memo　メモ　めもコミュのメモ　300109

精神の生態学　著：グレゴリー・ベイトソン

第三編　関係と病理　3

●学習とコミュニケーションの階型論

クラスはそれ自体のメンバーには決してなりえないこと。クラスのクラスはそれがメンバーとするクラスのメンバーには決してなりえないこと。
p.383

行動科学の理論の中に、ものの名前と名付けられたものとを混同するような-湯気立ち上る料理をメニューの紙切れと混同するような-論理階型づけのミスが見られるのは、決して珍しくはないのだ。
p.383

すなわち学習を平板的に見て行くのではなく、それを見るわれわれの思考の中に、異なった論理レベルの設定をはかる事。物理的思考の中では、「物体の運動」というような、もっとも単純で日常的な変化さえ、「定位置（ゼロ運動）」「定速度」「加速度」「加速度変化率」・・・というヒエラルキー構造に収められているわけである。
p.387
■ニュートン力学における微積分による階層の変化、もっと単純に考えれば微積分における階層の変化、と考えるべきか？変化率を求める、傾きaを求めるということとヒエラルキー構造、というくらいにシンプルに考えたい。

反応が一定しているケースを考え、これを「ゼロ学習」と呼ぶことにしたい。一つの感覚的インプット項目が繰り返し与えれるとき、それに対する反応の揺れが、最小限であるようなケースである。このような単純さに（近似的に）収まる現象は、いろいろなコンテクストのなかで起こる。

a- 心理学のラボで、“学習”が完了したケース。このとき被験者である動物は、繰り返し与えられる刺激に対して、正しい反応を100％に近い確率で示す。
b- 「慣れ」の形成。以前はそのつど反応していた刺激が、もはや動物を“刺激”しなくなり、それに対する明確な反応が見られなくなったケース。
c- 反応のパターンの決定に、経験があずかる部分がゼロに等しく、ほとんどすべてが遺伝的要因によって決定されているケース。
d- 反応がステレオタイプなものに収まり切ってしまったケース
e- 単純なエレクトロニクスの回路で、回路内のインパルスの流れによって回路構造が変化しない-すなわち“刺激”と“反応”の因果的繋がりが工学用語でいう「鑞接」の状態になっている-ケース。
p.387-388

これと対照的に有機体は、“プレイヤー”には不可能なさまざまのしくじり方をすることができる。これら選択のエラーから、後のその有機体の技量に役立つ情報が得られる場合、それらにエラーに、われわれは「失敗」という適切な呼び名を与えるようだ。これらはみな、情報が入手可能であるのに。それが無視されたり誤って使われたりするケースである。これら利得的エラーにはどのような種類があるか、以下に見て行こう。
　外的な出来事のシステムに、有機体がそこから次の二点に関する情報を引き出すことのできるディテールが含まれている、とする。
a- さまざまな選択肢集合のうち、どれを前にして選択を行なうのか。
b- 選び取った選択肢集合のうちのどのメンバーを選び取るのか
この状況の下では。二つのオーダーにおけるエラーが生じうる。

1.有機体が、正しい選択肢集合を選びながら、その集合内の誤った選択肢を選ぶエラー
2.選択肢集合の選択に誤るエラー。（複数の選択肢集合が共通のメンバーを持つケースでは、誤った理由によって“正しい”行動が為されるという事態が発生する。この種類の誤りは、自己強化的な[その生物にしみついていく]性格をもつ。）
p.390

時刻t1における反応とは違った反応が、t2において観察される現象の集合。そこには経験的・生理的・遺伝的・機械的プロセスにさまざまに結びついたケース群が含まれる。

☆☆☆☆
a- 「慣れ」の現象。ある出来事の繰り返しに対して、そのつど反応を示していたものが、明らかな反応を示さなくなる変化である。（刺激となる出来事の間に時間的間隔が一定限度以上あいたり、他の理由で刺激が刺激として届かなくなる事で起こる）慣れの消失も、同じ項にまとめられる。（この現象は興味深いことに、神経組織を持たない細胞においても起こる。細胞の原形質はふつう刺激に対する反応の固定-われわれが「ゼロ学習」と呼ぶもの-を特徴とするのだが、ここでも慣れの現象だけは起こるのだ。それ以外の学習ⅰは、おそらくすべて、神経回路の存在を必要とするだろう。）
b- パヴロフ心理学の古典的条件付けのケース。ブザーの音に対して、時刻t1にはヨダレをたらさなかった犬が、t2にはヨダレをたらす。これは最もよく親しまれた、おそらく最もよく研究されるケースである。
c- 報酬または懲罰をともなう“道具的”コンテクストで起こる学習。
d- 機械的反復学習。生命体の行動の一項目が別の行動項目に対する刺激となって働くものである。
e- 一度できあがった学習が、崩壊したり消失したり抑制されたりするケース。強化の変化や欠如にともなって起こりうるケース。
p.392

