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ジョン・F・ケネディ・ジュニアコミュの1999年7月16日、大西洋に消えたJFKジュニア

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ジョン・F・ケネディ・ジュニア夫妻と義姉が、ジュニア自らが操縦する小型飛行機パイパー・サラトガでいとこのローリー・ケネディの結婚式に出席するためハイアニスに向かう途中、マーサーズビニヤード島沖に墜落し、3人とも亡くなってから今日でちょうど10年。

夏になるといつもその日のことを思い出します。

1999年7月16日(日本時間7月17日)。
たしか夜のニュース番組の終わりごろに「ケネディジュニア氏の乗った飛行機行方不明」という一報でした。それからはもうテレビにかじりついて過ごしました。当時、まだ我が家にパソコンはなく、NHKの衛星放送が頼りでした。ジュニアのファンだった中尊寺ゆつこさんは、その夜、徹夜でパソコンで情報を収集されていたそうです。

7月21日、3人の遺体発見。
7月22日、マーサーズビニヤード沖の駆逐艦ブリスコ上で水葬。
7月23日、NYの聖トマス・モア教会で追悼ミサ。

そのミサでのエドワード・ケネディ上院議員の弔辞の一部です。

「ジョンは、私たちが昔からいだいているイメージよりずっと大きな存在だった。少年は人生を愛し冒険を好む一人前の男に成長した。伝説の一部に生まれた者として、それを守り、それとともに生きるすべを学んだ。
立場はわきまえていたが、自分が何ができ、何をすべきかにこだわった。虚飾が度を過ぎれば、そのこっけさを笑うこともできた。
ジョンはニューヨークの街を地下鉄や自転車で動き回るのを好んだ。いつも自分から名乗り、優遇されるのが当たり前といったそぶりは決して見せなかった。
彼の人生は始まったばかりで、輝かしい未来が約束されていた。アイルランドの言い方を用いれば、ジョンは愛するキャロリンのそばで白髪をすくまで生きるはずだと信じていた。だが父親と同じように、彼はすべてを与えられていたが、ただ人生の長さだけは与えられていなかった。
私たちは彼を生まれたときから愛し、立派な男となった彼を見守ってきた。そして今、彼に別れを告げるときがきた。」

1999年7月16日、ニューイングランドのつかぬまの夏のように、ジョン・F・ケネディ・ジュニアはその短い人生を閉じた。

コメント(1)

アメリカの朝の番組でジュニアの特集をやっていて、それがユーチューブにアップされています。

CBS

http://www.youtube.com/watch?v=F3vOz7hsI1Q

NBC

http://www.youtube.com/watch?v=anfAK1mZd78

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