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日記ロワイアルコミュの稲田ヨネ八十八歳、コメと一緒

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 犬を飼おうと決断したのは、ヨネが八十八歳になった春である。子供のころから飼いたかったのだが、さまざまな事情で夢のままだった。

 最初は八歳のときだと思う。時代は昭和に入ったばかりで、各家に電話など存在しなかった。

 それが、いまではひとり一台の時代である。しかも線がない。ヨネとしては実に不思議だった。孫娘が遊びにきたとき、じゃらじゃらと賑やかな携帯電話を貸してもらって、まじまじと視認したものだった。

 ともかく、ヨネが犬に興味を持ったのはそんな時代だった。近所の子が餌を与えている姿を見て、自分も欲しくなったのだ。

 母に相談すると、「お父さんに訊いてみなさい」と言われた。それでもう、この願いは叶わないのだと悟った。

 生粋の江戸っ子だった父は、生来の短気でまどろっこしいものが嫌いだった。犬を欲しいと頼んでも、あんな餌代ばかりかかってその辺で糞はするわ小便はもらすはキャンキャンなくわ、めんどくさいもんはべらんべー、と言うに違いない。

 実際に父は、ヨネの想像したとおりの台詞を吐いた。酒を呑んでほろ酔いのいい加減を狙ったが、無駄だった。

「しかも犬コロなんざ、どうせパタンと死んじまうんだ。そんなもん飼ってられっか。かわいそ過ぎらあ」

 ちゃぶ台にお猪口をダンっと置き、父は赤い顔をしてそう言った。

 友人と捨て犬を見つけ、空き地にかくまっていたこともある。自分のご飯をちょこちょこと残しては、親に内緒でその犬に与えていた。

 しかしある日の夕方、いつものように空き地に行くと、その犬がいなくなっていた。林檎の木箱に入れていたのだが、それすらなかった。友人は泣いた。突然のことに驚きもあったのだろう。しかしヨネは、きっと誰かが飼ってくれているに違いないからと、彼女を撫でて慰めた。

 そのころは、大人になってから自分で飼えばいいと考えていた。両親と離れて暮らせば、何とかなると思っていた。

 十九歳のとき、父が見合いの相手を見つけてきた。二十四歳の青年で、見せられた白黒の写真には、精悍な顔の男性が写っていた。

「こいつにしろ」と、父は半ば強制的な言い方をした。なぜかと問うと、彼は、「こいつの苗字が、『稲田』だからだ」と言った。

 なんでだね? と首を傾げると、父は、「お前の名前は『ヨネ』だろ。もちろん『米』のことだ。そいつがお前、『稲田』と結婚してみろ。完璧じゃねーか。べらんべー」と、嬉しそうに酒を煽っていた。

 そんな理由で決められては困ると思ったのだが、実際に会ってみると悪い人でもなかった。生涯の伴侶として欠点もなかった。話はとんとん拍子で進み、二十歳を前に式をあげた。

 家紋のついた着物を着た父が、さんざん泥酔しながら、嬉しそうに、しかし、寂しそうに目を潤ませていた。

 旦那の欠点に気づいたのは、結婚して三年目のことだった。ある日ふと、近所で犬を散歩している夫婦を見て、彼に、あたしも飼いたいんじゃけど、と頼んでみたのだ。

 すると彼は申し訳なさそうに、俺は犬が苦手だからと答えた。なんでも、犬がそばにいるとクシャミが止まらなくて仕方ないらしい。そんなバカなことがあるかとそのときは思ったのだが、今で言うところの犬アレルギーだった。ヨネはまたしても、犬を飼うことをあきらめた。

 七人の子供をもうけ、彼らはそれぞれにたくましく育っていった。終戦という苦しい時代も夫と乗り越え、貧しくとも、笑いの耐えない生活を過ごした。

 その夫が死んだのは、八年前のことである。手塚治虫さんの描いた鉄腕アトムの、誕生日の翌日だった。

 葬儀のとき、ふと、そういえばアトムは交通事故で亡くなった息子をモデルにして、天馬博士が作ったんだっけなと思い出した。次男坊があの漫画に夢中で、家に本があったのだ。

