例えばThe Geto BoysのWe Can't Be StoppedやIce TのOG、アイス・キューブのAmerikkka'zMost Wanted、それからKRS-OneのCriminal Mindedを聴いたとき、世界がどうできているものなのか強烈な印象を受けた。さっきも言ったけど、知っていたけどうまく言葉にすることができなかったことを明言していたのだ。ひとつ面白いのは、Criminal Mindedはギャングスタ・ラップ(あるいは当時リアリティーラップとも呼ばれていた)だと思われていたけど、今では「革命的」なクラスに分類される。同様に、Public Enemyは「革命的」だとされていたけど「ギャングスタ」だとは考えられなかった。たとえ彼らが凶暴で極めてアグレッシブな態度で政府や偽善的な外交方針または都市における政策の失敗を指摘していたけれども、だ。こういったアーティストやアルバム、楽曲は、今日のギャングスタ・ラップの表層ではないけど、伝説的なKool G Rapのように言葉遊びに新たな境地をもたらした。Dr.Dreとスヌープ・ドッグの天才的な楽曲中に隠された社会の解説さえもミレニアム以降の作品には見あたらなくなった。ヒップホップの本質とは、とかそれがどう進化していったかまたは退化したか、というのは常に繰り返されるテーマだけれど、人によっては、ギャングスタ・ラップの今昔を見てみれば、その革命的なエレメントっていうのはほとんど音楽産業という構造によってきれいさっぱり洗われてしまったのだ。
今挙げたのはほとんどが西海岸と南部のアーティストだけど、東海岸も同様にたくさんのギャングスタ・ラッパーを輩出している。ただ彼らはブロッズやクリップスといった顕著なギャングと目に見えて関わっていなかったから、東はまた違うものとしてみているというだけのこと。結局、ニューヨークっていう帝国が当時国民の5%で、たとえいくらかの人が地元の組織犯罪に関わりを持っていた(少し挙げるとすればJust-Ice, Wu-Tang, DITC, Nas, Biggie, Mobb Deep Black Moonなど)としても、色別のギャングよりストリートのクルーや地元の組織暴力団によって築きあげられたものだ。ただ覚えておきたいことはそれがどこであれ、東・西・サウス・ミッドウェストだろうと、もっとも凶暴な音楽の起源は若者の間に生まれたイデオロギーとしての「革命」と切り離せないのだ。ファクトイド*(疑似事実)として情報は音楽業界に歪められ、「ギャングスタラップ」と呼び名がつけられるまでの間に恣意的に忘れられていった。その前は「リアリティーラップ」という名で作り手である個人に呼ばれていた。それが本来の起源であるのだから、そこに戻れないわけがないのだ。正確にやっていく必要はある。
文化的ナショナリストラッパーはパンアフリカニズムというテーマに従事し、1960年代の黒人闘争の政治的また文化・アート運動、1970年代のBlaxploitationやインディペンデントフィルム、またマルコムXや彼には至らないが十分に意義のあるMartin Luther King Jr.のような特定のアフリカンアメリカンの人物の名残である。
イスラム的ナショナリストラッパーはOrthodox Muslims、the Nation of IslamのメンバーやThe Five Percent Nation of Gods and Earthsに賛同する個人を指す。「ギャングスタラップ」は後付でヒップホップ産業による旧式の呼び名であるが、Ice TやBoogie Down Productionがはじめ最近ではScarfaceやThe Gameによりストリートの犯罪が叙述されたこと、また犯罪裁判システムの鋭い批判が関連付けられる。
ギャングスタラップはメディアや学術的調査において非常にポピュラーでありヒップホップと政治学の焦点をさらに広げた表象をしている。もっとも、1980年代後半から90年代初期にかけて圧倒的だったギャングスタラップは、ヒップホップと暴力(バイオレンス)の関連性を刺激し現代社会科学者が理論化させていった。(ヒップホップ研究における重要な経験的調査のセクションを参照)ヒップホップはアフリカンアメリカンの若者、特に男子に暴力を奨励してきたように表象される。1989年のNYで起きたセントラルパークレイプ事件は特定のラップの歌詞によって動機付けられたものだと言われている。学者のHouston A Baker Jr.氏は自著「Black Studies, Rap and the Academy」のなかでニューヨークのプレス陣が10代の黒人男子容疑者の好きなラップ曲(Tone LocのWild Thing)とメディアで伝えられた彼の行動“Wilding”とを合本していたことを述べている。
