ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

格闘クリニックコミュの『ふたりごと 第1章』  

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
格闘技界のパイオニアにして武を核として衰えることのない強さを追求。
あの、「グラップラー刃牙」のモデルとしても有名な

平 直行(ストライプル代表)と、


強さというあいまいなものを格闘技と医学の点から追求するやる側ドクター、

二重作 拓也(格闘クリニック代表)


この2人が、mixiかくくりコミュ上で徒然なるままに語り合う。


強いって何?


時代はどっちに行く?


武術と格闘技と医学って何?


みたいなことから、


日常のちょっとした疑問まで。


どの方向にいくのかさえわからない、ふたりごとトピックです。


のんびりと読んでいただけたら幸いです。


それでは平さん、そろそろはじめましょうか。




(注意)このトピックですが、基本的に2人で進めてまいります。感想やコメントは別トピックにてお願いいたします。また、ご本人への直接メッセージなどはルールとして禁止させていただきます。格闘クリニックコミュニティーならではの企画ですのでどうぞ長〜い目で見守ってください。


コメント(30)

それでは、平さん、先陣切らせていただきます!

名は体をあらわす、って昔から言いますが、平 直行さんっていう名前、身近で知っている人間としては凄く象徴的に思えるんです。


平さんって、対人関係とか争いを好まないところでホント平らというか平和というか。リング外とリングでのギャップも凄いですが。

それでいて誰よりも速く動く、直ぐ行くところがあるように思ってまして・・・。

(グレイシー一族をあまり世間が知らないころに渡米し、弟子入りしたり、日本ではじめての柔術クラスをはじめちゃったり)


最初ということで名前から入っていこうかな?と思っているんですが、

その辺(どの辺だ?)いかがでしょうか?
おっいきなり真夜中も返信です。
こんな初回も面白いかと。
たまに目が覚めるとそのまま起きてなんかするの好きなんですよ。

こんなのも面白いって感じるので
目が覚めていきなり起きちゃったりたまにします。
そうしたら初回が始まって面白いって勝手に愉しんでます。

苗字は良く聞かれるのですが
ご先祖様は武士ではないのです。
商人のお金持ちだったみたいです。

伊達藩の呉服問屋です。

財産が残ってないのが残念な、お金持だったそうです。

伊達家の派手な着物とかを扱っていたらしいです。

そんなのも面白いですねバリバリの侍じゃない血筋

商売上手のしゃれっ気のある血筋が嬉しく好きです。

直行はうちの父親がつけました。

大金持ちとか天才にならなくても良いんだ

とにかく人の道を外すな、真っ直ぐな心を持って育って生きて欲しい
そんな思いでつけてくれたそうです。

僕はなりたいんですけどね。

名前って一番初めに受けるおまじないみたいなものだそうですよ。
言霊ってあるじゃないですか。

小さい頃は苗字じゃ呼ばれませんよね。
○○ちゃんとか、産まれてすぐにかけられる言葉ですよね。
子供の頃も名前で呼ばれる。

そうすると名前の雰囲気になっていくんだそうです。

両親のあるいは祖父母かもしれないですけど。
想いを込めてつけた名前
一生懸命な愛情を込めて沢山呼ぶ名前

確かに何か成長過程に影響あるかもしれませんね。

それでは名前の由来の返信を。
さっそくの返信ありがとうございます。

「夜明け前」だけになんだかワクワクします!

しーんと静まり返った中、平さんの脳だけはキュルキュル高回転、めちゃくちゃ覚醒していたんでしょうね。

さてさて、「名前」ですが、「平」は伊達藩の呉服屋商人だったんですね。もしかしたら、伊達政宗公を経済的にバックアップしたりしてたのかも!

しかも呉服屋ってところがアートですね。

単に商品売るだけじゃなくてデザインしたり、新しい流行をリードしたり。見たことも無いような技作り出したり、シャツやフレーズを発案したりと、平さんのクリエィティブさにリンクしてるかも?

直行、はお父様のメッセージだったんですね!
よく元格闘家や元ボクサーの犯罪とかニュースになりますが、平さんは全くもってクリーンですからねo(^-^)o

ところで、「二重作」、ですが、茨城は水戸藩のデカい農家、いわゆる「豪農」だったようです。

もともとはふつうの名字だったらしいのですが、石高が高かったために水戸の藩主から、「二重作」の姓をいただいちゃったそうです。ご先祖さんが名前を偉いひとからプレゼントされちゃった!

子孫である私たちが、「二期作」とか「二毛作」といって小学校でネタにされることも、

雑誌の文通コーナ―に投稿したいけど名字が珍しすぎて仲間に知れてしまうため泣く泣く諦めた思春期の事件簿も知らずに、

姓をいただいたご先祖さんはきっと大喜びしていたはずです。

ただ、良かったのは、レアな姓をいただいたおかげで、犯罪や非行の抑止力になった気はしてます(笑)

拓也は、開拓精神やフロンティア精神を大切にして欲しい、というアメリカ大好きな父のアイディアです。

おかげで、誰もやってないこと、が何より好きです(笑)

あと2重生活、2重人格も否定できません。

僕はそんな感じです♪


平さんはどんなとき「平 直行」を感じますか?

