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蝮☆千夜一夜コミュの週刊『機動戦士ガンダム ガイスト〜鬼の啼く宇宙(そら)編〜』第33話〜その日限りの〜

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憲法によって攻撃意図を放棄したからという理由で
無防備のアヒルが狐に襲われずに済んだことがあったか?

羊が軍備を持たないという理由で
狼が平和主義者になることがあったか?

〜アドルフ・ヒトラーの言葉〜



 スカーヴァティーではブリーフィングが行なわれていた。セガールを除くパイロットや主だった人々が集められている。ヒロコもこれから話される内容については知っていたが、彼女の役目は、その現場を書きとめることであるから出席していた。中にはターニャの姿もあった。イズ部長がいないので、代理なのかもしれない。

「みんなよく集まってくれた。これから話す作戦が、おそらく鐘鬼として最後の作戦になるだろう・・・・」
 大佐が口火を切った。いきなり核心に触れる内容である。場内がどよめいた。
「大佐!最後ってどういうことなんですか!?」
 これはウェイヴェルである。その語気から納得がいかないという気配が強く感じられた。
大佐はウェイヴェルを見つめながら、
「最後とは、最後ということだ。この作戦をもって、鐘鬼は解散する」
ときっぱりと言った。
「いきなり解散と言われても我々は納得がいきません!」
 ウェイヴェルが食い下がる。室内がざわついた。みんなウェイヴェルと同じ気持ちのようである。
「ウェイヴェル、君の納得がいかないという気持ちもわかる。だが、君の言い分を聞く前に、これからの作戦について話をさせてもらえないかな」
 大佐が穏やかに言った。いつもなら強くたしなめる大佐が、穏やかに言うその意外な態度に、ウェイヴェルも矛を収めるしかなかった。そしてウェイヴェルが黙ったのを見計らって、大佐は本題に入っていく。
「前回の戦闘で我々は多くの仲間を失い、また、多くの機体、あるいは機材を失い、そしてスカーヴァティーも現状のような有様だ。今後のことをジョーンズ艦長はじめ、主だったもので協議し、検討したが、我々が、このまま連邦艦隊から逃れられる確率はほとんど無い」
 会場はシーンとなっている。みんな、どこかで察知していたのかもしれない。
「我々を追跡してくるであろう艦隊は、先ほどの艦隊と同規模のようである。したがって、今度捕捉されてしまうと、さすがの我々も全滅する可能性がないでもない。
そこでだ。
艦隊を二手にわける。もっとも二隻しかないので、単艦で行動するということだ。スカーヴァティーはこのままエウーゴ艦隊との合流点を目指し、メーガは、真反対になるが、アクシズ艦隊との合流予定地点を目指す。連邦は、鐘鬼の旗艦がスカーヴァティーであることを知っている。したがって、速力の低下したこのスカーヴァティーをエサにして奴等を釣り上げる。ただし、極力戦闘は避けエウーゴとの合流を第一に目指す。それでも補足される可能性は非常に高く、武装も、ましてや耐久力もない輸送艦であるこのスカーヴァティーが、あの大艦隊に捕捉されれば生き残れる可能性ないといっていいだろう・・・・。したがって、スカーヴァティーには、有志のみの最低人員を配置するに留める。残りはすべてメーガに移乗してもらう」
 有志のみ・・・・ということは、死を覚悟したものがスカーヴァティーに乗り込むということか。薄々わかってはいたが、鐘鬼の危機的状況に声もなく聞き入る乗員達。
「それから、平行して連邦艦隊の足止めを行なう。これによって、少しでもスカーヴァティーが逃げ延びられる確率を上げようとするものだ。ただし、足止めは使い捨てになる。回収はできない・・・・・」
 大佐がそこまで言ったとき、ムレノが手を上げ、また、ウェイヴェルも手を上げた。
「大佐!」
「はい!大佐!!」
 早い話、その足止めは自分がやります・・・という意思表示であった。同時に同じ行動を取ったムレノとウェイヴェルはお互いを見て、少し笑った。
「大佐、その任務、ぜひ我々にやらせてください」
 ムレノが言った。ウェイヴェルとやる、ということなのだろう。
 その二人の姿を見ていて、大佐は微笑んだ。
「ばかもん!この役目はな、生きては帰れないんだぞ」
 大佐はそのように言って、少し顔を伏せ、目頭を一瞬押さえた。
「大佐、漢(おとこ)のすべきその役目を、このムレノに命じてください!」
 ムレノが畳み掛けるように言った。だが、
「ムレノ・・・・・君には奥さんと子供があるだろう?妻子持ちは生きて帰らねば」
と大佐が顔を上げてムレノに言った。
「いや、しかし!」
ムレノは食い下がる。
「ならん!君は妻子を食べさせるために傭兵になったのだろう?ならば、生き抜いて、最後まで養ってやるのもまた、漢(おとこ)の勤めだ」
 さすがに、ムレノも返す言葉がない。口を動かそうとするが、声にならない。無念がにじみ出るその表情で、
「嫁さんと子供がいると、死ぬべきときにも死ねないというわけですか・・・」
と呟くように吐き出すと、肩を落とした。
「死ぬべきときに死ぬだけが、戦士ではない。死ぬべきときに死なず、恥を忍んでも生き抜いて、やるべきことをなさねばならんこともあるさ・・・・ムレノ、君はアナハイムの所属だ。この作戦後はアナハイムに返す約束をしているし、君にはやってもらいたい任務がまだある。それからウェイヴェル、お前の機体であるザク?Gは戦闘不能だ。だから、この任務は俺がやる。俺がザク?で、連中の足を止めておく・・・・」
 場内が騒然となった。そして、鐘鬼を解散するといった大佐の意図がようやくわかったのだ。

