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日記ロワイアルコミュの晴れ、ときどき石。処によりドロップキック。

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石は愛でるものである。


道に転がっている石を見て「なんだ石か」と、素通りする様な人生のなんと素っ気無いことか。まるでコクの無いシチューだ。味気ない。

ただそこにある石に夢中になれた幼少時代の面影を積極的に引きずっている男は、言う。

男の名は森園。

これは、僕が知る中で最も「石」を愛した男の話である。



***



学生時代の森園君は非常に掴み処がなく、願わくば掴みたくないタイプの生き物だった。
見た目の面で言うのならば、確実に頭からは昆布が生えていたし、その昆布を肩まで伸ばす妖怪ぶりである。垂れ下がった前昆布はその深海魚の様な顔面を覆い、時折両手の中指で海藻のカーテンを掻き分け、その目を覗かせる。ただ、見た目とは裏腹に彼にはよくわからない清潔感が漂っており、僕は彼に会う度に、なんだかお味噌汁が飲みたい気分になるのだった。


そんな森園君の不思議な色が顕著に表れるのが放課後である。
学校という縛りから解放された森園君は、毎日毎日、一目散に校舎裏へと教科書通りの走行フォームで駆け出す。そして、其処彼処に落ちている石を鼻歌まじりにいくつか適当に寄せ集めると、鞄のフックの部分に常にぶら下げている紫色の風呂敷を広げ、それに優しく包み込む。そしてたくさんの石と思いが詰まった風呂敷をブンブンと振り回しながら、お気楽にまた鼻歌を奏でる。選曲は常にネバーエンディングストーリー。時に1オクターブ高いキーで音を奏でる事があったが、それはきっと素敵な石を見つけた時なのだ。



僕はそんな森園君の奇行を、友人:斉藤と共に非常階段から見下ろす形で見守っていた。



『なあ。あの昆布はどこ産だい?』

「森園君はうちのクラスの昆布だよ。」

『そうか。昆布ではあるんだな。』

「うん。斉藤。趣味・酒肴って人それぞれだし、特に俺らから言うことって無いとは思うんだけどさ。どう思う?」

『まあ、人に迷惑かけなきゃいいとは思う。ただ、あれだな。風呂敷をブンブンやるのだけはやめさせた方がいいな。』

「そうだね。とりあえず話しかけてみようか」


僕がそう言うと、斉藤は「よし」と言うや否や階段を駆け下り、すぐさま森園君の元へと駆けつけた。
僕もすぐに後を追い、森園君の真横にポジション取りを行ったのだが、彼の前では僕らの存在感の方がよほど石ころだった様である。
彼のネバーエンディングストーリーはこれでもかという程にネバーエンディングで、時折見せる至福の笑みはロックバイターのそれだった。
こいつ、まさか石を食ってるんじゃ…
斉藤も同じことを思ったのだろう、意を決して森園君の肩を掴んだ斉藤は、はっきりと「喰らうな!」と口走っていた。

突然肩を掴まれた森園君は咄嗟に石を懐に抱え込み、綺麗に尻餅をつき、あからさまに一呼吸置いた後で「あぶない!」と、ちょっとだけ叫んだ。

誰がどう見ても一番危ない人間は森園君だった訳だが、斉藤はそんな森園君を引っ張り起こすと、冷静に注意を促した。


『森園君。はじめまして森園君。ひとついいか?例えば大好きなジャンガリアンハムスターがいたとして、可愛くて仕方がなかったとしてもだ、振り回したりしないだろ? だろ?』


今思えば、なぜあんな回りくどい言い方をしたのかさっぱり見当もつかないが、当時の僕は、石をジャンガリアンハムスターに置き換える事で[大切なものを粗末に扱うな]という方面からのアプローチを試みた斉藤を、少しだけ崇めた。
だから僕は、石を振り回しちゃダメだぞ〜という至極簡単な注意事項はお蔵入りさせる事にしたのだ。