そのあたりも含めて、名前と実際の活動との関わりなどを教えてください!
あーすみません。僕自分の名前で考えた事ないのです。
あっそれでは話が終わってしまう。
でも何となく上手くいくのが僕の特色ですよね。

そう考えてみると。
間違わずに真っ直ぐ進んでいるかもしれません。

何となくそう思いました。

色んな格闘技、団体に行って。

それは自分の求める物がもっと先にあるから。

総合格闘技かと思っていたら。
今度は武術とかもやって操体とかもやって。

そこに沢山の面白さがあって。
良い流れにいつもいます。

だから僕は辞めたところとも何故か上手くやってます。
それは何となくですが真っ直ぐに進んでるから。

お金の為とかでは僕は動かない。
自分のやりたい事、好きな事、気の合う仲間
そんな場所にしか僕はいないです。

それは我侭なのか、素直なのか。
直行の直は素直の直ですから。
素直に真っ直ぐに行く。

その道はきっと僕の道は用意してあるのかもしれません。
考えた事なかったですが。
何となくいまそんな風に思いました。

僕は多分人種とかあんまり気にしない。
人は目の前の人としか考えない。
その人の事はその人としてしか考えない。

国籍とか地位は関係ない。
ずーっとそうでした。

だから、平 直行なのかもしれないです。

余計な隠れるような見方はしない。
だから、でこぼこは僕の視線にはない。
だから、平で。

真っ直ぐに感じた事に素直に進むから直行。

おー格好良すぎですか。

次回は身体の質問良いですか。

タイムリーに花粉症の対策とかいかがでしょうか。

僕は何となく花粉症の人はコリが激しいと思います。
変なところが凄くこってる人が多いです。

それを解してあげると楽になって症状も大分落ち着きます。

人間が一番固くなるのは死んだ時

だから僕は柔らかだったら元気なのかなとか思います。

ストレッチとはまた違ったしなやかな動きとか物腰
になると身体は元気だと何となく思います。

赤ん坊とか元気だけどアレルギーとかあると何故かこってる部分があったり
その辺りって実際にどうなんだろうとか、興味津々です。

多分これが東洋的な部分で
西洋的な部分の対処の仕方がこれに加わると面白いですよね。

自由に選べて、失敗してもまだ何か作戦がある。
そんな余裕が出てくるとトレーニングでも面白い。

西洋と東洋を仲良く使うときっと面白い
それには2倍の知識が必要です、多分。

でもここなら割りに簡単かな。

いきなりの無理難題すみません。

よろしくお願いします。
平さん、僕、無理難題大好きです。


いえ、正確には影響を受けている人や刺激をいただいている人の無理難題が好き、です(笑)

数年前、絶対落とせない資格の試験と、将来につながるであろうあるアーティストとの接触の機会が同じ日に同時に来ましたが、結果として両方とも何とかなっちゃいました。double creatorということで。

基本的にそういうのが好きです、あははは。



さてさて、話題は花粉症ですねっ!

ほんと、花粉症の方には辛い季節なんですが・・・

でも花粉症からいろいろ見えてくることってあるかも。

そんなノリでいってみようと思います。


花粉症って医学的に言うとアレルギーのひとつで、1型アレルギーというやつになります。

人間のカラダって外から異物(この場合は花粉)が進入してきたときに、守ってやらなきゃいけないから「免疫系」が働くんですが、免疫系が正常の場合って、そこにIgGという抗体が関与するんですね。

ところが、花粉症はじめ、1型アレルギーのひとって、IgGじゃなくて、IgEという抗体が間違って産生されてしまう!それが1型の特徴です。


免疫学的にいうと、このミスからすべてが始まっています。

だから治療法もここが改善されていないと・・・なかなか厄介なワケです。


たぶん、平さんが子供のころってそんなに花粉症っていなかったはずなんですよ。

ここ20〜30年くらいで、わっとメジャーになってきちゃった。

その理由のひとつに、環境問題との関連も指摘されてます。


ちょっと前の日本人の生活って、今ほど無菌に近い状況じゃなかった。

泥にまみれて遊んだし、家の中に普通に虫とか入ってきてたし、いまスーパーに並んでるような綺麗な食材ばかりでなかったし。

今みたいに、サプリメントとか無かったし、もっと言うとギョウチュウとか回虫が体内にいてそれが普通で自然だった。


からだにいいものだけじゃ無くて、悪いものだって食べて、しっかり解毒する。

そういう強さがあった。

だから免疫系もミスを起こさずしっかりと働いて、IgGもきっちり産生されていたそうなんです。

それが、とにかく(見た目を)きれいに、都会化していく過程で、外からの異物に対する防御力が弱まってきたのではないか。


花粉症に関する話題として、そういう話は良く聞かれます。


逆に、食品添加物やら、

「これ何から作ってるんだろ?」っていうような怪しげなものは爆発的に増えてますから、

今後新たなアレルゲン(アレルギーを引き起こす原因物質)が続々と見つかる可能性はゼロではないんじゃないかと。


そんなわけで、花粉症そのものが都会化やストレス社会、環境変化と大きく関わって拡大してきているので、もしかしたら筋緊張が高いひとの割合も大きいのかもしれません。(統計とって無いのでなんともいえませんが)


あとは、アレルギー反応により鼻水が出てきて呼吸はし辛くなりますよね。

息がスムーズでないと、呼吸に関わる筋やその周囲の筋は固くなりますから、

そういった意味でも「ストレッチ」というよりも、しっかり柔らかく大きく「息」させることに意味がある気がします。

一部だけ極端に固いとか筋力が落ちてるような場合は別として、動作の中にストレッチがあって同時に筋力強化があるのが自然かな、なんて思っています。


逆説的ですが、免疫系をしっかり働かせるためには、小さいころから過保護で無菌状態はきっと良くないのでしょうね!

そういえば、2001年ごろ、平さんと一緒に「良いものだけ食べてちゃだめでしょ」、なんて話をしましたよね、小奇麗なイタリア料理屋で。


清濁併せ呑む、っていう意識と、

やはり自然と同居するってことが大切なのかな・・・なんて考えちゃいました。


『花粉症の格闘家、田舎でキャンプツアー』


なんて面白くないですか?


「ふたりごと、読んでるよ!」


って昨日ふたりから言われて思い出したので、

今度はこちらからお伺いしたいことがございます。

(忘れるの得意なんすよ)

ある、キックの実力者の選手から、主にパンチでカウンターを狙う選手にはどうくずしていったらいいでしょう?という真摯な質問をいただきました。

その選手いわく、相手がカウンター取りに来てるの解っているのにわざわざこっちから攻撃しかけていくのがどうも嫌なんだそうで。


「嫌とか言うなよ〜」

といってしまえばそれまでなんですが、

落ちないと解りきっているのに時間と金かけて女性口説く虚しさに通じる、

カウンター待ち、でも一発で倒せるタイプに対し、


1)平さんは過去どのように対応されてきましたか?


