イエーツの会コミュのカスリイン・ニ・フウリガン

ネタですが、かなりそそられたので元ページの消滅を怖れて、コピペ(^^



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カスリイン・ニ・フウリガン　2002/6頃
（イエーツの戯曲に依る）


はじめに
　日本でワールドカップのあつたとき、フウリガンといふサッカーファンのやうな暴徒のやうな恐ろしいものが外国からやつて来るぞといふ話がありました。
　何でもこのフウリガンといふのは、もとはロンドンにゐた愛蘭人のフウリハン一家といふのが、ひいきチームのサッカーの試合のたびに狼藉至らざるところなき大暴れをしたことから生れた名前らしい。
　それで思ひ出したのですが、イエーツに、愛蘭独立運動に身を投じる若者たちを描いた『カスリイン・ニ・フウリハン』といふ戯曲があるのです。そこで書いてみたのがこんな文章です。



登場人物
ピイタア（父）
ブリヂッド（母）
マイケル（兄）
パトリック（弟）
デリヤ・ケエル（マイケルの許嫁）
老女
近所の人たち



（農家の内部）
ピイタア　 あの声は何だらう？

パトリック　 俺にはなんにも聞えない。（聞く）ああ、きこえる。何かはやしてゐるやうだ。

ピイタア　 愛蘭戦をやつてゐるんぢやないか。

ブリヂッド　 愛蘭はスペインに負けたのでせう。（沈黙）ピイタア、こつちへ来てマイケルの婚礼の着物を見て下さい。

ピイタア　 どうも、たいした着物だ。

パトリック （窓のところに立つて）　往来を年寄の女が歩いて来るよ。ここの家へ来るんだらうか？

ブリヂッド　 だれだかがマイケルの婚礼のことを聞きに来たんだらう。だれだか、お前に分かるかい？

パトリック　 よその土地の人らしい、この家に来るんぢやない。坂のところで曲つて行つた。こなひだの晩四つ角のウィニイが言つた事を覚えてゐるかい。戦争か何かわるい事が起る前に不思議な女が国ぢゅう歩きまはるといふ話を？

ブリヂッド　 そんな話より、兄さんに戸を開けておやり。いま帰つて来たらしい。

（パトリック戸を開ける、マイケル入る）

ブリヂッド　 何で手間がとれたのマイケル？　さつきからみんなで待つてゐたんだよ。

パトリック （窓から此方に向き）　また町の方ではやしてゐるよ。

ピイタア　 それにしてもあのＰＫ戦がなあ。

（ブリヂッド、ピイタアを睨む、ピイタア黙りこむ）

パトリック　 俺は外へいつてくるよ。兄さんにデリヤ・ケエルを迎へにいく。

（パトリック外へ出る、マイケル戸口に行きしばらくそこに立つてゐる、片手を目の上にかざして）

ブリヂッド　 何か見えるかい？

マイケル　 年寄の女がこの路を上がつて来る。

ブリヂッド　 何処かの貧乏な女が、わたしたちが婚礼の支度をしてゐるのを聞いて、物を貰ひに来たのかも知れない。

マイケル　 お父さん、そら、そこへ来たよ。（一人の老女ゆつくり窓の外を通る、通るときにマイケルをぢつと見る）

ブリヂッド　 戸をおあけ、マイケル、かはいさうな女の人を待たせないで。

（老女入り来る。）

老女　 こんちは。

ピイタア　 こんちは。

ピイタア　 けふは遠くから来たのかい？

老女　 遠くから、たいへん遠くから来たよ、わたしほど遠いとこを旅をして来たものはどこにもありやしない。

ピイタア　 生れはどこだい。

老女　 はじめはロンドンだつたと皆が言ふ。けれど私はほんたうは愛蘭の生れなのだ。だのにわたしを家に入れてくれない人がいくらもゐるよ。

ピイタア　 だれでも、自分の家がないといふのは、なさけないことだ。

老女　 ほんたうにさうだよ。わたしがまごつき歩いてるのも長いことさ、初めて宿なしになつたときから。

ブリヂッド　 そんなに長く旅をしてゐてそんなに弱りもしないのは不思議だわねえ。

老女　 時々は足が草臥れることもあるけれど、わたしの手は休まない。だつてわたしは手を使ふことができない人たちのかはりをしてゐるのだもの。

ブリヂッド　 どうした訳で旅を始めたの？

老女　 あんまりたくさん球蹴りを見たので。

ピイタア　 はやしてゐる声を聞いたかね、丘を上がつて来るとき？

老女　 むかしわたしの友だちがわたしを訪ねて来た時にいつでも聞いたやうな声をいま聞いたと思つた。（自分ひとりだけに小声でうたひ始める）
わたしもあの子と一緒に泣きませう
髪の黄ろいドノオが死んだ
棍棒でうたれて
マンチェスタアの試合の日に

