさまについて、しっかりと納得できていません。
さらに、従い切ることもできない弱いペテロです。

しかし、ペテロはイエスさまとともに歩むことを選んだのです。
これが、神様との歩み方です。

神様のことを、調べ尽くしてからでなくてもいいのです。
弱くて有限な私たち人間に、万能で無限の神様を知り尽くすことなど、できないのです。
理解が正確である必要もありません。
従い切る強さがなくたって、そのままでいいのです。

ただ、神様の愛を信じ、神様の言葉と思いと信じ、神様に向かって歩めばいいのです。
神様は、そんなあなたの目の前に、愛の腕を広げているんですから。

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