ラップやミュージックビデオにおけるバイオレンスについての付加的な分析はにヒップホップにおける性的暴力、父権主義(パトリアキー)、セクシズム、そして女嫌い(misogyny)に関する議論もはらんでいる。特にギャングスタラップにおいては、Johnnetta Betsch ColeやBeverly Guy-Sheftallといった学者が「憤り、敵愾心、など若い黒人男性が警察や『システム』に対して抱く侮蔑を黒人女性に対して向ける」と議論している。ColeやGuy-Sheftallが拠り所とするのは歌詞の分析から得たものであり、Live Crewの「Me So Horny」やBuju Bantonの「Boom Bye Bye」そしてEazy Eの「One Less Bitch」といったものから挙げられている。また、「論拠」として、ラッパーDr.Dreの1991年、メディアパーソナリティであるDee Barnesの暗殺、故ラッパーTupac Shakurが1993年性的暴行を加えたとされる事件、児童ポルノ疑惑で告訴され裁判中のR&BシンガーR,Kellyを挙げている。
この種のバイオレンス(暴力)に関する経験的証拠としてColeとGuy-SheftallはBruce WadeとCynthia Thomas Gunnarによる大学生の性的態度におけるギャングスタラップの影響という研究を引用している。同研究によれば、黒人男子大学生で特にラッぷ音楽を成り立たせているジェンダー観を「正確だ」としていることがわかり、またより多くの黒人男子がラップを好めば好むほど、レイプ傾向にある態度を持つということがわかったという。これら特定の性的暴力の表明はヒップホップ文化の一部だとされ、女性を傷つける対象としてのラベル付け、黒人の過度な男性らしさ(hypermasuculinity),はびこる同性愛嫌いなどを含み、集団レイプといった攻撃的で犯罪的な性的態度を支持している。「ヒップホップジャーナリスト」のKevin Powell氏は、同様にギャングタラップのレコードであるDr.DreのThe Chronicがヒップホップ業界のラップミュージックにおける青写真となった、と主張しており、Powell氏はThe Chronicで支配的なテーマである「無意味な銃の撃ち合いとバイオレンス、罵り合いやむかつき、ニガーやビッチといった自己嫌悪(self―hating)的な言語の頻繁な使用、マリファナ・酒・セックスへの強欲さ、黒人女性に対する途方も無い無礼や蔑視」から同一視できるものだとしている。同曲が提供している性的態度や行動は公の場に照らすと非常に興味深いため、Dr.DreはしばしばLisa JonesやCole and Sheftallといった黒人フェミニストによって、黒人女性番組司会者のDee Barnesを肉体的虐待(physical abuse)したとして警告を受けている。究極的にはThe ChronicもDr.Dre自身もヒップホップ文化と激しく相反する表象をしているという点で非常に興味深い。The Chronicは実は女性嫌い(misogynist)を呈しており、アルバムは黒人同士の殺し合い、集団的ニヒリズムの表現を確かに含んでいるにもかかわらず、それでも「政治的」アルバムであるのは、社会的解説や法の厳格な施行について掻い摘んでいるからである。(特にThe Day the Niggaz Took Overはロサンゼルス暴動の応報を擁護している)
Tricia Rose、Robin D.G,.Kelly、Mark Anthony Nealといったポリティカルラップのほとんどの学者はラップ音楽は「インフラポリティックス(下位的政治学)」の形であり、「対立的叙述(または非公式の事実)が発展し、精錬され、習熟された」のだと論じている。James Scottは「隠れた叙述」を「ステージ外」で「権力保持者(powerholders)」からの批判の範囲外で存在する対話だと定義している。ラップは公の広場(public forum)に明らかに存在するが、学者たちはラップが抵抗しているヘゲモニー的な力によってその批判が認識されないように慎重に暗号化されているという事実をほめて世に知らせるのだ。その例として、RoseはQueen LatifahとMonie Loveの「Ladies First」から「黒人女性のための結束(unity)独立(independence) 力(power)の声明」を引用している。この曲の歌詞やミュージックビデオには共にSojourner TruthやWinnie Mandela、Angela Davisといった黒人女性活動家の意義を歴史的なものとしていることで、直接黒人男性を攻撃することなく、黒人女性の歴史的苦難に貢献しているのだ。これに類似してMark Anthony Nealも、Arrested DevelopmentのTennesseeを引用し、この曲が単なる黒人田舎社会の称賛ではなく、黒人コミュニティーの都市化(urbanization)の衝撃に対抗していることを示している。ヒップホップ音楽における経験的調査によってより詳細に、文化的・犯罪的・性的ポリティックスについては探究されている。