マイケル　 その人は何のために死んだんだい？

老女　 わたしを愛するために死んだ。わたしを愛するために大勢の人が死んだよ。

ピイタア （ブリヂッドに）　苦労したために気が変になつてゐるんだ。

ブリヂッド　 おばあさん、牛乳を飲むかい？

老女　 食べる物や飲む物は欲しくない。（ピイタアがシリングを出したのに）かういふ物は欲しくない。わたしは銀貨が欲しいんぢやない。

ピイタア　 何が欲しいんだ？

老女　 誰でもわたしを助けようと思へば、自分自身をわたしにくれなけりや、わたしにすつかりくれなけりや。

マイケル　 放浪をしてゐたら寂しいだらうね、おばあさん？

老女　 わたしはいろいろな事を考へていろいろな事を望んでゐるよ。

ピイタア　 それあいい話だ。ロイ・キインのかんしやくが治るやう望んでおくれ。

ブリヂッド　 あなた。

（ピイタア黙る。マイケル老女に近寄つて行く）

マイケル　 どんな事をのぞんでゐるんだい？

老女　 また祭の輪へ乗り込んで行く希望と、それから、他人をその輪から追ひ出さうといふ希望と。

マイケル　 どうすればそれが出来る？

老女　 わたしを助けてくれるいい友達があるから。わたしを助けようとして今みんなが集まるところだ。わたしはおそれやしない。もしあの人たちが今日負けても明日は勝つだらうから。

マイケル　 一しよに行つてあげよう。

ブリヂッド　 マイケル。

老女　 結婚しようとする男に助けて貰はうとは思ひやしないよ。四年か八年した後に子供を連れていつしよに来るがいいよ。

ブリヂッド　 おばあさん、まだお前さんの名を聞かなかつたね。

老女　 ある人はわたしのことを「らんぼうな年より」と言つてゐる、ある人は「フウリガンの娘のカスリイン」と言つてゐる。

マイケル　 その言葉の意味をおれは忘れてしまつたが、何かおれに出来る事があれば言つておくれ。

老女　 わたしを助けてくれる人たちはつらい仕事をしなくつちやならないよ。顔はすつかり白と緑と橙に塗られてしまふ。遠くの国にいくのに飛行機にのるときも、金を払はないので誰もありがたうとも言つてくれない。いろんな好い計画は破れ、審判はいつでもその人たちの好みとちがふ笛を吹く。いちばんつらいのは、その人たちが誰よりも愛する二十三人の人たちが、自分たちのことをよろこんでくれないことだ。それでも、その人たちは十分な報いを受けたと思ふだらう。

（老女出て行く、彼女のうたふ声が外にきこえる）

ピイタア （呟く）　二十二人ぢやなかつたかな。

ブリヂッド　 そんな事はどうでも良い。（声を高くして）これをご覧よ、マイケル、婚礼の服を。ずゐぶん立派だねえ？　いま着てみた方がいいよ、これを持つてつて、向ふの部屋で着てみておくれ。

マイケル　 何の婚礼の話をしてゐるんだい？　あすおれがどんな服を着るつて話だい？

ブリヂッド　 あしたお前がデリヤ・ケエルと結婚する時に着る服ぢやないか。

マイケル　 忘れてゐた。

（服を見て奥の部屋の方に行かうとする、そとでまたはやす声がすると立止る）

（近所の人たちどやどや入つて来る、パトリックとデリヤ・ケエルも彼等と一しよにゐる）

パトリック　 みんなが空港へいくよ、三時に成田行の便が出るとこだ！

（マイケルの腕から婚礼の服がすべり落ちる）

デリヤ　 マイケル！　（マイケル気がつかない）マイケル！　（マイケル彼女の方に向く）どうしてあたしを知らない人みたいに見るの？

（彼女マイケルの手をはなしブリヂッド彼女のそばに行く）

ブリヂッド （ピイタアに）　行くなと言つて下さい、ピイタア。

ピイタア　 言つたつて駄目だ。われわれの言つてることは一言も聞いてやしない。

デリヤ　 マイケル、マイケル！　あたしを捨ててゆきはしないでせう。球蹴りきちがひの人たちと一緒になりはしないでせう、あたしたちは結婚するところぢやありませんか！

（デリヤ腕を彼の身に巻く、マイケル彼女の方に向いてその意に従はうとする）

（家のそとに老女の声がする）

（マイケル、デリヤから身を振りはなして暫時入口に立つ、やがて駆け出す、老女の声のあとを追つて。ブリヂッド静かに泣いてゐるデリヤを自分の腕に抱く）

ピイタア （パトリックの腕に片手をかけて訊く）　年よりの女がそこの路を下りてゆくのを見なかつたか？

パトリック　 見なかつた、大勢の人が行つたよ。手に火炎瓶を持つてゐた。



（了）