2)また現在ならどのように対応されますでしょうか?


十人いれば十以上の方法、やり方がありますが、


「平流」の考え方や組み立て方、ご教授ただけませんでしょうか??


ちなみに僕だったら(カラテですけど)

技出さずにわーって追っかけちゃって間合い潰すの試みてみます。


それがだめだったら、

・・・・そのとき考えます。



おす!
まあ参考になるか、分かりませんけど。

カウンター狙いに来てる人からだったら、僕はカウンター取り返すのが
大好きですよ。

それって一番面白いやり方です。
まあ僕はこんな感じで格闘技なのに遊んでますから。

相手をびっくりさせるのって面白いですよね。

カウンターって基本は相手の攻撃を外して自分の攻撃を当てるわけです。
それに必要なのはサイドの動きと自分の中心を相手に向ける事。

まあ少し横に避けて(分からない位に微妙に。)それで自分のバランスを
保って素早い相手に分からない攻撃をする訳です。

まあ基本こんな感じとして。
以外にこれって難しいんです。

やっぱりこの状態だと相手の反応に敏感にならないと難しいから。
だから反応で遊んであげると面白い。

現役の頃は横に動く相手とは動き合わないのが基本でした。

これ基本ですお互いにサイドを取り合うのって面倒臭くないですか。
僕努力とか苦手なんで頑張って取り合いはしません。

取り合いより譲り合いですよ。
なんか、世界平和みたいですね。

サイドを取りたい相手にはサイド譲ります。
で相手は僕が前に出ないとカウンターにならない訳ですから。

待ってる相手から僕は微妙に離れます。

そうすると相手はカウンター欲しいからカウンターを
取り易い距離に詰めてきてくれます。

そうすると今度は立場が反対になるんですよ、実は。
カウンターを狙う事に夢中になってる相手が一丁上がりなんです。

相手が距離を詰めてくるんだからカウンターを合わせるの簡単なんです。

何故ならば相手はカウンターを狙ってる。
カウンターは微妙な距離感が必要だから必ず自分がカウンターを
取れる距離に詰めてくるに決まってるんです。

自分は色々と微妙に距離を変えて下がる。

相手は同じ距離にする為に毎回違ったステップで前に出る。
相手が詰めてくる自分との距離は同じですから。
目の前の景色は同じ。

やってくる場所は毎回同じですから。
色々と下がってあげて軽くカウンターを合わせます。

まっ意地悪はこの位にします。
これをやると、大概前に出るの止めますから。

そうすると今度は相手は全部の動きに対して下がりだします。

カウンター狙ってたのがいつの間にか自分が餌食になってるから。

おかしいなって感じると大概人間ってそれまでと反対の動きになってくるんです。

つまり相手は下がり始めます。

そうなったら簡単、下がってる相手と前に出る人間の攻撃力って
全然違いますから。

訳分からなくなって下がってる相手をめった打ち開始です。

その時に始めて横の動き使えば大概ついて来れないですよ。

文章だと伝わりずらいですね。

相手が狙ってる技使ってやると面白いですよ。
それが上手くいけば凄い嬉しい。

いまは武術ですから、相手打てなくして一気にやります。
走りながらとかやります。

走ってる人間とスパーでも試合でもしないですから。
競技では反則だから。

走ってしまうと面白いですよ。

上手く伝わったか心配です。

そのうちお見せすると伝わるのですが。

まあそれは、またの機会に。
た、平さん!これは凄い記述ですよっ。何度も何度も、多分20回ぐらい読んでしまいました!


「カウンター狙いにカウンターを取り返す。」その過程をきちっと言語化した文章ってなかなか無いんじゃないでしょうか。


サイドを相手に譲りつつ、微妙に距離を離す、

すると譲ったように見えて、相手は平さんのルートに乗ってくる。


なるほど〜。


サイドを取らせまい、という方向ではなくて、欲しいならサイドあげるよって、相手に与えておいて、実はその先をしっかり準備してるんですね!!!


軍とか企業のリスク管理にも通じる話なんじゃないでしょうか!


自分なりにカウンターねらいには前に出て相手を下げさせて潰す、というところまでは一応やっていたんですが、


「相手も前に出ようとしているところを下げさせる」のと、

「相手がパニックになって自分から下がろうとするところをさらに下げさせる」のは、


似てるようで全く違うものなんですね!


本当に、改めて「平流」の奥深さと面白さを味わってしまいました。この文章読みながら、映像が惹起されました。いろいろ想像しながら体動かしてみたのは、きっと僕だけじゃないと思います!


(この質問を最初にしてくれた藤田智也選手、超喜んでました。)


実際にご披露いただける機会も準備しつつ、楽しみにしています。


http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=29126984&comm_id=187416

↑ふたりごと感想トピックができました。ご意見、ご感想その他いただけると幸いです!

子供に空手を教えているのですがこんな子供が今週の月曜日に
かかとにスポンジの付いてるサポーターをしてるんですよ。
小学4年生なのに、見てると動きもギクシャク。

かかとが痛いらしいんです。
接骨院で治療してサポーターを付けるようにとの事らしい。

何となく違和感を感じて、医学的な事は分からないのですが。
見た瞬間疲労した金属みたいな印象だったんです。

それで話を聞いてみると。
空手は週に1日だけなのですが、それ以外にも色んなスポーツを
習ってるらしいのです。

特に怪我をした状況ではなくていつの間にか痛みが出てきたそうです。

僕の直感が、この時出てきたのですが

子供って自由な動きが一番良いんんですよね多分。
それを学んで、身体が出来てから一定のルールに沿った動きをすると良い。

やっぱり、スポーツによって動きは決まってきますから。
決まった動きに沿って身体を鍛えるのが良いのはもう少し大きくなってから。

出来れば週種類を組み合わせてスポーツをすると良い。
一番始めから決まった形を作ると道が狭くなるような感じがしたんです。

子供はルールの無い遊び、決まった動きの少ない自由な遊びで
身体を楽しく動かす。

そうやって道を沢山作って、沢山出来た道をきちんと舗装して
自分が沢山通る道は大きな道にして、たまに使う道も用意しておく
抜け道とか知ってると便利じゃないですか。

形を決めてそこを鍛える、それは大きな国道とか高速道路とかを
作る事でとても便利。

でも狭い道とか路地裏とか歩道とかも作ったほうが良い。

便利だけを追い求めるときっと無理が来るんじゃないかな。

そんな風な閃きがあったんです。

子供に大きな道だけを作ってあげる。
それが一番目立つから。
それが一番だって勘違いしてしまうのかな。

でも実は全部で一つなんですよね。
色んなものがあると大きな物が活きる。
大きな物があるから小さな物も活きる。

子供にはまず大河の始まりのホンの小さな湧き水から
本当はそれが無いと始まらない。

運動でも何でも格闘技だってきっと同じなのかな。

湧き水から始まって、やがて大海に行ける道筋で運動でも何でも教えたいな。

そんな事を感じたんです。

そしたら格闘技も同じだなって感じたんですよ。

始めから大海になる訳が無い。

でも大概の人は大海(有名なプロ選手の試合とか)を見て
すぐにそこに行こうかなって思うもんなんですよね。

なんでも始まりは湧き水何だと思うんです。
それを地面に吸い込まれながらも、尽きないで海までたどり着く。

始めにやる事、徐々にやる事。
目指すゴール。

この辺りを分かって感じながら進むと面白いかな。
そんな事を感じたんです。

大海しか見ないで練習しても地面に吸い込まれてなくなっちゃうのかな。

進む大海を知らないでいたら川が途切れちゃうのかな。

入門して心がける事、スパーリングのレベル位になったら心がける事
目標設定のしかた。

ドクターの見地から教えてくれると見てる人たちの参考になるのかなと
何となく閃いたんです。

その年齢でやる事ってあると思うんです。

情報が多いからなのか子供に大人と同じ事をさせたがる親って多いんです。

そうじゃなくて年齢に応じた楽しさ
積み重ねる楽しさもある。

それはきっと格闘技も同じで。

出来ない事を出来るようになった喜びとか

そのうちやって来る上達した自分を考える事

待つ楽しさとか
格闘技界にあんまりないように思うんです。

焦らないで楽しみながら上達する。
変化する過程を楽しむ。

そんな練習が出来たら面白いな

何となく思いつきで書いてみました。
おす!平さん、返信遅くなっちゃってすいません!

じつは、平さんのコメント見て、真剣に子供の格闘技について考えなきゃ、と思っていたんです。

そんなおり、茨城に住むレスリングのめちゃ強い仲間の方と連絡がつき、『子供のためのトレーニング、しかも医学的にも格闘技的にも正しいやつ』を学び、実践・研究できる場をつくりましょう、という運動が始まりまして。


で、時を同じくして、小学校教員にして極真カラテ家のs選手が、小学校でカラテを教えていらっしゃるということで、『わーなんかやりましょう!』みたいな機運が僕の身の回りで同時多発してきちゃったんです(笑)


これは何かの風が吹き始めたsignだな、と思い込んだ僕は、


急遽、月刊フルコンタクトカラテの記事を『少年少女のための格闘技・武道』をテーマとし、自分なりに形にしてみました。


そこでわかったことは、やはり年齢によってやるべきこと、やってはいけないことがある、ということです。

子供と大人は違う。子供は日々大きくなっていく存在で、大人は日々現状維持かもしくは小さくなっていく存在。(あくまで身体的なお話です。)


だから大人のやり方が通用しないことが非常に多いんです。


たとえば、パンチひとつとっても、少年はまだ骨ができていないので拳の当たるところが柔らかい組織でできています。大人は骨ができてるから拳を鍛えてもいいけれど、まだ骨が無い子供のナックルを鍛えるのは、かえって危険な行為になりえる、ということ。


減量もそう。今から大きくなる年代の選手が、減量しちゃ危険ですが、多くの格闘技で子供や成長期の選手に無茶な減量させてるところは少なくない。いろいろ知っていくにつれて、すべては、大人が大人の視点で子供をみてしまうことに起因するように感じました。


年齢は11歳がひとつのポイントになります。11歳までは、脳と神経がガンガンつくられる時期ですから、なるべくいろんな刺激を与えたほうがいい時期です。とくにバランス系とか、反射系とか、格闘技でいうところの強さよりも「上手さ」を優先させる時期。

だから、カラテの稽古で言えば、きっちり基本ができる子供より、トリッキーかつ自由な発想で飛んだり跳ねたりするこの子のほうが将来伸びる可能性が高い、ということです。

この時期に、ひとつの動きばかりやったり、高い負荷をかけたりというのはじん帯にも筋肉にも、成長にも良くない。ましてや、減量してパワー勝ちばかりしていたら、大人になったとき自分よりパワーのある人(海外選手とか)に勝つ方法がわからない。

こどもが飽きっぽいのは、同じことの繰り返しではなく、新しい刺激をたくさん入れていかなきゃいけないように脳がプログラミングされているかも知れませんね!


>子供って自由な動きが一番良いんんですよね多分。
それを学んで、身体が出来てから一定のルールに沿った動きをすると良い。


ていう平さんの直感、まさにこれから大人が知ることになる「ど真ん中」なんじゃないでしょうか!!!自由って、たぶん選択肢が多いってこと。それを大人が規定しすぎると子供の側に問題が出てくる、と。


僕、ツアードクターもやってるんで、音楽で世界的なプロの方々によく聴くんですよ。娘の音楽教育には何をしたらいいですかって。

そしたら、みんな、

「とにかく良質な音楽を、ジャンル関係なしに聴かせなさい」ってアドバイスくれます。

結果、うちの娘(4)はマイケル・ジャクソンから、山口百恵、ドリフ全員集合の「ババンババンバンバン」まで幅広く歌っております(笑)


今の子供たちをめぐる問題って、いろいろあると思いますけど・・・

長期的な視野で、子供の目の高さで見ていくことでいろんなことが改善されていくような気がしてます。


せっかくこの話題なんで、前述のお2人にもどう思うかコメント頼んでみますね!
しなもんがさん。
まさに、サインですね、僕も最近色んな事を感じたり。
周りでも耳にしたりするんですよ。

