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日記ロワイアルコミュの夜の種族たち

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 コンビニ脇の空き地に向日葵が咲いている。
 暑苦しい黄色が乱雑に暴れていて、煙草を吸いながらそれを眺めていると、サイケデリックな夢を見てしまいそうで、思わず目をそらす。
 うっとうしいくらい夏だった。
 深夜だというのに熱気が身体にまとわりついてくる。
 僕は煙草を消して、店内に戻った。
 駐車場のほうで若者が笑い声を上げた。
 なんだかいやな、南国の烏のような笑い声だった。
 僕の後ろから、客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 反射的に声を出す。
 雑誌の入れ替えをしている同じシフトの李君が、レジの方を見た。
 僕は手で合図して、レジに回った。
 女の客だった。
 白いTシャツにジャージを履いている。運動部帰りの女子高生にも家に帰ってリラックスしているOLにも見える。
 女の歳はよくわからないものだ。
 文具売り場のあたりで立ち止まった。何かを物色しているのか、ショートカットの頭が見えなくなった。
 彼女から目をそらし、腕時計を見る。
 午前1時を少し回っていた。
 昔の僕のサイクルで言うと午後2時くらいの感覚だ。
 この時間帯が一番眠い。
「ありあとございましたぁ」
 李君のやる気のない声がした。
 目を上げるとTシャツとジャージの後姿がドアを出るところだった。
 ふと気になって、文具コーナーの方へ歩いていって、賞品の棚を見た。
「やられたっ」
 僕の声で雑誌コーナーの李君が振り向いた。
「どうしました?」
「万引きだよ」棚を見たまま僕は言った。
「なんかそんな風に見えなかったすけどねぇ?」
 苦笑して李君がこっちに近づいてきた。
「うん、油断した」僕も笑っていた。
 盗まれたものを見て少し脱力していたのだ。
「何盗られたんすか?」
 李君がこっちを覗き込んだ。
 僕は商品の棚を指差した。
 積み上げてあった120円の猫缶がひとつ、不自然な形で欠けていた。

 勤めていた会社を6月で辞めた。
 きっかけは些細なことだった。ほんのささくれめいたことだった。そのささくれがめくれて、皮膚が切れて、血が出た。シャツに血がついているのに気がついて、ささくれができていたことを思い出して、ささくれができた原因に思い当たって、それできれいさっぱりおさらばすることに決めたのだ。
 仕事がらみの友人は全員いなくなった。
 携帯を解約した。
 5年間付き合った彼女は荷物をまとめて部屋から出て行った。
 ついでに、だだっ広くなった部屋を引き払うことにした。
 引越し代がもったいないから、軽トラを借りて、そこに積めない荷物は全部売り払った。
 意外と荷物は多かった。
 だが、手放せないかけがえのないものなんて、数えてみたらひとつもなかった。
 買いなおすのが面倒くさいものと愛用のプジョーの自転車だけを積み込んで、トラックでその街を後にした。

 昔大学に行っていた時に住んでいた、郊外のアパートに移ることにした。
 都心まで1時間ちょっとのその街に行ったのはまったくの偶然で、たまたま仕事でその先のもう少し田舎の町の、大きな工場に出張した帰りに、昔行っていた定食屋にどうしても行きたくて、何故かそこの親子丼がどうしても食いたくて、その駅で途中下車したらその店はとっくに潰れていて不動産屋になっていたのだが、その不動産屋でまだ僕の住んでいたアパートが、あの頃とほとんど同じ家賃で貸しに出ているのに気がついた。
 3週間後無職の状態でそこに行ってみるとまだ貸しに出ていたので、これも何かの縁だと思って借りることに決めた。
 ものがすっかり減っていたので、引っ越した昔よりも広く感じた。
 荷物を片付けるのに深夜までかかって、寝る場所を確保した後、ふと思い立って、昔バイトしていたコンビニまで行ってみた。
 大学からも駅からも中途半端に遠いそのコンビニは、薄暗い深夜の住宅街で灯台のように光っていた。
 なんとなく、次の仕事が決まるまでここで働こうと思った。
 以前バイトしていた頃の店長がまだいて、快く受け入れてくれたのがありがたかった。

