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児童文学 愛好家コミュのフリートーク

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コメント(45)

『紅の豚』が最近、地上波放映されましたが、私は『紅の豚』を見るたびに、『フランバーズ屋敷の人びと』を思い出します。
飛行機乗りとの戦争の悲恋もありますし、影響を受けていないかなあと思っています。
同じ方、いらっしゃいませんか?
>>[6]
言われてみれば!!!
宮崎さんは児童文学の圧倒的読み手ですし、読んでいることは読んでいるだろうと思いますね。
>>[7] ご同意ありがとうございます!
似てますよね! ずっとそう思ってたんですわーい(嬉しい顔)
当時は恋愛とはなんぞや???という子どもでしたが、
今となってはシリーズを通して、読み返してみたいです。
岩波書店創業100周年企画「読者が選ぶこの一冊」が発表になっていますね。
「岩波少年文庫」を見ると、なるほど〜と思わせられます。

http://www.iwanami.co.jp/100th/100enq/top.html
「児童書」ではないので、こちらへ。

「エーリヒ・ケストナー 謎を秘めた啓蒙家の生涯」を読了しました。
本文だけで500ページ以上、あとがきや索引まで含めると600ページ近くと大部です。
2年ほど前に教文館に行ったときにお持ち帰りにしたのですが、なんせ分厚い本なので、棚の中で眠っていましたが、没後40年でもあり、いつまでも眠らせておくわけにはいかないと、手に取ったのでした。
ケストナーの著作物や、クラウス・コードンの「ケストナー ナチスに抵抗し続けた作家」(偕成社)、高橋健二の「ケストナーの生涯―ドレースデンの抵抗作家」(福武書店)、これらの評伝から得られるケストナーのイメージを打ち壊し、別の新たな姿を見せてくれます。
角川つばさ文庫版ドリトル先生は手に取る木にもならなかったけれど、福岡伸一さんの訳で出たと言うので、思わず買ってしまいました。
隣にあった阿川佐和子さん訳のプーも、同梱してもらったのでした。
>>[11]
新訳のドリトル先生、もうお読みになられましたか?
よければ、井伏訳と比べての感想、お聞かせ願えましたら幸いです。
>>[12]

現在進行形で、今、オウム平和条約。
季刊「考える人」2014年春号 新潮社
特集「海外児童文学ふたたび」
がとても読み応えありました。

特に大好きな岩波少年文庫の創設者の一人、石井桃子氏に関する記事は充実していました。
最近は新たな訳者による新訳も出ているようですが、「石井訳のぷーさん」で子供時代を送ったのでやはり何と言っても岩波少年文庫のぷーさんが「私のプー」です。
みなさんの「私の中の石井桃子訳児童文学ベスト」は何でしょう?
私は「たのしい川べ」(ケネス・グレアム)です。
>>[14]
買います!
ヤンソンの特集もありそうですね。
>>[14]

遅まきながら、軽く読みました。
重く読むと、ちょっと時間がかかりそう。

石井桃子さんといえば、「石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか」(ミネルヴァ書房)も気になります。
http://www.minervashobo.co.jp/book/b165994.html
>>[17]
ああ、これは読んでみなければ。
気が付きませんでした。教えて下さりありがとうございます。
そして。
5/23にこんなのも。
「石井桃子のことば」
http://www.shinchosha.co.jp/book/602251/
私は購入予約しました♪
>>[10]

高橋健二というと大政翼賛会宣伝部長ですが、ナチへの抵抗作家をどう考えているのか疑問です。
人間の品格と文学の才能はまた別ですが、ヘッセはかまわないけど、ケストナーの翻訳はなるべく別のひとで読みたいと思っています。
あ、つづき。
その意味で今回の本はいかがでしたでしょうか?
>>[19]

「エーリヒ・ケストナー 謎を秘めた啓蒙家の生涯」についてです。
高橋健二さん自身も「ケストナーの終戦日記」を訳していますが、本書は「ケストナーの終戦日記」から得られるケストナーのイメージを打ち壊してくれた、と言うことができると思います。
ケストナーがドイツにとどまり続けたことにしても、「抵抗」ではなく「妥協」であったと、本書では指摘しています。(521ページ)
このあたりは、まとまっているとは言い難いですがブログに書いてあるので、↓を参照してください。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-1223.html

