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楽川俊介のノート。コミュの国家について。

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コメント(8)

国家について(1)

最近、国家を尊ぶべし、という論調が、政府与党を中心に高まってきています。
その一つの表れが、教育基本法の改変です。
現在、「愛国心」教育を行なうことを、法律で規定しようという流れとなっています。
そして、今回この法案は衆議院を通過したらしいので、この流れは止まることは無さそうな状況です。
(「正」の字を使うのに抵抗があるので「改正」という言葉はつかいません。そもそも、ことを改めるにあたって、初めから「正しい」ことを前提に議論を進めたのでは、改めた後の問題点などが出難くなります。これも問題ですね)

日記でも書きましたが、僕は教育基本法の改変には反対です。
国家を愛し尊ぶ「こころ」を身に付けさせるのに、法律で縛りつけるようなことが有効であるとは思えません。

これも日記で書いたことですが、自分が学生の頃のことを考えればわかると思うのです。

学校の授業で、「こころ」の問題である道徳につて勉強した人間に、道徳がきちんと身に付くのであれば、現在のような道徳観の薄い社会になることは無かったでしょう。

「こころ」の問題は、学校の授業で身に付くものではありません。愛国心、国家を尊び愛す「こころ」も当然同様です。

そしてもう一つ、安部総理は、「国家を愛すということと、政権を愛するということは同義ではない」と、いうようなことを言ってますが、制度としての国家(政府)と、敬愛の対象としての国家(郷土)というものの線引きが難しい…というより、不明瞭な状況で「愛国心」を教育するとういう考えは非常に危険なことに思えてなりません。

その辺の議論も無く、とんとん拍子で教育基本法が改変の方向へ向かっているのは、いささか急ぎすぎな気もします。

そもそも、あの安部総理のキャラと政策のギャップは何なんでしょうかね?

「愛国心」の義務教育化や、防衛「省」構想など…かなりタカ派な人物であるのは明白なんですが、肝心の国民の多くが、そのことの危険性を意識してないのが、なんとも歯痒いというか、虚しいというか…。

この極端な「国家主義的」な流れが、一体どこへ向かうのか…知的な興味は湧きますが、これを元に現実を予測すると、正直、この国の未来への流れは、どうも暗い方向へ向かってる気がしてならないのですよね…思考がネガティブなのは疲れてるからなのかな?

何にせよ、「国家とは何か?」とうい議論を置いた状態で、義務教育で「愛国心」教育が始まるのは、将来に大きな禍根を残すことになりはしないかと、心配でなりません。
こうなったら某国に進行してもらい戦争になればいいと思うよ。『銀英伝』じゃないけど「あなた方はどこにいますか!」になると思うから。
ある番組で言っていたんだけど、政治家・官僚などのご子息は‘私立’に高いお金を出して通われてるそうです。
さて、こんな人たちがやってる改革。はたして誰のためなのかな?(苦笑)
あら?国家についてじゃなくなってしまいました(笑)。
>「あなた方はどこにいますか!」になると思うから。

たぶん、そうなるでしょうね…。
実際、戦時中にも、同様のことがあったみたいですし。

>政治家・官僚などのご子息は‘私立’に高いお金を出して通われてるそうです。

これじゃあ、公立の学校教育に関して、無責任な議論がなされるのも無理はないかもですよね…。

「公立」」の教育機関と、「私立」の教育機関の、教育内容の格差が広がれば、ますます社会の格差が広がっていくと思うのですがね…。

どうも安部首相は、格差を固定化するつもりなのかもしれませんね。

実は、格差が固定化された方が、制度としての資本主義は安定するとイギリスの経済学者が言ってるのですが…案外、政権与党や財界の狙いはそこにあるのやも。
国家について(2)

国家の起源


国家とは何か?、という問いについて考えた場合、幾つもの解答が存在します。
それは、国際法上での存在としての国家、領土としての国家、市民の集合体としての国家、統治機構としての国家などです。

しかし、それらの様な、多様な解答が生まれるのは、現代の国家という存在が、人間社会の発展と共に、大きく進化し複雑化した結果でもあります。

この、進化した部分と、複雑化の部分を削げ落とすと、国家とは何か?という問いに対して、もっとシンプルな解答が出来るようになるはずです。

…さて、前置きが長くなりましたが、僕にとって国家とは、

「種としての生存性を高め、且つ安定させる為の共同体」

で、あると考えます。

これは、動物の「群れ」も、同様のことを目的とした存在であることを考えると、国家の起源というものは、法律や統治機構等といった、後天的な部分を取り除くと、原初には限りなく動物の群れに近い存在であったことは容易に想像することが出来るのではないでしょうか。

原初に存在した「群れ」から、時代の流れと共に、発展、進化し、様々な要素が加わったことで、「国家」という存在に昇華したのではないかと、僕は考えています。
国家について(3)

国家のなすべきこと



「論語」という、古代中国の政治思想書があります。

この論語は、子(先生:孔子)と、弟子や友人達との対話をまとめた対話集で、政治思想(というかリーダーの持つべき倫理観や道徳観についての話が多い)が会話調で書かれているのが特徴です。

で、その中で、僕が好きな部分があります。

孔子の弟子が、孔子に、政治で重要なことは何ですか?と質問すると。

孔子が「民を飢えさせないことです」と、答えて。

更に、弟子が「では、二番目に重要なことは何ですか?」と、問うと。

孔子が「民に教育を施すことです」と、答えるのです。

この孔子の二つの答えは、現代の政治でも同様だと僕は思います。

国民を飢えないようにし、きちんと教育を受けさせることが出来るなら、それだけで十分良い国だと思います。

無論、内容も重要ですが、まずは十分な食料と、十分な教育を施すことが、最低限の国の勤めではないでしょうか。

…それにしても、シンプルな解答だけど、芯を得た答えですよね。この答えを出した孔先生が、今から2500年前の人であることを考えると、ちょっと、すごい気がするっす。

…しかし、孔子がスゴイのか、それとも現代の政治が進化してないだけなのか…なんか、とても、びみょうだ…。
中国共産党の毛沢東とかの一時期の合い言葉は

「国民全ての食卓に
 一人に一個の卵を!」 だったそうですよ。
歌いながら大地を歩くさんへ。

食糧問題や、飢饉などは、常に革命の原動力になりえますよね。フランス革命もロシア革命も、その根元には、食料問題がありました。革命という言葉の生まれた中国でも同様です。
(まあ本来は、西洋のレボリューションと、東洋の革命は、思想的には別のものですが…ここでは、その議論は措きます)

しかも、タマゴが現在のように大衆食になったのは、戦後のことですから、もし毛沢東が、そのような合言葉を使っていたのなら、戦前戦中の世界なら、かなりの効果のある、うたい文句であったでしょうね。

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