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甲秀樹さんの作品を愛する会♪コミュの甲秀樹先生・作品製作過程

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初めまして、あっち〜と申します。甲さんの作品は薔薇族表紙時代に衝撃を受け、ずっとおっかけをしておりました。ちなみに余談ですが私は美術史と美学を専攻していたので、個展のたびに『この構図がとても良いと思う』などとえらそうなことを甲さんと話してきました。

その頃から自分でも絵を描いていましたが、どうしても甲さんに描いて欲しい絵があって、ずっと個展が終わってから食事しながらコミュニケーションを取ってきました。今回、6月20日に二人展をやりますが、そのタイトルが『寄宿舎』。甲さんはやはり寄宿舎といえばイギリスのパブリックスクールだろうということで、一応パブリックスクール出身の私に資料など、協力要請がありました。その機会に、今回の絵を描いてもらうことにしました。

今回の絵の主題はパブリックスクール時代に出会った、私の死んでしまった初恋の人を描くというものでした。単なる『肖像』という枠を超えた、宝石のように美しい思い出がつまった作品なので、すごく甲さんも緊張しておられましたが、一応最終チェックとサイン、ニス塗りを待つばかりまで仕上がりました。

パブリックスクールを舞台とした実話ということで、今回の個展では参考作品として展示予定です。

前ふりが長くなりましたが、1月からずっとこまめに進行状況を確認しあうという面で、写真とメールと電話を使って、製作過程を見守ってきました(時には口出しもしました・・・汗)製作過程がきちんと記録されているというのは、なかなかないことですので、甲さんと管理人様の許可を頂いて、少しずつ製作裏話と作品がどうやって完成していくのか、皆様と共有したいと思い、トピックを立てさせて頂きました。

ぜひ、途中でのご感想、ご意見、ご質問がございましたら、ぜひ書き込みでもメッセージでもしてください。よろしくお願いいたします。

コメント(11)

一応、第一段階として、甲さんに来ていただいて、飾る場所をみて頂きました。今回は対なので、写真のキャビネットを挟んで、縦長の構図で彫刻的な立像を・・・。そして、イメージを伝えていく作業。

暗闇の中に浮かび上がる白い肢体、そこにアクセントとなるような色彩の花々を・・・。

暗闇の中に浮かび上がるイメージとしては北方ドイツルネサンスのクラナッハのイメージ。花々はフランドル派のような緻密さでできる限り現代物ではない花・・・オールドローズを中心にまるで花畑から摘んできた瞬間のような感じで・・・という注文でした。一応、構図は違うのですが、裸体の少年が籠を持つというのはカラヴァッジオ初期にデル・モンテ枢機卿が注文した『果物籠を持つ少年』からの発想でした。最終的に、質感はアングルや晩年のジョン・エヴァレット・ミレェをイメージして・・・ということにしました。

たぶん、お付き合いが短いとあまりの情報の多さに混乱すると思いますが、画集を出して、この絵のここの雰囲気を甲さん流にアレンジして・・・という感じで私の趣味も理解していただいているので、わかっていただけたと思います。

そして写真資料。モデルとなる恋人の写真を十数枚お渡ししました。幸いスナップではなくて結構大き目の白黒の写真などもあったので(少しカメラをやっていたので、自分が生前に撮った写真ですが)さて、これを手にしてメモ帳に全てを細かく書き込んでいく甲さん・・・。

果たしてどのような作品に仕上がっていくのか、私もドキドキでした。
キネマ怪人カマロニアさま
6月20日の渋谷での個展で展示される予定です。ぜひ、ご覧になってください。展示方法も少し趣向を凝らすことにしました。
キネマ怪人カマロニアさま
はい。ポスターハリスギャラリーの二人展で展示します。今までの甲先生の『少年』らしさよりももう少し大人びた感じですが、甲先生自身も今回の作品への意気込みはありますので、お楽しみに〜
さて、まず第1の段階ですが、資料を元に甲さんがデッサンを描きます。デッサンで大体の構図を決めて、注文した私の意図とどうずれがあるか、確認する作業です。

まず、クラナッハの『虚空』のイメージを伝えるのと、手荷物花かごをどのようなものにするか決める作業でした。とりあえず、クラナッハの絵を見てもらい、ただ、真っ黒に塗りつぶしてしまわずにかすかな光が入ってくる中で、どこの空間かわからないような雰囲気を出して欲しいと、依頼。