調度昨日小学校から来た冊子があって文部科学省から配布の物で

タイトルがいま、子供のからだが危ない!
いきなりこれですよ。

外遊びの減少と運動不足
食の乱れ
生活習慣の乱れ

この3つについて書いてあって

運動でいうと昭和40年代の小学生の半分しか一日に歩いていない。
いまの小学3,4年生が身に付けている基本的な動作は20年前の5歳児のレベルでしかない。

普通に書いてあるんです。

だから運動しなさって事までしか書いてない。

どんな事をしたら良いのか書かないと足りないですよね。

ただ補強運動をしたら良いわけじゃない。
心と体を育む物が子供の時期に栄養になる。

そこに楽しさと良い思い出があった方が良いし。

人との触れ合いも必要。

足りない物を、単純に足すんでは人間相手にやる事じゃない。

そこには仕事として、そして仕事を超えた何か惹きつけられる物を感じます

夜には偶然キッズアスリートという子供の為の運動を主催してる人と
話をしました。

偶然何となくスイッチ来てますね。

僕の師匠に教えてもらった事があります。

ある日質問されたんです。

「良い子供ってどんな子供だと思う?」

なかなか難しい質問ですよね。

聞き分けの良い子。
元気な子。
優しい子。

色んな一部分しか出てこない。

師匠の答えは格好良かったですよ。

「色んな事を、大人の都合で付けてもだめだぞ。」
「大人と子供は違うんだ。」
「大人の都合に合わせる子供はあんまり良い子じゃない。」
「それは大人にとって良い子なだけ。」
「それは小さな大人にしかなれない。」

「良い子供って簡単なんだよ。」
「一番良い子は。」

「子供らしい子供なんだ。」

「その時に一番良い。」
「何でも変化するのが当たり前。」

「小さな大人は。」
「おかしな子供だぞ。」

「子供らしい子供は。」
「きちんとした大人らしい大人になるぞ。」

「なんでも順番があるんだよ。」

僕はその道に沿って子供と関わっていきたい。

その為の知恵が欲しい。

その為のご縁が欲しい。

そしてそれをみんなに分けてあげたい。

それはきっと僕にとって凄く楽しい事なんですよね。

新しい楽しみが出来ました。

また、一緒に遊びましょうね。


yoshikiさん。

ゲストありがとうございます。

しなもんがさんにも書いたのですが。
サイン感じます。
面白いサインです。

自分の周りに楽しさを分けてあげると面白いんです。

小学校の先生ですか
色々と勉強させて頂きたいです。

お話面白いですよ。
やっぱり現場の話は味わい深いです。

器を大きくするのが子供に対してしてあげることなんでしょうね。
まだ小さな器に詰め込むのは最悪の教育。

これからせっかく大きくなっていくのに
無理に詰め込んだら破裂しちゃう

子供の問題は大人の問題なんでしょうね

大人がきちんとしたら子供もきちんとするに決まってる

書いていたら何となく感じてきました。

きっと新しい事始めますよ。

僕は勘で生きてるので(笑)

その時にはきっと何かご縁が出来てそうな感じがします。

コメントありがとうございました。
yoshikiさん、平さん

マジ面白いっす。『ふたりごと』が育っていってるの、感じます。

「教科書の12ページを開いて読みましょう。」の話、めちゃくちゃわかりやすくて興味深いです。

大人からしたら、「教科書にはページがあって当たり前で、教科書は開かなきゃ読めないもので、クラスの中では音読するもの。」というお約束事がある。脳の中で、教科書ーページー開くー授業ー読むっていう認知がなされ、脳細胞の神経同士が連絡しあっている(神経回路ができあがっている)ということなのでしょう。

それは、経験とか常識とか、文化とか習慣とか、おそらくそういうものの影響の結果であり、教科書を見たことないような、いや学校さえまだ当たり前でない国にいけば上のリンクは当然成り立つはずも無く、無人島に漂流してしまったら教科書は読むものじゃなくて、きっと火をつけるために使うものになったりするはず。

(ヤギにとっては国家機密のかいてある重要書類は美味しい食べ物ですし。)


だから、大人の目線からみたら、「教科書は開いて読むものだろ」でも子供からしたら、「教科書という紙の塊を開いて読むことの本当の意味とかそうなった背景とか、それ読んだらどうなるか、が知りたい」はずなんです。

で、一歩一歩進んでいって、おおー面白いことかいてあるなぁ、とか大好きな昆虫の話が出てきたよ!ってなったときに初めて、脳の中でドーパミンが、どわ〜んと放出されてつながってくる(リンクされる)というメカニズムなんじゃないかなと。

yoshiki選手が上段受けを叩いて教えたのも、本当は格闘技の本質かもしれませんね。

だって、カラテというものが始まる少し前・・・・

ケンカや戦いで相手が殴ってきたのを防御してみた。ブロックがめちゃくちゃ上手いやつもいれば、前腕が折れちゃう悲しいやつもいたはずです。

じゃあ、上手い人、強い人集めてみて、「どうやって受けてるの?」って聞いてみたら、そこには法則みたいのがあって、それを最大公約数でまとめたのが「上段受け」をはじめとした型とか基本なんじゃないかなと想像するわけです。


ブロック、ガードはまったくできないけど、ナジームハメドみたいにやたらよけるのは上手いやつとか、殴られそうになったら抱きついちゃうホイスグレイシーみたいなやつとかもきっといたんでしょうね!!!


防御ひとつとっても、子供にいろんなパターンをやらせておいて、「あ、君の今の動きを上段受けっていうんだよ!もしかして自分で発見したの??」っていう風にもっていければ、子供たちだけでなく大人も絶対面白いと思うんです。

平さんや須藤元気さん、塚本選手、大月晴明選手なんかも典型ですが、伝統・基本もしっかり学びつつも「へ〜、そんな戦い方があったんだ〜」というようなクリエイティヴな戦い方をしてしまう。

お約束事を守る人にできない、自分で新しいお約束をつくっちゃうような選手はやっぱり強いし、影響力がある。

ということは、子供って強くなるヒントだらけなんでしょうね。
少なくとも、成長率は大人の僕なんかより圧倒的に上なんですから!