本論は、行動の研究が論理階型理論にしたがって秩序だてられることを主張するものだが、それが依って立つ第一の基盤として、わたしは「同じコンテクストが繰り返し現れうる」という慣行的な前提を受け入れる。コンテクストの再現という前提なしには、（そしてまた、研究の対象である生物自身の経験の連続がなんらかの形で「同じ」状況の中に括り取られると考えるのではなくて）全ての学習は一つのタイプ、すなわち「ゼロ学習」に収まるしかない。パヴロフの犬も、そのニューロン回路に「t1・コンテクストA=ヨダレを垂らさず、t2・コンテストB=ヨダレたらす」というプログラムが、はじめから固定的に据え付けられていると考えるしかなくなってしまうのだ。そうなると、われわれが「学習」と呼んで来たものものが、「t1における出来事プラスt2における出来事」との単なる「識別」以上のものではないということになってしまう。ある動物行動をまえにして。それが学習されたものか生得のものかを問う疑問は、すべて後者を正解とすることで解決を見ることになってしまうのである。
p.393

コンテクストとは、有機体に対し、次に行なうべき選択の選択肢群がどれであるかを告げる出来事すべてに対する集合的総称である。
p.394

二つのコンテクストを分類し、その違いを画す具体的なシグナルないしラベルがないままに、有機体がその場その場で、自分の置かれたコンテクストを構成する“なま”の出来事の集体との、直接的関わりのなかで情報を得て行かなくてはならない事も、実際多いだろう。しかし、人間生活にあっては-またおそらく多くの動物の生活においても-コンテクストの分類を主要な働きとするシグナルが生じている。
p.395

「行為と経験の流れが区切られ、独立したコンテクストとして括り取られる、その括られ方の変化。そのさいに使われるコンテクスト・マーカーの変化を伴う。」
p.400

☆☆☆☆
有名な「神経症生成実験」で起きる現象も、学習ⅱの一例だ。これは典型的には以下の形をとる。まず、任意の二者X、Y（例えば円と楕円）を選んで、これを識別するように、被験動物をパヴロフ的または道具的コンテクストで訓練する。両者の見分けがつくようになったところで、問題の難度を引き上げて行く。楕円をだんだん丸くして、円をだんだん平たくするということをやるわけだ。やがて識別不能の段階に達するが、この時点で動物は、かなり重度の精神的混乱をきたすようになる。
　ところが、?Xが完全にランダムにAの意味にもBの意味にもなるという状況に、学習実験に未経験なイヌを置いた場合、錯乱的行動は観察されないし、また?これが「実験」だとイヌに指し示す、ラボに備わった種々のコンテクスト・マーカーを欠いた場所で実験をやった場合にも、神経症は生成されないのである。
p.403
この事実が示しているのは、錯乱的行動を生成しようとするなら、その準備として、イヌにある学習ⅱをさせておかなくてはならないということのようである。実験の順を追ってみよう。まず最初に「これは識別のコンテクストだ」というメッセージがイヌに伝えられる。そして、問題の難度がアップしていくごとに、そのメッセージが強調されて行く。ところが、“問題”が識別不能の段階に達したところで、コンテクストの構造は一変する。イヌが状況判断によるべとするコンテクスト・マーカー（ラボ特有の匂いや、実験中の拘束ベルト）が、自分を欺くためのものでしかなくなってしまう、そういう状況が現れれるのだ。この実験シークエンス全体が、学習ⅱのレベルでの誤りに、イヌを巧妙に誘導する仕掛けになっているのである。
　わたしはこれを、イヌが典型的な「ダブルバインド」状況に置かれた、という言い方で捉えている。この状況は分裂症生成的である。
p.404
■絵画におけるフレームとは、コンテクストマーカーであろう。

☆☆☆☆
こうした曖昧さを引き受けて思考するとき、二人の人の間で続いて行くやりとりを構造づけるものは、実に当人の捉え方以外にはないのだという結論に到達するしかない。あの人は、このやりとりを、どういうコンテクストがどういうコンテクストへ続いて行く連続だと捉えているのか-そういう問いしか成立たないのだ。そして、その人がシークエンスを構造づけるその人なりのやり方は、その人が過去にどんな学習（ⅱ）を積んで来たのかと言う事によって、（そしておそらくはそれに遺伝的要因が絡まって）決定されてくるのである。
p.407

