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Indus Valley Civilizationコミュのインダス文明の時代とは?

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久しぶりにトピ立てます。
遅くて申し訳ありません。

今回はまず、インダスの概要からということで、
時代観をお話したいと思います。


《インダス文明の成立》
インド・パキスタンのインダス河流域そして現在は涸れているガッカルハークラー涸河床(サラスヴァティー川)流域に紀元前2600年頃インダス文明は幕を開けました。
終わりは紀元前1800年頃とされています。
実は、この開始から終焉まで四大文明の中で文明期間がもっとも短いとされていますが、文明の及んだ範囲は最大だったのです。

これは、なぜでしょうか??


インダス文明は突然起こったわけはありません。


インダス文明の前身の文化がいくつかあったのです。

最も最初に起こったのは
バローチスタン初期文化というメヘルガル遺跡(インダス平原の西端、バローチスタン丘陵麓)を中心とした南アジア初の農耕牧畜文化でした。

この文化はバローチスタン丘陵一帯(現在のイランとパキスタンの国境の丘陵地帯)に紀元前7000年頃起き、その後2300年頃まで続きます。


また、バローチスタン初期文化が続く紀元前3000年頃には、インダス平原部にアムリ遺跡やコト・ディジ遺跡を中心とする諸文化が起こりました。


これらの文化は紀元前2300年頃まで続くため、
インダス文明の最盛期に文明に取り込まれる形で
無くなるというより吸収されていきました。


端的にいうと山間地帯から平原地帯へと人々の生活圏が広がっていったのです。


一般的に見ると、どの文明文化でも、最初は山岳地帯に居を構えていますが、人口が増え、新たな農業地獲得のため、平野部に集落を持つ傾向にあります。

日本の縄文時代から弥生時代もそうですよね。
森から平野へ、ですから。


ただ、インダスの場合は、メヘルガルのときすでに麦栽培は始まっていたわけですから、平原部に都市ができ始めたのは、川を利用したインダス南北の交易とアラビア海に出てメソポタミア地方と交易が盛んになり、計画都市が紀元前3000年頃には造り始めらたことが大きな理由として考えられます。


アムリやコト・ディジからは交易の際利用したと思われる水牛の印章も見つかっており、
これらの文化が文明期の準備段階であったことも示唆されています。


そして、南アジアの各地に都市ができはじめ、
それぞれの都市と村落のネットワークができると、
それを統べる神官が現れて、
文明が幕を開けるというわけです。


なので、
インダス文明は決して突然起こったわけではなく、
前の時代のそれぞれの文化が成熟して、
文明というひとくくりになっただけなのです。


インダス文明を支えたものは
モヘンジョ・ダロやハラッパー、ドーラ・ヴィーラなどの都市と地方村落とのネットワーク、
そしてインダス河という最大の路を利用した交易だったのです。


周知のとおり、
インダスの遺跡からは武器がほとんど出土しません。
そのかわり、
おもちゃと思われるものはたくさん出てきます。
このことから、
平穏で裕福な社会ができあがっていたということがわかりますよね。


次回は、
文明の衰退について書きたいと思います。


質問等、
どしどしどうぞ☆

コメント(4)

山から川に移動するのは、洪水になると川が氾濫して泥をまきちらします。泥にはたくさんの栄養があるので植物が良く育ちます。

次回も楽しみにしてます。
>sakaiさん
 ありがとうございます。
 四大文明が大河のほとりにあるのはそのためですね。
 穀物栽培や運搬の便がよいからです。
 しかしながら、その河がインダスの場合悲劇を起こしてしまうといわれています。
 なるべくはやくトピたてます☆
楽しみにしています。
高度な文明を持ったモヘンジョダロが、いきなり滅びたというように学校で習ったようにおもうのですが、原因はわかっていないのでしょうか?
なぜ悲劇を起こしてしまうのでしょうか?
     わくわく・・・・
>あゆちゃんさん
 確かに。私もその疑問からインダスの世界に入っちゃいましたから…。トピ早めにたてますね!遅くてすみません><
 

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