さて、高橋健二さんの戦前の地位、あるいは言動について、そして戦後の言動の連関については、いろいろなところでいろいろな人たちによって言及されているので、あらためてここで触れることもないとは思いますが、「Die Konferenz der Tiere」を高橋氏がどのような思いで訳したのかと考えると、ご自身でどのように整理したのかは、気になるところではありますね。
岩波のケストナー少年文学全集版「動物会議」の巻末に、高橋さんによる「あとがき」と「ケストナーの生活と作品について」がありますが、自身の経歴との関連は書かれていません。

このあたりは昭和20年8月15日を境にして転換したはずの価値観を、高橋氏をはじめ、前の体制のなかで一定の立場を得ていた人たちがどう受け止めたのか、それをどのように世に示したのか、あるいは示さなかったのか、ということにかかわる話になるでしょう。
高橋さんに限らず、従軍作家や従軍画家と言われた人たち、あるいはソ連の作家同盟などについても、同じようなことが言えます。
ケストナーにしても、「ミュンヒハウゼン」をどう評価するか、という問いが生まれます。
この点についてどう評価し、どう読むかは、読者の責任において考えればいいのだと思います。
まあ、左翼に属する人が三島をどう読むのかということが、1970年代には話題になったりもしましたが。

それであっても高橋訳を、私は選択したいのです。
これは、昭和30年代40年代に岩波版で育ったことで、その口調が身体に染み込んだたからとしか言いようがありません。

また、例えば「飛ぶ教室」は、今は高橋訳以外に、講談社文庫(桜井誠、山口四郎)、少年文庫(池田香代子)、光文社古典新訳文庫(丘沢静也)、青い鳥文庫(山口四郎)、偕成社版(若松宣子)と出ていて、高橋訳とは異なった雰囲気が味わえるので、好きなものを選んでいけばいいのでしょう。
ただ、人名の読み方が異なっています。
Martin Thaler:マルチン(高橋)/マルティン
Johnny(Jonathan Trotz):ヨーニー(高橋)/ジョニー
Matthias Selbmann:マチアス(高橋)/マティアス
Uli(Ulrich von Simmern):ウリー(高橋)/ウリ、ウーリ
Sebastian Frank:ゼバスチアン(高橋)/ゼバスチャン、ゼバスティアーン
Nichtraucher(Dr. Robert Uthofft):禁煙先生(高橋)/禁煙さん
Dr. Johann Bökh(Justus):ベク先生(高橋)/ベック先生
禁煙先生以外は独語名前の日本語的発音による表記になるので、微妙なところはあるのは確かでしょう。
けれど、「Johnny」はアメリカからやってきたので自分のことを「ジョニー」と呼ぶのはよしとしても、ドイツ語的には/j/はどちらかというとヤ行の音であり、「Johnny」をドイツ人は「ジョニー」と発音できないので、「ヨニー」「ヨーニー」だと思うのです、「Johann Strauß II」が「ヨハン・シュトラウス2世」であるように。

話は飛びますが、ダフネ・デュ・モーリアの「レベッカ」の、大久保版か茅野版のどちらを選ぶかと聞かれたら、私はためらうことなく大久保版を選ぶ、ということでもあります。
>>[21]
お返事をありがとうございます。

妥協・・・それもまたいいですね。ファービアンを書いた人らしいと思います。

でも、ふつうに考えると、政治活動をするひとではないですよね。
活動家ではないのだから、「妥協」というのも変ですね。

翻訳についてはなるべく高橋健二は避けているのです。ヘッセの求道的なロマンはいいでしょう。
どうもケストナーはロマンとは違う人だと思うので。

ちなみに「飛ぶ教室」は最初偕成社版(若松宣子)で読んで、ピントこなかったけど、
光文社古典新訳文庫(丘沢静也)は面白く読めました。そうなると若松の訳はよくないと思い、読んで欲しくないと思ってしまいます。はたしてそれでいいのかどうかわかりませんが、やっぱりそう思っちゃう。

翻訳というのは不思議です。いま『もうひとつのゲルニカの木』(ベルギーに疎開したバスクの兄妹の話、ルシス・デ・カストレサナ作 狩野美智子訳、平凡社、1991)を読んでいますが、この翻訳は日本語のうまさはないですが、原作が実に豊かな世界を凝縮しているようで、いろいろと字面から想像を膨らませて読んでいくのがたのしいです。まるで詩をよむような、こういう読み方はわたしにはあまりないことです。

それにしても楠の末裔さんのブログすごいですね。
ちょこちょこと読ませていただきます。

もしかしてわたしのご近所さんかもしれません。^^; 相模大野のホールとかあるので。
>>[22]

