ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

日記ロワイアルコミュの【白い彼岸花の咲く場所】

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
霊感が強いという娘に言われました。

「孔明さん、白い犬飼ってたでしょう」

・・・

孔明「うん、飼ってたよ」

娘「やっぱり! その子がね、ずっと孔明さんの足の周りを回っているの。すごくうれしそうに」

孔明「・・・そうなんだ」

娘「最近まで飼ってたでしょう? 」

それは違う。

孔明「ううん、もう24年も前だよ」

霊感の強いその娘が怪訝な顔で言います。
娘「おかしいな、そんな昔の見え方じゃないんだけどな・・・」

なんでも【霊】は古いほど透けてくるそうな。
人界と同じで時間と共に思いも薄れ、
それにともなって霊的な力、つまり【見え方】も薄くなってゆく・・・らしい。

娘「じゃあ、その子、とっても孔明さんの事が好きなのね。きっと『気持ち』が強いんだわ」

きっと、それも違うな。

シロはきっと私の事を憎んでいる。

きっと今でも・・・

***************

【1985.4.7】

高校の入学式を明日に控えて、私は最後の春休みを少し落ち着かない気持ちのまま過ごしていた。
思い出して。
中学の3年間の思い出と共に涙で卒業したのが2週間前。
そこからは『全く自由な春休み』
部活やら、受験勉強やら、バイトやら、自学(自動車教習所)やら、そんなもんが全く存在しない中学から高校への『夢の2週間』

と、言いつつ、寝ながらテレビ見てたりしてたら、あっと言う間にラス1・・・

で、最後の一日。
ちょうどその日が日曜日という事で父と暇つぶしにホームセンターに行く事にした。

目的もなく木材やらビスの詰まった箱やら、電動の最新工具やらを見ていると、不思議なもので無性に何かを作りたくなってくる。『何か』と聞かれると困ってしまうが・・・

あなたもあるでしょう。綺麗な見たこともない柄の『折り紙』なんか見つけた日には、『鶴』の折り方さえ忘れかけているのに、『とりあえず買っとこ』みたいな『創造意欲』。
あとね、よく通るいつもの道端でふと初老の女性が『水墨画』など描いているのを見ると、
『あら、この道がこんな素敵に見えるのね。新しい発見があるかも・・・』なんて、『世界堂』に駆け込んでみたり。

類に洩れず、私も私の父親までもその一瞬の熱に冒されていました。

父「おい、犬小屋作るぞ! 」
その、子供の様なキラキラ笑顔に思春期真っ盛りの私が笑えるはずもなく、
孔明「1人でやってよ」
少し、父のこめかみがピクンと動いたように見えました。
そして日曜日のホームセンターの木材売り場の前で、思い切り殴り飛ばされ、一言。
父「お前の犬だろうが! 」

うちでは生き物を家族みんなで飼うという概念はありません。
父の教育方針なのでしょう。
その生き物の全ての責任は『たった一人の飼い主』のもの。
つまり「シロ」の飼い主は飼いたいと言い出した『私』であり、父でも母でもましてや妹でもありません。
他の家族も勿論、散歩などは代りにしてくれたりしますが、あくまでもサポート。
『シロ』の命の責任の全ては『中学3年の私』が担うのです。
当たり前といえば当たり前のことなのです。
『犬を飼う』、生き物を飼うとはそういうこと。

しかし、5年、6年と経つと、ふっと気持ちが離れていることに自分では気付いていません。受験や進学、部活や友達の事と、とかくこの時期は日々変化が著しい。
部活で遅くなる日もある。夜遅く家に帰ってきて、母に、
「シロの散歩行ってないわよ」
と言われると一晩ぐらいいいか・・・
ともなってしまう。

そういう怠慢さを父は見ていたのだと思う。そして歯がゆく思っていただろう。
飼い出して5年経つ「シロ」の犬小屋が古くなって、雨が降ると何箇所も雨漏りがしていたのも知っていた。応急処置とも言えない様なガムテープの継ぎはぎだらけの屋根はただみすぼらしいものでしかなかった。
父はきっとこう言いたかったんだろう。
「お前のこのダラダラしてた2週間、例えば3日間だけでもシロの事を考えてやれば『犬小屋』の事はお前が言い出すべきだろ!!! 」・・・と。

