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科学は愛ですコミュのグアンタナモの元警備兵が、政治的拘留者に対する暴力を告白する

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弥勒菩薩・ラエルのコメント:
”民主主義の文明国”によって引き起こされることを、世界全体が見ていま
す。その国の大統領オバマは、ノーベル平和賞受賞者です(ノーベル賞委員
会の恥)。アメリカ人についての私の希望は、”非民主主義で非文明国”で
あるアメリカは決して自国の軍人を”拘留”しなくなるだろうということで
す。というのもその国は、アメリカ人がグアンタナモで見せた同じ尊重を、
ジュネーブ協定に対して見せる資格を必ず与えられるからです。
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■. グアンタナモの元警備兵が、政治的拘留者に対する暴力を告白する
Ex-Guantanamo guard tells of violence against detainees
(ラエルサイエンス英語版10月30日配信分)
 Source: http://edition.cnn.com/2011/10/28/world/meast/guantanamo-guard/?hpt=hp_c2


オバマ大統領がテロリスト疑いの人々の収容するグアンタナモ収容所を閉鎖すると公言して
から3年、そのキューバにある収容所はいまだ開いています。

一時、750人以上が収容されていましたが、今は200人程です。

2000年6月、今31才のネーリーは、軍隊の警官として入隊しました。その後、テキサス
のフッド駐屯地に配属されました。

2002年1月、ネーリーはグアンタナモ湾行きの飛行機に乗っていました。その収容所が何
なのかよく知らずに、6ヶ月の配属を命ぜられたのです。

「ある朝、私は兵舎で寝ていました。彼らはドアを叩き、2つの配属があると言いました。」
ネーリーはその内の一つに同意しました。次の日、彼はグアンタナモに配置されると知らされ
ました。「前線に行かず、グアンタナモに配置されると知ったときは、気が動転しました。」

テロリストがどんな人たちなのか全く知りませんでした。彼らの多くは小さく、栄養失調だった
のでショックを受けました。

上官はここは拘留施設で、ジュネーブ協定は適用されない場所であると述べました。彼の部隊は
最初の拘留者が来る数日前に到着しました。

彼の任務は尋問ではなく、拘留者をシャワーや医療検査に連れて行ったり、独房のバケツに水を
入れたりすることでした。

任務の初日、彼ともう一人の警備兵は、一人の拘留者をアルファ・ブロックへ連れて行きま
した。拘留者は目隠しのゴーグルを着け、手錠をされていました。その拘留者は歩き始めました
が、体を揺り動かし、歩かなくなりました。「私たちは彼に速く歩くよう叫びました。そして、
彼を地面から持ち上げて運びました。」

拘留者の手錠を取ろうとすると、ぐいぐいと動き続けました。「私は彼を地面に叩きつけ、彼の
上にまたがりました。そして彼の首をコンクリートの床に押し続けました。結局、彼は手錠を
されたまま、独房に長い間放置されました。」

数週間後、ネーリーは英語を話す拘留者になぜ彼が抵抗し続けたのか理由を聞きました。多く
の拘留者はひざまづいて手錠を外されると、処刑されると思っていたのです。ネーリーは自分を
恥ずかしく感じました。

彼は6ヶ月の間、他の警備兵によるひどい仕打ちを目撃しました。

ある拘留者は、栄養失調を防ぐためのプロテインの飲み物を飲むことを拒否しました。IRF
(緊急反応部隊)はその拘留者を鎮圧用の盾で殴りました。そして首をつかみ、プロテインを
口の中に入れました。しかし、彼は飲み込みませんでした。すると衛生兵が彼を殴り、何事も
なかったように独房から出て行きました。拘留者は両手足を縛られ、数時間そのままにされ
ました。後にその拘留者は毒を飲まされると思っていたことが分かりました。

ある拘留者が女性の警護兵についてとやかく批判したとき、IRFがブラボーブロックに呼ばれ
ました。拘留者は手を頭につけ、背中を向けるよう言われました。IRFチームは独房を開け、
防護用の盾を投げ、拘留者の背中にジャンプして膝蹴りをしました。そして彼の上に馬乗りに
なりました。他の4人の男たちも彼をパンチし始めました。そしてその女性警護兵もパンチする
よう呼ばれ、彼女はそうしました。それらの虐待が終わったとき、その拘留者は血を流し気絶
して、病院に運ばれました。後に彼は告訴なしに釈放されました。

ネーリーは英語を話す2人の拘留者、イギリス出身のルハール・アメッドとシャフィク・ラスル
との会話をよく思い出します。「私は収容所での全ての話を聞いて、彼らのことがいつも心配
でした。彼らとはラッパーのエミネムやドクタードレらの音楽の話など、ごく普通の話題を
しゃべりました。彼らはロンドン出身だと言いました。それは不思議な感じでした。独房の
向こうには彼がいて、私は外にいます。しかし、彼は私がアメリカでしていることと実際同じ
ようなことをたくさんしているのです。私たちには共通のものがあったのです。」

その2人は2004年にイギリスに移送されました。彼らはラムズフェルドを訴えましたが、裁判は
却下されました。なぜならその虐待があったのは、アメリカ最高裁判所が憲法はグアンタナモ
の拘留者にも適用されると述べる前だったからです。

ネーリーは6ヶ月の任務を終えてフッド駐屯地に戻りました。収容所を去るときに、外に情報を
漏らさないようサインをさせられました。それはお決まりの約束ごとでした。もしマスコミに
言ったり、本や映画にしたら処刑されると言われました。

しかし、彼はグアンタナモでの経験を公にしました。なぜなら、彼はグアンタナモやイラクに
おけるアメリカの政策に不賛成だからです。彼はカリフォルニア大学の人権研究センターでも
証言しました。「この国のために戦い、死ぬのはかまいません。しかし、私は信じていないもの
のために殺したり、殺されたりはしません。」と彼は言います。

ネーリーは2005年に軍隊を辞めました。彼は今、テキサスで警察官をしており、3人の子供
を育てています。彼はグアンタナモ収容所は閉鎖すべきと考えています。

ネーリーはフェイス・ブックでラスルと連絡を取り、2年前ラスルとアメッドに会いました。
グアンタナモに自分が関わっていたことを謝るため、彼らと連絡を取ったのです。「彼らと
会うことにとても不安を感じました。彼らは私を憎んだり、罵ったりするのでは、と思いま
した。しかし実際のところ、私がロンドンを去るとき、着いた時よりもっと仲良くなった2人の
友人を後にすることになりました。」

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