ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

あのころのライオンズ。コミュのあのころな雑談

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
雑談用を作ってみました。
テーマフリーなあのころ談話をどうぞ。

コメント(114)

先日の清原の引退発表会見を見て、涙が出ました。
本当にオツカレサマでしたと言いたい!
胴上げしてあげたい!

あのころのライオンズ選手が次々といなくなり、淋しいですね(ToT)
今度は監督として、あのころなメンバーがたくさん顔を合わせるのかもしれないけど・・・・
打てよバンバン〜打てよバンバン〜打てよバンバンバークレオ〜♪
でしたっけ?w日本の二軍で育ち、一年だけ確変しましたね。
その後、西武の真似して、巨人がデラクルーズ、近鉄がカンセコ弟を育成しようとしましたが、モノになりませんでした。
デストラーデ、郭がいたため、出番も減り、広島に移籍しましたが駄目でした。
広島では右投手の時に、よく起用されていましたが、この選手は左腕投手の逃げる球のほうが強かったんですよね。
昔の西武のキャップって今はもう売ってないのでしょうか?

今販売されているキャップは正面にレオマークだけしかないので、昔のようにレオマークのしたに筆記体で「Lions」と書かれている方がカッコいいのになと思うのです。
あのころ、ライオンズキャラクター缶ペンに『YES,WE CAN!』と書いてあったかと。
時代の先取りやな。
 2006年松坂投手のライオンズでのラスト登板を観戦した際に西武ドームの事務所にて歴代のペナントなどを撮影したものをアップしましたカメラ

 よかったらご覧ください手(パー)

http://mixi.jp/view_album.pl?id=30593935&owner_id=5052076&mode=photo
あのころとは、少しずれちゃうのかな…?

1982年の日本一に関する記事です。

西武ライオンズとなって、初の日本一を獲得した事が、
書かれています。

ちなみに、未だ現役の工藤公康投手・前監督伊東勤氏が入団した年でもあります。

http://fan.npb.or.jp/60th/history/1982.html

黄金時代の幕開け元年と言ったところでしょうか。
いずれにせよ、懐かしいです。
ちょうど今、NHKでオリックスVS西武戦を放送していますが、西武ナインはユニフォームが黄金期の物です。

「スカイブルーにレオマーク」


やっぱカッコいいなぁと改めて実感です。

始球式が田淵幸一vs今井雄太郎!
泣きそうになりますた…

阪急ユニも改めて見てもカッコイイ。
応援歌は背番号に合わせて使ってるんじゃないですかね?
あの頃の西武を考えると、
セリーグでぶっちぎりの優勝して日本シリーズに出てきた巨人に
4タテくらわした年と、別の年だったかもしれないが、
外野へのシングルで、1塁ランナーがホームインしたやつは
外せない気がする・・・選手も凄かったが、3塁コーチャー伊原とか、
コーチ陣も凄かったんだよね。
それは87年ですね。外野手クロマティの緩慢な送球と、ショート川相が送球する時に一回フェイクするクセを西武のスタッフは事前に知っていたので、センターに打球が飛んだら突っ込ませるつもりだったそうです。センターフライで2塁からタッチアップでホームインしたシーンもありましたね。
92年の対ヤクルトとの日本シリーズ第6戦の9回表、秋山のライト前ヒットで一塁ランナー大塚が同点のホームを踏むというシーンもありました。走塁で鳥肌が立ったのは生まれて初めてでした。さらに凄いのは、西武ベンチは同点に追いついた喜びより、送球の間に2塁に進塁しなかったバッターランナーの秋山を責めていました。
この勝負に対する厳しさ、レベルの高さに「これは勝てんな(当時、僕はダイエーファンだった)」と思いましたw
開催中のライオンズクラッシックのPRで、車内のつり広告すべてが、球団発足当初から90年代初頭までのライオンズニュースで埋め尽くされている車両に乗り合わせ、思わず見入ってしまいました。

潮崎完投9勝(91.8)とか秋山サヨナラHR(91.5)とか渡辺久3安打完封(90シリーズ1戦)とかから、「田淵、土井、山崎、マルーフ、立花の打撃陣に期待」(80年)なんてものまで。

宝の山でした。
11月23日西武ドームにて
埼玉西武ライオンズのファン感謝祭に
行ってきました
http://mixi.jp/view_album.pl?id=40978385&owner_id=19724333&mode=photo
>98

これはすばらしいですね!!

http://www.seibulions.jp/shopping/book.php
「ライオンズ60年史」について
中西太さんとおかわりくん、豊田泰光さんとナカジの対談が興味深かったです!
おかわりくん、怪我が多いですね考えてる顔
その点は中西さんを反面教師にしないと人差し指
森祗晶さんの「2勝1敗の人生哲学」を読んでいます。ライオンズ時代の回想で、秋山にバントをさせようとして秋山がバントしたくないと応じたときに代打を送った…というくだりがありました。
生え抜きの看板選手にバント指令して選手が応じなかったら代打、現代のプロ野球ではお目にかかれないスゴイ場面ですよね…(そんな監督もバント指令をつっぱねる選手もいない)

この場面がいつごろのどんな内容の試合だったか、ご存知の方いらっしゃいますか?
なんでもいいので情報お持ちの方書き込みお願い致します!
文化放送ライオンズナイター30周年番組、戸谷さんが話していますexclamation
清原はライオンズ時代のユニフォームが似合います。
清原さんの次男さんはお手紙に「西武ライオンズに入りたい」と書いてましたね。
西武のユニフォームに感動しました…!(>_<)

やはり西武の清原が好きです。

親戚の家だったので奇声をあげるわけにいかず我慢したので帰宅したら録画を見て叫ぼうと思いますウッシッシ
>>[108]

やっぱりあのユニフォームこそ“西武ライオンズ”ですよね!
ウチの草野球チームであのユニフォームに復活してもらおうっと。
綺麗で強い。ヒーローみたいなユニフォームですよね。
大晦日のKK対決を見ました。どんなに年月が経っても、清原のスイングが現役のころと同じで、昔を思い出さずにいられませんでした。ただ「空振りの仕方まで同じや」という弟の声も・・・。
あの頃は西武球場のスタンドに広告などもなくて、じつにスッキリしてたんですよね。
最近出た伊東勤さんの本を読みました。
現役時代、森監督に反発して距離を置いていたとか…
そして入団時の監督だった広岡監督は威圧感があったものの、今でも当時の厳しい指導が役に立っていて尊敬しているそうです。

ヤクルトの古田も野村監督と不仲な感じがあるし、あまり現場で一緒でいるのは部下のほうがストレス感じるのでしようね…

広岡さんに対してはまだ新入団の時期でもあり、期間も長くはなく、逆に伊東さんの中では好印象として残っているようです。

野球選手も人間関係が大変なんだな…と思いました。

ログインすると、残り89件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

あのころのライオンズ。 更新情報

あのころのライオンズ。のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング