中国史コミュの『淮南子』人間訓　13

忠臣者務崇君之德，諂臣者務廣君之地。何以明之。陳夏徵舒弑其君。楚莊王伐之。陳人聽令。莊王以討有罪，遣卒戍陳。大夫畢賀。申叔時使于齊，反還而不賀。莊王曰、陳為無道。寡人起九軍以討之、征暴亂，誅罪人。羣臣皆賀，而子獨不賀。何也。」申叔時曰、牽牛蹊人之田，田主殺其人而奪之牛。罪則有之，罰亦重矣。今君王以陳為無道，興兵而攻，因以誅罪人，遣人戍陳。諸侯聞之，以王為非誅罪人也，貪陳國也。蓋聞君子不棄義以取利。王曰、善。乃罷陳之戍，立陳之後。諸侯聞之，皆朝于楚。此務崇君之德者也。張武為智伯謀曰、晉六將軍，中行文子最弱，而上下離心，可伐以廣地。於是伐范中行滅之矣。又教智伯求地于韓魏趙。韓魏裂地而授之，趙氏不與，乃率韓、魏而伐趙，圍晉陽三年。三國陰謀同計，以擊智氏，遂滅之。此務為君廣地者也。夫為君崇德者霸。為君廣地者滅。故千乘之國，行文德者王，湯武是也。萬乘之國，好廣地者亡，智伯是也。

忠臣は君の徳を崇（たかい）くすることに務め，諂（テン、へつらう）臣は君の地を廣むることに務む。何を以てか之を明さん。陳の夏徵舒は其の君を弑す。楚の莊王、之を伐つ。陳人、令を聽く。莊王、以て罪有るものを討ち，卒を遣わして陳を戍（まもる）らしむ，大夫、畢（ことごとく）く賀す。申叔時、齊に使いし，反還りて賀せず。莊王曰く、「陳、無道を為す。寡人、九軍を起こし以て之を討ち、暴亂を征し，罪人を誅せり。羣臣皆賀す，而るに子獨り賀せず。何ぞや。」申叔時曰く、「牛を牽きて人の田を蹊（わたる）るあり，田主、其の人を殺して之が牛を奪う，罪は則ち之有るも，罰も亦た重し。今君王は陳を以て無道と為し，兵を興して攻め，因りて以て罪人を誅し，人を遣して陳を戍らしむ。諸侯、之を聞かば，王を以て罪人を誅するに非ず，陳國を貪る、と為さん。蓋し聞く、君子は義を棄て以て利を取らず、と。」王曰く、「善し。」乃ち陳の戍りを罷め，陳の後を立つ。諸侯、之を聞き，皆楚に朝す。此れ君の德を崇くすることに務むる者なり。張武、智伯の為に謀りて曰く、「晉の六將軍，中行文子最も弱くして、上下離心す。伐ち以て地を廣む可し。」是に於て范・中行を伐ち之を滅す。又、智伯をして地を韓、魏、趙に求めしむ。韓・魏、地を裂きて之に授け，趙氏は與ず。乃ち韓・魏を率いて趙を伐つ。晋陽を圍むこと三年，三國、陰かに謀り、同じく計り，以て智氏を撃ち、遂に之を滅す。此れ君の為に地を廣むるに務むる者なり。夫れ君の為に徳を崇くする者は霸たり，君の為に地を廣むる者は滅ぶ。故に千乘の國も，文德を行う者は王たり，湯・武は是れなり。萬乘の國も，地を廣むるを好む者は亡ぶ，智伯は是れなり。

＜語釈＞

荘王　―　楚の荘王（前613～591　在位）春秋の五覇の一人。有名な諺の「鼎の軽重を問う。」の当事者である。

晋の六将軍　―　韓・魏・趙・范・中行・智の六卿のこと。春秋の後半になると、晋の政治はこの六卿に握られ、特に智氏の力が強かった。

千乗の国　―　春秋時代の戦いは、戦車が主体であった。“乗”は戦車のことで千の戦車を持っている国のことで大国を指す。更なる大国は“万乗の国”である。戦国時代になると、戦いの主役は戦車から騎馬や歩兵に変わっていったが、慣用的に大国を指すのに使われた。

