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三浦綾子コミュの三浦綾子さんの恩師

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中勘助は好きな作家である。夏目漱石の教え子で、自伝的小説「銀の匙」は漱石から激賞されて、朝日新聞に連載された。岩波文庫でミリオンセラーとなっている。ぼくの恩師で朝日新聞学芸部の名物記者にして鎌倉山教会の牧師だった門馬義久先生は、中勘助と昵懇で、中さんのパーティに出席した折に、引出物としてもらった銀の匙を見せてもらったことがある。
中勘助は「銀の匙」とは打って変わって、犬を主人公にした「犬」という特異な小説も書いている。
門馬先生から洗礼を受けたのは、この世に芥川賞作家で鎌倉文士の中山義秀とぼくだけ。ぼくはこのことを誇りに生きてきた。門馬先生は戦後のほとんどの作家と交流があり、太宰治の絶筆となった「グッド・バイ」を書かせたのも門馬先生である。山本周五郎が亡くなる前日まで原稿の催促をしていた。死後、周五郎の遺言で門馬先生は浦安から舟を漕いで遺灰を海に蒔いた。鎌倉文士のはしりだった大佛次郎の「天皇の世紀」を書かせたのも門馬先生で、大佛さんの取材のすべてに立ち合った。三浦綾子さんのデビュー作「氷点」を発掘したのも門馬先生である。「氷点」は昭和39年の朝日新聞の一千万円の懸賞小説。当時、綾子さんは旭川に住む主婦だったのだが、本当に継続して小説が書けるのか、旭川まで門馬先生が首実検をしに行ったのである。門馬先生は綾子さんのエッセイにも恩師としてたびたび登場する。綾子さんは何度か鎌倉山教会にも見えて、もちろん、ぼくも会ったことがある。綾子さんは門馬先生のお説教を「一刀彫りのようなお説教」と激賞していた。鎌倉山教会には「氷点」に主演した女優の内藤洋子さんのお母さんや、俳人の石塚友二さん(彼は横光利一に師事していた)、山本周五郎研究家の木村久邇典さん、絵描きのささめやゆきさんなど多彩な人々が出入りしていた。ぼくは23歳のときに、ここで結婚式を挙げたのだった。
門馬先生や周五郎、大佛次郎、綾子さんのことは、現在書き下ろし中の拙著『鎌倉物語』に詳述している。
綾子さんと門馬先生は奇しくも同じ頃に亡くなった。
門馬先生のお墓は材木座の我が家のすぐそばにあり、ぼくは墓守を自称している。
写真は三浦綾子さん。

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