 ジョンはその光景を見つめていた。ムレノとウェイヴェルが志願している姿を見ても、ジョンは名乗りをあげなかった。彼には彼の考えがある。大佐がそこまで言う以上、きっとすべてを計画してからの事であろうから、自分はそれに従うだけだ・・・という覚悟でいたのだ。ただ、さすがのジョンも、まさか大佐自らが足止めに向かうとは思いもしなかった。そしてそれは大佐との永遠の別れを半ば意味している。いや、ほぼ・・・といってよいかもしれない。

「ムレノ、ジョン、君たちはメーガを護衛してアクシズ艦隊と無事合流できるまで見届けてもらいたい。その後、アクシズの力を借りてムレノはアナハイムに戻れ。ジョンはムレノといっしょにアクシズを離れたあと、エウーゴに向かってくれ」
 大佐が淡々という。
「大佐、失礼ですが、それならば自分がはじめからスカーヴァティー護衛に回るほうがいいのではないですか?」
 ジョンが大佐に言った。
「ああ、本来ならそうなんだが、ジョンには生きてグレイウルフに会ってもらう必要がある。君に私からの書簡を預けたいのだ。したがって生存率の高そうなほうについてもらう。少ない戦力をこれ以上分割するわけにはいかん」
「しかし、エウーゴに接触するといったってどこに行けば・・・」
 ジョンは困惑した。どこにいけばエウーゴに接触できるのかわからない。
「ジョーンズ艦長が知っているよ。すくなくともアナハイムにまで行ければ接触はできる」
 大佐はジョンの困惑を見て、そう答えた。
「大佐・・・」
 突然ウェイヴェルが口火を切った。
「なんだ?」
 ウェイヴェルは立ち上がって大佐に向かって切り出した。
「大佐はザク?に搭乗するようですが、セガールのようにザク?を操れるのですか?」
「いや・・・残念だが、そこまでは無理だろう」
 それを聴いて何を思ったか、ウェイヴェルが笑い出した。
「セガールですら、ザク?を使っていて敵をすべて相手に出来たわけじゃないんですよ?それを大佐が一人でなんて、無理ってもんですよ。5分と持たないんじゃないですか?」
 大佐はじっとウェイヴェルを見つめたまま、
「そうかもしれんな」
と答えた。
「そうかもしれん・・ではなくて、そうでしょう。ですが大佐・・・・自分を加えてもらえれば、10分は持たせて見せますよ」
 そういって、ウェイヴェルは両手の指を大きく広げた。
「モビルスーツはどうするかね?」
 大佐が尋ねた。ウェイヴェルの愛機は戦闘不能だ。
「大佐の・・・大佐のゲルザクをお貸しください!ずっとザク乗りで、ゲルググは憧れの機体だったんです・・・・ですから・・・・」
 ウェイヴェルはそう言った。
 大佐は、ふぅっと、息を吐いた。
「大佐、お願いです・・・・・自分を連れて行ってください」
 ウェイヴェルは懇願した。先ほどは笑っていたが、今は真剣な表情だ。
「なぜだ?なぜそうまでしてお前は出撃したがる?生き延びてアクシズに行くことができれば、再び兵士として仕事をすることも可能だろう。すくなくとも、元ジオン兵として、一般社会に復帰するよりは君の適正にも向いていると思うのだがね」
 大佐はウェイヴェルに尋ねた。何も好んで死地に向かう必要など、彼にはない。
「・・・・・家・・・なんですよ。ここは俺にとっての・・・」
 鐘鬼を「家」と呼ぶものは他にもいた。特にセガールはそうである。そして今、ウェイヴェルもそう言った。
「家・・・か」
 大佐がその単語を繰り返した。軍人が船を家だというのは珍しいかもしれない。海賊ならばおそらくは家だというかもしれないが。
「そうです。祖国を出てすでに5年以上の月日が流れました。国を亡くした自分が戻る唯一の場所・・・・それがここだったんです。リリヤと出会ったのもここでした・・・・それが・・無くなるというのならば、自分は家を失うも同然。リリヤを失い、身内のいない自分がこの先生き延びたところで、生きる屍のようなもんです・・・・ですから大佐、仲間のために自分の命を使わせてください。鐘鬼だから戦いつづけて来られたんです。いまさらアクシズに逃げ延びてまで戦うことの意義が自分にはありません・・・」
