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平和主義 ☮️ 戦争 pacifism コミュの天皇陛下と平和と戦争

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昭和天皇

「自分は国際信義を重んじ、世界の恒久平和の為に努力している
それがわが国運の発展をもたらし、国民に真の幸福を約束するものと信じている
しかるに軍の出先は、自分の命令もきかず、無謀にも事件を拡大し、武力をもって中華民国を圧倒せんとするのは、いかにも残念である
ひいては列強の干渉を招き、国と国民を破滅に陥れることになっては真にあいすまぬ」

「この戦争は一刻も早く止めなきゃならんと思うがどうだ」

「指導的地位はこちらから押し付けても出来るものではない、他の国々が日本を指導者と仰ぐようになって初めて出来るのである」

「強い兵を派遣し、乱暴することなきや。
武力衝突を惹起(じゃっき)することなきよう留意せよ」(ひき起こすな)

「独伊のごとき国家とそのような緊密な同盟を結ばねばならぬようなことで、この国の前途はどうなるか」

「この条約(三国同盟)は、非常に重大な条約で、このためアメリカは日本に対してすぐにも石油やくず鉄の輸出を停止するだろう
そうなったら、日本の自立はどうなるのか
こののち長年月にわたって大変な苦境と暗黒のうちにおかれることになるかもしれない。その覚悟がおまえにあるか」

「なるべく平和的に外交をやれ
外交と戦争準備は並行せしめずに外交を先行せしめよ」

「わたくしは市民と一緒に東京で苦痛をわかち合いたい」

「爆撃の被害で死んでいく国民のことを思って戦争を終らせた
自分の身はどうなってもかまわない」

玉音放送
堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて
未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである

GHQに
「全て私の責任です
絞首刑も覚悟している
国民は助けてほしい」

「世界のため、人類のために、戦争放棄という世界史の扉を開く大宣言を日本にやらせて欲しい」


日本国憲法
この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたものである

即ち、日本国民は、みづから進んで 戦争放棄し
全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたものである

朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを深くよろこび

ここにこれを公布せしめる


「広島市の受けた災禍に対しては同情に堪えない
我々はこの犠牲を無駄にすることなく、平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならない」

明仁天皇が広島を初訪問
49年
「あの惨劇に2度と人類を陥れないよう、私たちは平和に向かって進まねばなりません」


戦後二十年、最も印象深いこと
昭和天皇
「終戦直後、マッカーサー元帥と会ったこと
あのような人が日本に来たことは、日本のために良かった」


平成元年 天皇陛下
「大行天皇は

常に国民とともに幾多の苦難を乗り越えられ、今日、我が国は国民生活の安定と繁栄を実現し、平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました


いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ
皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」


2013陛下
「日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました
戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています
また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」


2014陛下
「これからの日本のつつがない発展を求めていくときに、日本が世界の中で安定した平和で健全な国として
近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って歩んでいけるよう切に願っています」

2015陛下
「戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません」

2016陛下
「地震、津波に続き、原子力発電所の事故が発生し、放射能汚染のため、多くの人々が避難生活を余儀なくされました
事態の改善のために努力が続けられていますが、今なお、自らの家に帰還できないでいる人々を思うと心が痛みます

こうした苦難の中で、政府や全国の地方自治体と一緒になって、多数のボランティアが被災者のために支援活動を行いました
また、160を超える国・地域や多数の国際機関、また在日米軍が多大な支援に当たってくれたことも忘れることはできません

あれから5年、皆が協力して幾多の困難を乗り越え、復興に向けて努力を続けてきました
この結果、防災施設の整備、安全な居住地域の造成、産業の再建など進展が見られました
しかし、被災地で、また避難先で、今日もなお多くの人が苦難の生活を続けています
特に、年々高齢化していく被災者を始めとし、私どもの関心の届かぬ所で、いまだ人知れず苦しんでいる人も多くいるのではないかと心に掛かります

困難の中にいる人々一人ひとりが取り残されることなく、1日も早く普通の生活を取り戻すことができるよう、これからも国民が心を一つにして寄り添っていくことが大切と思います」



マッカーサー回想記
「(天皇は)『すべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身をあなたに代表する諸国の裁決に委ねるためおたずねした』と述べた
明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした」

奥村通訳の会見録
会見で皇室財産を差し出すので食糧を緊急輸入して国民を飢餓から救ってくれと申し出てた時にマッカーサーは
「私ははじめて神のごとき帝王を見た」とお手をにぎり述べた

マッカーサーは会談が終わると予定を変えて昭和天皇をお見送りした
その時のマッカーサーの様子を側近のフォービアン・バワーズは
「我々が玄関のホールに戻った時、元帥ははた目にみてもわかるほど感動していた
私は、彼が怒り以外の感情を外に出したのを見たことがなかった
その彼が、今ほとんど劇的ともいえる様子で感動していた」と証言した

筧氏
「あの陛下の御言葉を抜きにしては、当初傲然とふんぞり返っていたマッカーサー元帥が、僅か三十数分のあと、あれ程柔和に、敬虔な態度になったことの説明がつかない」

アメリカの記者
「最新の武器が将来の戦争をなくすことになるのでは?」

昭和天皇
「武器を使うことで恒久の平和が確立され維持されるとは思えない
平和の問題を解決するには勝者も敗者も軍事力に頼らず自由な諸国民の協調によって達成されるであろう」


その後、アメリカが朝鮮戦争の為に兵を用意するよう日本に命ずるが
日本は戦争放棄の憲法で退ける

しかし安倍総理の祖父、岸内閣の安保法で
日本はベトナム戦争の基地となり戦争放棄が間接的に破られる

そして日本は、朝鮮戦争に続いてベトナム戦争の軍需で潤った

ベトナムに落とされた爆弾の量は700万トン
蒔かれた枯れ葉剤は2万5000トン

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