MEEと略されるThe Motivational Educational Entertainment Corporation(モチヴェーション・絵ドルケーショナル・エンターテイメント・コーポレーション)が”ヒップホップ世代”の若いアーバンアフリカン・アメリカンを特定の対象として調査を行った。これによると、MEEはヒップホップ世代を、「若い」「アーバン」で「危険な状態にある(危うい環境にある)」若者を含むものだと定義していながら、必ずしもそれに限らないとしている。どう研究では性やセクシュアリティといった問題について若者に自らの意見を述べる特権を与えることに従事した。MEEの調査は主に若者におけるメディアの影響力の強さを動機としており、禁欲的な教育プログラムが若者の興味を惹くのに失敗にして、同様の番組も性的衛生を保持するのに必要な情報を提供する能力を欠いているという面にも由来している。
ことの発端はOpen Society Instituteのニューヨークスタッフが草分け的な援助者に行った「群集を動かせ:HIPHOP アクティビズムの出現」と名を打った報告会が2002年7月19日にNYで行われたことである。その後に行われたのが援助者報告会とアーティストによるショーケースを含むイベント「果てしない上昇:ベイエリアのHIPHOPアクティビズム」である。同イベントはサンフランシスコにあるYerba Buena Center for the Artsで開催された。
主催者(オーガナイザー)はライターでヒップホップアクティビストのJeff ChangとFunder’s Collaborative On Youth Organizations共同設立者のAmanda Beregerだ。Open Society Instの認可の下様々な援助団体・慈善団体の協力を得て、二人は著名なベイエリアのHIPHOPアクティビストと援助者による委員会を組織し、研究班をつくり、タレントショーの企画・参加者の選定を共同で行った。
2007年9月28日マーキュリーニューズ Davey D
http://p076.ezboard.com/fpoliticalpalacefrm73.showMessage?topicID=696.topic
Rappers Need to Speak Out on Political Injustices
「ラッパーは政治的不正についてもっと語るべきだ」
快適な生活を送るアメリカ国民にとって、ヒップホップ界にとってこちらの状況はそれほど差し迫ったものではなかったのかもしれない。いや、シアトルのセントラル地区にある私の家からたった1ブロック先にある「テント・シティ」の路上生活者たちにとっては差し迫ったものでかもしれない。そしてもしヒップホップがケニアやフィリピンやラコータ共和国で起きている闘争を見つめるレンズのような存在であれば、我々は自分たちの地元コミュニティーで起きている闘争の本質をよりよく理解できるかも、そしてそれがグローバルなムーヴメントと如何につながっているか理解し、本当に克服するということの意味をわかるかもしれない・・・。
-Julie C
Hip Hop as a Political Tool
By Yvonne Bynoe, AlterNet
Posted on June 9, 2004, Printed on January 16, 2008
http://www.alternet.org/story/18902/
政治的ツールとしてのヒップホップ
Yvonne Bynoe 2004年6月9日
Getting back to the garden in song Lyrics offer lesson in environment
By Amy Farnsworth
Boston Globe Correspondent / March 2, 2008
http://www.boston.com/news/local/articles/2008/03/02/getting_back_to_the_garden_in_song/
の訳です。
Michael Cermakの入る教室では、教科書よりもヒップホップが前に出る。しかし、この教室で流れるヒップホップやR&Bの曲にとって、ブリンブリンなアクセサリーは興味範囲の外である。代わりにボストン・カレッジの博士号コースの学生が聞き入るラップは環境について歌っている。そう、環境のこと。
これまでの歴史を振り返っても、ミュージシャンは環境に新しい動きをもたらそうと取り組んできている事がわかる。1971年にヒットしたマーヴィン・ゲイの「Mercy, Mercy Me (The Ecology)」では水銀や地球が破壊されていることについて「ああ、物事は昔と変わってしまった。だめだ、だめだ。海に残された重油、魚は水銀にまみれて」と感傷的に歌った。 ラッパーDefは「New World Water 」という曲 で劣悪な水質と水資源の過剰消費について歌っている。 ボストンでは地元のヒップホップアーティストが地球環境の現状についてメッセージを広めている。博士論文の中でCermakはそのことを詳しく述べている。また自身が行ったワークショップ「Word Weapon」では市内を回り地元アーティストの曲を使用した。