 午前6時半、誰かの生活が始まる時間に、僕の1日が終わる。
 もう既にアスファルトが熱を持っており、夏休みに関係のない人々が起き出してきて仕事に向かう。
 早朝当番の学生さんに仕事を引き継いで(みみっちい万引きの件も含めて)、李君に「お疲れ様」と声をかけて、朝のラッシュに向かう人々の群れと逆方向に自転車をこぐ。
 コンタクトレンズが限界に近づいてることを感じる。
 ひさしぶりの徹夜仕事も今週で4週目だが、最初ほどきつくはないと感じるようになった。
 それでも夜の間ずっと起きている仕事は適度な疲労を与え、目の痛みが昔とは違うと教えてくれる。
 働くってこういうことだったっけ。
 ふとそんなことを思った。
 少なくともオフィスと営業先を行ったり来たりしていた頃よりも、働いてるという気がしているのが、不思議だった。

 なんだかサイケデリックな夢を見て目が覚めた。
 すごい汗をかいていた。
 遮光カーテンをしているのにすごい熱気で、とても寝ていられない。
 Tシャツを着替えて、シャワーを浴びた。
 ふと、手を見る。
 少し迷ったが、やっぱり手袋をすることにした。
 蒸れない素材の手袋を、左手だけはめる。
 午後1時を少し回ったところだ。
 蕎麦屋で朝飯兼昼飯を食べて、古本屋を冷やかす。
 学生街だが夏休みなので学生が少なくて、少しさびれた田舎の町に逆戻りしている。
 蝉が煩い。
 コンビニから自分の家に戻る途中の十字路の角に駐車場があって、そこに一匹、ボロ布のような猫がいた。
 愛想のない汚い白い猫だ。
 のびきって車の下からこちらを覗いている。
 僕は適度な距離をとって彼(彼女かもしれない)の様子を伺った。
 猫はぷい、と顔をそらした。
 犬は人間と歩くことが好きだが、猫は絶対に人間と並んでは歩かない。
 そういうところがたまらなく好きなのだと彼女が言っていた。
 出て行った彼女。

 これでよかったのかね。

 一瞬だけ、そういうことを考えた。

 猫に話しかけようかなどとバカなことを考えながら逡巡していると、視線を煩く感じたのか、猫はぷいと立ち去ってしまった。
 仕方がないので僕も帰ろうと思ったとき、車の脇に、見覚えのある空き缶を見つけた。
 売値120円の猫缶。
 中身が綺麗に平らげられていた。