「訳」は、読む側の気持ちを、相当揺り動かすのだと思います。
上の「レベッカ」もそうだし、「最近読んだ児童書」にも書いた「航海記」や「プー」もそうです。
「航海記」関連では、角川つばさ文庫版が出ていますが、1〜2冊を本屋でぱらぱらめくって、こりゃあかんわでパスでした。
プーも、訳ということではないですが、ディズニー版は、これは違う、と。

原語で読んでみたりすると、訳者さんは苦労しているのだということはわかりますけどね。

訳ばかりではなく、挿絵も左右します。
ケストナーでいえば、ワルター・トリヤーでしょう。
こういうのを、もしかしたら「刷り込み」と言うのかもしれませんが(笑)。

ご近所さん、わはは、そういうこともあるでしょうね。
 早大童話会で高橋健さんという、やはり職業や年代が凄く近い方がいたため
読んでいて「あれっ?」と思ってしまいました(^^;
石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか

さて、本書はタイトルどおりの内容で、『「音声の声」「声の文化」「作品の声」といった「声」の3つの側面に注目しながら,石井の「声を訳す」という翻訳姿勢を明らかにしてい』(P.16「序章 「声を訳す」とは」)く試みである。
筆者の博士論文がベースで、「大きな手を加えることなく刊行」(「あとがき」より)されたそうだ。
したがって、一般的な読者を対象とした記述形式ではないように感じた。

「翻訳とは何か」と、あらためて考えさせられる。
翻訳は、単に日本語ではない原語で書かれたものを日本語に移し替えるといった、単純なものではない。
書き手の意図を読み手にいかに伝えられるか、歴史や文化が異なっていることや、役者の理解や解釈、文字だけではなく挿絵などとのバランスや作者の考えなど、さまざまな要因によって一冊の訳書が生まれる。
その論考のなかで、自分自身は「岩波こどもの本」で育ったといっても過言ではないが、「岩波こどもの本」が発刊される中で、いまの考え方からすればかなり問題のある編集が行われていたことを、あらためて確認することになってしまった。

成長期に読んだ訳文が身体に染みているようで、改訳されたものにはなかなかピンと来るものがないのだが、音楽に置き換えてみると、作曲家と演奏者の間に編曲者や指揮者がいて、訳者は編曲者や演奏者にあたるとも言えるかもしれない。
演奏者もまた、訳者の役割を担っているだろう。
たとえば、Jacques Loussier(ジャック・ルーシェ)のバッハは、翻訳であるのか、あるいは翻案や再話とされるのか。

竹内美紀/著
ミネルヴァ書房
http://www.minervashobo.co.jp/book/b165994.html
竹内美紀『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』を読みました。

博士号の論文の本なんて初めて読みましたが、(本を開いたら文章が横書きでびっくり。論文だし英文がおおいのでこの方が便利でしたが)中に出てくるのはなじみ深いプーさんやピーター・ラビットやファージョンなどの文章なのでとても読みやすく興味深かったです。
小さい頃大好きだった『こすずめのぼうけん』も石井さん訳だったのね、など改めて認識したり。

”なぜひきつける”という感覚的ともいえる魅力の分析をどう論理的に検証するのだろう?と思っていましたが、実際の訳の改定箇所とその回数、石井さんとそれ以前に出ていた他の人の訳の違い・共通、昔話の手法の取り入れなど内容は本当に論理的で、”この人ほんとに丁寧にコツコツ研究したんだな〜”とある種の感動すら覚えました。

そして後ろのページの参考文献の多さにびっくりしました。さらにあとがきで二人の子供を育児しながら大学に入り直し、博士論文まで書いたことを知って、すごいママだなあ、こんな人もいるんだな、と自分と較べてみたり。

児童文学や絵本を翻訳してみたい人、児童書の出版に携わる人は絶対読んでおいた方がいい1冊だと思います。

石井さんファンも石井さんがどこに苦心していたのか、どうしてここまで愛される翻訳ができたかの秘密が明かされていて興味深いですよ。(*^-^*)
参考までに、「石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか」の目次を書いておきます。