 ウェイヴェルが立ち上がって大佐に懇願している。その姿をヒロコは後ろから見ながら考えた。この鐘鬼という組織は、自分が取材したどのジオンの残党とも違う。ジオンの大義のため、あるいは、ジオンの理想のため、そういう語録が飛び交うのがジオンの残党というものであった。今回のような、足止めのために犠牲を強いる場合にも、ジオンの大義のために死す、あるいは殉ずるという美辞麗句が使われた。しかし、この鐘鬼にはそういう単語は一切出ない。
「だがな、ウェイヴェル・・・・」
 大佐は、やんわりウェイヴェルの申し出を断ろうとしている。サイド4の作戦でもそうであったが、後味の悪い仕事、あるいはそういう任務を大佐は自らやろうとする。決して部下にはやらせようとはしない。
そのことを大佐に「指揮官として失格ではないのか?」と苦言を呈したものがいたらしいが、大佐は、
「もう我々は軍隊という組織ではないのだから。各々の自覚で集まって行動を共にするものたちだ。私はその代表にすぎないよ。自分が何をすべきか・・・・・それぞれが考えていかないで、我々は生き抜いてはいかれまい。指示はする。しかし、強制はしない。」
と、そう答えたという。ヒロコの脳裏にそのような話がよぎった。
「大佐、お願いです!」
 大きな声に、ヒロコは我に返った。見ればウェイヴェルが床に土下座していた。
「自分を・・・・連れてってください・・・・」
その声は震えていた。泣いているのかもしれない。場内は静かだった。
じっと見つめていた大佐が、ようやく口を開いた。
「ウェイヴェル・・・・あの世でリリヤに俺が責められたら、うまく言いくるめてくれよ」
 うずくまるように震えていたウェイヴェルは、大佐の声を聴いて顔を上げた。驚いたような表情をしている。
「え??・・・・では・・」
「ああ、好きにしろ」
 大佐はウェイヴェルの顔を見つめると、それだけ言った。ウェイヴェルは再びその場にうずくまり身体を震わせていたが、見かねたのであろう、ムレノが抱き起こすようにして、ウェイヴェルをその場から外へと連れ出した。

 大佐は二人の姿を見届けることもせず、話を続けた。
「私が出撃したあとの、スカーヴァティーの指揮はティドウィルが執る。スカーヴァティーに残るメンバーについても、ティドウィルに一任してある。希望者がいるならば、彼に申し出てくれ。それ以外のものは、荷物をまとめてメーガに移る準備に入るように。モビルスーツは、ザク?とゲルザクを除いてメーガに運ぶ。ジョン、すまんがモビルスーツの搬出を手伝ってやってくれ」
「了解!」
 ジョンが大佐の目を見つめて返事をする。腕を組み、平静を装ってはいたが、ジョンの心も穏やかはない。今までも、潜入したジオンの残党では、このような瞬間はあるにはあった。しかし、ここまで心の動揺が起きたことはなかった。ともに、初めから裏切る予定で潜入した組織であるはずなのに。
「それから、ボッセルト、君にも頼みがある。あとで私の部屋に来てくれ」
 ボッセルト・・・・ヒロコはその名前を大佐の口から久しぶりに聞いた。サイド4で作戦を共にした人物だ。歩兵出身とか言ってたっけ・・・ヒロコはボッセルトのほうを見た。彼も鐘鬼では古参の部類らしいが、もともと性格的には控えめであったため、作戦後にヒロコとはほとんど出会うことも、会話することもなかった。ヒロコにとっては、なんとなく懐かしい名前になっていた。
「諸君、それではこれで作戦の説明を終了する。いままでご苦労であった。ありがとう、諸君らには感謝している。よく・・・・こんな私についてきてくれた・・・」
 大佐はそういって、みんなの前で敬礼した。軍隊ではないといいながら、やはり軍人なのであろう。その場にいる全員が、敬礼で大佐に礼を返した。そしてもはや、誰も余計な言葉を差し挟むものなどいなかった。


 ブリーフィングルームを出て行くときに、ヒロコはターニャに呼び止められた。
「そういえば、ターニャさん。大佐のところへは?」
 ヒロコは聞いてみた。詮索するつもりではなかったのだけれど、なんとなく口をついてでた。
「ええ、行って来たわ・・・・」
 ヒロコよりもターニャは背が高い。必然、ヒロコはターニャを見あげる形になる。
「セガールにね・・・彼が目覚めたら渡して欲しいって、大佐から音楽のディスクと、一冊の詩集、それから、セガールのお母様の写真を預かったの」
「え?」
 ヒロコは少し驚いた。セガールへの何かしら指示があるのでは・・・と考えてはいたが、ターニャの話を聴く限り、形見分けのような感じである。
「音楽と詩集は、セガールのお母様が好きだったものらしいのね。いつか大佐から渡そうとは思っていたらしいけれど・・・・こんなときに眠っているなんて、セガール・・・・馬鹿よね・・・ほんと、馬鹿・・・・」
 ヒロコは聞きながら、思った。ターニャも歯がゆいのだろう。今生の別れになる二人を思うと、意識不明になっているセガールの状態が恨めしい・・・それは酷な話であるけれど。こんなときに眠っているセガールに対して、「馬鹿」と言うターニャの気持ちは、ヒロコニも理解できた。そして、それはまた、長年コンビを組んできたウェイヴェルとの別れにもなるのだ。ターニャの悪態は、あとからそのことを知ることになったときのセガールの心情を思えばこそといえた。
「でもターニャさん、今はセガールさんを休ませてあげましょう。みんなを守るために戦ってくれているのですから」
 ヒロコはターニャを慰めるように言った。ターニャにもわかっている。自分が酷なことを口走っていることを。少し息を吐き出して、ターニャはヒロコのほうを見、そして少し微笑んで答えた。
「そうね。ありがとう」
 そして、自分の後頭部の方へと手を回して、髪を止めていたものを外した。サラっと髪が散らばるようにして、ターニャの肩にかかる。
「ねえ、ヒロコ。あなた、海って見たことある?」
 唐突にターニャに問いかけられてヒロコは戸惑った。
「え?ええ、ありますよ。それがどうかしました?」
 唐突にターニャが歩き出す。聞きながらヒロコもついて歩き出した。
「うん、前にね、セガールと話していたときに海の話が出てね。ホラ、わたしたちって、コロニー育ちだから、海ってわからないのよ」
 無理も無い話だ。ヒロコだって地球に逃げ延びるということが無ければ、海を体験する事もなかったかもしれない。
「 宇宙で争いが絶えないのは
  血を欲しているからだと誰か言う
  でも本当は
  悲しみで流される涙のほうを
  欲しているのかもしれない
  この宇宙(そら)には海が無い
  生命誕生の場
  その海を宇宙が作ろうとしているのならば
  我々の流す涙にも
  きっとどこかに
  意味があるのだと信じたい