「子供らしい」「大人らしい」「自分らしい」って何なんだろ。

お2人の文章読んでそんなこと考えてみました。

新しいsign、形にしたらもっと楽しいだろうなぁ!


http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=29126984&comm_id=187416
興味ある方、つながりましょうっパンチ
この前のyoshikiさん。しなもんがさんのコメント以来少し刺激を受けてます。
これから子供空手教えに行くのですが
こんな事を思いつきました。
最近子供をめぐる事件多いですよね。
子供の護身術考えたいのです。
まあ現実には大きな声を出せる事
気が付く事を教える事だと思うのですが。
大きな声の出し方コミュでみんなの知恵募集したいんです。
よく「助けて」
はあんまりよくないって聞くんですけど。
「火事だー。」はあんまりピンと来ないんですよ。
「変なおじちゃんがいるー。」
「助けてください。」
こんな感じに。
具体的に
「眼鏡のおじちゃんが変な事する。」
「黒い服来た変な人がいる。」
「助けてください。」
具体的に示すと犯人少しビビルかな。
同じ助けてでも言い方あるかもしれない。
そんな事を不意に今思いついたんですよ。
みんなの格闘技の知恵をこんな風に集めて
それを世間の子供達に、親達に発信する。
面白くないですか。
第一危険に対して少しは良い教育になるかもしれないですし。
ホンの思い付きです。
あっそろそろ準備しなきゃ。(笑)
子供たちにとっても危険がいっぱいの現代。

たくさんの「使えない」護身術がはびこる中、本物の護身が必要だと思います。


「大きな声が出せること」


平さんのおっしゃるそれこそ、リアル護身術の第一歩ですね!腕つかまれたらどうするとか、突然抱きつかれたらどうするとか、そういう形式的なのじゃなくて、本当に使える護身。危険を早めに察知してできることをやる護身。


危ないと思った瞬間、腹のそこからギャーっと声を出す、悲鳴を上げるだけで、近くにいる誰かに届くかもしれない。腹の据わっていない犯人だったら、ひるむかもしれない。

少年少女のためにこれから本当に必要なのは、そういう状況に耐えうる格闘技や武道なのかも知れないですね!

カラテやってるからって、小学生が大人蹴飛ばしちゃったら、犯人は逆上するかもしれない。

でも、カラテやってるから、自分がその状況でできることの限界もわかって、思いっきり噛み付いて逃げることができた。子供ながら冷静な判断ができたのであれば、後者こそ、本当の意味で「カラテのおかげで助かった」といえるんじゃないでしょうか。


話がそれちゃいましたが、これからさらにデンジャラスな日本になっていく中で、競技だけではなく、リアルでの判断力や行動力が養える護身としての格闘技や武道。そういったものができたら最高ですね!

「みんなの格闘技の知恵をこんな風に集めて
それを世間の子供達に、親達に発信する。」

それ、絶対に面白いと思います。格闘技が世の中から感謝されるものになる可能性を秘めていると思います。

格闘技が世間に目を向けて、もっとアクセスしていくことでいろんなチャンスが社会にも格闘技にもやってくる。

その基盤を「縁」と「円」でつながったみんなで作り上げたいですね!


形にしなきゃ意味がないので、僕も思いつきでさっそくつくってみました↓

「少年少女の格闘技&武道」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3357036

読者の方の中には、「なんだ、MIXIのコミュニティーじゃないか」、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、格闘クリニックだって始まりは単なるサイトだったんです(笑)

それを平さんたち先進的なみなさんが見つけてくださって徐々に具現化し、形になっていったという前科がありますので、まずはシンクタンクとして機能させていけたらと思っております。

平さんの思い付きのバトン、つなげていきます!






おす、平さん!


いろんな格闘家と接していく中で、「売れる」ってどういうことなんだろう?ということを考えることがあります。

格闘技とか武道の世界って強い人ってそれこそあきれるくらいたくさんいます。

無名だけど、実力はチャンピオンクラス級っていうひと、キック、カラテ、総合、柔術、ボクシング・・・ジャンルを問わずたくさんいる気がします。柔道とかレスリングにいたっては、オリンピック競技だけあって選手層も厚く県大会優勝レベルでもめちゃくちゃ強い!!!

でも、それらの中でしっかりと人々の記憶に残り、引退したりして時間が経過しても

「あの人は強かった」

「あの選手をみて強くなろうと思った」

っていわれるような選手と、そうでない選手はいったい何が違うんでしょうか?

さらに俗っぽく言うと、「売れる選手」と「売れない選手」の違いってなんなんでしょう?

練習とかトレーニングとかファイトスタイルも違うとは思うんですが、それらはあくまでもパーツのような気がして・・・。もっともっと根本的なものが違うような気がしてなりません。


あくまでも、僕ひとりが見聞きした範囲ですと、なんというか意識が内に閉じこもっていないような印象を受けるのですが・・・。売れるための見えない努力もされている選手もいらっしゃいます。


ジムや道場ではなかなか教えてもらえない、「売れるファイターになる秘訣」、ここのみなさんもきっと知りたいはずです。

平さんの経験や「コイツは売れるべくして売れた」などのエピソード等ございましたら、ぜひともご教授いただけたら幸いです!おす。
うーんそこそこ売れた僕で良ければ(笑)
まあ何となく上手くいくのは天才なのでその辺りの感じで。
色んな選手も見てますしね。