殴られた瞬間はそこまで考えられるはずもなく、ただただ怖い父親の言う通りに従うしかありません。

半べそをかきながらも材料を抱えているうちに徐々に『犬小屋』作りが楽しいものになってきます。

孔明「お父さん、せっかく犬小屋を新しくするんだから、もう少し広く遊べるようにしてあげようよ」

息子からの提案が嬉しかったのか、

父「そうだな、じゃあ、ワイヤーを張ってその間を移動できるようにやってみよう」

久し振りの父子間の意志の疎通が嬉しかったのでしょう。
新しい犬小屋に塗るペンキを10色も買っていました。


そして、父と私の『日曜大工』が始まりました。


春先の午後、お隣の満開の桜はそのピンクの花びらをヒラヒラと散らし始めています。


目の前でトンカン、トンカンと騒がしい父子をシロはキョトンとした顔で見ていました。


そう、そしてこれが、シロの最後の一日です。

***************

昼過ぎから始めた犬小屋作りも結構な速さで形が出来上がってゆく。
母が差し入れてくれた柏餅を食べる頃にはほぼ骨組みは仕上がっていた。
熱いほうじ茶をすすりながら、自分の手際の良さを母に自慢している父。
傍らでは3つ下の妹が真っ赤なペンキと格闘している。
どうやら屋根の色は完熟トマト色に決まったようだ。
ま、いいけど・・・
全方向から無茶苦茶に塗っている妹に母が優しく塗り方を教えている。
母「こうやって、同じ方向から同じ力加減で塗るんですよ」

今、思い浮かべると温かい家庭に育ってきたんだなぁ、としみじみ思う。

**************

【シロ】

秋田犬とスピッツの雑種の雑種の雑種って感じの中型犬。
雪のように真っ白でふわふわの体毛は触れるとどこまでも沈んでゆくほど柔らかかった。
小学5年生の春に生後2ケ月で我が家の新たな家族となった。

もう、夢中だった。
今まで買ってもらったゲームなんて足元にも及ばない。
ツルッツルのフローリングの床をまるでカーリングの玉のように滑ってくるシロ。
走っても走っても足の裏が床を掴めない。
ある程度助走できると、すぐつまずくもんだから、そこからずずずーと滑ってくる。
・・・たまんない。

「犬は家の中で飼うもんじゃない! 」
父の一言で翌日から我が家の番犬に就任したチビシロ。
最初は夜鳴きしていたものの、3日もすると一丁前に『番犬の顔』になっていた。

それからは早かったな。
いくら育ち盛りの小学生といえども奴らの成長速度には付いてゆけるはずもなく、私が6年生になる頃にはチビシロは立派な大人になっていた。
もうチビじゃない。

初頭の躾を失敗したらしく、散歩にいっても引き癖が治らない。
目一杯引くもんだから、成長の追いつかない6年生では引っ張られぱなしである。
そんなある日、学校から帰ってくると犬小屋にシロがいない。
慌てて、
孔明「おかあさん、シロいないよ! 」
母「ああ、お父さんが連れてったわよ」

滅多に散歩なんて連れて行かない父である。
いや、犬が嫌いってわけじゃない。
むしろ大好きである。本人が言っていた。
父「昔飼っていた犬がシロという名で、今のシロと本当に瓜二つなんだ」
この話も、私が『シロ』と名付けてから聞いた話だ。
父は「あのシロが帰ってきたんだなぁ」とも言っていた。

しかし、父は今のシロを積極的に触ろうとはしなかった。
きっと私が飼い主である事を尊重してくれていたのだと思う。
でも実際のところはこっそりと遊んでいたみたいだったが。
この日のように・・・

家の外でふたりが帰って来るのを待っていると、耐え難い光景が目に飛び込んできた。

なんとあの引き癖が治っているではないか!
父の横に寄り添うようにゆっくりと歩いているシロ。

シロにとっての『飼い主』は紛れもなく『父』なんだ。
正直、ショックだった。
シロに裏切られた気がした。
お前は一体誰が一番好きなんだ?
明らかに『嫉妬』していた。
そして、『失望』もしていた。