花かごは、植物、ドレープ、皮膚の質感と対比させる為にあえて金属製の物を選び、ジャルディニエと呼ばれている、19世紀末の浅い水盤のようなもので、そこに積んできたばかりのみずみずしい花を盛る感じにしました。ご存知のように甲さんはこういった質感の対比がうまいので、あえて金属器を選んだのです。

まず、ロンドンの知り合いのディーラーに連絡して、できるだけ豪華なジャルディニエの画像を送ってもらいました。本当に欲しくなってしまうほど精巧な1880年代のフランスのものが送られてきたので、こちらを描きこんでもらうことにしました。

そして数日。デッサンが上がってきました。クラナッハの印象が強すぎたのか、肢体は少し固め、そして足元にも月面のような円がありますが、それも描き加えられています。少しイメージと違うなーということで、足元の円はなくしてもらい、キャンヴァスに水平に段があり、その上に立っている・・・という構図に変えてもらいました。

体の方も、すとんとしていて、重心が均等にかかっているので、ギリシア彫刻のイメージやミケランジェロのダヴィで像のように、コントラポストをきかせて、片方の足に重心をかけてバランスを調整して欲しいと依頼しました。

そう、まるで、絵の中から人物が浮かび上がり、ゆっくりとこちらに向かってくるかのように・・・。
浮かび上がって、ゆっくりとこちらに向かって来る感じで、重心を片足に置く・・・このイメージを伝えるのに膨大な画集を調べましたが、イメージに近いものがありませんでした。ただ、大学時代にルネッサンス・バロックの彫刻を専攻していたので、たまたまロンドン・チャリングクロスの古本屋街で見つけた1963年ベルリン出版のアンティノウスの彫刻集を参考までに購入していたので、それを紐解いたところ、ファルネーゼのアンティノウスのバランスが美しかったので、これを参考にしてもらいました。背景がないだけに、人物が主人公ですから、自然さと重心のバランスが非常に重要だと思ったからです。

それを考慮して、キャンヴァスへのデッサンが始まりました。足の位置に非常に苦労している様子が伝わってきます。どこで落ち着かせるか・・・まだこの時点では重心は定まっていません。

細部ですが、少し変更が加わりました。紙のデッサンの時の円形の台座は水平の段差に変わりました。

ちょうどこのとき、ふとこの絵の人物と出合った頃シェイクスピアのソネットを愛唱していたことを思い出し、久々にソネット集を読んでみました。その中の54番という詩が気に入り、この絵のイメージにピッタリだということで、甲さんにメールしました。

『ああ、真実の心がああいう見事な飾りをそなえるせいで
美がどんなにか美しく見えることだろう
薔薇の花は美しい。だが、そこにかぐわしい香りが
ひそめばこそ、なおさら美しいと思えるのだ。
それは野薔薇の花だって、この薫り高い薔薇と
まったく同じ、濃い、深い色合いをしている。
同じ棘ある枝に咲き、夏の息吹が莟みに触れて
花の顔を開かせると、気ままに風と戯れるのも変わりはない。
だが、野薔薇の取りえは見かけにしかない。だから、
誰にも求められず、誰にもかまわられず、色あせて
ひっそりと死んでいく。かぐわしい薔薇はそうではない。
かおりゆたかな香水は馥郁たる薔薇の死骸で作られる。
きみもそうだ、美しく愛すべき若者よ、その青春が
消えうせる日に、この詩が君の真実を蒸留する』

美を蒸留するものが『詩』ではなくて『絵画』ですが、この絵が成功裡に完成すれば、若々しく美しいままの、かぐわしき青年像ができるものと信じて。しかし、同時に若々しき美がそのままの姿でかぐわしいままであることは不可能で、若さという生の裏側には死が隠されていること、そしてこの青年が美しいままの想い出として私の中に生き続けているというのは、彼が死んでしまった人物だということもあり、絵画に『死』の暗喩を加えたいと思いました。

まずはみずみずしい花かごから落ちて朽ちた一輪の薔薇を右下に配置することにしました。そして右下とのバランスを取る上で、左上に蝶を配することにしました。蝶というのはご存知の通り、死者の魂を運ぶものであるとか、死者の魂そのものであるという考えが東洋でも西洋でもありました。
百とせの花にやどりて過ぐしてき。この世は蝶の夢にぞありける  大江匡房

