さて、高橋健二さんの戦前の地位、あるいは言動について、そして戦後の言動の連関については、いろいろなところでいろいろな人たちによって言及されているので、あらためてここで触れることもないとは思いますが、「Die Konferenz der Tiere」を高橋氏がどのような思いで訳したのかと考えると、ご自身でどのように整理したのかは、気になるところではありますね。
岩波のケストナー少年文学全集版「動物会議」の巻末に、高橋さんによる「あとがき」と「ケストナーの生活と作品について」がありますが、自身の経歴との関連は書かれていません。
また、例えば「飛ぶ教室」は、今は高橋訳以外に、講談社文庫(桜井誠、山口四郎)、少年文庫(池田香代子)、光文社古典新訳文庫(丘沢静也)、青い鳥文庫(山口四郎)、偕成社版(若松宣子)と出ていて、高橋訳とは異なった雰囲気が味わえるので、好きなものを選んでいけばいいのでしょう。
ただ、人名の読み方が異なっています。
Martin Thaler:マルチン(高橋)/マルティン
Johnny(Jonathan Trotz):ヨーニー(高橋)/ジョニー
Matthias Selbmann:マチアス(高橋)/マティアス
Uli(Ulrich von Simmern):ウリー(高橋)/ウリ、ウーリ
Sebastian Frank:ゼバスチアン(高橋)/ゼバスチャン、ゼバスティアーン
Nichtraucher(Dr. Robert Uthofft):禁煙先生(高橋)/禁煙さん
Dr. Johann Bökh(Justus):ベク先生(高橋)/ベック先生
禁煙先生以外は独語名前の日本語的発音による表記になるので、微妙なところはあるのは確かでしょう。
けれど、「Johnny」はアメリカからやってきたので自分のことを「ジョニー」と呼ぶのはよしとしても、ドイツ語的には/j/はどちらかというとヤ行の音であり、「Johnny」をドイツ人は「ジョニー」と発音できないので、「ヨニー」「ヨーニー」だと思うのです、「Johann Strauß II」が「ヨハン・シュトラウス2世」であるように。