森園君は、突拍子もなくジャンガリアンハムスターなる単語を言い放つこの斉藤という男に警戒の色を示していた。が、その背後に佇む僕の存在にやっとこさ気が付くと「この怪しいハムスターは誰ですか?」という視線を投げかけてきた。


「大丈夫だよ森園君。彼は怪しいけれど、人間だ。」


怯える森園君の目を真っ直ぐ見つめ、僕は斉藤が如何にジャンガリアンとは程遠い存在かを丁寧に諭したのだった。



***



『森園君の石に対する愛だけは本物だな。』

帰り道。斉藤がボソッとつぶやいた。

あの後、僕らは森園君の奇行について本人に取材を試みた。
答えは単純至極明快で、石が大好きだから。良い石を見つけると興奮して振り回してしまうのだ。ネバーエンディングストーリーは、良い曲だ。との事だった。

ある日の放課後、森園君が友人数人とドラクエごっこを嗜んでいた処、一人がスライム相手に怪我を負った(平坦な道のりで躓き、膝を負傷したと解釈)。これはいかんとパーティー全員で校舎裏に薬草を探しに行くと、そこには森園君好みの石達がゴロゴロと転がっていたと言うのだ。

聊(いささ)か滑稽かつ的外れな冒険内容にツッコミ処は満載だったが、共倒れはもっと嫌だったので、ここは幻の作戦コマンド「シカトしようぜ」を選択させて頂いた。

森園君は幼き頃より石に目がなく、小学校最後のクリスマスにはサンタさんに「葡萄状のロードクロサイトが欲しいです。あるいはモルガナイトでもいいです。」という、まるで魔法世界な内容の手紙を献上したらしい。余談だが、当日の朝「お父さんに頼んでみなさい サンタ」と書かれた返信がそっと枕の下に挟まっていたそうだ。サンタさん、苦渋の決断である。



聞き終えた時、僕と斉藤の中に、石に関しては森園君の言うことが絶対!と、若干の崇拝心が芽生えていた。
事のついでに、なんとはなしに一緒に帰ろうと誘ってはみたが、森園君はもう少し石を見ていくとの事で、僕と斉藤は先に帰途につく事とした。
そこらに遍在している石が好きだなんて何ともお得な酒肴をお持ちな奴だと気軽に受け止めた僕の横で斉藤は何やら思案している。
また何か悪戯でも思いついたのかと彼の小脇を突いてみると、どうにも真剣だったらしく、若干のいら立ちを眉間に浮かべ、眉を吊り上げたその直後、確実に何かが脳裏をよぎった表情へとシフトチェンジしてみせた。


『なあ、森園君は毎日校舎裏で石拾ってんだよな?』

「そうだね、石が無くなるまでは拾うんじゃないかな。」

『そうか。なあ、紫水晶って、石か?』

「石、何じゃないの?大まかに括ればだけど。」

『例えばだ。校舎裏にたまたま紫水晶があって、それを森園君が発見したら、彼は喜ぶかな?』

「喜ぶんじゃないかな。吃驚して、うん、きっと喜ぶ。」

『そうだよな。なんだか明日紫水晶を校舎裏に捨てたくなったわ、たまたま。完全にたまたまだけど捨てたくなった。』

「斉藤・・・俺、そういうの、嫌いじゃない。」


そう、嫌いじゃなかった。

なんでも斉藤の家の玄関には埃の被った紫水晶が申し訳なさそうに飾られているそうだ。別段誰のものと言うわけでもないし、何なら年末の大掃除で捨てる捨てないの天秤に掛けられる程に斉藤家にとってはどうでもいい代物らしい。ただ置いてあるだけの石ならばその場所が校舎裏であってもいいではないか、と斉藤は言う。
物の価値は人それぞれ、僕にとってのガラクタは、彼や彼女にとっての宝物。宛らシンデレラである。

