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日記ロワイアルコミュの地固まらずとも、止まない雨は無い

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『今シーズンは全勝優勝が目標です、普通にやれば行けると思うんすけどね。』

ネットラジオから流れる実弟の声を聞いてニヤニヤする俺は、本当に気持ちの悪い兄だと思う。地方局でしか放送していない番組なので、リアルタイムでは聞けないのだ。

<Jリーグへの道を最短で駆け上がれ!>

的なスローガンを掲げる新興クラブに入団して2年目、元Jリーガーやら何やら凄そうな経歴なのに混じって、田舎の無名クラブ出身の弟が新主将として抱負を語っている。地方局とは言えラジオで。またニヤニヤしていると、HPに上がっていた弟のプロフィール写真と俺の顔を見比べて嫁が一言。

「残念な兄・・・」





俺には歳の近い弟が2人いる。
幼少期を思い返せば、辺りが真っ暗になるまでサッカーボールを追いかける鼻垂れ小僧が3人。あの頃は俺が1番上手かったんだけどなぁ。

気が付けば、兄2人の身長を追い越した三男は、U-12〜U-15と、学年が上の選抜チームに飛び級で呼ばれる程に成長していた。

「しょうらいのゆめ サッカーせんしゅ」

派手に角ばったおっさんがおにぎりを蹴っている・・・ヘタクソな絵が入った『将来の夢』小学1年生の時に弟が書いたそれは、当時の兄達から見たら滑稽なもんだった。1番のヘタクソで1番の泣き虫が何を絵空事を、ってね。





俺が高校に上がる頃、夜の仕事をしていた母が愛人を作って出ていった。時を同じくして、ギャンブルで多額の借金を背負った父が脳腫瘍で倒れ、家の中は崩壊状態。俺は友達の家を泊まり歩き、ほとんど家には帰らなかった。

それから家には、度々恐持ての借金取りが怒鳴り込んで来ては、まだ12、3歳の弟達が半べそかきながら対応した。

「いません」

「知りません」

「ごめんなさい」

怒鳴り声と、反射的に理由も探せず発してしまう「ごめんなさい」
今でもその声達は俺の脳裏に暗くこびり付いて剥がれない。

家には父方の祖父母が一緒に住むようになっていたが、アル中の祖父と身体の悪い祖母のシルバー2トップは、保護者と呼ぶにはあまりに頼りない存在だった。父は半失踪状態。借金なんて返せる当ても無く、生活が良くなる気配なんて微塵も無かった。

三男は相変わらず選抜チームに選出されていたが、この頃を境にそれを辞退するようになっていた事を知った。ある日偶然見た、居間のこたつの上に無造作に放り出されたプリント1枚、その一文を、俺はきっと一生忘れないだろう。


自己負担:\5,000-


選抜に選ばれた事を告げる手紙、覚えてるのはここだけなんだけど。

移動費、食費、宿泊費、施設費なんかを考えれば、5000円ってのは全然安いもの。だが現実問題として、電気・ガス・水道という最低のライフラインすら途切れ途切れで、次の食事さえままならない家に、5000円なんて捻出できる訳が無かった。



それからも選出される度に辞退を繰り返す三男は、もう選抜チームに呼ばれなくなっていた。

「しょうがないよ、お金が無いんだから」

泣き言は絶対に言わなかった三男が、夜中、誰にも見つからないように泣いているのを俺は知っていた。もっと上手く隠れればいいものを。俺もつられて泣いていたら、次男もその影で泣いていた。そろいも揃って合唱か、いや、ある意味合掌か。




三男にはその後、県外を含むいくつかの高校から声が掛かったけど、結局はお金が無くて近くの高校に進学した。ずっと選抜に参加できていればもっと条件の良い特待もあったかも知れない。頼みの奨学金すら生活費に消えるような状態。

この頃には父が完全に失踪して、俺達は母とその再婚相手に引き取られる事になった。とは言っても浪費癖の激しい母と飲み屋で知り合って再婚したような男、結局生活が良くなる事も無く、相変わらずの困窮っぷり。終いにはこの義理父も連れ子を残して蒸発する事になる。どこまでも続く負の連鎖。


ある日、家に帰ると三男が金髪になっていた。
また分かり易いグレ方をしてくれちゃったもんだ。

「よう、そんな頭で学校行けんのか?」

「学校なんか行ってられないよ、働かないと。」

それから三男はしばらく学校には行かなかった。
サッカー部の監督が何回も説得に来ていたし、俺だって三男には高校を出て欲しくて何度か説得した。


結局それに折れるような形で、三男はまた、なんとか高校に通い始めた。


高校最後の冬の選手権、三男の高校は県大会の決勝に駒を進めていた。
対戦相手は全国常連の私立の強豪、全国各地から引き抜いてきたスタメンには、県内出身者の名前は無い。

俺は祈るように、テレビの中の三男を応援した。
(勝てば全国、全国で活躍できれば、あるいは何かチャンスを掴めるかもしれない)

しかし結果は1-5の大敗。
総合力で勝る相手チームにただただ圧倒されたゲームだった。
スタンドに向かって整列するチームメイトがうつむいて涙を流すなか、ぎゅっと唇を結んで前を見据える三男が印象的だった。

試合で負けるより悔しい事なんて今までたくさんあったものな。
きっとこれからだって―








―と、思いつつ、流石の不幸様もどうやらその辺で打ち止めだったらしく、親と絶縁状態になった俺達は、今ではそれなりに働いて人並みには生活できるようになった。

「サッカーもいいけど、そろそろ将来の事もちゃんと考えろよ。」

「無理だと思ったらやめるよ。でもまだ限界じゃない。」

「かっこつけやがって・・・まぁ応援してやるから好きなだけやんな。」

本当はずっと昔に親からかけてやりたかった言葉を、やっと三男に伝えられたのはほんの何年か前の事。




そして今年も、嫁と次男を連れて三男の試合を見に遠征してきた。
0-0で迎えた後半30分、ゴール正面、距離は25m程度、絶好の位置でフリーキックを貰った三男が、ゆっくりボールを置くと右手を上げる。試合開始から降り続いた雨はぴたりと止んでいた。

いつも、ボロボロにくたびれたスパイクから繰り出した魔法の様な放物線。
今、それは更に輝きを増して雨上がりのピッチに虹をかける。

だってほら、今は新しいスパイクだって買えるからね。


壁を越えて鋭く落ちたフリーキックはゴール右隅に突き刺さった。

チームメイトにもみくちゃにされて笑う三男を見て、次男が嬉しさを抑えきれずに渾身のニヤニヤを決め込んでいると、嫁が次男に声をかけた。

「三男君がゴールを決めたのがそんなに嬉しいんだー?」

「いや、あいつがサッカーやれてるだけで俺は嬉しいんす!」

馬鹿野郎が、そんなの心の中で思っとけ。
涙が出るだろうが。

三男が大金を稼げるプロのトッププレーヤーになれるだなんて、流石の気持ち悪い兄も思っちゃいない。でも、失った時間を必死に取り返そうとするかの如く、ピッチを駆ける三男を見ていると、どんなスーパープレーを見るよりも熱いものがこみ上げてくるのだ。

限界なんて突き抜けて見せろ、お前はもう苦労なんかしなくていい。

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