・・・・・・・・って、こんな詩がね、この詩集には書いてあってね。たまたま開いちゃったら、目についたの。旧世紀の詩人のものらしいから、きっとあの独立戦争のことじゃないと思うけど、ちょっとね・・・なんていうのか・・・それに、前にあなたもそんなことをわたしに言ってくれたじゃない?だから・・・海を見て見たいなって」
 たまたま開かれる、ということは、セガールのお母様の好きな詩であったのかもしれない。そのページを何回も開き読むということをしていたから、自然にそこが開くようになっていたのかもしれない。コントリズムの闘士と呼ばれただけの人であったのなら、そうかもしれないとターニャの話を聞きながらヒロコは思った。
「海ですか・・・たしかに涙の味ですからね」
 ポツンとヒロコは呟いた。
そう聞いてはいたが、あらためて耳にすると海というものは不思議だなあとターニャは思う。
「じつは私もびっくりしちゃって。でも、あのころはまだ戦争中だったから、ジオンの水中部隊とか出てきたりして物騒だったんですよね。ジオンだけなら問題ないんですけど、連邦の施設の近くだと危ないし、どっちにしても、ジオンの水中部隊が出てきたら、連邦も出撃してきて、その辺いったいは戦闘状態になって・・・・ゆっくり出来たのは戦後かなあ。それでも私はジャーナリスト目指して宇宙にあがってきちゃったから、そんなに海に親しんだってほどではないんですけどね。でも、夕日の沈む風景とか、凄い綺麗でしたよ。なんだろう?宇宙空間の美しさとはまた全然違う感じがして。落ち着くっていうか・・・・やっぱり、人間は地球で生まれたんだなあって思いました」
 当時のことを思い出すようにしてヒロコは話している。それを聞きながら歩くターニャの顔は、まだ見ぬ海に思いを馳せているのだろう。
「あ!ターニャさん、今、セガールさんと海辺で夕日なんか見ているロマンチックな光景を思い浮かべていましたね??」
と、ターニャの表情に気がついたヒロコが、からかうようにいい、肘でターニャの身体を押した。それを聞いたターニャの顔が赤くなった。図星ということだろう。
「もう!」
 ヒロコは笑った。ターニャもつられて照れ笑いする。二人とも20代。死ぬの生きるのという話ばかりではなく、もっと青春を謳歌してもよい年齢だ。
(地球の人達はどうなんだろう?)
 ヒロコは漠然と思った。地球に生まれるか宇宙で生まれるか、どちらにせよ、同世代の若者というものは、誰かに恋をし、あるいは世の不条理に対して義憤をし、自分の無力を嘆いては、また、友のために、あるいはその友に支えられて立ち上がる。そして、誰でもが老いて行くのだ。宇宙生まれも地球生まれも関係ない。しかし、そのことで多くの血が流されている。スペースノイドとかアースのイドとか、本当はどうでもいい。もっと、こうやって今、ターニャと二人で屈託無く笑えるその瞬間にこそ、真実の姿があるのではないのか・・・そう思う。多くの地球やコロニーの若者と、生きていく事を真剣に悩み、そして笑い、そうやって生きていて行けるという姿こそが本当に必要なのであって、どちらかが正統であるとか、そういうことではないのだろうと。


 モビルスーツのハンガーでは、ザク?の色を塗り替えていた。赤い姿から、白い姿へと。指揮をとっているのは、トロヤノフ技師である。そこにイズ部長が様子を見にきた。
「トロヤノフ、どうじゃ、進み具合は?」
 部長がトロヤノフに声をかける。珍しく「コノヤロウ」とは呼ばなかった。いつ以来振りだろうとトロヤノフが思い出せないほど長い期間、トロヤノフと呼ばれた記憶がなかった。どういう風の吹き回しなのかと、少しトロヤノフはいぶかる。
 メカニックは不眠不休で整備から修理と、困難な作業を続けてきていたので、ハンガー周辺は殺伐とした空気が漂っていた。そんな中で、色を塗り替えるという作業の手間と効率を考えると、トロヤノフは、大佐の命令とはいえ、承服できかねていたようで、部長の顔を見るなり不満を口にした。
「部長、なんだって大佐は急に白にして欲しいだなんて言ったんです?赤い彗星のあとは、ソロモンの白狼にでもあやかろうってんでしょうか?マツナガつながりで。どっちにしても、急を要する作業ならまだしも、はっきり言うと迷惑なんですよね、色の塗り替え如きで、こんな時に時間と労力を食うのは」
 彼にしてはかなり辛らつな言い回しであった。それだけ余裕がないということの現れであるが、たしかに色を塗り替える必然性ということを考えると、この場合、トロヤノフのいうことが正しいように聴こえる。
「まったく・・・・」
 そういうと、部長はぎょろりとトロヤノフのほうを見た。
「だからお前はコノヤロウなんじゃよ」
 トロヤノフには話が見えない。少なくとも自分は間違った事は言っていないという自覚はある。部長のほうを見るトロヤノフ。反対に部長はトロヤノフのほうは見ていない。白く塗り替えられつつあるザク?を見上げていた。
「わからんか??」
 部長がトロヤノフに聞き返した。
「え?」
 トロヤノフにはさっぱりわからない。
「死に逝く男が最後の願いにと、白にしてくれというのじゃぞ。」
「・・・・えっと・・・だからなんなんです?」
 トロヤノフにはまだわからない。部長はじっとザク?のほうを見つめながら、寂しそうな顔をした。それは理解できないトロヤノフのことを思ってか、あるいは大佐のことを思ってか。そして、独り言のように呟いた。

「死装束じゃよ」



 かつて誰かが
 永遠の愛はあるなんて叫んでいた
 死がそこにあり
 差し出す命が必要なときに
 奪われる命の永遠性など誰が証明しえようか
 追い求めた果てに見たものは
 昨日の愛か、明日の愛か
 どちらにしても
 死に逝く俺が残せる言葉は
 その瞬間
 その日限りの愛しかないってこと
 俺にはそれだけしかわからない
 そして
 それでいいのだと思っている



〜つづく〜


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