そのふわふわとした飛び方から儚いものとして受け止められてきました。ギリシア神話ではもっと明確で古代ギリシア語ではpsyche(プシュケー)という言葉が蝶と魂の両方の意味で使われていて、自然と古代ギリシア人は蝶を見ると死者を思い起したそうです。そのためか『変身譚』のなかでも有名な物語のプシュケーとエロースの恋愛物語では、愛するエロースを追って、死の世界のペルセポネーから美の入った箱をもらってきたらば結婚を認めるという信託を信じ、死の世界で箱を受け取りますが、そこに入っていたのは、『死』でした。プシュケーは死の眠りにつくのですがエロースの仲介もあり、ゼウスによってネクタルを与えられ蝶の羽が生えて神となり、エロースと結ばれます。このように蝶の持つ『死』の暗喩を加える事にしました。ただ、自分は昆虫に詳しくないので、昆虫に詳しい甲さんにどの蝶を配するか、最も死のイメージに近いものを探してもらうことにしました。
絵画という物は不思議なもので、デッサンの状態で素晴らしくても、下塗りが始まり、なんかちがうな〜?と思っていて、完成するとデッサンの方が良かったりすることもあります。画家の方によって違うのですが、直観力が鋭い画家さんほどデッサンは大体のイメージを掴む手段にしているようですね。少なくとも甲さんに関しては、ご自身でもデッサンでいじりすぎるとわからなくなってしまう・・・との事。

なので、次の段階にすぐに移ってもらいました。まだまだ荒削りのデッサンでしたが、数日して送られてきた写真を見てびっくり。ものすごくリアリティが出ています。背景を塗り、そのほかの部分はグレーの絵の具でグリザイユ下絵になっていました。いままで平面的だったものが一気に質量を与えられ、具体的な形となる瞬間でした。この時、この作品は成功すると私は確信しました。

このときに花の部分もかなり明確になってきました。右下に一輪の薔薇を落とすので、バランスを取って、オールドローズの房が右方向に下記から垂れるようになっています。また甲さんの考えで、腹部が見えたほうが肢体が美しいということで、中央部はあまり花を盛りませんでした。

虚空の空間でありながらも、光が左上から入るようになって空気感が増し、何もない不思議な空間ができました。あえて黒ではなく、ブルー系を混ぜたのは甲さんの感覚だったのでしょうが、この色彩選択は後になって花やボディーに色がついたときにいっそう色の対比の美しさを出すことになりました。

ただ、まだ、なんとなくポーズが堅い気がしました。

いくつかの理由が考えられました。

1) 銀器を持っているのに肩の筋肉に緊張感がなく、顔が右に傾いているのを考慮すると左の肩がもう少し上がっていても良いのではないか?

2) 胸から腹部にかけて線がまっすぐであることが、少し不自然ではないか?

3) 上半身の重心が画面左にずれるのでバランスをとるために、人物の左足がもう少し画面の右にずれた方が重心のメリハリが出る。(要するに体をねじった状態を強調する・・・ということ)

ただ、電話だと右、左がわかりにくいので簡単に絵の上に線を書いたりして、お送りしました。返事はすぐに来て、同じことを甲さんも考えておられたらしく、ちょうど直していた最中だったそうです。自然な感じを出す為に、知り合いの方にこのポーズを取らせてみたりして、結構ご苦労があったそうです。

写真では微妙ですが、かなり自然な感じで修正されてきました。ここで、ひと段落。数日グリザイユを乾かして、彩色の段階に入るのですが、ここあたりから私の脳裏にひとつの心配がよぎりました。

額縁はどうしようか・・・
意外と絵画について論じていても額縁についてはあまり触れられることはありませんが、本当に絵画を引き立てるためには、額縁は重要です。異論もあるかもしれませんが、そもそも絵画というのは室内装飾の一環であり、写真などが登場し、『表現』と『装飾美』のバランスが崩れ、パトロンと画家の関係が希薄になった頃からかもしれません。しかし、19世紀に入ってもなお記録を読めば、著名な人物の肖像を多く手がけた George Frederic Watts (1817年2月23日 - 1904年7月1日)などは、注文主の肖像が完成しかけたときの書簡で、注文主に『貴殿の居間にこの絵を飾るとしたならば、こういう額縁が相応しいと思う』とアドバイスし、画家が額縁職人に指示をして、額装して納めることが多かったようです。実際、この George Frederic Watts という人物は美術史上でもそれなりの評価のあるヴィクトリア朝の肖像画家であり、晩年には象徴主義の影響も受けた人物で、もちろんロイヤル・アカデミーの会員に選ばれた人物ですが、私の中では画家というよりも『Watts Style』という額縁を考案した功績が大きいように感じられます。