やっぱり場をわきまえるのが大切ですよね。
当たるとか外すって日本語もありますし。

同じ事をやっても響く選手もいるし
何となくしらける選手もいますよね。

マイクとかインタビューとか凄く出ますよね。
選手の強さ以外の部分
そこに惹かれるか引かれるかの差が出てきて

プロだったらそこに命がある
でも考えないでやっちゃう選手もいますよね。

試合と一緒ですよ僕にとっては
プロなんだから相手の出方、自分の出し方
タイミングを計って良いものを出すのは

その意識一つで変わりますよね。

自分がどう相手に見られてるのか
それを普段から意識するのがプロです
僕はそうやって教えて頂いて来ました

電車に乗る時も道を歩いてる時も
見られてるって意識する
そこにプロの華が出てくる

それが面倒だとただの格闘家
プロはその時間も楽しむんですよ。
それが楽しいからプロなんです。

だから大勢の観客の前で
リングに上がって試合をするんですよ。

プロだった頃会場を絶対にうろつくなって言われてたし。
ファンと一緒の電車とか絶対に乗らなかったです。

そうしないとプロじゃないですよね。

みんながいる場所に普通にいたら普通の人
だからお金が無くても電車じゃ行かない。

そうやって時間を積み重ねる
人に自分を見せる事が楽しい面白い仕事になっていくと

人様に見て頂けるプロになって行けるんじゃないでしょうか。

僕はそうやって先輩方から教えて頂いて
リングの上とは関係ないように思えますけど

そうやって24時間過ごした人間は道場とリングの上だけの
格闘家とは意思の力がプロの格闘家としての意思の力が別物なんです。

普段とは違った人を見たいわけじゃないですか
だから普段からプロである
こんな感じですか。

少しはお役に立ったのでしょうか。

長くなったので次回にもう一つ
学び方を書こうかなと思います。

今日はここまでで。(笑)
う〜〜ん。考えさせられます・・・。

・「場をわきまえること」
・「周りから、相手からどう見られているかを意識すること」
・「道場、リング外でもプロフェショナルとして振舞うこと」

どれも、格闘技のみならず、仕事や生活の上で大切なことばかりですね!

最近、おかげさまで人様の前に立つ機会をいただくようになってきたのですが、自分を振り返ってみると・・・まだまだです。

電車に乗った時は口をぽかんと開けて寝てますし、道を歩いてる時には、気がついたら綺麗な人探してますから(汗)しかも、それらに対して自分なりの正当性のある理由(世に言う、言い訳)をもっているから始末が悪いです。


話、だいぶそれるかもしれませんが、先日ふとCDショップによったんですね。そこで、中学の頃カセットテープで持っていたマドンナのデビューアルバムを見つけたんですが・・・

改めて見たジャケットの写真に衝撃を受けたんですよっ。

デビューですから、まだスターになっていないんですが、この時点ですでに完全なスーパースターのたたずまいで写っているんですね!

悪く言えば生意気そうというか、「わたし、マドンナよ。文句ある?」って迷い無き目をしてるようにう感じたので思わず携帯で写真とってしまいました。

そのあと売れなかったら単なる生意気一発屋シンガーですが、その後の活躍と影響力たるや半端ないですからね。(デビューから現在までいまだにずーっとトップを走ってます。)

勝手な推測ですが、マドンナも売れる前から、スーパースターのように意識して振る舞い、意識して発言し、意識して行動したから、実際にそうなったんだろうなと。

平さんのコメントを読ませていただいて、あらためて時間の積み重ね方を変えなきゃな、と思いました!ありがとうございます!

次回も、超楽しみです。
マドンナ格好良いですね。
何となく強い成功への意志と確信を感じますよね。
そんな事もコツなんでしょうね。

成功する人を結構見てるんですけど
こんな意外な事も共通してます。

ハイって素直に言えるんですよね。
それは生活全般じゃなくても良い。

自分の道で上の人から教えられた事をきちんと守る
言われたらきちんとやる。

練習とかで勝手に自分でやっちゃう選手はやっぱり
そこそこで終わりますね。

信念は自分ひとりだと
自分勝手になってしまう時があるんですよね。

ハイって言える選手は成功しますね。

これはきっと仕事や他の事でも同じで。

こんな事を読んだことがあります。

ハイのハは歯や葉の意味

命をもたらす物、歯は噛んで食物を身体に栄養として取り入れてくれる
葉は光合成をして太陽の光を栄養に帰る。

イは命の意味。

ハが2つで母になる。
それこそ命を育んで産んでくれる存在。

日本語って面白いですね。

ハイって言うのはその言葉を受け入れて
生まれ変わるっていう意味なんだそうです。

そう考えると適当なハイは言えないですし。
きちんとしたハイを言ってそれをきちんとやる。

そうすると教えてくれた人の言葉で生まれ変わるんですね。
教えてくれる人は真剣に考えてくれてるんだから
ハイをきちんと言うと良い。

そうすれば生まれ変わって新しい力が手に入る。
そうやって繰り返してプロとして上のレベルに上がってゆく。

ハイが言えない人。
ハイを言う相手から自分から遠ざかってしまう人

あんまり成功してないな。

単純な事に意外に秘訣があるんでしょうね。

意外にみんな気にしてないけど。

みんなが頑張ってあんまり上手くいってないなら。

みんながあんまり気にしない事に目を向ける。
意外に良いんですよね。

こんなやり方って。
ハイって深いんですね!ぜんぜん意識したこと無かったです。


「ハイって言うのはその言葉を受け入れて 生まれ変わるっていう意味」だったとは。僕、相当安易に使っていました・・・(反省。)


そういえば、英語の挨拶も「ハイ!」ですね。 自分が相手に先に気がついたときには自分から「ハイ!」 向こうが先にこちらに気がついたときには向こうから「ハイ!」 オレはあなたに気がついたよ、の合図が「ハイ!」。

で、ハイ!といわれたらハイ!を返す文化。 「オープンマインドでいこうぜ!」が一種の型になってる気がします。


ちなみに、ある本に書いてあった話で、how are you?の挨拶の答えは絶対にfineなんだそうです。

たとえ体調が悪かろうと、商売が上手くいってなかろうと、恋人とケンカしてようと、せっかく稼いだ5万円を落とした直後だろうと、

『how are you?にはfineで答える』

のが礼儀であり、英語圏の暗黙の了解だそうで。挨拶の段階から元気であること、ポジティブであることを求められる文化だから、英語圏の人、パワフルなはずです。


『みんながあんまり気にしない事に目を向ける。 意外に良いんですよね。』


この言葉、凄く腹に落ちます。やはり僕が平さんや塚本選手といった超一流の天才から学んだいちばんのことは、視点を変える、視点をたくさん持つという「考え方」そのものです。