「明日、紫水晶を学校に持参する。そして、校舎裏に捨てる。」

斉藤は高らかにそう宣言し、ぎこちないスキップで謎のテンションを披露してくれたのだった。



***



翌日。
帰りのHRを終え教室を出ると、斉藤が壁に寄りかかりネバーエンディングストーリーを口ずさんでいた。出鱈目な英語で歌い上げる斉藤の顔は既に満足げである。目の前にいる僕の事など全く気づく素振りもないまま歌は二番に突入しようとしていたので、僕はその物語を強引に終わらせようと彼に近寄ろうとしたその刹那、僕と斉藤の間に酸っぱい塩の香りが充満した。

言わずもがな、森園君である。

教科書通りのフォームで僕らの間を駆け抜けようとする森園君。そのフォームの奇麗さに思わず体を仰け反らせる。彼は廊下を駆け抜けていった。潮風を追う僕の視界の中で、彼は自慢の昆布をワサワサと揺らしながら徐々に小さくなってゆき、やがて階下に消えた。
ふと視線を戻すと、斉藤もまた森園君の過ぎ去った方向を、まるで蜃気楼でも見る様な眼差しで眺めている。彼のネバーエンディングは一人の昆布によって終焉を迎えさせられたようだ。


「おい。斉藤。」

『おっ!居たのか。今、爽やかな海藻が俺の目の前を』

「うん。見てた。俺も香ってた。で、紫水晶はもう捨てたの?」

『おう。昼休みにきっちり捨ててきた。誰かに見つかっちゃまずいと思って、真剣に捨てたぞ。』


何事も真剣なのはいい事である。僕らは足並みを揃え、校舎裏へと向かった。


「どこに捨てたの?見つけやすい場所?」

『水晶の部分が地面から少しだけ出るように埋めてきた。普通の人なら見つけられないだろうが、ずっと下を向いて石を探している森園君なら見つけてくれると信じている。いやあ、しかし、楽しかったぞ!紫水晶を隠・・・捨てるのは!』


よく見れば、斉藤の爪先に、うっすらと土が付いている。森園君を喜ばせたいという気持ちは素晴らしいが、なんで紫水晶を埋める時に声をかけてくれなかったのか。もしかしたらこの企画、水晶を埋めてる時が一番の盛り上がり処だったんじゃないかなんて、僕の中で嫉妬心が暴れたのは言うまでもない。

エッチラオッチラと非常階段まで辿り着き下を見ると、そこにはいつもと変わらぬ森園君の姿が確認できた。相変わらず石を拾っては投げ、拾っては投げ、拾っては投げて、大体5回に1回のペースで例の鼻歌を歌う。中々の高確率で良い石を見つけるようだ。

しかし、僕らが観察を始めてから10分が経過しても、まだ森園君は地中に眠るお宝に巡り会えずに居た。


「なあ斉藤。どの辺に捨てたの?」

『今森園君がいる辺りだと思うんだ。おかしいな。彼ならすぐに見つけられると思ったんだけど。』


斉藤は腕を組み、あからさまにイライラしだした。
それもそのはず。これで発見されないとなると、斉藤はただ単に校舎裏に紫水晶を埋めたお洒落な変わり者となってしまう。その事実を知るのは今現在僕だけだが、僕は絶対に周りに言いふらすので、結果的に斉藤はお洒落な変わり者のレッテルを貼られる事となってしまう。

いや、そんなことよりもだ。
それでは森園君への粋なプレゼント計画が台無しになってしまうのだ。こちらが勝手にやっている事だが、勝手なら勝手なりに、森園君にも勝手に見つけて勝手に喜んで欲しいという勝手な願望がある。このままでは森園君が何も見つけずいつも通り何の変哲も無い癖に森園オーディションを通過した石達を持って帰るだけになってしまう。さっさとお宝を見つけて旨い海水でも飲みに行こうよ森園君!と、僕らは祈る様な気持ちで彼を見守った。





