中国史コミュの『淮南子』人間訓　26

聖人之舉事，不加憂焉，察其所以而已矣。今萬人調鍾，不能比之律。誠得知者，一人而足矣。說者之論，亦猶此也。誠得其數，則無所用多矣。夫車之所以能轉千里者，以其要在三寸之轄。夫勸人而弗能使也，禁人而弗能止也，其所由者非理也。
昔者，衛君朝于吳。吳王囚之，欲流之於海。說者冠蓋相望，而弗能止。魯君聞之，撤鐘鼓之縣，縞素而朝。仲尼入見，曰、君胡為有憂色。魯君曰、諸侯無親，以諸侯為親、大夫無党，以大夫為党。今衛君朝于吳王，吳王囚之，而欲流之於海，孰意衛君之仁義而遭此難也。吾欲免之而不能，為奈何。仲尼曰、若欲免之，則請子貢行。魯君召子貢，授之將軍之印。子貢辭曰、貴無益于解患，在所由之道。斂躬而行，至於吳，見太宰嚭。太宰嚭甚悅之，欲薦之于王。子貢曰、子不能行說于王，奈何吾因子也。太宰嚭曰、子焉知嚭之不能也。子貢曰、衛君之來也，衛國之半曰、‘不若朝于晉、其半曰、不若朝于吳。然衛君以為吳可以歸骸骨也。故束身以受命。今子受衛君而囚之，又欲流之於海，是賞言朝于晉者，而罰言朝于吳也。且衛君之來也，諸侯皆以為蓍龜兆，今朝于吳而不利，則皆移心于晉矣。子之欲成霸王之業，不亦難乎。太宰嚭入，復之于王。王報出令於百官曰、比十日，而衛君之禮不具者死。子貢可謂知所以說矣。
魯哀公為室而大，公宣子諫曰、室大，衆與人處則嘩，少與人處則悲。願公之適。公曰、寡人聞命矣。築室不輟。公宣子復見曰、國小而室大、百姓聞之，必怨吾君、諸侯聞之，必輕吾國。魯君曰、聞命矣。築室不輟。公宣子復見曰、左昭而右穆，為大室以臨二先君之廟，得無害於子乎。公乃令罷役，除版而去之。魯君之欲為室，誠矣。公宣子止之，必矣。然三說而一聽者，其二者非其道也。夫臨河而釣，日入而不能得一鯈魚者，非江河魚不食也，所以餌之者非其欲也。及至良工、執竿投、而擐脣吻者，能以其所欲而釣者也。
夫物無不可奈何，有人無奈何。鉛之與丹，異類殊色，而可以為丹者，得其數也。故繁稱文辭，無益於說，審其所由而已矣。

聖人の事を舉ぐるや，憂を加えず，其の所以を察するのみ。今、萬人、鍾を調すれば，之に律を比すること能わず。誠に知る者を得れば，一人にして足れり。說者の論も，亦た猶お此のごときなり。誠に其の數を得れば，則ち多きを用うる所無し。夫れ車の能く千里を轉ずる所以の者は，其の要、三寸の轄（カツ、くさび）に在るを以てなり。夫れ人を勸むれども使（せしむ）むること能わず，人を禁ずれども止むること能わざるは，其の由る所の者、理に非ざればなり。
昔者，衛君、呉に朝す。吳王、之を囚えて，之を海に流さんと欲す。說者、冠蓋相望するも，止むること能わず。魯君之を聞き，鐘鼓の縣を撤し，縞素（コウ・ソ）して朝す。仲尼入りて見えて曰く、「君、胡為れぞ憂色有る。」魯君曰く、「諸侯は親無し，諸侯を以て親と為す。大夫は党無し，大夫を以て党と為す。今、衛君、吳王に朝するに，吳王、之を囚えて，之を海に流さんと欲す，孰（たれ）か意わん、衛君の仁義にして此の難に遭を。吾、之を免れしめんと欲すれども能わず，為すこと奈何。」仲尼曰く、「若し之を免れしめんと欲すれば，則ち請う子貢を行かしめよ。」魯君、子貢を召して，之に將軍の印を授く。子貢辭して曰く、「貴きは患を解くに益無し，由る所の道に在り。」躬を斂めて行く。吳に至り，太宰嚭（ヒ）を見る。太宰嚭、甚だ之を悅び，之を王に薦めんと欲す。子貢曰く、「子、說を王に行うこと能わず，奈何ぞ吾、子に因らんや。」太宰嚭曰く、「子、焉んぞ嚭の能わざるを知るや。」子貢曰く、「衛君の來たるや，衛國の半は‘晉に朝するに若かず、と曰い、其の半は吳に朝するに若かず、と曰う。然して衛君以為へらく、吳以て骸骨を歸す可きなり、と。故に身を束ね以て命を受く。今、子、衛君を受けて之を囚え，又之を海に流さんと欲するは，是れ晉に朝せよと言える者を賞して，吳に朝せよと言えるを罰するなり。且つ衛君の來たるや，諸侯皆以て蓍龜（シ・キ）の兆と為す，今、呉に朝して利あらずんば，則ち皆心を晉に移さん。子の霸王の業を成さんと欲するも，亦難からずや。」太宰嚭入りて、之を王に復す。王、報じて令を百官に出だして曰く、「十日に比びて，衛君の禮具わざる者は死せん。」子貢は説く所以を知ると謂う可し。
魯の哀公は室を為りて大なり，公宣子諫めて曰く、「室の大なるは，衆く人と與に處れば則ち嘩（かまびすし）しく，少く人と與に處れば則ち悲し。願わくは公の適ならんことを。」公曰く、「寡人、命を聞けり。」室を築くこと輟（やむ）まず。公宣子復た見えて曰く、「國小にして室大なるは、百姓之を聞かば，必ず吾が君を怨まん。諸侯之を聞かば，必ず吾が國を軽んぜん。」魯君曰く、「命を聞かん。」室を築くこと輟めず。公宣子復た見えて曰く、「昭を左にして穆を右にして，大室を為り以て二先君の廟に臨まば，子に害無きを得んや。」公乃ち役を罷めしめ，版を除きて之を去る。魯君の室を為らんと欲するは誠なり。公宣子の之を止むるは必せり。然れども三たび說きて一たび聽かれしは，其の二者、其の道に非ざればなり也。
夫れ河に臨みて釣るに，日入るまで一鯈（ユウ）魚を得ること能わざるは，江河の魚の食らわざるに非ざるなり，之に餌する所以の者、其の欲に非ざればなり良工に至るに及びては、竿を執りて投ずれば、而（すなわち）ち脣吻を擐（かける）くるは，能く其の欲する所を以て釣ればなり。
夫れ物は奈何ともす可からざる無けれども，人の奈何ともする無き有り。鉛の丹とは、類を異にし色を殊にして，以て丹と為す可きは，其の數を得ればなり。故に繁稱文辭は，說に益無し，其の由る所を審らかにせんのみ。

＜語釈＞
欲流之於海　―　この“海”の意味が不明である。文字通りの海なのか、辺境の地、又は夷狄の地なのか特定し難い。一応文字通りの海に解釈しておく。

冠蓋相望　―　冠と車蓋で、使者を意味する、相い望むで、連なっている状態を言う。全体で使者が足繁く往来している状態を表す。

縞素　―　白い喪服

諸侯無親　―　諸侯同士の付き合いには、個人的な感情、特に私怨などを持ち込んではいけない

孰意衛君之～　―　“孰（なんぞ）ぞ（意、王念孫により削除）衛君の仁義にして此の難に遭うや。”通常はこのように解読しているが、ある字を無理に削除せずに、“孰（たれ）か意わん、衛君の仁義にして此の難に遭を。”と解読してもよいと思う。

蓍龜　―　蓍は“めどぎ”で筮竹のこと、龜は亀の甲羅。筮竹や亀甲で卜をすること。

鯈　―　川魚の名前で、“はえ”又は“はや”とも言う。

鉛之與丹～　―　丹は丹砂で硫黄と水銀の化合物で、これを加熱すると水銀になり、更に加熱すると、丹砂と外見上よく似た酸化第二水銀となり、これが丹砂と間違えられていた。鉛を丹砂に変えることは出来ないが、鉛を水銀と解釈すればつじつまが合う。

