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日記ロワイアルコミュのタクシー

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 *夏も終わりそうですが、軽くホラー含みます。
 *ちょっとだけですが長いです。




 「天王町駅まで」

 男は車に入るなり私のほうを見るでもなく呟いた。私は答えようとしたが、男の口から起ち込める尋常ではない酒の匂いに、口を開くのが嫌になり無言で頷いた。
 タクシーの運転手をしていて、嫌な客と言うのは沢山いるが泥酔の客と言うのも、勿論それにあたる。
 私は、ほとんど1メーターの距離にある天王町駅を目指し車を発進させた。


 私は、余計な振動で男に吐かせないように気を使いながら、バックミラーで男の様子を覗っていた。ろくに車も人もいない明け方だったからそのくらいの余裕はあった。


 一昔前なら恰幅が良いと表現されたであろう40過ぎくらいの男。身なりにも気を使っていて、泥酔だと言うのに背筋がピンと伸びている。蓄えた髭も丁寧に調えられていて、良く観察すると清潔な印象の男だ。


 しかし、悲しいかな、今のご時世どんなに仕立ての良いスーツで身を包もうとも、清潔な印象を持たれようとも、本人の意思に関わらず、きっとこの男もメタボと呼ばれているだろう。この男が少しも健康に興味無くとも。健康の前には、お洒落も意味を成さないのだ。


 観察もそこそこに、車は目的地に到着した。
 男は、私が振り向くよりも早く五千円札を突き出し

「丁寧な運転だった。釣りはいらん。」

と、ぶっきら棒に言い放った。
 唐突な申し出に、中途半端な笑みを浮かべていたら、早く開けろと急かされてしまった。


 私は、泥酔の男がまっすぐ歩くのを不思議に思いながら、いつもの妄想に身を委ねた。


「あの男も違う。」


 脳内に出た答えを確認する様に呟いた。

 いつのまにか、朝日は完全に空に現われ、止まっていた夜の時間は溶けて、ゆっくりと動き出した。
 私は、メーターを切り、回送に合わしてから、帰路に着いた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 特にタクシードライバーになりたいわけではなかった。別に他にも仕事は選択できた。事実私は、大手証券会社で働いていたし、リストラされたわけでもない。自主的に退社し、自らの必要でこの職に就いたのだ。ある目的を達成する為に。
 しかし、26歳という若さのせいか、何故この仕事に就いたのかと良く聞かれる。大抵の場合、体の良い嘘で誤魔化している。私が本当の事を言うときは、その目的が達成された時だけだ。



 車は、ちょうど繁華街を抜け、家まで20分程の距離まで来た。
 そこで私はふと煙草が吸いたくなり、コンビニを見つけ車を止めた。車内で吸えないというのは面倒なものだ。
 車を降りてコンビニで缶コーヒーを購入し、煙草に火をつけた。味気無い一服と言うのが嫌で、私はほとんどの煙草を珈琲と共にのんだ。
 私は、いつの間にか消える煙の最期を目で追いながら、恋人が煙草も珈琲も、のみすぎは体に悪いよと口を酸っぱくして言っていたのを思い出していた。


 人は、結局のところ正直だ。
 私がサラリーマンを辞めると、一人一人徐々に連絡を取らなくなっていった。遂には、恋人も連絡がつかなくなってしまった。

 後悔はしていない。むしろ望んできた。それほど人に期待もしていなかったし、それにそんなに時間も無かった。

 タクシードライバーというのは、意外と忙しかった。と、いうよりも忙しく動いていなければ仕事にならないというのが正しいか。
 
 しかし、楽しくもあった。滅多にいないが、高速に乗るようなロングの客なんかは会話も弾み、降りる時には少し寂しさえ感じるもんだ。 
 他にも、集合場所を間違えた青い顔のサラリーマン、寝坊した花嫁、産気づいた妊婦、後ろで始めちゃうカップル、いちゃつく男同士、多種多様な人間を観察することができる。
 如何に私が今まで狭い世界で生きてきたか分かる。世の中が今まで以上に面白く思えた。


 一服を済ませ、軽く欠伸をした時、何か見られているような気配がした。目をやると、女が立っている。思わず私は頭から爪先まで見回してしまった。少し嫌な顔をされたが、それも仕方なかった。
 女は、本当に人形のようだった。目の覚めるような真っ白な肌。黒くつややかな髪。つぶらな瞳。小さく膨らんだ胸。細く伸びた足。
 目を奪われない方が不思議だ。

 「遠いんですがいいですか」

 私は、行き先も聞かずに、ただ頷いた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 1時間は走っただろうか。
 彼女の目的地は千葉だった。それだけ告げると、彼女は窓の外だけを見ていた。なんにも喋らず、車内はラジオも消され重い沈黙が支配していた。
 沈黙に耐えかねて何度か喋りかけたが、彼女は消え入りそうな声でポツリと答えるだけだった。私のハンドルを握る手は汗でぐっしょりと濡れていた。

 「タクシーをやってると一度は幽霊を乗せる。」

 そう断言していた先輩の言葉が頭から離れなくなっていた。
私は、いよいよ怖くなり恐る恐る聞いた。

 「幽霊じゃないですよね・・・」

 ミラー越しに彼女の口元が少し笑ったように見えた。私は、後ろを振り向きたい衝動に駆られた。背中に冷たい汗が伝う。

 「まだ違いますよ」

 彼女は、はっきりとそう答えた。
 私は、理解できなかった。



 それから彼女は身の上話を始めた。本気で怖がってる私が面白かったと、少し気が楽になったと笑いながら。

 彼女は、癌に侵されている事。長くなる入院生活の前に故郷を見たくなった事、自殺も考えていたこと。堰を切ったように話し始めた。
 私は、対向車に気をつけながら聞いていた。

 「話したら気が楽になりました。良かったら、あなたの事も聞かせてもらえませんか」

 彼女は長く喋りすぎたことを謝りながら、そう言った。

 私も、話した。大手の証券会社を辞めた事。そして、いなくなっていった人たちの事。恋人のこと。そこまで話すと、やはり彼女も多聞に漏れずいつもの質問をしてきた。

 「なんでタクシードライバーなんですか」

 「仲間探しかな。」

 彼女は小首をかしげていた。私は、少し笑った。
 彼女もつられて笑った。

 「仲間は見つかった?」

 「見つかった。」

 彼女は分からないままだったろうけど、良かったねと言ってくれた。私は答えずにアクセルを踏んだ。目的地はもうすぐだ。




 急に元気になった彼女は、話し足りないのだろう、さっきの私の怖がりぶりをからかいながら聞いてきた。

 「やっぱりタクシーって怖い話とかあるの?」

 「あるよ。」

 「どんなの?聞きたいな。」



 私は、少し間をおいて答えた。
 


 「ドライバーが自殺志願者。」

 そして私は対向車に向けてハンドルを大きく切った。

コメント(261)

こ、怖いげっそり
一緒に死ぬ人を
捜していたの〜?…がまん顔

一票げっそり

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