ロンドンの National Portlait Gallery が行った額縁を主題にした展覧会の図録の解説によれば『Watts Style』の額縁は1860年代に現れ、1910年代までの長い間英国上流階級の絵画の額縁として評判が高かったようで、ラファエロ前派の画家たち、特に Sir John Everett Millais や耽美的な作品の Lord Leighton、そしてサージェントやホイッスラーも愛用していた時期があったそうです。

『Watts Style』の額縁は、前著の記録に拠れば1900年ごろのロイヤル・アカデミーの公募展の8割の出品作に使われていました。なぜにそこまで人気があったのか・・・。答えは2つあります。
1) シンプルであるがゆえに絵画の印象を壊さない。
2) シンプルであるがゆえに、手持ちの過去の作品のロココや新古典主義的な額縁と並べて飾っても統一感が取れる。
この2点です。

では、『Watts Style』の額縁とはどういうものでしょうか・・・。

簡単に言ってしまえば、外の縁取りは日本では爪彫りといわれる葉っぱ模様のレリーフが覆い、絵画の周りはビーディングといわれる玉の連続した装飾を加えるものです。ただ特徴的なのは、その葉っぱ模様と玉の装飾の間に数センチの平たい空間があり、凝ったものではそこに手彫りで唐草を加えたりしましたが、たいていは無装飾でシンプルなものが多かったです。

額縁の歴史について長々と書いてしまいましたが、今回の作品は、この『Watts Style』の額縁でいこうと思いました。甲さんにお願いしている仕上げの画風がジョン・エヴァレット・ミレェやレイトンぽい感じなので、ヴィクトリア朝後期に合わせた額縁が最も甲さんの絵を引き立たせるように思ったのです。

ただ、問題はこれを作ることができる職人がいるか・・・でした。

額縁まであんまり文化的に考えない日本で、そういう職人を探すのは至難の業です。

まだ、他にもこだわりがありました。

額縁は本金箔張りでなくてはならないということ。ほとんどの金色の額縁は現在化学塗料か、真鍮箔で作られています。しかし、本金箔で貼られた額縁の美しさは、つい先日マイミクさんが昭和30年代の手作りの額縁を持ってきたことで開眼しました。たまたまその額縁に合う大きさの甲さんの絵があったのですが、その額縁に収めた途端に素晴らしい魅力を発揮してくれたからです。本金箔張りは確かに高価ですが、柔らかな光と、深い色合いで絵画を引き立たせます。

なので、一般的な額縁屋さんではなくて、額縁職人を探しました。幸い創業111周年の神田にある弘雅堂さんを見つけました。電話でのやり取りをして、甲さんに来ていただいて、職人と打ち合わせ・・・。まじめそうな職人肌の若い主人で、 National Portrait gallery の額縁展の図録をお貸ししたところ、過去に似たような作品を手がけたことがあるそうでした。写真ですが、見て納得したので、全て手彫りで本金箔張りで、注文しました。額縁の太さもすごく重要で、細すぎると貧弱、太ければ絵が負けるということで、甲さんと弘雅堂の主人と話し合った結果、額縁の太さは5.5センチと決まりました。

これで額の問題は解決しました。甲さんの絵が出来次第、作品は弘雅堂に送られて、取り付け、そして必要な古色仕上げをして、あたかも昔からこの絵が額縁の中に納まっていたかのような印象を作ってもらうことにしました。

左から
ワット式に近い額縁職人のサンプル
ワット式で作った職人のミラー
マイミクさんからもらった本金箔張りの額縁
製作過程の流れから少し前後しますが、今日は額縁屋さんに途中経過を見に行き、甲先生の完成した作品を最終チェックに行って来ました。

額縁は(多分)松で作られているようで、手彫りが終わり、後は胡粉を塗布して、金箔を張る状態になっていました。かなり作りは良かったです。やはり額縁の周囲の飾りもモールド(型押し)ではなく、少し高価でも手彫りにすると彫の深さが違いますね。ここに金箔が張られた状態を考えると、非常に陰影が美しく、作品を際立たせてくれると思います。

甲さんの作品は、実際に見てみたところ、写真で見ていた以上に素晴らしいできでした。人物の美しさはもちろん、花かごの花の描き分けの見事さは、最終的に完成してから、細部を写真でとってご覧いただきたいと思います。ただ、ラテン語で製作年を入れてもらったところ年号が間違っていたのだけ見つけることができてよかったです。すぐに修正を入れて、乾いたらニス塗りをして光沢を出してもらいます。その頃には額縁も完成していると思います。

次回は彩色に入った段階から書かせていただこうと思います。

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