医学の世界で生きていると、特別な場合を除き、治療方針なんかもある程度固まってきちゃうんですね。「骨折したらまずは固定・安静」とか、そこの部分ではそんなに差がない。そういったとき、治療以外の部分の視点を持つように心がけるようになりました。

骨折してもいつもどおり呼吸はしてる。相変わらず食事も食べてる。移動もしなきゃいけない。であれば、骨折は骨折で治療しながら安全な範囲で強くなる方法もあるんじゃなかろうか、とそんな観点から格闘家の医学を考えるようになりました。

息を吐く長さをストップウォッチで計り、記録するだけでも心肺機能の向上は見込まれるし、食事だってしっかり噛む食事内容にアレンジすれば咀嚼力、吸収力は上がるし、消化管は動くから打たれ強くなるし。怪我治ったときに、他もレベルアップしちゃってる選手は、すべてを怪我のせいにする選手よりは絶対に強くなってる。

こういうことって視点を変えない限り生まれてこないと思うし、まだまだ未熟だけどそういう見方ができるように少〜しずつなってきました。


平さんの存在が僕にとってショッキングだったのは、いろんな格闘技はもちろんプロレスもレフリーも、あらゆる立ち位置を経験されてしかも結果を出されていることです。だから、問題にぶち当たったときの発想が超人的です。(これを読んでいらっしゃる皆さんも感じていらっしゃると思います。)いろいろあったとしても、楽しんで波乗りしながら生きているように見えます。


カラテをご指導いただいた塚本徳臣選手の稽古も、これまたショッキングでした。僕は道場で「自分を強くする練習は全部自分でクリエイトする」という姿勢を学びました。

靴下はいてシャドーしたり、マッハ蹴りの練習でキックミットの面じゃなくて角を蹴ったり、サンドバッグを蹴るんじゃなくて引いてみたり、練習後に銭湯に行き選手どうしで半身浴の長さを競ったり・・・。

お2人とも視点が違う。同じ格闘技なのに、同じカラテなのに、みんなが見えていないところを見て、やらないことをやってる。


そこがホントに凄いし、今もたくさん影響を受けています!


平さんの柔軟な発想や面白い視点は、どうやって培われていったのでしょうか?

誰か先人の影響を感じられることはございますか?もしかしたら、著書などで語りつくされたことかもしれませんが、ぜひ教えてください。


最近ではやっぱり、操体の橋本敬三先生、そしてそのお弟子さんで
僕の操体の師匠の三浦寛先生ですね。
もちろんその他の全ての関わって教えて頂いた先生方出合った方々もですよ。

橋本先生は凄いなって思う方です。
医者であり哲学者みたいな感じの方です。

別に格闘家じゃないんですけど。

何故か宮城教育大学の合気道部の顧問を務めていらっしゃいました。

ヨガもやった事ないのに沖ヨガの顧問でした。

創始者の沖先生と意気投合してお話が凄く合ったそうなんです。

意気投合なされたみたいで

同じだなとか言って意気投合されたみたいです。

身体の中を動かすという事が共通なんですよ。

その辺りが分かってくると面白いんです。

間に合っていれば良いんだよ。
60点で良いんだよ。
何でも野次馬になってやってみなさい。
良いか悪いか味わって決めなさい。
人間は勝手に動かして勝手に身体を壊す。

こんな橋本先生の話を師匠の三浦先生を通じて聞かせて頂いてます。

昨日久しぶりに三浦先生の元で学んできたのですが。

「橋本先生はこんな事言ってたな。」
「正しく生きるという事は、正しい言葉を使うという事でもある。」
「言葉の方向が自分の生き方になるからな。」

こんな風に僕は臨床でも武術でもないのですが大切な事を
そのどちらにも無くてはならないもの
人としての生き方を教えて頂いています。

あいうえおってあるじゃないですか。
あ、おは遠心性の言葉なんですよ。
伸びる力のある言葉。

だから身体を伸ばすようにして発声すると気持ち良く声が出る。
い、う、えは求心性の言葉
だから身体の中に引き込むように発声すると気持ち良く声が出るんです。

遠心性の言葉は手の指を開くようにして伸ばしながら出すと気持ち良く
綺麗に求心性の言葉は反対に指を閉じるようにして引くようにして出す
と気持ち良く綺麗に出るんです。

その反対は上手くいかないんですよ。

っていう事は言葉に魂を込めて丁寧に選んで使うと
身体が正しく動くんです。

それは健康に繋がってるし、身体が正しく動けば生き方も正しくなる。
そう思うんですよね。
もちろん正しい言葉にはもっと沢山の意味があります。

こんな話を僕は聞かせていただきながら日々楽しく学んでるんです。

いままで気が付かなかった様な事をもう一度丁寧に考えるきっかけ
そして時間を頂いてます。

これって、凄く贅沢な時間ですよね。

40歳を過ぎて子供もいて、子供に伝えてあげたい話が日々出来てゆく。
子供の成長にきっと負けないで僕も成長出来てるような気がするんです。

それは僕が偉い訳じゃない。
ありがたい素敵なご縁なんです。
感謝という言葉を最近ようやく学んでるような気になります。

太気拳は操体を学び始めて調度1年後に始めました。
調度1年経ったから理解出来るものが自分の中に生まれ始めた時期
上手い具合ありがたいタイミングで学びが始まったんです。

長くなったのでまた次回に太気拳の島田先生の話を書きますね。
こちらも凄い先生ですよ。


はじめまして、平直行さん。質問が有ります。ご本の骨絡調整術のベビーベッドの事ですが、未婚ですが、将来赤ん坊が出来たら、ゴツゴツしたベビーベッドを特注しようと思いました。歩く場所は裸足でゴツゴツした場所がいいでしょうか?ご回答宜しくお願いします。

ログインすると、残り7件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

格闘クリニック 更新情報

格闘クリニックのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング