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「角井」集合!コミュの角井(ツノイ)の情報

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祖先に関する情報を、整理できるのでは?と思い、トピックを作りました。

どんどん入れて下さい。
立派なデータベースになりますよ。

コメント(17)

ツノイに関する家系図を見つけました!
 http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/02/021/02126.htm
おお、この末裔が私である可能性は大な気がしてきました。

父親の実家は氷川神社の近くで、昔は農家でした。
今の第二大宮公園のあたりは昔田んぼで、私も小さい頃(40年くらい前)父親と一緒に実家の手伝いをした記憶があります。
一方、我が家と直接の親戚でない「角井」苗字の家が大宮駅前にあります。
また、東角井、西角井家は今も氷川神社の神主のはずで、家も氷川神社参道の近くにあります。
多分、家の立地関係から見ると、我が家は東角井家の流れで、駅前の角井家は西角井の流れなのでは?
東角井さんと同級生という人と会いました。
その人は、「東角井さんは氷川神社の神主さんだ」と言われていました。
りょうさん、系図をリンクして呉れて
ありがとう。自分でアップするのは
スロータイピストには難しそうだったので
とても有難い。

この系図に纏わる薀蓄を若干披露しても
宜しいでしょうか?宜しければ昔集めた資料を
探してみますね。

ひろあきさん、東角井さんと西角井さんに
改姓させたのは明治政府ですから、
それ以前に分家していれば角井さんの
儘で居た筈です。

だから大宮には三つの角井姓が存在するのだと
思っています。明治の改姓命令の出るまでは、
岩井さんが神主で、両角井さんは禰宜でした。

官幣大社制度により、神主は官選となり、
岩井さんは職を失います。禰宜はそのまま・・・。
両角井さんは暫く禰宜を務めますが、
西角井さんは学者に転進、神社との関係から
次第に遠のいていかれます。

後に東角井さんが神主に就任され現在に至ります。
両角井さんは「○の鳥居」の東西に居があることから
そのような方角を角井の頭に付けて二つの姓に
したと云われているようです。

従って、現在の東角井さんのお屋敷は昔からの
位置にあるのでしょうが、西角井さんの
お宅は、かなり鳥居から離れていますので
後に移られたのではないでしょうか?

それから、昨年亡くなった親戚のオジサンから
生前「大宮の角井さんは名家だ」と小説に
出てくると聴いた事がありますが、
ご存知でしょうか?作家の名を聞いたのだが
忘れてしまった。有馬とか有島だったかなぁー。
そんな名の作家おられましたっけ?

    (つのい いちろう)
有島武郎ですかね?
軽井沢の別荘に住んでいらした記憶が。
伝説巨神タコラさん、その有島武郎って
兄弟作家ですか?そうだとしたら
どっちかの作品かも。図書館で個人全集を
パラパラ遣ったけど「大宮の角井さんは名家だ」つー
台詞を見付け出せていません。

何方かお分かりでしたら作者と作品名を
教えてください。オジサンの生前に聞いておけば
良かったんだが・・・。突然の死は
予期してませんでした。因みにオジサンは
元高校の国語の先生でした。

    (つのい いちろう)
なるほど、色々と分かりました。
りょうさん、いちろうさん、ありがとうございます。

作家はちょっと分かりません。
有島武郎のような気がしますが、そうでないとすると誰でしょうかね。
有島武郎のお兄さんが画家ですね。確か・・・
作品については・・・わかりません。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
によると・・・。

有島 武郎(ありしま たけお)は、・・・

作家の有島生馬、里見��は弟。
妻安子は陸軍大将男爵神尾光臣の次女。
長男は俳優の森雅之。
指揮者で作曲家の山本直純は、妹の孫。

・・・のようですから、有島武郎、有島生馬、
里見��の三人の何れかの作品に大宮の三つの
角井姓の何れかが登場しているのかも?

・・・と云った、虚ろな記憶で皆さんを混乱させて
申し訳ありません。でも、未だに気に掛かることの
一つです。出来ましたら、この世界に明るい方に、
お尋ねしてみて下さい。

宜しくお願いします。

    (つのい いちろう)
それでは、西角井家の系図に纏わる
薀蓄話を始めましょうね。


大宮の氷川神社の禰宜であった二軒の角井氏は
明治以降、東角井と西角井に改姓させられる。
この両角井の禰宜だが、西角井家の系図に拠ると、
出雲族の祖である天穂日命から、
この系図は始まっている。この天穂日命から
数えて三代目の出雲建子命が
神武天皇の御世に東征することになる。

その東征のルートだが、
水野祐の「古代の出雲と大和」に拠ると・・・。

神話に「建御名方神ひとりが国譲に反対し、
建御雷神と争い、敗れて信濃國・諏訪に
幽閉された」と伝えられていることから
”出雲〜信濃(諏訪)〜東ルート”
を提唱している。

東に定着した出雲族、
最初に東に到った出雲建子命から数えて
9代目の兄多毛比命が政務天皇の御世、
武蔵國造に就任している。

この最初に東に到った出雲建子命と
神話に登場すると云う建御名方神は
同一の人間(神様?)なのであろうか?
調べてみないと分らないが、
何方かお助けを・・・。

    (つのい いちろう)
昨日、県立図書館へ行ってきました。
大正時代に出た本・・・
太田亮「武蔵」を閲覧。

「沿革」と「総社」をコピー。
この本は、武蔵国の決定版。
出雲族の東征、武蔵国造などの文献情報満載。

角井は静岡、神奈川、千葉を経由して
埼玉へと移動したのかも・・・。
もう少し、この本を読み込んでから
書いてみたいと思います。

乞う、ご期待です。

     (つのい いちろう)
先月、厄払いに、大宮の氷川大社(左)に行って参りました。
なんとなく、安心感が得られました!

さらに、鳩ヶ谷氷川神社(右)もお近くなので・・・
お参りしました。
natsumiさん>
大宮付近は、結構いらっしゃるんですね!
草加には、「角井電気」さんがあるようです・・・
natsumiさんの聞いた話、というのは、私の知っている話と同じです。
大宮の角井関係の家(?)では、多分、そういう話になっているのではないかと思います。
うちの父によると、我が家は東角井の分家だそうですが、実態は不明。

「角井電気」さんは、知りませんでした。
でも、埼玉内だったら、角井姓は多くいると思います。
よみは多分「ツノイ」が殆どの気がしますが。

久しぶりに墓参りに行って来ました。
昔のゲゲゲの鬼太郎に出てきそうな墓ですが・・・(趣味の良い写真では有りませんが)
我が家のお墓です。両サイドともに角井さんです・・・
享保年間のものまではさかのぼれます。
六文銭として埋葬された寛永通宝が出てきたこともあります。

古い墓石をどう残していくか頭痛いところですが・・・

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