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科学は愛ですコミュの6カ月前から極秘裏に準備が進められていたガザ全面攻撃

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(War of Choice: How Israel Manufactured the Gaza Escalation:1月10日英語版配信分)

バラク・ラヴィッド(ハアレツ記者)
ハアレツ、2008年12月28日

長期にわたる周到な準備、徹底的な情報収集、極秘のトップ協議、偽情報に
よる誘導操作──27日(土)朝に始まったガザ地区のハマースを標的とする
イスラエル軍の軍事行動、Cast Lead作戦の背後には、こうした様々な工作
があった。

意図的な偽情報を流しつづけたことで、ハマースは不意をつかれる結果とな
り、それが死者数の大幅な増加につながったと、複数の国防省職員は語った。

国防省内の複数の情報源によると、エフード・バラク国防相が軍に今回の軍
事作戦の準備開始を命じたのは6カ月前。つまり、ハマース相手の停戦合意
交渉を始めたばかりの時に、すでに全面攻撃の準備に着手していたというこ
とである。この時、バラクは、停戦がハマースにとって対イスラエル決戦の
準備期間になる可能性はあるとしても、イスラエル軍もまた同様に準備期間
が必要だと主張したという。

バラクは、ハマースの治安関連のインフラをはじめ、ガザ地区で活動するす
べての武装組織の活動拠点・関連施設を突き止める包括的な情報収集活動を
開始せよと指令を出した。

この結果、組織の固定拠点、武器庫、訓練キャンプ、組織幹部の居宅、その
他関連施設に関する詳細な情報がもたらされた。

1 カ月前(停戦期間中)、パレスチナ武装集団がイスラエル攻撃用の武器・
備品調達に使っている(と軍は言っている)トンネルを破壊するために、イ
スラエル軍はガザ侵攻を敢行し、緊張が高まったが、この時点では、現在
Cast Lead作戦で実行されているアクションプランはまだ青写真にとどまっ
ていた。

11 月19日、パレスチナから10数発のカッサーム・ロケットと迫撃砲がイス
ラエルに撃ち込まれたのを受けて、バラクに、いよいよ作戦実行への最終承
認が求められることになった。12月18日(木)、エフード・オルメルト首相
とバラク国防相は、テル・アヴィヴのイスラエル軍司令部で、CastLead作戦
を承認するための協議を行なった。

だが、ふたりは、停戦協定の期限(12月19日)が過ぎたのちのハマースの攻
撃の状況を確認するまで実行を保留することにした。したがって、閣僚たち
に計画を明らかにして承認を得るのも先送りにしたわけだが、しかし、ツィ
ピ・リヴニ外相にだけは事態の進行状況を伝えた。

このテル・アヴィヴ会談の夜、首相府の情報源は、メディアを前に、「ガザ
からの攻撃が続くなら、ハマースとの決戦は避けられないだろう」と語った。
週末には、オルメルト内閣の数人の閣僚が、ハマースのカッサーム攻撃に応
酬しないことに対してオルメルトとバラクを激しく非難した。

この非難に対し、バラクは「こういうふうにギャアギャア言われていたら、
エンテベ作戦や6日戦争は実行さえできなかっただろう」と応じた。水曜
(24日)になってようやく閣僚会議が開かれたが、首相府はメディアに対し
ては、全世界的なジハードをめぐっての協議が行なわれると嘘の情報を伝え
た。閣僚たちも、当日の朝になって初めて、実際の協議内容がガザでの軍事
作戦に関連するものであることを知った。

[注:エンテベ作戦=1976年7月3日深夜から4日朝にかけて、ウガンダのエ
ンテベ空港で、ハイジャックされたフランスの旅客機にイスラエル軍が奇襲
攻撃をかけた事件。6日戦争=1967年6日5 日のイスラエルの先制攻撃で始まっ
た第3次中東戦争。勝敗は6日で決し、これ以降、イスラエルによるパレスチ
ナの全面占領が始まった。]

首相府が出した、この閣僚会議の要約発表では、35のイスラーム組織の非合
法化に関して丸々1ページがさかれているのに対し、ガザの状況に関しては
わずか1行しか触れられていない。

閣僚会議で実際に行なわれたのは、軍事作戦に関する5時間に及ぶ協議だっ
た。閣僚には実際の作戦行動の様々なアクションプランが伝えられた。「極
めて詳細な内容だった」と閣僚のひとりは語った。

この閣僚は続けて、「我々がどのような事態に向かいつつあるのか、これに
よってどのようなシナリオが現出することになるのか、参加者全員が十全に
理解した。自分が何に賛成することになるのかわからないなど、誰にも言う
ことはできなかった」と語り、さらに、この会議は、2006年の第2次レバノ
ン戦争の際の意思決定者たちのやり方をめぐってのウィノグラード委員会の
教訓が、各人の意識に「充分に浸透していた」ことを示すものだったと述べ
た。

[注:2007年、レバノン侵攻の経緯を調査していた国会の独立調査委員会ウィ
ノグラード委員会が中間報告を発表、開戦決断を軽率と批判し、作戦を立案
・指揮したオルメルト首相、アミール・ペレツ国防相、ダン・ハルーツ参謀
総長(当時)を強く批判した。]

会議終了時、全会一致で攻撃賛成の決定がなされた。実行の期日は、首相、
国防相、外相に委ねられることになった。
 
バラクは作戦実行に当たる軍幹部らと最後の詳細な詰めの打ち合わせを行な
い、リヴニはカイロに飛んで、エジプトの大統領、ホスニー・ムバーラクに、
イスラエルがハマースへの攻撃を決断したことを知らせた。

一方で、イスラエルは、ガザ地区への複数の検問所が開かれる、攻撃開始の
時期は日曜(28日)にさらに3回の協議を重ねてのちに決定すると、偽情報
を流しつづけた。実際に作戦が開始されたのは、日曜の前日、27日である。

「水曜(24日)の閣僚会議ののち、ハマースは司令部の人員をいったん全員
避難させたんですが、日曜(28日)まで事態は動かないと聞いて、また人員
を戻したんです」と、国防省職員のひとりは語った。

最終決定は金曜(26日)の朝に下された。バラクは参謀総長ガビ・アシュケ
ナージ、国家保安機関シンベト長官ユヴァル・ディスキン、軍事情報管理局
長アモス・ヤドリンと会い、その後、オルメルト、リヴニと数時間にわたっ
て最後の協議を行なった。この会議中に、3人は空軍に指令を発した。

野党の党首たちや主要な政治家--リクード党首ベンヤミン・ネタニエフ、
「イスラエル我が家」党首アヴィグドール・リーバーマン、メレツのハイム
・オロン、シモン・ペレス大統領、クネセット(国会)議長ダリア・イツィ
クら--に、目前に迫ったガザ攻撃の情報が伝えられたのは、金曜の夜と土曜
(作戦実行当日)の朝のことだった。



[パレスチナ情報センター]
http://palestine-heiwa.org/news/200901030059.htm

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