序章 「声を訳す」とは
第I部 石井翻訳の原点と「声」
 第1章 『クマのプーさん』改訳比較にみる石井のこだわり
 第2章 『クマのプーさん』英日比較にみる石井らしさ
 第3章 「岩波少年文庫」シリーズと物語の翻訳
第II部 子ども読者と作品の「声」
 第4章 翻訳絵本の形
 第5章 子どもの読みと絵本『ちいさいおうち』の翻訳
 第6章 訳者の作品解釈とファンタジー『たのしい川べ』の翻訳
 第7章 訳者の精読と短編『おひとよしのりゅう』の翻訳
第III部 「語り」の文体の確立
 第8章 幼年童話と昔話の法則
 第9章 ポターの「語り(“tale”)」の文体
 第10章 ファージョンの「声の文化」の文体
 第11章 「語り」を絵本にした『こすずめのぼうけん』
 終章 石井の翻訳文体の源泉としての「声の文化」の記憶)
参考文献
あとがき
人名索引
事項索引
イベントに「特別展 村岡花子 出会いとはじまりの教文館」についてアップしましたが、教文館によれば、さらに尾崎真理子さんによる石井桃子さんの評伝(雑誌「新潮」に掲載されていたもの)が出るそうです。
http://www.kyobunkwan.co.jp/narnia/archives/weblog/4f9f52b1
橘の末裔様の示してくださったリンク先にも紹介されている「石井桃子のことば」(新潮社 とんぼの本)です。
石井氏の著作、新聞・雑誌に掲載されたインタビュー記事から、氏の残した言葉、氏と深い関わりのあった人々のエッセイ、など。
プーとポター(ピーターラビット)の翻訳についての興味深い話も。
「外国の友人が、プーを訳すの、どんなに難しかったろうと言うんですけれども、いままでした仕事のうちでいちばんやさしかったんですよ」
「私は、やっとすませたピーター・ラビットの絵本の翻訳のできを、けっして満足していない。そして、あれは、満足の行くような外国語に訳せるような本ではない気がする」
(本文より)

また、終戦後すぐに始めた宮城県鷺沢での農業生活の頃についても書かれており、「小さい牛追い」や「牛追いの冬」の子供たちのように牛の乳搾りをしたのだなぁ、と思いを巡らせながら読むのも楽しいです。

「とんぼの本」らしく写真がふんだんに載せられていて、今まで石井氏が翻訳し出版されたた全ての(自身の著作含む)本がカラーで掲載されています。
軽いビジュアル本、と思っていたら、非常に中身の濃い、長く手元において折に触れて開きたい本でした。
>>[29]

すでに手元に置いてあります。
「石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか」の余韻がさめたら、手に取ることにしましょう。
>>[26]

 バージニア・リー・バートンも石井さんの訳が多いですね。また児童文学で知る人ぞ知る、小川未明批判
を早大(最初にやったのが鳥越信と古田足日!)の次にやったのも石井さんです。
渡辺茂男と並び、よく名前を憶えている翻訳家でした。
>>[31]

コメントありがとうございました。
バートンは『ちいさいおうち』の作者ですね。(*^-^*)まるでいきものみたいに愛らしい家の表紙が小さいころ好きでした。

『ちいさいおうち』は『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』でも取り上げられていました。

絵本は翻訳の際、文字並びに(タイポグラフィーというやつですね)とても気を遣うし、絵との配置バランスもとても大切なようでした。英文の原文は短くても日本語に訳すと少し長くなるためピーターラビットのような小さいページにおさまるかどうかも心配されたりしていました。また日本風の扉の開き方にすると絵の流れが逆になるので左右反転したり・・・。小さな絵本でもロングセラーの翻訳本には専門家の苦労と工夫がつまっているんですね。

私はただの児童書好きで専門書は読んだことがないので小川未明批判 という言葉は初めて聞きました。

WIKIでも古田足日の項目に”「さよなら未明 -日本近代童話の本質-」という評論で、小川未明を批判。以後未明批判の先駆者として名を残す。”と出ていましたが、詳しい内容はわかりません。

古田さんや石井さんは未明のどんなところが不満だったのでしょうか?昔話風で古くさいとか?結末が哀しいから?絵画などと同じで「もっと新しい現代的なスタイルの児童文学を」という新しい若々しい流れを作ろうという動きだったのでしょうか。



「ひみつの王国―評伝 石井桃子―」が刊行されました。
http://www.shinchosha.co.jp/book/335851/
やっと「石井桃子のことば」を読みました。

石井桃子さんがさまざまなところに書いた「ことば」と、かかわりのあった人たちの思い出の文、そして数々の写真で構成されていますが、「ことば」をこうして切り取ってしまっていいのかとも思ってしまいました。

