ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

日記ロワイアルコミュの雨の名前に想う

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
「雨の名前」という本がある(小学館・高橋 順子:佐藤 秀明)。その名のとおり、雨の「名前」に関する本である。

 この本を初めて見たのは数年前、最寄りの図書館で、職員がおすすめするコーナーに陳列してあったときだ。手にとってぱらぱらとめくり、おもしろそうだなと思ったものの、名前を覚える気にはなれず、棚に戻した。

 以来、気に留めることはなかったのだが、最近になって「季語」に興味が湧いたこともあり、「そういえば、雨の名前を特集した本があったなあ」と、ふと思い出し、目を通してみたくなった。

 図書館のホームページで検索すると、「貸し出し可」になっていた。「明日、読みに行ってみよー」と思い、わたしはその日、就寝した。
 
 翌朝、身支度を終えて窓の外を見ると、自宅の軒先から雨垂れが落ちていた。外出しようとしていた気持ちが途端にしぼむ。図書館まで徒歩で約十分。傘を差して歩くのは億劫だ。

 が、よくよく見ると、煙っているだけで雨粒は降っていなかった。霧である。こんな中、雨に関する本を読みに行くのも一興かもしれない――

 そうだ。この天気に当てはまる「雨の名前」を探しに行こう――そう思い、「春雨じゃないけど、濡れてまいろう」と、わたしは靴を履き、玄関を開けた。



 ◇◇◇



「雨」にはいろいろと思い出がある。印象深いのは、「一生に一度は行ってみたいところ」としてテレビなどでも度々紹介される、ボリビアの「ウユニ塩湖」で降った雨だ。

 世界最大の塩の湖は、ふだん、見渡す限り白一面の世界である。横断するように車でニ時間走っても、反対側に辿り着くことができないほどの大きさだ。

 そこに雨水が薄く溜まると、鏡面世界を作り出し、雄大な空が映し出される。すると、天地の境目が判らなくなり、広大な「空」の真ん中に自分がぽつんと立っているような、浮いているような感覚になる。言葉を失うほどに、幻想的だ。絶景中の絶景である。

 ところが、この光景はいつでも見られるわけではない。雨季に限るのである。

 この地域はもともと雨が少ないらしく、周囲のホテルも、断水して午前中にしかシャワーを使えないというほどで、わたしが訪れた前年は、年間を通して二十日間しか降水が観測されなかったという。つまり、絶景を拝むには運も必要になる。

 わたしは長期旅行者(バックパッカー)としてここを訪れた。短期旅行者より時間に余裕はあるが、それでも延々と雨を待っているわけにはいかない。最大で一週間と期限を決め、塩湖の最寄りの町、ウユニに向かった。

 雨待ちをするバックパッカーの定番は、546キロ離れた、首都ラパスに逗留し、雨が降ったという情報を聞きつけた刹那、「行くぞ!!」と、バスで12〜16時間かけて移動するという手段である。夜行で朝方に到着し、その足でツアー会社へ、その日の日帰りツアーなどを申し込み、絶景を拝む。

 なぜ多くのひとがこれを選択するかというと、日本食堂もレストランもたくさんある大都市のラパスに比べて、ウユニは何もない町だからだ。見所も何もない、荒涼とした赤土の大地に囲まれた、退屈きわまりない小さな町である(塩湖までも、車で一時間はかかる)。

 それでもわたしがウユニでの滞在を選んだのは、少ないチャンスを逃したくなかったからだ。雨が降ったと聞いても、タイミングが悪ければ、移動して着いたころには干上がっているかもしれない。

 しかし、この計画が、つらい時間との格闘を強いることになる。

 街の中心には観光客を対象としたレストランが並んでいた。パスタやピザが中心で、味は、「よく残さないで食べたね……」「だって、もったいないじゃん……」と独り言をいいたくなる感じだった。見ると、他の観光客もほとんど残していた。

 それにも係わらず、金額が、相場の五倍から十倍ほどする。日本円で考えれば千〜千五百円くらいだが、感覚でいうと、まずい冷凍ピザに四千円も払うような気分だった。砂漠で遭難していない限り、とても払う気になれない。

 十分ほど離れたところに市場があり、その周囲には地元のひとが行く食堂が並んでいる。が、こちらも満足のいく味ではなかった。どこの店を覗いても脂っこそうに揚げられた鶏肉に、揚げ芋、パサパサした米という組み合わせである。何件か回ったが、口に合わず、一気に飽きた。

 仕方なく、わたしは屋台のハンブルケッサ(ハンバーガー)を食べて過ごした。ぺらぺらの肉に、潰した目玉焼きを載せ、乱暴に入れられたみじん切りのレタスがパンからはみ出しているというシンプルなつくりである。

 通りに十数件と並んでいて、味はどこも同じだったが、レタスを盛りだくさん入れてくれるインディヘナのおばちゃんがやっている店を多く利用した。

 することがなく、毎食おなじで、いつ降るとも判らない雨を待つという状況はかなり過酷だった。檻に閉じ込められた猿の気分である。しかも、雨は降らないかもしれない。

 貧乏旅行を始めて十ヶ月目の苦行だった。旅の疲労もあったのか、四日も経てばストレスで体調がおかしくなり、楽しい心地は霧散していった(自業自得である)。

 心身ともに憔悴し、うんざりして「もう、あきらめようかな……」と考えていた五日目の夜、いつものように屋台の前でハブルケッサを食んでいると、鼻にぽつりとしずくが当たった。