☆☆☆☆
　答えは、われわれが論じている現象の本性に求められるようだ。学習ⅱにおいて習得されるのは、連続する事象の流れを区切ってまとめる、そのまとめ方である。
　しかしこのまとめ方というものは、正しかったり誤っていたりする性格のものではない。このレベルの学習で習得されるものの中に、現実に照らし合わせてテスト出来るようなものは含まれていないのである。
p.408
われわれは「コンテクスト」というものを外的な出来事ばかりではなくて、当の有機体の行動自体も含む全体として規定した。そのコンテクストを構成する行動が、過去になされた学習ⅱに支配されると言う事は、有機体が、自分の期待する型に全体のコンテクストが収まっているように行動して行く、ということに他ならない。学習ⅱの学習内容が、このようにそれ自体を妥当化するはたらきを持つ結果、このレベルの学習は、一度なされてしまうと、根本から消し去る事はほとんど不可能になる。つまり、「三つ児」の時の学習（ⅱ）されたことは、「百まで」続く。逆に、ある成人による事象のまとめ方、特にその重要なものは、多くが幼年期に根を持つと考えて間違いないだろう。
p.409

「性格」と呼ばれる、その人に染込んださまざまの前提-その人の“自己”を規定するもの-は、何の役に立つかと言う問いに、「それによって生のシークエンスの多くを、いちいち抽象的・哲学的・美的・倫理的に分析する手間が省ける」という答えを用意したわけである。「これが優れた音楽かどうか知らないが、しかし私は好きだ」という対処の仕方が、性格の獲得によって可能になる、という考え方である。
p.412

「慣れたらいかん。何であれ、習慣づいてしまたらおしまいじゃ。」
習慣の束縛から解放されるということが、“自己”の根本的な組み替えを伴うのは確実である。
p.413

ⅰのレベルでは、魚をもらった事実が、自分のなしたある特定の行為の“正しさ”と結びつく。ⅱのレベルでは、魚をもらったことで、調教士に対する自分の関係のあり方の認識（“道具的”な依存的なものに違いないという思い）が確認される。～、しかし、では?のレベルで、「強化」とは-イルカにとって、人間にとって-何なのだろう。
p.415

ⅱのレベルで生じる矛盾が、有機体を?のレベルに追いやると考えが正しいとすれば、その矛盾の解消が、?のレベルでの強化になるという考え方が成立ちそうである。その解消のかたちはいくつも考えられるだろう。
　?のレベルへのジャンプは、試みるだけで危険を伴うものなのである。その落伍者はしばしば、精神医学によって「精神病者」のレッテルが貼られる。彼らの中には、一人称代名詞の使用に困難をおぼえるようになってしまう者も多いのだ。
　それより“いい結果”が出た場合として、ⅱのレベルで習得されていたことの多くが崩壊するかたちで、矛盾の解消が得られるケースが考えられる。空腹感がものを食べる行為へ直接的につながるような単純さが、そこに現れるだろう。そこはすでに、「自己」がその人的行動の組織者としてのはたらきを停止した領域であり、彼らこそ、失われることのない無垢の保持者だといえる。
p.415

学習?が、きわめて創造的に展開した場合、矛盾の解消とともに、個人的アイデンティティーがすべての関係的プロセスのなかへ溶出した世界が現出することになるかもしれない。この、宇宙的な相互作用のエコロジーと美の中で、生存が成立つこと自体奇跡的といえようが、このレベルにのぼりつめた人はおそらく、経験の微細なところに意識をフォーカスする術を身につけるなどして、大洋的感覚へ溺れてくことをくいとめているのだろう。細微なディテールのひとつひとつから、宇宙全体の姿が現れ出る。ブレイクが「無垢の兆し」に書いた、あの有名なアドヴァイスは、これらの人達に宛てられたものであるに違いない。
p.415

本稿はその全体を、C2とC3との関係をC1とC2との関係と比較する事は出来ないという論理的足場の上に築いたものである。～、
　いままで見て来たヒエラルキーのなかに収まらない学習とは、どのようなものか。どんな学習が各レベルの間の関係に関わるものとして、ヒエラルキーのわきに位置するのか。その例を見つける作業が、論の次のステップをなす。これは別稿で（「プリミティブな芸術の様式と優美と情報」）論じたところだが、「芸術」が関わっているのが、まさにこの種の学習であるとは言えないだろうか。芸術の行為は、学習ⅱによって習得された無意識的な前提と、より個別的な意識内容および具体的行為の間に橋を架けるものだとわたしは考える。
p.418