きなこさんも触れていらっしゃいますが、「石井桃子全著作リスト」は単なるリストではなく、各著作の表紙画像がついているので、タイトルだけでは思い出せなくても表紙の画像で思い出せるものがたくさんありました。
「木かげの家の小人たち」「くらやみの谷の小人たち」
イメージイラストで、pixivにアップしたものです。

荷物を整理していたら、昔々のスケッチブックが出てきました。
懐かしいな〜大好きな物語のキャラの、イメージイラストを
自分なりに勢いにまかせて描いたっけ。
カップリングまで描いてたなんて、なんだかちょっと恥ずかしい。
でもせっかく色まで塗ってあるし、思い切ってアップしてみます。
花の小人たちは、スミレ、フキノトウ、ミズバショウ、リンドウです。

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52495160

スケッチブックと一緒に、でっかいケント紙に描いたイラストも出てきました。
なんと、タテ77cmヨコ50cm!!ポスター仕様なデカさです。
当然、スキャナに入り切れるサイズではないので、カメラで撮りました。
古くなっていて、所々カビまではえてました。修正液はそれを消した部分です。
皆が囲んでいるのは、ガラスのコップのかけらです。お話の重要なアイテム!
アイリスが持っているロープのような物は、アイリスが編んだ虹色のリボンです。
最後5枚目は、このイラストのための下描きの下描きです。

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52495803

物語の中で一番好きなのは、なんといってもアマネジャキです!!
カッコイイんですよ〜アマネジャキ。アイリスの家族が困っていた時に
風のように現れて、助けてくれました。そのお礼にアイリスは、
いつも裸でいるアマネジャキに、赤いチョッキを編んでプレゼントします。
1枚目のイラストは、そのイメージの絵です。
3枚目は「借りぐらしのアリエッティ」が出た頃に描いたものです。
小人の家族を助けるスピラーとアマネジャキ!なにこれそっくりじゃないか!
で、嬉しくなって描いたものです。

この2冊の本は、今でも私の宝物です。戦争について真剣に
考えさせられたのも、この本が始めでした。
戦後70年の節目に、よかったらぜひ読んでみてください。

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52496426

明日のNHK「探検バクモン」は国際子ども図書館という所が舞台のようです。上野公園にあるようですね。
しまった、行き損ねた、「長くつ下のピッピの世界展 〜リンドグレーンが描く北欧の暮らしと子どもたち〜」東京会場。
巡回(宮崎→京都→名古屋→福岡→愛媛)のどこかで行けることはあるかしら?
http://www.pippi-ten.com/
ジブリのアリエッテイを見ると、小学生の頃読んでた元ネタと随分違うなぁと思う

ハウルはダイアナ・ウィン・ジョーンズの原作をわりとわかりやすく視覚化している部分もあるんだけど
どっちも良い映画なのは間違いないんですけども
>>[38]
情報ありがとうございます。
宮崎在住ですから観に行きたいと思います。
楽しみですexclamation
ふむ、神戸→松本→横浜→福岡→静岡→名古屋→comming sonnですと。

「不思議の国のアリス」展
http://www.alice2019-20.jp/
そして、ムーミンも全国行脚ですか。

ムーミン展
https://moomin-art.jp/
Bunkamura ザ・ミュージアムで始まった「くまのプーさん展」へ。

平日の11時少し前にもかかわらず、チケットブースには短いが列ができ、会場内も展示作品の前が空いているところは、ほとんどありません。
シェパードさんの原画展で、それぞれの作品は小さいので、じっくり見たければ列に並ぶしかないでしょう。

会場内で、エントランスと、「MR SANDERS」の表札のあるプーの家やプー棒投げの橋が作られている中央部は、撮影可。

4月14日まで。
https://wp2019.jp/

銀座に移動して、教文館6階ナルニアホールで開催されている「安野光雅が描く名作の世界」へ。

安野さんが挿絵やカバーを描いた「小さな家のローラ」「あしながおじさん」「赤毛のアン」「メアリ・ポピンズ」の、一部ですが原画の展示です。

店内では安野さんの最新刊「メアリ・ポピンズ」を含む、サイン入りの本が販売されています。
https://www.kyobunkwan.co.jp/narnia/na_event

2月26日(火)までです。
https://www.kyobunkwan.co.jp/blog/archives/10097

画像のサインは、「Little House in the Big Woods—大きな森の小さな家」

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