 長年連れ添った夫のロボットを、はたして欲しいか判らない。人はいつか死ぬから、生きているあいだの大切な時間を共有し、笑い、涙し、相手を実感するのではないだろうか。

 とにかくそのとき、手塚さんの想像した未来はまだまだ先の出来事なんだと、妙に実感したのを覚えている。

 それ以来、ひとりで生活している。いわゆる独居老人だ。しかし、近くには娘息子もいるし、孫にひ孫にと、入れ替わり立ち代り訪ねてくれる。

 彼らが帰り、賑やかだった家が静かになると、それは寂しく感じることもある。溜め息をつくと、その音が妙に響く。

 しかし、ひとりでのんびりとお茶を飲み、テレビを観たり、近所を散歩したり、図書館に行くのも嫌いではなかった。

 ふと犬を飼おうと思ったのは、犬の特集番組を観たときである。リポーターがふさふさとした毛の犬を膝に載せて撫でながら、「癒される〜」と身体をくねくねしていた。

 そういえば、もうあたしが犬を飼うことに難を示すひとはいない。散歩をするにしても、犬と一緒にしたほうが楽しい気がする。生活するにも、娘などが帰ったあとに、しんみりしなくていいかもしれない。

 こう説明すると、娘たちが、やれ世話が大変だだの、ばあちゃんひとりじゃ手が余るだの、犬が死んじゃったときに余計寂しくなるじゃないかと言い出した。

 ヨネはそこで、あたしの余命のほうが短いだろうから、先に死なれて寂しく思うことはないじゃないか、だから、大丈夫だ、と言い返した。

「ばあちゃん、冗談でもそういうことは言わないでよ」

 言った娘は顔をくしゃくしゃにし、実に寂しそうだった。

 この会話を聞いていた小学校三年の曾孫の翔太が、「ばあちゃん、だったらAIBOにすれば?」と言い出した。なんだそれは? と訊くと、犬のロボットだという。彼は母親の携帯電話をちゃっちゃと操作し、その犬の写真を見せてくれた。

 ヨネは苦笑し、これでは会話ができないと言った。翔太は、「どうせ会話なんてできないじゃん」と首を傾げた。

 ヨネにしてみれば、会話は言葉ではないのだ。心が通じ合っているというのか、表情や一挙手一投足に意味があると思っている。

 心にしても、胸の中にあるのではなく、身体を覆っているものだと思っている。心が繋がるというと、そのほうが想像しやすいし、心が大きいという表現も、身体の外にあったほうが、広がりは無限だ。

 心が温かいという言葉にしても、きっと、他人の心に知らないうちに触れているのだと思う。触れられるのであれば、それは外にあるに違いない。感じるというのも、同じ意味だ。火に手をかざしたとき、目には見えないが、確かに熱はそこにある。

 そう考えると、心は身体の中にあるのではなく、外にあるのではないかとヨネは思う。

 ロボットには所詮、心はない。どんなに良くできていても、心を持つことは無理だろう。そうすると、彼らと会話することはままならない。

 そんなことを説明すると、翔太はわかったのか判らないのか、「ふーん」という反応を示し、「そしたら、おれの友達のとこの犬が今度子供生むみたいだから、もらってきてやるよ」と言った。

 ありがとうと応え、ヨネはお願いした。

 二週間ほど経って、翔太がダンボールに入れた茶色い子犬を連れてきた。まだ手に乗るほどの大きさで、新しい環境に怖がっているのか、ぷるぷると震えていた。

 翔太は犬の種類を口にしたが、横文字だったために理解できなかった。日本語でなんと言うのか訊ねると、彼は、「さあ?」と首を傾げた。

 別に雑種でも何でもいいのだ、とヨネは言った。そんなものは気にしない、見てみなこのつぶらな瞳。潤んでいててかわいいねえ、とヨネは踊りそうな心地で、犬を撫でた。

「名前、なんにするの?」

 翔太に訊かれ、実はもう決めてあるとヨネは答えた。自分が稲田ヨネで、いまちょうど米寿だから、「コメ」しかないと彼女は言った。

「すっごいね」

 と、彼はお腹を抱えて笑った。

 コメが家に来てからというもの、生活が瞬く間に変わった。彼を中心にヨネが動いている気がする。これではどっちが飼われているか判らなくて、彼女はときおり、苦笑した。

 座布団に座ってテレビを観ているとき、膝にちょこんと乗って、すやすやと寝ている。その温かさが伝わってきてなんとも嬉しい。以前はテレビに向かってしゃべっていたが、いまではコメに向かって話しかける。好きな刑事物のドラマを観ながら、彼に、犯人はあいつかしらね? それとも、この人の方が怪しいかしらね? と声をかけた。