＜通尺＞
聖人が事を行う場合は，余計なことは考えずに，其の原因を見極めるだけである。今、萬人が鍾の音をを調律しても，音律を合わせることは出来ないが、誠にその音を知っている者がいれば、一人で事足りる。說得者の弁論も，亦たこれと同じことである。本当に其の術を心得ているものが一人いれば，多くの人を用いる必要はない。たとえば、車が千里の道をも回轉するわけは，其の要の部分に、三寸の轄があるからである。いったい、人に勸めても実行させることが出来ず、禁じても止めることが出来ないのは，其の拠り所としている考えが、道理に反しているからである。
昔，衛の君主が呉に来朝すると、吳王は之を囚えて，海に流そうとした。其れを止める為に、説得するものが頻繁に出かけたが、止むることが出来なかった。魯の君主は之を聞いて，吊り下げている鐘や太鼓を取り外し、喪服を着て朝廷に臨んだ。孔子は朝廷に入り君に見えて「君はどうして憂いを浮かべておられのでしょうか」と尋ねると、魯君は言った、「諸侯同士は個人的な感情を持ち込んでは行けない，諸侯としての責任で親しくするものである。大夫は個人的に私党を作ってはいけない，大夫として団結する者である。それなのに今、衛の君主が吳王に入朝すると，吳王は之を囚えて，海に流そうとしている。どうして衛君のような仁義の人が、このような難儀に遭うのか。余は衛君を救いたいと思いながら、何も出来ない。衛君を救うにはどうしたらよかろう。」そこで孔子は、「もし衛君を救いたいと願っておられるのでしたら、どうか子貢を遣わして下さい。」と答えたので、魯君は子貢を召して，之に將軍の印を授けた。子貢はこれを辞退して、「地位の高いことは問題を解決するのに役に立ちません，それに対する正しい道に従うことで、解決されるでしょう。」と言って、身を引き締めて出発した。吳に到着すると、すぐに太宰嚭に面会した。太宰嚭はこの訪問を大変喜び，子貢をを王に推薦しようとした。子貢は「貴方は王を説得することが出来ない，どうして私がそんな貴方を頼れましょうか。」と言うと、太宰嚭は「貴方こそ、どうして私が出来ないと分かるのですか。」と聞き返した。子貢言った「衛君は呉に來朝されましたが，その折國内では、半は‘晉に朝するのがよい、と言い、残りの半は吳に朝するのがよい、と言う状況でした。然し衛君は、吳に身を委ねるべきだと思われたのです。そこで身を謹み命を受けに来られたのです。それなのに今、貴方は衛君を迎え入れるや、之を囚えて，海に流そうとしておられる。是れは晉に朝せよと主張した者を褒賞して，吳に朝せよと主張した者を処罰することになるでしょう。更に衛君が呉に来朝すると，諸侯は皆、その吉凶を卜っているのです。今、呉に朝しても利益が無いのであれば，則ち皆晉に心を寄せるでしょう。そうなれば貴方が霸王の功業を成しとげようとしても、難しいのではないでしょうか」太宰嚭は参内して、子貢の話を王に報告した。王はそれにより百官に令を布告して言った、「十日以内に，衛君への禮が具備しない時は、死処せん。」子貢は説得の正しい道理を知っていると言うことが出来る。
魯の哀公は室を建てようとしたが、それはとても大きなものだった。公宣子は諫めて言った、「室が大きすぎるのは，多くの人と一緒に居れば、やかましく、煩わしいもので，少い人とならば悲しく、侘しいものです。出来れば適度の大きさにされますように。」公は「余は、そなたの意見を聞こう。」と言いながら、室を築くことを止めなかった。公宣子は復た見えて言った、「小國であるにもかかわらず、室が大きければ、人民がこれを聞くと，必ず吾が君を怨むでしょう。諸侯がこれを聞いたならば，必ず吾が國を軽んじるでしょう。」魯君は「言う通りにしよう。」と言ったが、復た室を築くことを止めなかった。公宣子は復た見えて、「昭廟が左にあり、穆廟が右にあって，その中央に大室を造り、それでもって二先君の廟に臨んだとして，子孫に害が及ばないでしょうか。」と言うと、公は工事を止めさせ、出来ていた壁の枠組みを取り去った。魯君が室を作ろうとしたのは誠の願いであった。一方公宣子がそれを止めさせようとしたのも必然的であった。然しながら三度說いて、一度しか聽きいれられなかったのは，後の二回が、その説得の道に適っていなかったからである。
河で魚釣りをして，日没まで一匹の“はや”さえ釣ることが出来ないのは，江河の魚が餌を食わないのではなく，付けている餌が、魚の好物で無いからである。釣りの名人が、竿を執って河に投げ入れると、たちまち魚の口に鉤をかけて釣り上げてしまうのは，魚の好物の餌をつけて釣るからである。
大体、物事には、どうすることも出来ないという物は無いが，人にはどうすることも出来ない事がある。水銀と丹砂とは、種類も色も異にしているが，水銀を丹砂に変えることが出来るのは、その方法を知っているからである。つまり美辞麗句を並べて多言しても、説得には無益なことで，相手の欲していることを知り、それを満足させる手立てを審らかにするだけでよいのである。

＜解説＞
子貢は孔子の弟子の中では、最も実践的な政治家であった。師匠の孔子が実際の政治の舞台では、あまり役に立たなかったのに対し、魯・衛の宰相となり、又、その弁舌を以て多くの難問を解決している。ここで紹介されている話もその一つであるが、これは魯の哀公１２年の出来事だと思われるが、哀公７年にも、呉王夫差が魯の郊外に来て、魯に百牢を要求した。牛・鶏・豕を使った料理を一牢と言うので、百牢とは当時としてはとんでもないご馳走である。それを魯は子貢を使わして、呉王を説得させた。このように子貢は弁舌に優れ、又孔子門下一番の裕福者であり、子路と並んで孔子を支えた人物である。
ここでは、説得について述べられているが、この子貢の例からも分かるように、人を説得するには、その問題が相手に及ぼす利害を正しく理解し、相手にその事を審らかにすればよいもである。人は、世の為、正義の為、仁義の為などと言っても、その行動原理は、突き詰めれば、我が身に及ぶ損得、利害である。故に説得もそれを満足させる手立てを審らかにすればよいのである。