そんな事に気付く訳もなく、いち早く私を見つけたシロは、得意の引き癖がまた顔を出してしまった。
力の限り父を引っ張り、一直線に私に向かって来て嫌というほど顔をなめたくるシロを見ていたら、『飼い主』より『友達』でいいじゃないかって素直に思えた。


ともだちで・・・

***************

そのともだちにひどい事をしたんだ。

***************

話は戻って、製作現場。

暗くなる前には立派な『新・犬小屋』が完成していた。
シロは見慣れぬ目新しい我が家には入ろうとはしなかった。
父「まだ、ペンキ臭いんだろう。2、3日並べて置いとけば、そのうち自然に入るさ」
新・旧並んだ犬小屋をシロはキョロキョロしながら落ち着かない素振りで行ったり来たりを繰り返していた。

シロが思案している間に私と父とでもう一つの事案、シロの行動範囲を広げる為のワイヤー張りに着手した。
少し離れた柿の木の幹と犬小屋にワイヤーを張り、その間を自由に行き来、出来る様にした。
今までの杭に繋がったままより、10倍は行動範囲が広がる。
早速、シロを杭から、ワイヤーに繋げてみる。
思惑通り、柿の木までの10mほどの長さとロープの半径分の行動範囲が確保された。
ただ、長年の癖で今までの範囲より先に一歩を出すのは恐々である。

そのシロの仕草がたまらなく可愛かった。

真新しい『真っ赤な屋根の犬小屋』と『広く走れるようになった庭』に満足した父は晩御飯を食べ終わると夜勤に出かけていった。

私も充実した気持ちだった。
明日の入学式がとても新鮮に感じた。

『何もかもが新しくなる』

漠然とそう思った。


***************

何時だろ?

シロの泣き声で目が覚めた。

勉強机の上のデジタル時計は【03:07】を表示していた。
ええ、まだ3時!

ガラガラ・・・
窓を開けてみる。
いつの間にか、雨が降っていた。
結構な雨脚に、
『あ〜あ、折角の入学式なのになぁ』と心の中で嘆いていた。

シロは時折、夜鳴きをする。
田舎の田園地帯。よく野犬が飼い犬にちょっかいを出しに夜中やってくる。
シロはそんな野犬を呼んでいるのか、はたまた来た野犬を追い払う為なのか、たまにこうやって夜、私を起こす。

ただ、2階の私の部屋から犬小屋は見えない。
真っ暗闇の中、野犬が来ているのか、いないのか?
誰かが家に面した道を通ったのか?
ただ、本当に田舎である。夜中の3時過ぎに人に出くわすよりは狸を見つけるほうが手っ取り早い。

・・・

いつもなら、あまりうるさく鳴く様なら近くまで行って様子を見るのだが、

『明日の入学式』、
『冷たく強い雨』、
『昼間の心地よい疲労』

が重なって、

「シロうるさい! 静かにしろ! 」
とだけ言って窓を閉めた。

もし、この大雨で旧・犬小屋が雨漏り著しかったとしても、その隣には真っ赤な新・犬小屋がある。
それこそ、防水完備の新居ではないか。

これを期に明日の朝、新・犬小屋からシロが出てきたら嬉しいな・・・
なんておぼろげに考えながら、残りの睡眠を貪っていた。

不思議とシロはもう泣いていなかった。


そう、きっと鳴いていなかったはず・・・


*************** 
【06:45】

ピ・ピ・ピピ・・ピ・ピ・ピピ・
不快な電子音で目が冷めた。
休みボケか、壁に掛けてある真新しい学生服と机の上のまだ包装袋に入ったままのカッターシャツを見るまで、今日が入学式だと気付かなかった。
慌ててカーテンを開けると雨はより激しいものになっていた。

『ついてないな、折角の入学式なのに・・・』

外気を感じたくて窓を開けた時だ!

「クーン」

微かにシロが鳴いた気がした。

一瞬、体中にものすごい悪寒が走った。
直感で『嫌な事』が起こっている。と悟った。

慌てて、階段を下りてシロを目指す。
犬小屋は家の東側の納屋の奥においてある。
田舎の無駄に広い家。
母は台所で味噌汁に入れるシジミを洗っていた。
母「おはよう」
の声を無視し、一目散に納屋の方へ走る。パジャマのままで。

次第に「クー」と鳴く声がしっかりと聞こえてきた。
それは聞いた事のない泣き声だった。

ツッカケを履き、納屋の戸を開けると愕然とした。






ワイヤーを伸ばし行動範囲を広げた為に柿の木の脇に植えてあったつつじの群生に首のロープが絡まって、シロは全く動けなくなっていた。

背の低いつつじの木に首からワイヤーまでを繋いでいるロープがぐしゃぐしゃに絡まっていた。

「シロ! 」
私を見つめたシロの顔は凄くさみしそうに見えた。
とてもさみしそうに・・・


普段なら何てことない。
孔明「バカシロ、何絡まってるんの! はしゃぎ過ぎ! 」
なんて言いながらロープを解いてやればいいだけ。


・・・でも、今朝はそうじゃないんだ。
4月の冷たい雨は昨夜早くからずっと降っている。


いつから絡まってた?

どれぐらい鳴いていたの?

もっと、大きな声で鳴けよ!

バカ、バカ・・・



びしょびしょになりながら必死にロープの絡まりを取ろうとするが、どこにどう絡まっているのかも分からない。
散々、暴れたのだろう。ロープはつつじの奥深くまで食い込んでいた。
ロープと必死に格闘している私の足にシロはずっと首を擦りつけていた。

何事かと走ってきた母が、現状を見て、
母「首の方を外してあげて」

バカな私。
そんな事すら気が付かない。
首輪側のフックを外すとふっとテンションが緩んだのか、シロがフラフラと2、3歩、歩いてゆっくりとしゃがみ込んだ。
急いで納屋に運び込んで家中のありったけのバスタオルでシロの体中を拭いた。
顔を拭いた後に真っ白なバスタオルと真っ白なシロの口元に赤い物が見えた。
そういえば、抱えて納屋に入る前に、チラッと見たつつじの葉にも同じ物が付いていた。

孔明「どうしょう? お母さん、シロ血吐いてる」

時間はドンドン過ぎている。
今日が『高校の入学式』じゃなかったら・・・
こんな雨が降ってなかったら・・・


そして、ずっと思っている。

あの時、見に行ってやっていれば!!!!!!!!!!!!

たった、数分の事。

なんで?


シロの体中をさすりながら、後悔と腹立たしさと寂しさとが順番に順番にこみ上げてくる。

母「あんたは学校に行きなさい」
孔明「いやや、シロのそばにいる」
母は困り果てていた。

母「入学式休むわけには行かないでしょう。お父さんが帰ってきたら病院連れて行ってもらうから」
勿論、入学式には母も参列する。父が帰ってくるのは9時過ぎ。
母も色々と支度があるはずである。
母は入学式には少し遅れるけど父が帰ってくるまでシロを見てくれると言うから渋々学校へ行く支度をし始めた。

こんな気持ちで真新しい学生服の袖に腕を通すとは思いもしなかった。

後ろ髪を引かれる思いで家を出る時、もう一度シロを見に行こうとして納屋を開けるとシロがいきなり出てきた。

足元をすり抜け、犬小屋に入るのかと思ったら、家の敷地を出て行こうとする。

また、濡れてしまうし・・・



シロ・・・どこ行くの?



なんとなく、

なんとなく、


『死に場所』

を探しているんじゃないか、と思った。

ヨロヨロ歩くシロを捕まえて、また納屋に押し込んで体を拭いた。

母に、
孔明「開けるとどこか行こうとするから絶対開けちゃダメだよ」

そう言ってシロのところにしゃがみ込んだ。

孔明「シロ、ごめんよ。入学式昼までだから、すぐに帰ってくるから。どこにも行くなよ」

シロはもう何も言わなかった。
ただ、私の目をじっと見つめていた。

母「早く行きなさい」
そくされて、納屋を出ると、『真っ赤な屋根の犬小屋』が目に飛び込んできた。

***************

入学式の記憶はほとんどない。
ただ、『終われ』、『終われ』と繰り返し心の中で唱えていた。

・・・いや、お願いしていた、誰かに。
『神様』か『獣医さん』か、誰でもいい、確実にシロを死なせない誰かにむかって、

『お願い、シロを助けて』、『絶対に、殺さないで』と・・・

***************
「おい! 君の番だよ! 」

ふいに声を掛けられて、体がビクンとなった。
式典終わりの教室。初めてのホームルーム。
出席番号順に座っている一つ前の名字の男の子が振り返って私にそう言った。
教室では軽い自己紹介が行われている最中だった。

僕がどこの中学から来たのか?
なんの部活に入りたいのかなんて誰も興味はないでしょう。
ましてや、『高校3年間の抱負』なんてどうでもいい。
あと、38人分聞かなきゃならないのか!
『いいよ、みんな卓球部で!!! 』
とにかく早く帰らせて下さい。


お願い帰らせて・・・



お願い・・・


・・・


***************
私は納屋の前にいた。

背には『真っ赤な屋根の新・犬小屋』がある。
当然、シロは入っていない。

あの、忌々しい『冷たい雨』は学校から帰る途中に止んだ。

納屋の中は静まり返っている。
父の車もある。
という事は、病院に行っていたとしても、もう帰っているという事だ。

開けるのが怖い。

もし、元気になっているのなら・・・
もし、この納屋の中にシロがいるなら・・・

私の帰ってきた気配を感じてこの戸の向こう側に必ず来る。
来れなくても、動けなくても、鳴けるはず。元気なら・・・

式典の間中、あれだけ『早く終われ、早く終われ』と思っていたのに、
自己紹介中、『全員、放送部でいいよ』って思っていたのに・・・

開けられない。
どうしても・・・


ガラガラガラ!

!!!!!

戸は内側から開いた。
父が立っていた。

父「何してるんだ? 」
孔明「・・・」

父「シロに顔を見せてやれ」

・・・

どっちだ、それ!

シロ!!!

***************

あれから24年。
もし、神様がいて、

『1度だけ好きな時間に戻ってもいいよ』
なんて、洒落た事を言ってくれたなら、間違いなく私は、

【1985.4.8.03:07】

と言う。
あの夜、もし一度も起きていなかったらこんなに後悔はしていない。

でも、あの日、この時間に起きたじゃん。窓を開けてこう言ったでしょう!

「シロうるさい! 静かにしろ! 」

・・・

この時間に戻ってシロを助けたいわけじゃない。
この後にバカ面して、寝ている俺を思い切り殴り飛ばしたい。
きっと、その傷みは殴っている自分に帰ってくるだろう。
そうじゃないとおかしい。
悪いのは小さい自分ではなくて、弱い自分なんだから。

今も弱いままなのかな?
24年経って、俺は変われているか?
そこから見える俺はちゃんと考えて生きているのかい?


***************

納屋の奥には毛布に包まれたシロがいた。
しゃがみ込んで、鼻先まで顔を近づけてもシロは目を開けないよ。

『全部、僕の所為だ』

涙が止まらない。シロ・・・

頭を撫でてやるが、その肌は全く反発がない。
そして、少し冷たい。

昨日まで、そこにあった『命』が今日はもうない。
昨日まで、走り回っていた姿がそこにはない。
鳴く声も、引き癖も、何もかもが無くなった。

残った『真っ赤な犬小屋』

しゃがみ込んでシロを抱きかかえる。
『重い』こんなに重かったか・・・

ふと、父がスコップを2本持ってきた。
その1本を手渡そうとする。

!!!!!!!!

はぁ?
何?

もう、埋めるっていうの?

「イヤ! 絶対イヤ! 」
思い切りスコップを投げ捨てた。
殴られる! 咄嗟に身を屈めたが、『親父のゲンコツ』は飛んでこなかった。
かわりに、

父「すまんな、お父さんがちゃんと考えてワイヤー張ったればよかったな」

涙が止まらなかった。
『ちがう、お父さん。そうじゃない』
『僕が悪いんだ。助けられたじゃないか! 』
ちょっと見にいってやればよかっただけなのに。

その晩は納屋の床に布団を敷いて一緒に寝た。
一晩だけと言う約束で。
泣き疲れて、いつ寝たのか覚えていない。
夢を見たようで、見てないようで。
顔を舐められた気がした。
目を覚ました時、シロの鼻が目の前にあった。寝ながらどんどん近づいていたらしい。

朝食時に父が言った。
「シロを埋めるのはお父さんがやる」
「どうして? 」
「穴を掘ってシロに土をかける事が出来るのか? 」
「・・・」
「シロの飼い主はお前だ。 最後まで面倒みるのが責任だけど、これだけはお父さんに任せなさい。学校行く前に埋める場所だけお前が決めなさい」

反論しなかった。
父がそうしたのも、なんとなく分かる。
私が最後に見る『シロの姿』が物のように土を被せられる姿ではなく、
今、納屋の奥で毛布に包まれて眠っているような『綺麗なシロ』にしておきたかったのかもしれない。
実際、それでよかったと思う・・・

納屋に行って、最後に言った。

「シロ、本当にごめんな。もっと、もっと生きれたのにな。絶対に犬はお前だけ。お前だけを思って生きる。ホンマにごめん」


*************** 

納屋を出て裏の畑に向かった。
ちょうど柿の木から15mほど先に空けたスペースがある。
その場所はとても見晴らしが良かった。
家の裏から続く田園が見渡せて、振り返ると柿の木と2つ並んだ犬小屋が見える。

きっと我が家ではこのさきも妹や父が『飼い主』となり、またあそこで犬を飼うことだろう。
だったら、この場所がいい。
寂しくない。

父に場所だけ伝え、埋葬をお願いした。

そして学校に行く前にもう一つだけお願い事を言った。

「お父さん、シロの目線をね、僕の部屋の方を向くように埋めてもらえる? 」

父は黙って頷いてくれた。


『今度はね、鳴いたらちゃんと見に行ってやるんだ』


絶対に・・・


絶対に・・・


***************

春先に死んだシロの眠っている所は、秋には一面、彼岸花が咲く場所だった。

その年、彼岸花はシロのお墓の掘り返した部分だけ何も生えずにいた。
逆にそれが、生々しく見えた。

そこにシロはいるんだと・・・


***************

1年半が経った。

夏が終わり高校2年の秋はサッカーに夢中だった。

時間の残酷さと記憶の素晴らしい機能のお陰で、『シロ』を思い出すのは本当に時々しかなかった。

来週には中2になる妹が『飼い主デビュー』するという事で、家の中では新しい家族を招く準備をしていた。

あの『赤い屋根の犬小屋』は私が思い出すからという事で父が早々に壊してしまった。

新しい犬が来る事は少し嬉しかったけれど、やはりシロへの義理とあの日の後悔が嫌と言うほど私の心に纏わり付いてくる。


父のシロへの遠慮がちな接し方が、今なんとなく分かった。



気持ちの良い秋の日の夕暮れ。

妹があの柿の木の下で犬小屋の準備をしている。



『クーン』



犬が鳴いた気がした。

まさか!

振り返って見ると・・・



そこには辺り一面、真っ赤な彼岸花。


そして、その一角だけ・・・




【真っ白な彼岸花】



そう、去年あいつを埋めた場所。

今でもシロがいるはずのその場所。


父は「前から白かったんじゃなかったか? 」


うん、そうかもしれない。


でも、いいんだ。


そこに【白い彼岸花】が咲いている。


ただそれだけで。





今年もそろそろだな。







お父さん、今年もそこには【白い彼岸花】がちゃんと咲いていますか?

コメント(241)

今までボクが読んだ中で一番の作品です。

一票。
泣いてしまいました。我が家にも見送ったわんこ。もうすぐお別れが近づいてる子もいます。大切にします。1票。
一票 昔飼っていたシロを思い出しました
一票
犬も猫も実家に居る頃に飼っていたけど、そんなに愛していなかった。
何て無責任で自分勝手だったのか…。

ログインすると、残り208件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

日記ロワイアル 更新情報

日記ロワイアルのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。