中国史コミュの『淮南子』人間訓　17－3

魯季氏郈氏闘雞，郈氏介其雞，而季氏為之金距。季氏之雞不勝。季平子怒，因侵郈氏之宮而築之。郈昭伯怒，傷之魯昭公曰、禱於襄公之廟，舞者二人而已，其餘盡舞于季氏。季氏之無道無上，久矣。弗誅，必危社稷。公以告子家駒。子家駒曰、季氏之得眾，三家為一。其德厚，其威強，君胡得之。昭公弗聽，使郈昭伯將卒以攻之。仲孫氏、叔孫氏相與謀曰、無季氏，死亡無日矣。遂興兵以救之。郈昭伯不勝而死，魯昭公出奔齊。故禍之所從生者，始於雞定、及其大也，至於亡社稷。

魯の季氏、郈（コウ）氏と雞を闘わす，郈氏、其の雞を介し，季氏、之が金距を為る。季氏の雞、勝たず。季平子、怒り，因りて郈氏の宮を侵して、之に築く。郈昭伯怒り，之を魯の昭公に傷りて曰く、「襄公の廟に禱るに，舞者二人のみ。其餘は盡く季氏に舞う。季氏の道を無みし、上を無みすること久し。誅せずんば，必ず社稷を危うくせん。」公、以て子家駒に告ぐ。子家駒曰く、「季氏の眾を得ること，三家に一為り。其の德は厚く，其の威は強し。君、胡（なんぞ）ぞ之を得ん。」昭公、聽かず。郈昭伯をして卒を將い以て之を攻めしむ。仲孫氏・叔孫氏、相與に謀りて曰く、「季氏無くんば，死して亡ぶるに日無からん。」遂に兵を興し以て之を救う。郈昭伯、勝たずして死す。魯の昭公、齊に出奔す。故に禍の従りて生ずる所は，雞より始まりて、定まり、其の大なるに及びてや，社稷を亡ぼすに至る。

＜語釈＞

介　―　許注に「介とは辛子を鶏の羽に塗ること」とある。史記魯世家では“芥”になっている。意味からしてこちらが正しいであろう。

金距　―　許注に「金距とはかねの爪を鶏のけづめにつけること」とある

＜通釈＞

魯の大夫である季氏と郈氏は闘雞の懸け勝負をした。郈氏は自分の雞の羽に辛子を塗り，季氏は自分の鶏の蹴爪に金具を付けた。勝負は季氏の雞が負けたので、季平子は怒って、郈氏の邸宅侵奪して、そこに自分の屋敷を築いた。郈昭伯は怒り，魯の昭公に季平子のことを讒言して「襄公の廟に祈りの儀を行うのに，舞者は二人だけで、その他の者は盡く季氏の廟で舞っています。季氏の道をないがしろにし、上を無みすること久しいものがあります。誅殺しなければ，必ず国を危うくするこになるでしょう。」と述べた。昭公はその事を子家駒に告げると、子家駒は「季氏が衆望を得ているのは，三家で一番です。其の德は厚く，其の威勢は強大です。我が君にどうしてそのようなことが出来ましょうか。」と諫めたが、昭公は聽きいれず、郈昭伯に兵を率いて季氏を攻めさせた。仲孫氏・叔孫氏はお互いに相談しあって、「季氏がいなくなれば，我々が滅亡するのも間近であろう。」と言って、遂に兵を興して季氏を救った。郈昭伯は負けて死んだので、魯の昭公は齊に出奔した。故に禍の生ずるきっかけは，些細な闘鶏から始まって、その禍が定まり、大きくなるに及んでは，社稷を亡ぼすまでになったのである。

＜解説＞

この季氏と郈氏の闘雞の話は、『史記』魯周公世家の昭公二十五年（前517年）の条にも出ているが、『史記』では郈氏が金距を為し、季氏が芥子を為したことになっており、この文章とは逆である。金距と芥子とでは金距の方が勝ちそうな気がするので、『史記』のほうが納得できる。
魯は周公旦を始祖とする名門の国でありながら、春秋時代に入ってから、宗室は衰え、三桓が国政を専らにするようになった。三桓とは魯の桓公（在位、前711～662年）の三人の子供、慶父・叔牙・季友の子孫のことで、孟氏・叔孫氏・季氏の三家である。このような宗室卑しく、三桓彊しの魯に生まれたのが孔子である。孔子が宗室を尊び、周公の時代を理想としたのも、この時代の乱れを考えると、宜なるかな、と言えるだろう。
昭公の禍の発端は闘鶏と言う小さな出来事であったが、小さいうちに芽を摘まずに放っておいたが為に、社稷を亡ぼすと言う大事に至ったのである。“禍の芽は早くに摘む可し。”心がけて損は無いだろう。