「ん?」

 見上げた先は、濃い曇天だった。しかし、そんな空は前日にもあって、結局降らなかった。だから、鼻に感じた雨は、切望し過ぎたうえの錯覚に思えた。

 だが、またぽとりと、今度は頬に落ちる水滴を感じた。わたしは路面に目を凝らした。一番星を見つけた空に徐々に星たちが増えていくように、黒い点が、ひとつ、またひとつと増えていった。

「雨だ!」

 わたしは思わず叫んでいた。小躍りしながら、雨脚の強くなる空をいつまでも見ていた。



 ◇◇◇



 図書館のソファーに座り、棚から抜いてきた「雨の名前」を、わたしは開いた。季節ごとに構成されており、写真と相成ってそれぞれの雨が目に浮かぶように作られている。

 情景を想像しながら読んでいると、「催花雨(さいかう)」という名前に目がとまった。春に、早く咲けと花を急かすように降る雨だという。冬が終わって、ひとの目に彩を与えようとしているのかと思うと、味わいがあっておもしろい。

「愉英雨(ゆえいう)」は、花を楽しませる春の雨。

「虎が雨」は、陰暦5月28日に降る雨。この日、曽我祐成が斬り死にし、それを悲しんだ愛人の虎御前(とらごぜん)の涙が雨となったといわれる。

「酒涙雨(さいるいう)」は、七夕に降る雨で、織女と牽牛が流す涙といわれる。

 おしゃれだなと思ったのは「洗車雨」だ。陰暦の7月6日に降る雨で、織女との逢瀬のために乗る牛車を洗う、牽牛の水が、地上に落ちてくるという。一説には七夕に降る雨とされているので、もしその日の天候が悪くても、「ああ、牽牛が一所懸命に牛車を洗ってるのかあ」と思えば、微笑ましい気持ちになれるかもしれない。



 以前から知っていて好きなのは、「遣らずの雨」と「風花(かざはな)」である。

 遣らずの雨は、帰ろうとする人をひきとめるかのように降ってくる雨で、風花は、晴天に、花びらが舞うようにちらつく雪をいう。なんて風情のある言葉かと思う。



 お目当てだったこの日の、肌にやさしい感覚を得た「霧」は、「猫毛雨(ねこんけあめ)」という呼び名があっているような気がした。佐賀県唐津市などで小雨をさし、宮崎県日向で霧雨をさすという。その名のとおり、猫の毛のようにやわらかい雨だろう。



 そんななか、ウユニで降った雨にぴったりの名前を見つけた。

「旱天の慈雨(かんてんのじう)」である。

 日照り続きのときに降る恵みの雨を言い、転じて、待ち望んでいた物事の実現、困っているときにさしのべられる救いの手に喩えられるという。この雨の名前を知ったとき、わたしはウユニでの雨を思い出した。

 翌日に見た、自然の織り成した風景を、わたしは一生忘れない。



 旅先での雨は、通常疎まれる。けれど、ウユニで降った雨だけは、わたしの心を歓喜させた。

 思えば、旅先で雨にあたり、雨宿りしている最中に出会った縁もたくさんあった。「縁雨」なんて言葉があっても不思議じゃないのにな――と思って調べてみたところ、島根県松江市に「縁雫(えにしずく)」という言葉があった。

 松江は、雨の多い地域だという。だから、旅先で雨にあたるとつまらない――というネガティブなイメージを払拭しようと、地元の女子高生が観光PRのために、この言葉を考えた。濡れると良縁に恵まれる――そんな意味らしい。

 もともと島根県には、縁結びの神様がいる出雲大社がある。松江市は、縁結びの地でもあり、水の都でもあるらしい。たしかにご利益がありそうだ。

「縁雫」。いい語感である。



 ◇◇◇



 わたしはもともと、雨は嫌いではない。晴れには晴れの日の、雨には雨の日の過ごし方がある。

 しかし、旅先での雨は好きではなかった。良いとされる景観はたいてい晴天の下にあるし、心もどこか陰鬱になる。

 だが、「縁雫」という言葉を知って、今度からは楽しめるようになった気がする。

 時には脅威であり、猛威をふるう雨。けれど、恵みの雨であることも間違いない。

 単純かもしれないが、雨の名前を知っただけで人生が豊かになった気がする。ようは心の持ちようだと、雨の名前が教えてくれた。

コメント(80)

綺麗な話で上手な文章ですね。読んでて楽しかったです。ぴかぴか(新しい)一票。
素敵な日記だなと思いました。
一票。
雨の日の楽しみ方が素敵です。一票です。
私も雨が好きです。
今度本を借りてみようかな。

一票
一票。

ウユニ塩湖、いつか行ってみたい場所なんです。
あとこの本は空の名前や色の名前などいくつかのシリーズとなっている本ですよ。
おすすめです。
雨の名前がたくさんあるのは日本特有だといいますよね。
日本人の感性を誇りに思います。
一票。

ログインすると、残り50件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

日記ロワイアル 更新情報

日記ロワイアルのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。