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歴史は人によって作られるコミュの【世界の名将百選】

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名将。

その定義づけとなると難しい。

歴史を振り返るたびに数え切れないほどの戦争が起こっていることに気づかされる。そして、人間とは御しがたいもので戦いを繰り返していく。
そうした中、現われる名将という存在がある。

ここでは世界の名将百選を決めたいと思います。

日本人以外であれば、古代〜現代までいつの時代の名将を挙げていただいてもかまいません。あなたの思う世界の『名将』を挙げてください。何人挙げていただいてもかまいません。

その際に、こんな思い入れがあるとか、あまり知られていない人物であれば、略歴などを書き加えていただければ幸いです。

名将の定義は・・・。といわれるかもしれませんが、そこはいつもどおり主観でかまいません。

よろしくお願いします。

現在挙げられている人物 11月7日現在  60人

BC〜    18人
*ヨーロッパ
・へクトル
・アレクサンドロス三世
・ピュロス 
・スキピオ=アフリカヌス
・ルキウス・コルネリウス・スッラ
・ガイウス・イュリウス・カエサル
・ウェルキンゲトリクス
・マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ

*北アフリカ
・シェションク1世
・ハンニバル

*中東
・アッシュールバニパル

*中国
・太公望呂尚
・白圭
・楽毅
・白起
・韓信
・項羽
・章邯
・張良


AD0〜AD500   4人
*中国
・漢光武帝劉秀
・曹操
・関羽

*ヨーロッパ
・トラヤヌス

AD501〜AD1000   8人
*ヨーロッパ
・ベリサリウス
・ニケフォロス2世フォーカス
・スティリコ

*中東
・ハーリド・イブヌル・ワリード

*中国
・郭子儀
・楊業
・李靖
・陳慶之

AD1001〜AD1500   8人

*ヨーロッパ
・ハインリヒ3世
・プリンツ=オイゲン

*中央アジア
・チムール

*中東
・ボードウィン4世
・バイバルス

*中国
・テムジン
・バトゥ
・スブタイ

AD1501〜AD1800   13人
*ヨーロッパ
・ヴァレンシュタイン
・グスタフ=アドルフ
・フリードリヒ2世(プロイセン王)
・ナポレオン1世
・ネルソン
・ヴォーバン
・ミッシェル=ネイ
・ネイサン・ロスチャイルド

*中国・東アジア
・李 舜臣
・鄭成功
・秦良玉

*中東・中央アジア
・ナーディルシャー

*アフリカ
・シャカ

AD1801〜AD2007  8人
*ヨーロッパ
・大モルトケ
・エルヴィン・ロンメル
・マンシュタイン
・グデーリアン
・トーマス・エドワード・ロレンス

*北アメリカ
・チェスター=ニミッツ
・マッカーサー

*中国
・左宗棠

コメント(74)

日本人が世界を揺るがすくらいの素地があり推薦できる
なら良いかもしれませんが有史以来、残念ながら世界に
号令した将がいるかというと疑問です。
いまでこそ世界的企業に君臨する御仁たちが世界で
羽ばたいていますが日本という小国で納まった時期が
長かっただけに日本人がどこまで世界で通用するかという
尺度が非常に難しいと思うのです。
敢えていうと、秀吉のときの朝鮮出兵と明治〜戦前の頃の
一部だけですから・・。かといって中華や欧米を完全敗北まで
追い込んだというか1国をむしり取った歴史がないだけに・・・
日本という1単位でみると非常に人材評価が世界でどうみるか
分かれると思うんですよね。

敢えて、世界に通じるといえば信長くらいしか私自身は
思い当たらないというかスケールではですけどね。
確かに戦術・戦略という面で能力がみれる人物は多くいたと
思うのですが、どうも一歩及んでないような気がしたりする
こともあります。

