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集え!ガチな映画感想家達よ!コミュのハロウィ−ン I, II

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ハロウィーンの夜、家人と娘は一緒にトム・ハンクスとメグ・ライアンのロマンッチックなコメディー Sleepless in Seatle(93)を観、親父はその間に射撃クラブで当らないフリントロックのピストルを撃っていた。 夜中前に家に戻ってビールを片手にオバマ候補優勢のニュースといつまでもくすぶる各国政府を巻き込んだ世界規模の銀行、保険業界の様子を論じるところにも嫌気が差して他のチャンネルに変えるとBBC2 局でハローウィンIIをやっていた。

先週はIで今日はその続きIIなのだ。 もう何年も前にいろいろある恐怖映画の一つとして観ていたのだがこの手の映画はそのうち忘れるし他の映画との混濁もあり、ところどころのシーンをその脈絡なく覚えていたりしての記憶は細切れで、その都度あとからああ、そうだったな、思いながらもまた性懲りもなく後を追ってしまう。 この20年ほどでこれが2回目か3回目ではないか。 ハローウィンは毎年やってくるからこういうのは災害映画と同じくテレビから消えることはない。 思いがけないときに突然やってきて大量に人が理不尽に殺され、それを我々は娯楽として観るのだ。 他人の不幸は蜜の味、か。

オランダでも近年ハローウィンが浸透して来ているものの子供の遊びが主で夜にお菓子を求めて家庭訪問するわけでもなく、本来はキリスト教の万聖節は祝われるのだろうがそれにしてももう一般的ではなくほんの少数の敬虔な信者の間だけで祝われるのであり、その前夜のオランダのハローウィンは例えてみれば日本における昭和初期のクリスマスのように思う。 夕方町に買い物にでたら小さい子供がハリーポッターに出てくるような黒のとんがり帽子を被って走り回っていたくらいで、町も日頃と変わることもなく、商店街は一ヵ月後に備えたオランダのシンタクラースの祭りとその後のクリスマスが商戦の眼目でテレビでも町の宣伝でもオモチャや贈り物のコマーシャルは全く見かけられなかったからこの国では今のところお化け屋敷は町に一年に何回かやってくる移動遊園地のもので充分なのだろう。

Living DisasterとかWalking Disasterという言葉があってこれは「疫病神」と訳せばあまりにも緩いかもしれないが、そいつのいくところ触れるところ何でも救いがたい災難が起こる者、ということで主人公、妙に人間じみた変形マスクを被ったマイケル・マイヤーズがこれにあたる。 発想を変えれば馬鹿馬鹿しくもきもちのいいほど直裁に求めるものに突き進みその行く手、周りの人間を「処理」なり今の言葉で言うならば「中性化」していくのだ。 そしてそのプロセスはお化け屋敷とおなじく恐ろしさを盛り上げていってその挙句が一息はずし後ろから「ワッ」というパターンでこういう映画は映画館で観るに限るし今は仲間、友達を集めて大勢で家庭の大液晶画面でみると面白みが増すというものだ。 

多分、後には昼のシーンが多くなるのだろうが、ここまではハローウィンだから夜の犯行でありこれだけやたらと殺されるシーンを見させられるとそれが逆に現実味を失わせ、われわれはそこで「中性化」させられ、それにこの不死身のマイヤースである、カルトとなってファンもでてくるし、「趣味の悪い」娯楽として収まるのだ。

けれどこれはある意味ではアメリカ社会の陰画で、マイヤーズは銃を使わないで大量殺人を犯し、その犯行の動機は彼に15年以上も関わってきた精神病棟の医者、嘗てこの医者はジェームス・ボンドを苦しめ膝にシャムネコを置いてなでていた悪党の頭領だったのだが、彼の語るマイヤーズの、感情も慙愧の情も人間的な感情も欠如した性格は現実のアメリカのキャンパスで銃を乱射してその挙句に自分の口に銃口を押し込み引き金を引くような「疫病神」を前にして銃では倒すことが出来ないと茫然自失のあと自分で「疫病神」を処理しようと立ち向かうのであって、つまりはこの医者が我々の代理である。 けれど我々の代理は無力であることも認めなければならない。 一方、我々の分身は娘のなかにもありこの「疫病神」に追われ続け次の回までは休止はあるものの終わりはない。 

ジェームス・ボンド映画の剽窃喜劇を演じそこでも何役か演じたうち猫を抱いた悪役もあった『オースティン・パワーズ』シリーズの喜劇俳優の名前がマイク・マイヤーズであったことも面白い。 ある意味ではミスター・ビーンと同じくマイク・マイヤーズもLiving Disasterである。

「疫病神」の包丁をどんな銃も止められない、というのは皮肉である。 ここで思い出すのはもう10年以上前にクリントン大統領が嘗て州知事であった州都のバトンルージュでハローウィンの夜に起こった、日本人留学生がハローウィンのコスチュームで銃弾に倒れたことだ。 「Freeze」を「Please」と聞き違えた日本人高校生が何にいらついたのか、怖れたのか知らないけれど男に撃たれた事件があった。 その後その青年の両親がホワイトハウスを訪れ銃社会の改善をキャンペーンしたことがあったが実際は未だ何年かに一度は今も相変わらず事件が発生している。 マイケル・マイヤーズが銃を持ち、その犯行の後には我々の理解しようとする努力をあざ笑うかのように自分を「中性化」して消えるのだ。 映画のマイケル・マイヤーズは包丁で殺戮をくりかえし、現実にはマイヤーズの亡霊は銃を乱射して消える。

私はジョン・カーペンターの作のなかでは喜劇俳優のチェビー・チェース演じる『透明人間』 Memoirs of an Invisible Man (1992) カーペンター監督・音楽が好きだ。 ここでもテーマは消えること、見えないことの悲喜劇だ。




ウィキぺディア、ハローウィンの項、その中の監督ジョン・カーペンターを辿るとこの映画の情報がある
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3

ウィキぺディア日本人留学生射殺事件の項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E7%95%99%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%B0%84%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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