 その日の休憩時間に李君と少し話した。昼間見た猫缶の話をすると彼は笑った。
「じゃあ、井上さんの近所ってことっすよね、彼女」
「まぁこの辺だろうなとは思ったんだ、ジャージだったし」
「どちらにしてもせこい万引きっすねぇ」
「まぁそうなんだけどさ」
「なんか、最近そういうの多くないですかね」
「なにが?」
「モラルのない若い連中」
 僕は噴き出した。「李君、いくつよ?」
「23です」真面目な顔で李君が言った。
「充分若いって」
「井上さんはいくつなんですか?」
「29になったばかりだよ」僕は言った。
「うわ見えね」李君が笑った。
「そりゃ複雑だなぁ」僕は苦笑した。「喜んでいいんだかなんだかさ」
「29には見えないですよ」
「浮世離れしすぎかね」
 そう言えば昨日の彼女も、年齢不詳だった。
「そういえば」李君が僕の手を見た。
「井上さん、なんでそれ、してるんですか」
「ん?」
 李君は、僕の手を指した。
「手袋?」
「暑くないすか」
「うん、暑い」僕は素直に答えた。「でもさ、ちょっと人に見せられないから、これ」
「そうなんですか」しまった、という顔で李君が言った。
「なんか、すいません。余計なこと、訊いちゃって」
「いや、いいよ」僕は笑った。
「慣れてる」
 そのとき、またいやな笑い声がした。
 李君が外を見て言った。「また、来てますよ」
 僕もつられて外を見た。
 高校生らしい若者の一団が、駐車場でたむろしている。昨日もいた連中だった。
 もうすぐ入ってきて傍若無人に雑誌を読み散らかし、帰っていくのだろう。
 昨日の笑い声を思い出し少し厭な気分になった。
「あいつら、弓矢持ってましたよ」李君が声をひそめて言った。
「弓矢?」
「ああ、いや、その、ちゃんとした弓じゃなくて、なんというか、ほら、銃みたいになってるやつ」
「ボウガン?」
「ああ、それそれ。ボウガン」李君は顔をしかめ、眼鏡を上げた。「やっぱあれですかね、鴨とか撃つんですかね」
 意外だな、と僕は思った。
 偏見かもしれないが、そんなものを振り回すのは、もっと孤独な奴だと思っていた。
「通報しましょうか」
「どうかな・・・」僕は言った。
「うわ・・・なんか、見せびらかしてて感じ悪いっす」
 ボウガンを持ち歩くことは犯罪だろうか。
「ちょっと行ってきます」と言いかけた李君を、僕は慌てて呼び止めた。
「待ちなよ」
「でも」
「まぁ様子を見ようや」僕は言った。「危ないし」
 何かあってこの好青年が逆恨みされるのも忍びない。そう思った。
 僕はよく間違いを犯す。
 このときも明らかに、間違ったのだ。そのことに気がついたのは、ずっと後のことだったが。

 その朝、また夢を見た。
 この頃、あの頃の夢をよく見るようになった。
 僕は向日葵の前に立っている。
 手には鎌を持っている。
 僕は手の鎌で、向日葵の首をはねている。
 ざくり、ざくり。
 向日葵は次々と首を落とす。
 切っても切っても、向日葵はまだなくならない。
 やがて向日葵は当時の級友の顔になり、僕はその首に鎌を打ち下ろす。

 叫び声で目が醒めた。
 自分の声だった。

 どうも暑くて眠れない。
 僕は寝るのを諦め、煙草を買いに外に出た。
 家に戻る途中、駐車場の前を通りかかった。
 制服姿の女子高生が、しゃがみこんで猫にエサをやっていた。
 魚肉ソーセージか何かのようだった。
 彼女だ。
 ボロボロの毛皮の白い猫を撫でている。
 みすぼらしい白い猫は、さして美味そうでもなく彼女の差し出す何かを食べていた。
 僕は自転車を降りて彼女に近づいた。
 10年前と制服が変わっていないのだ、と気がついた。
 大学のそばにある付属の、女子部の制服だ。
 同級生が当時、女子部の高校生と付き合っていて、冗談めかして犯罪だと咎めたことがあったのを思い出した。
 彼女がこっちを見る。
「よう、万引き少女」僕はニヤリと笑った。
 視線が固くなった。
 白い塊がぱっとはじかれたように飛んだ。
 意外と速いな、と思った。
 みすぼらしい毛皮からは想像できないような俊敏さだった。
 ふと首を向けると、彼女はきびすを返して消えようとしていた。
「おい」
 僕は背中に声をかけた。
「金はいいから!2度とすんなよ!」
 なんか格好悪いな、と思いながら、僕は声を張り上げた。

続く
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1907803273&owner_id=17058052

コメント(79)

夢中で読みました。
表現が、たまらなく好き。

一票!
一票です。
節々に散らばる美しい表現に心地よさを感じました。
暑さと熱さを感じる作品でした。
一票です。

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