ということで、

伝説になってますが、太公望呂尚をあげたいと思います。
殷王朝を滅ぼし、周王朝を樹立した際にもっとも功績が
あった臣です。その後、斉の地を与えられ大国へと仕立てた
戦略、治略両方に優れた人だったと思います。
当世、周には文王の息子である武王や周公など優れた人材が
いるなかで軍師という地位を得たのは異例だったとも思います。
世界水準の日本の名将>>
本当の能力はともかく,結果としてなら,東郷平八郎はいかがでしょうか?
日本海海戦ほどの規模で,あれほどパーフェクトな勝ち方は世界史上そうそうないです。
もちろん敵側の錯誤や,地の利,部下の有能さなどに助けられてる部分も大きいでしょうが,それがダメなら世界の名将の大半は落第ということになってしまうように思えます。

ところで,名将のカテゴリーですが,チンギス=ハーンやアレクサンドロスなど,政治家(君主)が軍人を兼ねてる人が多く,「将」と言っていいのか迷ってしまいます。

んで,えーと名将ですが・・
ヴァレンシュタイン
30年戦争前半のハプスブルグ側の切り札的傭兵隊長です。
とにかく強かったので,ハプスブルグ側は嫌な奴だと思いつつも頼らざるを得なかったようです。
とはいえ「狡兎死シテ、走狗煮ラル」を地で行くように,強敵グスタフが戦死した途端に雇い主のハプスブルグ側に暗殺されてしまいました・・
 こうめい様。

 仰るとおり日本は世界と交戦した歴史が殆どなく、せいぜい古代は天智帝の頃まで、中世は元寇, 応永の外寇, 文禄・慶長の役くらいです。近世では毛利家や島津家が小規模の戦争を欧米の軍艦とやっていますがやはりそんなものですし、厳密な意味で世界と比較できるだけの戦争を行ったのは明治以降でしょう。

 ただ、それ自体は日本人を除外する理由にはならないと思います。もしその近代以降の戦争で、世界に推薦できる将がいる可能性を含んでいるなら、窓口だけは開けておいたほうがよいと思います。ただ、それで実際に推薦に足る人物があるか否かは、また別の話ですが。

 で、ここで山田様が東郷平八郎を推薦されていますが、東郷の功績については百選に挙げるに足ると私も判断します。それを実際この百選に加えるか否かに関しては、トピック主でありコミュニティ管理人でもあるマグ様が

>日本人以外であれば

 と明記されているので、そこはマグ様のお決めになることだと思いますが。

 歴史はある意味究極の結果論の世界と言いますか、因子の多すぎる複雑系のようなものでしょう。結果から物事を判断するほかに判断方法がないような部分があります。

 ここで結果を考えると、ロシアと日本がともに国力を挙げての艦隊をぶつけ合い、日本艦隊がロシア艦隊を完膚なきまでに、それも殆ど被害を出さずに叩き伏せたと考えるのが有力です。その日本艦隊の指揮権を握っていたのが東郷である以上、東郷にはその戦においてそれを指揮したという実績がつきます。

 これは日本の名将百選でも申したことですが、勝因がたとえ東郷自身の能力によらなかったとしても、その実績がある以上東郷を名将と判断するには不足ないと考えます。その実績は、世界でも一級だと思います。

 おそらく山田様の仰る、

>本当の能力はともかく,結果としてなら

 というのは、そういうことではないかと勝手ながら推測しております。


 ところで、山田様。

>政治家(君主)が軍人を兼ねてる人が多く,「将」と言っていいのか迷ってしまいます。

 これについては、とりあえず名将の定義は個人の主観に任せるというのがトピックの趣旨なのでご自身の定義にそぐわない「名将」も出てくることでしょう。しかしそれはトピックの性質上やむを得ないことではないかと思います。

 とまあこれだけでは少しも史学的ではないので多少捕捉でも。

 現代の日本でこそ文民統制と言われ、軍人は文民の下に置かれ政治に介入しないことが定められております。しかし過去の歴史を顧みるに、武力を持ちそれを直接率いるものが政治を行うことはかなり当たりまえに行われていますよね。これは、強きが弱きを――暴力ないし武力という物理的な強弱です――支配するという、ごくごく原始的な現象であり、自然なことだと考えます。