がしかし、無惨にもそれから更に20分が経過した。


賞味30分以上石のオーディションに没頭している森園君。
既に斉藤のイライラは頂点に達している。


『なんでみつけられないんだよ昆布!!お前のすぐ後ろにあるだろうが!!』


その言葉を受け、僕は森園君の少し後方に眼を凝らした。すると、うっすらと紫色に光る物が、確かに見えたのだ。

斉藤は、少しバランスを崩せば落下してしまうのではないかと心配になる程に手すりから身を乗り出していた。

若者という者は大概「危ないからやめなさい」と注意を受けてから更にもう2〜3回同じ事をして(俺にとってはあぶなくないんだよ、この軟弱者)と言った顔を向けてくるものだが、それでも尚、(注意をするという事は少なからずあなたを大事な友と思っておりますよ)という意味を込めて「あぶないよ」と言おうかな、なんてややこしい事を考えていたら、とうとう斉藤のイライラが沸点に到達したようで、彼はもの凄い勢いで階段を下りていった。

すぐさま僕も後を追う。斉藤は2段ないし3段飛ばしでドンドンと地面に接近し、僕が校舎裏に降り立った時には、既に森園君の背後にまで迫っていた。

おい待て斉藤!!今森園君に宝の在処を言ってしまったら、言わないでおくのがきっとカッコいいと心の何処かで思っていた俺らの信念が音をたてて崩れ落ちてしまうぞ!!僕は必死に斉藤を止めようと地面を蹴ったが、無惨にも砂利に足を取られてしまい、その場で急に伸脚を始めた人みたいになってしまった。

もうダメだ・・・
紫水晶はただの斉藤から森園君へのプレゼントと化してしまうんだ・・・
今思えば全然それで良かったじゃないか・・・
どちらにしろ斉藤、良い奴じゃないですか・・・

僕は九分九厘諦めた状態で斉藤の方を見やる。
すると、なんだか素っ気ない光景が広がっていた。
斉藤が地面に這いつくばり、じ〜っと何かを見つめているのだ。森園君はと言うと、相変わらず石を拾っては投げ、拾っては投げている。斉藤と森園君が接触したような雰囲気もない。それどころか、森園君は斉藤の存在にすら気づいていないらしい。相変わらず石よりも石ころな斉藤だった。
僕は事の次第を確かめるべく、森園君に気づかれぬよう、そ〜っと斉藤の側に近寄り、小声で囁いた。


(斉藤。どうした?紫水晶は?)


斉藤は僕の問いかけには答えず、代わりに、そっと右手を差し出した。そこには、奇麗な紫色のガラス片が乗っかっていた。僕はそのガラス片をそっと手に取り、何故だかずっごく落ち込んでいる様子の斉藤に非常階段のところまで戻るよう促した。そして、紫水晶とガラス片を間違えた斉藤に「よくある事だよ」と、まるで鉱山で働く少年の如く出鱈目な愛想を振りまいたその次の瞬間、後方から聞き覚えのある名曲が流れてきた。


そう、それはネバーエンディングストーリー(以下ネバスト表記)だった。
森園君が何やら見つけたようだ。その「何やら」は確実に石であり、原曲キーで上体を揺らしながらネバストを奏でる森園君はまさにファルコンを操るアトレイユの如しだ。彼はもの凄い勢いで土を掘り返している。そして、掘り進むたびにキーが上がっていく。上がるキーが物語るもの、これはまさしく、そう、彼はついに発見したのだ。校舎裏に潜む紫色の宝物を。






+1(割と綺麗な声だ)






+2(既に金切り声だ)






+3(割れたガラスの悲鳴だ)