 このことを翔太に言うと、

「コメにコメント求めてるの?」

 と、彼は腹を抱えて笑った。

 すくすくと大きくなる、と思ったが、それほど体長は変わらなかった。翔太に言わせると、これはそういう種類らしい。大人になっても、お鍋ほどの大きさにしかならないと言う。どの大きさの鍋だ? と訊くと、カレーを作るときの鍋だと答えた。彼の家は三人暮らしだから、それほど大きくはないだろう。

 それでも数ヶ月も経てば、だんだん成長してきた。たくましい顔つきになってきた、気もする。声は相変わらず迫力がなく、キャンキャンと子犬の声がした。

 犬に反抗期はないのかしらと思いながら、自分の子供たちのことを思い出した。夫がおおらかだったせいか、彼らも反抗期らしい反抗期はあまりなかった。多少口が生意気になったり、親に隠し事をするようになった程度だ。

「何か芸を仕込まないの?」と翔太が訊ねてきたことがある。ヨネは、別に、名前を呼んで返事をしてくれるだけで幸せだと答えていた。

 トイレの場所はすぐに覚えたし、夜鳴きすることもなかった。これでは七人の子供たちのほうが手がかかった気がする。そう言うと娘たちは、「私を犬と一緒にしないでよっ」と、電話の向こうでふてくされていた。

 ほとんど吠えない犬だったが、あるときから、一緒に観ている刑事ドラマに向かってキャンキャンと声を荒げるようになった。コメを飼い始めて、半年が過ぎた秋のころだったと思う。

 最初は、これっ、とコメの頭を軽く叩いていた。すると彼はすぐに鳴きやむ。しかし、何かの危険を知らせるように、再び鳴くようなこともあった。

 コメを飼うようになってからちょくちょく遊びに来る翔太にこのことを言うと、「警察犬を気取ってるんじゃないの?」と、にやにやしながら、彼の頭を叩いていた。

 ある日の晩、テレビをつけっぱなしで夕食の準備をしていると、茶の間からコメの鳴き声が聞こえてきた。火を消して向かうと、テレビに向かって吠えている。画面を覗くと、何かしらの刑事ドラマがやっていた。犯人役の男が、人質を盾に銃を構えているところだった。

 翔太の言うように、ほんとに警察犬を気取っているのかもしれない。ヨネはおかしくなった。でも、関係のないシーンでも鳴くことがある。ただ単純に、刑事ドラマに警戒心が生まれているのかもしれない。

 ヨネは彼の頭をなでながら、あたしに何かあったら守ってちょうだいね、あたしの番犬さん、と声をかけた。

 冬が来て正月になり、あっという間に一月は終わった。三が日には娘息子が訪れたり、孫や曾孫も来て、実に賑やかだった。コメは曾孫達に大人気で、いつももみくちゃにされながら、彼らと一緒に走っていた。

 二月の頭、節分の豆でも買おうかしらと、上着を着てマフラーを巻いているときのことだった。ふいにチャイムが鳴った。はいはいはい、と返事をしながら、玄関の引き戸を開けた。すると、そこに六十前後と思われる男性が立っていた。

「どうもどうもおばあちゃん、区役所のものです」

 その男はスーツを着ていた。すこしぶかぶかのような気がする。急に痩せて、合わなくなってしまったのだろうか。そういえばどこかしら、やつれているような感もある。

 彼は名詞を差し出し、「海保と申します」と名乗った。タバコの吸いすぎなのか、声がしわがれていた。名詞には、「独居老人相談役」という肩書きがあった。

「稲田さんがねえ、おひとりでお住まいですから、挨拶にうかがったんで――」と、彼が愛想よく話し始めたところで、急に駆けて来たコメが、大きな声で吠え出した。まるで怒っているような、サイレンのような声である。

「うおおぉ、うお」

 海保は飛びのき、後退した。持っていたカバンを胸に抱き、顔を引きつらせ、コメを見る。

「これ、コメっ、やめなさい!」

 首輪を掴み、いまにも飛び掛りそうなコメをこちらに引く。だが、小さな身体のどこにこんな力があるのか、コメは猛烈に、震える海保に向かっていこうとした。

「し、し、失礼しますっ」

 海保は慌てて、家を辞した。玄関の扉も開けっ放しで、情けない体で駆けていく。

 彼の姿が見えなくなっても、コメは歯を剥き出しにして唸っていた。そんなコメの頭を軽く叩きながら、どうしちゃったの? とヨネは訊ねた。

 原因が判ったのは一週間後だった。新聞を読んでいると、そこに小さな記事が載っていて、あの「海保」と名乗る男が捕まっていたのだ。

 彼は、お年寄りを狙い、「引き落としで残高不足になってはいけない。預貯金を一つの通帳にまとめたらどうか」と持ちかけ、騙していたらしい。車に乗せて銀行を回り、「残りの手続きは自分がやる」と言って、現金と通帳を受け取り、立ち去っていた。被害は数件に及んでいたという。

 老眼鏡を外して、ヨネは、すやすやと眠っているコメを見た。彼はもしかしたら、海保が悪人だと気づいていたのだろうか。

 そういえば、と思い当たる。もしかしたら、刑事ドラマを観ながら吠えているのは、犯人役のひとがでてくる場面ばかりではないだろうか。いや、きっとそうだ。唸り声を上げたりするのも、まだ犯人と判る前の役者が、登場したときだった気がする。

 どうしてかと考えれば、一緒に刑事ドラマを観ていたからに違いない。ヨネが、推理しながら話しかけるから、コメも、それに習って敏感になったのかもしれない。

 いや、そんなわけないか――。

 しかしヨネは嬉しかった。「でかしたねえ、お前」と、コメの頭を撫でた。彼は目を開けることなく、すやすやと眠っていた。

 節分の豆のように、鬼を撃退してくれたのかもしれない。そう思うと、今夜はソーセージでも奮発しましょうかと、ヨネは思った。

 数日後、翔太が来た。ヨネは、芸を仕込んだつもりではないが、これも、あたしが教えてたからでないか? と自慢した。しかし彼は、

「んなアホな」

 と笑っていた。

 ヨネは頼りになる家族を手に入れた気分だった。「手に入れた」という表現が適当でないのなら、「家族ができた」という感じだろうか。

 例えばストーブの上にあるヤカンが空焚きになりそうなときも吠えたし、玄関の鍵を閉め忘れても、コメは吠えた。

 偶然かもしれないが、それで、ヨネは助かっていた。夫と死別して不安だった心が、完全に埋まった気がする。

 散歩していてもコメは人気で、近所に友達といえる仲間が増えた。年齢は問わず、老若男女、コメに触れたりして、話しかけてくる。

 詐欺師を撃退した話をすると、みな褒めてくれる。ヨネは嬉しくて、また同じ話をした。まるで、子供の自慢話をしているようだった。

 しかし、不幸は突然やってくる。あるとき、車にコメが跳ねられたのだ。

 翔太とその友達がやってきて、ヨネに代わって一緒に散歩に出かけたときだった。友人のひとりが丁字路の向こうに母親を見つけて、飛び出そうとしたらしい。その瞬間、乗用車が横からやってきた。場所は住宅街で、壁に囲まれていて見通しが悪かった。

 それは、一瞬の出来事だった。翔太は、動けずにいた。大きく目をむいて、あっ、と叫び、両手が顔の前でとまっていた。

 握っていた手綱を離していたらしい。前にいたコメが、俊敏に動いた。友人の前にすばやく回り、ジャンプした。彼が車に轢かれないよう、お腹に体当たりした。

 友人はそれで立ち止まった。もとより、急ブレーキの音を聞いて、身体が反射的に止まろうとしていたに違いない。だが、飛び出そうとしていたのだから、そう簡単に身体は止まらなかった。

 それを、コメが押し戻した。車は、友人の前すれすれで、大きな音を立てて停まった。助手席の窓が、彼の鼻の先にあった。交差点の向こうで、彼の母親が目を大きくしていた。

 友人の腹に体当たりしたコメは、その反動で、車のほうに飛んだ。そして、ボンネットに当たり、フロントガラスに跳ねられて、宙に飛んだ。

「コメっ」

 まるでサッカーボールが跳ねているようだった。小さな身体がくるくると回り、冷たいアスファルトに強く落ちた。地面の上を、無残に転がった。

「コメ!」

 翔太は慌てて駆け寄った。茶色い毛から、血が流れていた。前足が変な方向に曲がっていた。

「きゅ、救急車っ」

 車から降りてくるスーツ姿の男性に、翔太は叫んだ。彼は慌てて携帯電話を取り出したが、「いや、俺が連れて行く」と、コメの方に来て抱きかかえた。

「それで、コメはどこの病院にいるのっ?」

 少し混乱した状態になりながら、走って帰宅した翔太に、ヨネは訊ねた。彼は息を切らしながら、「いま、耕太の母ちゃんが一緒に行ってくれてる」と言った。

 翔太が渡してくれたメモに電話して、反応を待った。相手が出るまでの時間が、気が遠くなるほど長かった。数回の呼び出しで、彼女は出た。

 教えてもらった住所を殴り書きして、ヨネはタクシーを呼んだ。車で10分くらいのところにある、動物病院だった。

 タクシーの中、ヨネはこんなに心が騒ぐのを感じたことはなかった。気持ちだけが先に病院に向かってしまったみたいで、どこかふわふわとした感じさえする。

 翔太はしきりに謝っていた。ごめんなさい、ごめんなさいと涙を流して。決して彼が悪いわけではないのだが、どんなにヨネが慰めようとも、彼は涙を止めることができなかった。

 病院に着くと、手術中だと伝えられた。コメの様子は、まだ判らないらしい。白いワイシャツに血を染めた若い男性が、すいませんと頭を下げた。ネクタイも少し、汚れていた。

 コメが死んじゃう、ばあちゃん、コメが死んじゃうよおと、翔太は繰り返した。彼の友達も泣いていた。ヨネは、大丈夫だよと、彼らを強く抱きしめた。

 どのくらい待たされたのか判らない。長かったのか、短かったのかも判らない。だが、手術室から出てきた獣医に、「命に別状はなさそうです」と言われたときの安堵感は、きっと死ぬまで忘れないだろう。

 全身がほっとした。脱力感を覚えた。翔太は、今度は嬉し涙を流した。ヨネも一緒に、少し泣いた。

 結局、両方の前足を切除していた。複雑骨折で、どうすることもできなかったらしい。それでも命さえ助かればよいと、ヨネは心底思って、獣医に頭を下げた。

 包帯に巻かれたコメを見て、ヨネは頭を撫でた。彼はまだ麻酔が効いていて、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

 しばらくして体力も回復し、コメは、犬用の車椅子なるものを使って、元気に動くようになった。あくまで主観であるが、彼はあまりそのことを気にしているようには見えなかった。

 すばやくは動けないが、かまわないのだろう。相変わらず刑事ドラマを観て犯人を当てたり、ヨネが窓を閉め忘れれば、吠えて知らせてくれる。

 膝にちょこんと座るコメを撫でながら、ヨネは思った。やっぱり、相手がロボットではこうならない。一喜一憂するのも、相手に心があるからだ。

 心はやっぱり身体の外にあるのだ、とヨネは思った。楽しくて倍になるのは、相手の喜ぶ心と混ざり合うからだ。悲しみを減らすことができるのは、相手がそれを取ってくれるからだ。

 この先、どちらが先に死ぬか判らない。犬の寿命は12歳くらいだと言うから、普通に考えればヨネのほうが先に違いない。

 しかし、これから先、寂しい生活になることはないとヨネは思った。コメと一緒にいれば、万事大丈夫だと、ヨネは笑った。

 コメがいてくれてよかった。コメでよかった。ヨネは思った。

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