＜通釈＞

忠臣は君の徳を高めることに務め，諂諛の臣は君の地を廣めることに務める。何によって之を明らかにしようか。陳の夏徵舒は其の君を弑したので、楚の莊王は之を討伐した。陳の人々は、荘王の命令に服した。そこで、莊王は夏徵舒に加担した罪の有る者を討ち，兵を派遣して陳を守らせた。楚の大夫達は尽く王の功績を祝賀した。その様な時に、斉に使者として赴いていた申叔時が戻ってきた。彼は王に祝賀を述べなかった。そこで莊王は、「陳は無道な行いをしたので、予は九軍を起こして之を討伐し、横暴亂脈な人物を征誅し，それに加担した者達を処刑した。羣臣は皆それを祝賀したのに，子獨り祝賀しない。どういう訳だ。」と尋ねると、申叔時は答えた、「牛を牽いて他人の田を渉る者がおり，その田の持ち主は、其の人を殺して牛を奪いました。罪は勿論その人に有りますが、それに対する罰も亦た重すぎます。今、君王は陳が無道であるとして，兵を興して攻め入り、罪人を誅殺し，人を遣して陳を戍らせています。諸侯が之を聞いたならば，王が兵を興したのは、無道の罪人を誅殺する為ではなく，陳國を貪る為だとするでしょう。思うに、君子は義を棄てて利を取らず、と聞いております。」其れを聞いた王は、「善し。」と納得して、陳の戍りを罷めさせ，陳の後継をを立てた。諸侯は之を聞いて，皆楚に来朝してきた。此れが君の德を崇くすることに務めた者である。張武は智伯の為に謀って「晉の六將軍の中で、中行文子は最も弱く、君臣の心が離反しています。これは討伐して土地を廣げることができます。」と言った。智伯はこの謀を採用して、范氏・中行氏を討伐して滅し、更に、韓、魏、趙に土地を割譲することを迫った。韓・魏は地を裂いて智伯に授けたが，趙氏は與えなかった。そこで智伯は韓・魏を率いて趙を攻めた。趙が籠城した晋陽城を圍むこと三年にして，趙・韓・魏の三國は陰かに謀り、時を合わせて，智氏を撃ち、遂に之を滅した。此れが君の為に地を廣げることに務めた者である。このように、主君の為に徳を高めようとする国は覇者となり，主君の為に土地を廣げようとする国は滅びる。故に大国とは言えない千乘の國でも，文德を行えば王となることができる。殷の湯王・周の武王が是れである。萬乘の大國でも，地を廣げることを好む国は亡びる。智伯が是れである。

＜解説＞
荘王は語釈でも述べたが、春秋の五覇の一人で、楚をして中原に知らしめた人物である。前６１３年王位に即くや、三年間、淫楽にふけて政を行わなず、諫める者は死に処す、と令を下した。五挙という人物が、諫めようとして、王の前に行くと、王は左に鄭姫を抱き、右に越女を抱き、鐘鼓の間に坐していた。そこで五挙は、王に謎々を披露した。「鳥有りて阜（フ、おか）に在り、三年蜚（ヒ、とぶ）ばず鳴かず。是何の鳥ぞや。」荘王は「三年蜚ばず。蜚ばば将に天に冲（いたる）らんとす。三年鳴かず。鳴かば将に人を驚かさんとす。挙、退け。吾、之を知る。」と答えて五挙を下らせたが、数ヶ月たっても行いは変わらなかった。そこで今度は大夫の蘇従が諫めると、王は「お前は、令を聴いていないのか。」と言うと、「身を殺し以て君を明らかにするは、臣の願いなり。」と答えたので、遂に、淫楽を罷め、五挙・蘇従を任用し、政を行うようになった。そして在位八年に兵を周の郊まで進め、周に鼎の軽重を問うのである。
陳の夏徵舒を誅殺したこの事件は、荘王の１６年、前５９８年のことである。
この章は今までの道家的なものと少し異なり。“主君の為に徳を高めようとする国は覇者となり”と言うように儒家的な感じがする。