掘り進める度に音色は研ぎ澄まされ、歌のキーはついに+4に到達する寸でのところ。

海藻が叫んだ。










『むむむ・・・ムうラあサキいいいいすいじょろばあああああああ!!!!!』










紫すいじょろババアと。










ついに、森園君は自力で紫すいじょろババアを掘り起こしたのだ。校舎を這いずり回る事、約35分。森園君は先端の尖った、片手ほどのサイズのババアの石の部分をグッと掴み、まるで宇宙に自慢でもするかの様にその手を天に突き出し、プルプルと震え、何やら理解しがたいやんごとなき言語を叫び続けていた。彼にとってこれは奇跡以外の何物でもないだろう。学校の校舎裏に紫すいじょろババアが埋まっていたのだから。僕は感慨深げに彼の様子を眺め、良いことをしたかもしれないという余韻に浸る。きっと隣で更に温かい気持ちに身悶えているであろう斉藤にさらりと流し目を向けたところ、とんだ大誤算により視線の流れはせき止められた。


斉藤が、泣きべそだったのである。


彼には温か過ぎたようだ。地面に跪いた状態で手の指と指を絡ませ額の部分にくっつけて何かに祈る様な形で、よかった、よく見つけてくれた、とボソボソ言っているのである。
これには僕も「お、おお・・・」と言うしか他に術が無かった。渾身の戸惑い、無理矢理の同意を試みる。おい斉藤。そんなにか。そんなになのか。と自問自答を繰り返し、結局の所落ち着くのは「なんで泣いた?」であった。


『よぐ、よぐ見づげでぐでたよなああ、がんばっだな、ゾノ』


と勝手にゾノと呼び出す始末だ。考えてみれば森園君は決して紫すいじょろババアを探していた訳ではなく、単純に石ころと戯れていただけなのだから、彼の方が一発逆転の大誤算だ。



そんな斉藤と僕の目の前で、森園君はいつもの如く風呂敷を広げだした。

もはやその表情は恍惚としており、ネバストの音程など元から無かったかの様なパンク昆布である。広がる紫に映える紫すいじょろババア。それまでオーディションに合格しウハウハしていた石達も気持ち畏まって見える程に紫すいじょろババアは輝いていた。脇役達を回りに並べ、その中央・玉座にババアを座らせる。そしてその風呂敷を徐に括り、日常茶飯事な要領で、そして少しだけ爪先立ちで、風呂敷をグルグルやりだした。



一度は注意をしたその行動も、今ばかりは大目に見ようではないか斉藤よ。彼は僕らの計画を完全に成功へと導いた勇者なのだから。僕は既に鼻提灯スタイルな斉藤を立たせ、スマートにその場を後にしようと、スムーズに非常階段を上り始めたその時、ビブラートのかかったデリケートな雄たけびが聞こえたのだ。

斉藤が、叫んだ。






『ゾノおおおお!!振り回すなあああああ!!!』






男、斉藤、ここに在り!!!

一度言った言葉は死んでも曲げない。そこに例外なんてない!斉藤の鋼鉄のモラル精神は、さすがの森園君にも曲げることはできなかった。僕はさっきまでの自分の甘さを都合よく忘れ、頑固一徹・初志貫徹な斉藤に敬意を表し、小声で、そうだそうだ、と言ってやった。


これにはさすがの森園君も我に返ったようで、ブンブン丸な右腕を維持したままに斉藤を括目していた。

先ほどまでの感極まった貴方は何処へやら、一瞬にして鬼軍曹に早変わりした斉藤に、森園君は明らかに恐れをなしていた。


ジリジリと近寄る斉藤。
にも関わらずブンブンをやめない森園。


二人の動きは一進一退。
それをワクワクが止まらない表情で見つめていた僕だったが、そんな最中に突如、絶賛ブンブン中の風呂敷に、どうも違和感を覚えたのだ。何やら風呂敷が盛り上がっている。正確に言えば、丸みを帯びていた風呂敷の形状に、突起物が誕生しだしていたのだ。あれはなんぞ?僕は目を凝らし、その突起物を確認しようとするのだが、案の定、回転の都合でよくわからない。そんな事はお構いなしに、その突起物は遠心力に身を任せ、グイグイと丸からはみ出してゆく。そしてついに風呂敷を突き破り、そこそこのフンワリ加減で空に飛び出した固形物…