その中のアーティストWil Bullockは15歳の時にThe Food ProjectというNPOで働き始めた。このNPOでは農業や農業を通じた食のシステムについて学生に教える活動を行っている。こうした経験にインスパイヤされて生まれたのが5曲入りのアルバム「♪~Time For Change」だ。様々な低所得者層の家族を訪れた彼は、都市のコミュニティーが食材店へアクセスしにくい現状について歌っている。
「酒やファーストフードが欲しいなら、すぐ横町で手に入る。いつだってすぐ手に入るようになってるんだ。けれどもレタスやトマトが欲しいとなれば、バスを3回乗り換えてスーパーに行かなくちゃいけない。負担が大きいんだ。」とBullockは言う。 Trustees of Reservationsで働くBullockは今若者向けのプログラムをつくっているところだ。子供達がMattapanで野菜を育て、地元の青果市場で売るというもの。 (インタビューをコチラから聴けます)
(つづきです。)
一方Chapuの名で知られるCarlos Pemberthyも自身のリリックのなかで環境についてラップしている。この曲の元となる経験は、 Neighborhood of Affordable HousingというNPOでチェルシー・ディーゼル発電所工事反対運動を行ったことである。請願書を書きながら、スペイン語で走り書きしたものが後に「El Planet Tierra」という曲をつくることになった。
ケンブリッジのBrandon McDowellはエコ・ラップに一声加えた。Alternative for Community and EnvironmentというNPOで活動するスポークンワーズのアーティストだ。場所や用地の利用について、浄化について、そしてグリーンな生活をすることについて語る。 「環境の正義や、立ち上がること、自分を表現すること。ヒップホップはストーリーを伝え、知恵を手渡していく手段なんだ。」とMcDowellは言う。
West RoxburyのCorey DePinaはイースト・ボストンにあるZumixというNPOで作詞やレコーディングを行う手助けをしている。ここ2ヶ月で、DePinaは生徒達とリリックをつくることに取り組んできた。2月19日に行われたコンサートと環境問題作詞コンテストのための作品だ。一方でDePinaは自分の音楽を EnPossantという名でつくり、環境や社会正義について歌っている。「Erflings」という曲では貧困や、ローカルな思考と行動でより良い世界を求めることについて歌っている。DePinaは環境問題をラップすることは真新しい事ではないが、環境について歌うラッパーが増えていることでみんなも世の中で何が起こっているか注目しだしたのだ、と語る。「大きな問題に発展したことで人々の意識が高くなってきているんだと思う。これからもこのムーヴメントは続くよ」
Black Teens Are Breaking The Internet And Seeing None Of The Profits
http://www.thefader.com/2015/12/03/on-fleek-peaches-monroee-meechie-viral-vines
written by DOREEN ST.FELIX, December 3, 2015 | FADER
高校生のKayla Newman(当時16)は、Peaches Monroeeというアカウント名でVineを始めた。2014年6月にアップした「We in this bitch, finna get crunk, eyebrows on fleek. Da fuq」と口ずさんだVine動画は3600万回の再生された。Kayleはあまりの反響に、動画を取り消すがすぐに別のユーザがYoutubeにアップ。300万回再生される。のちに「on fleek」というフレーズをアリアナ・グランデが自身のvineでも投稿し、パンケーキを中心としたレストランチェーンのIHOPも競合のデニーズも、「on fleek」を使ったツイートで自社商品をプッシュ。ティーンのネットの流行に誰もが便乗し、紙コップメーカーのHeftyがCMに起用するなど連鎖効果が続く。もはや誰のものとも言えないような波及効果をもたらした。
これについてKaylaは「わたしはこの世に言葉を生んだ。どんな感じか言葉では言い表せない。誰からも一銭ももらってないし、支持をもらってもいない。何か対価をもらってもおかしくないと思う。まあ、いい事が起きるまで待つしかないけどね」と。話している。
名も無きブラックのクリエイターたち
ほとんど白人のダンサーしか出てこないABC放送のテレビシリーズ番組、「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」は番宣動画で、Silentoの「Watch Me (Whip/Nae Nae)」を使ったし、大統領選出馬前のヒラリーはトーク番組「エレン」でもその振りをやった。こうした国民的に人気なエンタメで使われるフレーズの元になった動作は誰がやったのその名をみつけるのは困難だ。