中国史コミュの『淮南子』人間訓　25

趙宣孟活饑人于委桑之下，而天下稱仁焉。荊佽非犯江中之難，不失其守，而天下稱勇焉。是故見小行則可以論大體矣。
田子方見老馬於道，喟然有志焉。以問其禦曰、此何馬也。其禦曰、此故公家畜也。老疲而不為用，出而鬻之。田子方曰、少而貪其力，老而棄其身，仁者弗為也。束帛以贖之。疲武聞之，知所歸心矣。
齊莊公出獵，有一蟲、舉足將搏其輪，問其禦曰、此何蟲也。對曰、此所謂螳螂者也。其為蟲也，知進而不知卻，不量力而輕敵。莊公曰、此為人而必為天下勇武矣。回車而避之。勇武聞之，知所盡死矣。
故田子方隱一老馬而魏國載之，齊莊公避一螳螂而勇武歸之。湯教祝網者，而四十國朝。文王葬死人之骸，而九夷歸之。武王蔭暍人於樾下，左擁而右扇之，而天下懷其德。越王句踐一決獄不辜，援龍淵而切其股，血流至足，以自罰也，而戰武士必其死。故聖人行之于小，則可以覆大矣、審之於近，則可以懷遠矣。孫叔敖決期思之水，而灌雩婁之野，莊王知其可以為令尹也。子發辯擊劇而勞佚齊，楚國知其可以為兵主也。此皆形於小微而通於大理者也。

趙宣孟、饑人を委桑の下に活かして、天下、仁を稱す。荊の佽非（ジ・ヒ）、江中の難を犯し，其の守を失わずして，天下、勇を稱す。是の故に小行を見れば則ち以て大體を論ず可し。
田子方は老馬を道に見，喟然として志（しるす）有り。以て其の禦に問いて曰く、「此れ何の馬ぞや。」其の禦曰く、「此れ故と公家の畜なり。老い疲れて用を為さず，出だして之を鬻（ひさぐ）ぐ。」田子方曰く、「少くして其の力を貪ぼり，老いて其の身を棄つること，仁者は為さざるなり。」束帛以て之を贖う。疲武、之を聞き，心を歸する所を知る。
齊の莊公、出でて獵す，一蟲（チュウ、むし）有り、足を舉げて將に其の輪を搏たんとす。其の禦に問いて曰く、「此れ何の蟲ぞや。」對えて曰く、「此れ所謂螳螂（トウ・ロウ、かまきり）なる者なり。其の蟲為るや，進むを知りて卻くを知らず，力を量らずして適を輕んず。」莊公曰く、「此れ人為らば必ず天下の勇武為らん。」車を回して之を避く。勇武、之を聞き，死を盡くす所を知る。
故に田子方は一老馬を隠（いたむ）みて、魏國之を載（いただく）き，齊の莊公は一螳螂を避けて、勇武之に歸す。湯は網を祝する者に教えて，四十國朝し、文王は死人の骸を葬りて，九夷之に歸し、武王は暍（エツ）人を樾（エツ、大きな木が上から覆いかぶさったところ）下に蔭（いこう）わしめ，之を左に擁して右に扇ぎて，天下其の徳に懷く。越王句踐、一たび不辜（フ・コ、無実）を決獄するや（裁判で裁く），龍淵（楚の名剣）を援（とる）りて、其の股を切り，血流れて足に至り，以て自ら罰す，而して戰武の士、其の死を必とす。故に聖人、之を小に行えば，則ち以て大を覆う可く、之を近くに審かにすれば，則ち以て遠きを懷く可し。孫叔敖、期思の水を決して，雩婁（ウ・ル）の野に灌ぐや，莊王、其の以て令尹と為す可きを知る。子發の擊劇を辯じて勞佚齊（ひとしい）きや，楚國、其の以て兵主と為す可きを知る。此れ皆小微に形して、大理に通ずる者なり。

＜語釈＞
志有　―　志は心にしるすの意、“志有り”で、“心に思いつく”の意味になる

束帛　―　一束の絹、束とは五疋の帛をたばねたもの。礼物として使用され、之に璧を加えたものは最高の礼物とされた。

疲武　―　老いた昔の武人

暍人　―　暑気あたりの人

擊劇　―　劇は軍戯として行われる行為、戯は戦いの意。戦場で相手を撃つような行為の意味に解釈して、ここでは軍功と解しておくのが適当かと思う

勞佚　―　労逸に同じ、安楽

＜通尺＞
趙宣孟は桑の木の下で飢えた人を助けたので、天下の人は彼を仁者だと稱えた。楚の佽非は江を渡る途中困難に遭遇したが、武人としての誇りを失わなかったので、天下は彼を勇者として称えた。このように微細な行を見ただけで、その人の本質を論じることができるものである。
田子方は道に老馬を見て，何か心に感じるものがあってため息をついた。そこで御者に尋ねた「此れはどういう馬なのか。」御者は「この馬は以前役所で飼われていたのですが、老いぼれて役立たずになったので、売りに出だす所でございます。」と答えた。田子方は「若く壮健なときは其の力を利用し、老いて役に立たなくなったからと言って、それを捨てるのは、仁者のすることではない。」と言って、白帛一束でこの馬を買い取った。これを聞いた老朽の武人たちは、田子方を心を寄せることの出きる人だと知ったのである。
齊の莊公が出獵したとき，一匹の虫が出てきて、足を舉げて車の車輪を打とうとしたので、御者に尋ねた、「此れは何という虫か。」對えて、「此れは所謂カマキリという者です。このカマキリと言うのは，進むことは知っていても退くことを知らず、己の力を顧みもせずに、敵を軽んじるのです。」と言うと、莊公は、「此れが人であるならば、必ず天下の勇武と為るであろう。」と言って、車を回して之を避けた。之を聞いた勇武の士は、死力を盡くすべき所を知ったのである。
故に田子方は一頭の老いた馬を憐れんで、魏國は彼を推載し、齊の莊公は一匹のカマキリを避けて、勇武の士が荘公に歸すことになった。殷の湯王は網を四方に張って、鳥獣が取れるように祈っている者に、三方を取り払うことを教えて、四十國が来朝し、周の文王は死者の遺骨を葬って，九夷は文王に歸属し、武王は暑気あたりの人を木陰に休ませ，之を左手抱えて右手で扇ぐことによって，天下の人々は其の徳に威服した。越王句踐は一度無実の者を有罪にしてしまったので、名剣の龍淵で、自分の股を切り，足元まで血をしたたらせて、自分を罰した。これによって戦士たちは、死を恐れずに戦った。故に聖人は徳を小事に施せば，それによって大事を覆うことができ、身近かに示して明らかにすれば、それによって更に遠くを威服させることができる。孫叔敖は期思の堤防を決壊して、雩婁の野を潤したことによって，楚の莊王は彼が宰相にふさわしいことを知ったのである。子發は、楽した者や苦労した者の軍功を公平に論じたので，楚國は彼を将軍にふさわしい人物だと知った。此れは皆微細な小事に現れて、大きな道理に通じた例である。

＜解説＞
本は形に象われ、小は大に通ず。人の本質は日々日常の行動に現れる。人を知るには、長く付き合わなくても、其の行動を見ていれば、大体の本質はわかるものだ。其の事をこの章では教えている。故に日々の生活は些細なことでも、慎み敬い、真摯な気持ちで過ごすことが大事である。