あれは、鳥だ。


飛行機だ。


いや違う。


あれは紛れもなく…





紫すいじょろババアだった。





ババアの尖ったすいじょろ部分が布を突き破って飛び出したのである。
森園君は相変わらず斉藤を括目している。斉藤は?どこを見ている?宙を舞う紫すいじょろババアには気づいているか?まずい、気づいていないのならばそれはまずい。この軌道、描かれる軌跡、奇跡が起こってしまいそうな予感が僕を襲う。


ババアは上空に栄光の架け橋を描き、緩やかな下方カーブを・・・



このままではきっと・・・



ああ、やっぱり・・・



斉藤の頭上に・・・



落ちた。






「サイトオオおおおおおお!!!!!」






ズシリとした衝撃を脳天にくらった斉藤は、あからさまにドギマギした。

(なんだ?これはなんだ?恋か?恋なものか。なんだこの衝撃・・・あ、痛い・・・痛いぞ、これは紛れもなく痛い。)

それぐらいの事は考えたであろう程の時間差で、斉藤はしゃがみ込み、頭を猛烈に擦りだした。僕は、咄嗟に叫んで近寄ったもののどうすればいいかわからずに、血は?大丈夫?血は?などと繰り返しながら、とりあえず負傷者の背中を擦っていた。

痛い痛いと繰り返す斉藤の傍に転がる現行犯。私がやりましたと言わんばかりの紫っぷりだ。このババア!!斉藤をよくもこんな目に!!僕は足を振り上げ、ババアに狙いを定めた。その時だ。



『大丈夫かああ!?大丈夫かあああ!?』



森園君だった。森園君がヨタヨタと歩きながら、こちらに近づいてくる。石達を両手に抱え、一歩一歩、大丈夫かあ?大丈夫かあ?と心から心配していることが一目でわかる様な表情で歩みを進めてくる。

僕は振り上げた足を地面に下し、森園君を見た。
目にはうっすらと涙、視線の定まらない眼球、昆布な前髪。

何か一つの事に対して情熱を注げる事の出来る人間は、割と人間にやさしいもの。目の前で自分が発見した綺麗な石が知人を傷つけてしまったとなれば、それはまさしく、我が子が罪を犯したに等しいレベルなのだろう。彼の、安否を気遣う姿勢に、僕は少しだけ、人間らしさを垣間見た気がするのだ。
斉藤も、近寄ってくる森園君に気が付いた。
頭を撫でつつも、その口元は若干はにかんでいる。
『ほれ見ろ。振り回したらアブナイだろ?この昆布っちゃま。』とでもいう準備をしているように見えた。

森園君は、そんな斉藤を見事なまでに素通りし、紫すいじょろババアを救い上げ、そして、キスをした。






『・・・モぉぉぉリゾノぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!』






立ち上がる斉藤。
ババアを心配する森園。


斉藤は気合一発、森園君を目掛け放った、渾身のドロップキック。


飛ぶ斉藤。

ぶっ飛ぶ森園。

重力に従い舞い落ちるのは、石。石。そして、石。


校舎裏。


本日は晴天、ときどき、石。


処により、ドロップキックが炸裂するでしょう。




そのままの勢いで森園君にまたがり、『振り回してやろうか!?我儘な彼女よろしく振り回してやろうか!?』とお説教を垂れる斉藤をしり目に、僕はすっかり紫すいじょろババアと化した紫水晶をコツンと蹴った。


それでも平謝りな森園君の顔を見て、僕は、やっぱりなんだかお味噌汁が飲みたい気分になるのだった。





コメント(88)

だめだ。これはもうおもしろすぎて。一票。

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