 将を、誰かに仕えその下で軍を率いるものと定義するならば君主はこれから除かねばならないことも出てくるでしょう。

 しかし単純に軍を指揮し自ら戦場に立つものと定義するならば君主であること、政治家であることと将であることは何ら矛盾しません。その意味でゆけば将の対義語は軍人という職業的には文民、軍隊内部での対義語としては兵卒になります。一方君主の対義語は臣下であり、これらは兼ねることができると考えることもできます。

 まあそれは一つの考え方なので、他の考え方はいろいろあることでしょう。また、あってよいことだと思います。
 あ、刀伊の入寇もあったか。連投で失礼。
Sicut Aqua Viereさま

日本人については既に日本百選ということで列挙されてます
重複したりするとあまり効果的なようにも思いませんので
題意に従うと日本人は除外すべきだと思っています。

世界と日本を図る術も前述してますが無い状態です。

また世界を幅広く知るという意味でも日本人を加えると
選択の余地もその分減ると思いますので題意通りで
宜しいかと思っています。
山田殿

貴殿は一度日本人を推挙されており題意に沿わないと
いうことで見合わせがありました。

人を変えてもやはり題意からすると沿わないとなるので
日本人に関しては推挙は如何と考えております。
その後に推挙された以下2名が登録されておらずということ
なら判断待ちとなりますが、実際登録されているので判断
として妥当でないとトピ主で判断されたと解せます。
・ピュロス エペイロス王
・太公望呂尚
については登録されておりますので明らかに主旨に
沿わないと判断すべきだと考えております。
また、推挙された2名については既に日本の名将百選で
登録されております。
出来るだけ重複を避ける為にも主旨に沿うことをして
頂ければ有り難く思います。

また日本の名将百選にあったことですが、一度日本と関連する
ということで李舜臣があがりましたが日本人以外ということで
却下されております。
同様に世界においても既に定義づけがあるのでそれに従うべき
ではないかと考えております。

ご考慮お願い致します。

皆様。
管理人です。

ちょっと仕事が忙しくて、こちらの管理が片手間のようになってしまっていることをお許しください。

基本的に日本人以外のということで、トピが作成されております。日本の名将百選がなければ、日本人も含めてもいいのかもしれないですが、こちらもあることですし、世界の名将百選では敢て日本人以外という括りにしました。

日本人でも、世界に通用する名将もいるとは僕も思います。
挙げられた東郷さんにしろ、黒木さんにしろ、名将のうちに入ってもおかしくはないと思います。
しかし、重複はなるべく避けようと言うのが、僕の考え方です。

異論も多々あることとは思いますが、よろしくお願いします。
 折角42にて λ.........kzi様が本題に戻られたところまた脱線して申し訳ございませんが、トピックの公式見解出ましたね。

>しかし、重複はなるべく避けようと言うのが、僕の考え方です。

 私が37で申し上げたことは、あくまでこうしては如何という提言です。ですからトピック主であり管理人であるところのマグ様が上述の意図でお決めになった以上、従わせて戴きましょう。

 ところで、マグ様。

 ここは世界の名将百選というトピックですが、この書き込みや37-38の書き込みのように私などは推薦もせずに多少トピックの趣旨からは外れることも論じております。これは円滑な議論のために控えたほうが宜しいでしょうか。

 まあ、既にひとりで六人も推薦してしまったので、そろそろ推薦自体控えたほうがよいかなとは考えているのですが。
マッカサー

太平洋戦争を終結させた男であり、大東亜圏を一気に
むしり取った凄みある戦争をしたことでアメリカでも
英雄視される人です。
凱旋というか故郷に帰った際は、あの大西洋方面の
立役者であるアイゼンハウアー以上に人気を博したとも
言われています。
政治的な部分で、もしトルーマンとの整合があれば朝鮮
戦争においても勝ちを得られたかもしれません。
核使用において対峙したとも言われています。
また議会においては日本側を考慮した発言もあり、GHQの
頭目として日本を作り上げた男でもあります。
いまの日本の骨子にはまだ彼の意とする法があり、近代
日本を語る上で彼を除外することは不可とも思います。
あえてここで鄭成功をあげてみる。

日本人としての名将、また台湾人の名将となっていただけたら幸いです。
Sicut Aqua Vivereさん。

基本的に名将を挙げていただくトピですが、それに付随して、いろんな論を述べられても、それは構いません。
たまには、話が脱線してもおもしろいでしょうし(笑)

まあ、こう考えてもらっていいと思います。
今現在、1780人(かな)が一つのテーブルを囲んで、世界の名将について、雑談をしている。
こんな人どう?とか。こういうのが名将って言うんじゃない?とか。ああ、あの人はこういうところが名将だよねとかね。

一人で喋っているのではないですから、他の人からいろんな反応が帰ってきたり、それに答えたりということがあっても、それは構いません。

そうした雰囲気の中から、それぞれの主観で世界の名将が挙げていけばいいと思います。

誹謗中傷や荒らしでない限り、管理人として発言を削除、あるいは制限したりすることは、まずありません。

余りにも、意見交換がエキサイトして、収拾がつかない場合は管理人として、割って入ることもあるかもしれないと言うところです。

いろいろとお答えしたり、更新したりしたいのですが、明日は朝5時に起きて仕事に行かなければなりません。そして、最近帰りが遅いので管理が片手間になってしまっています。

これは、皆様に謝っておきます。
ごめんなさい。

それでは。おやすみなさい。
 マグ様。

 トピックの方針、了解しました。では今後世界の名将に関して、ないし百選に挙げられた人物に関して時には議論や質問などさせて戴くこともあるかもしれません。

 あまり度が過ぎないよう気をつけてやってゆきます。というわけで皆様、宜しくお願いします。
えーと・・ちゃんとスレの趣旨読んでいなかった私がいけないのですが,36で東郷氏のことを触れたのは,その前の書き込みで日本人の名将についてのコメントがあったためで,推挙していたつもりはありません(ちなみにその時の書き込みではヴァレンシュタインを推挙しているつもりですが,これはこれで重複してましたね・・すみません)。
とはいえ,私の文章に誤解を招くようなところがあったので,反省致します。

なお,名将の定義の件ですが,「Sicut Aqua Vivere」様の話に特に異存はありません。
ちょっと考えすぎてたかな?

んで,また推挙ですが,
ニケフォロス2世フォーカスはどうですか?
「サラセン人の蒼ざめた死」との異名を持つビザンツの武将(後に即位)で,クレタ島・キプロス島・アンティオキアをイスラムから奪回するなど功績も盛りだくさん。
なお,皇帝になってからも質素な生活を好んでいたようです。

マッカーサーについては,名声や歴史的存在感とは別に純粋に軍人として一番冴えてたのは朝鮮戦争時の仁川作戦の時のように思うのですがどうでしょう?
 個人的にはウェルキンゲトリクス、ボードウィン4世を推薦します。


 まず、ゲルマンの英雄(現在のフランスあたりの)、ウェルキンゲトリクスをお勧めします。圧倒的であったカエサルとローマ軍の前に立ちはだかったこの勇者は、まったくといっていいほどまとまりがなかったゲルマン部族をまとめ、ローマに抵抗を可能とした人物です。
 
 また、私が尊敬するカエサルを戦場にて土をつけた人物は二人います。それはグナエウス・ポンペイウスであり、もう一人がこのウェルキンゲトリクスです。

 残念ながら、彼の部族は少数であったため、主導権を握りきれず、結局アレシアでカエサルに敗北後、ローマで処刑されるのですが、この英雄をぜひ加えていただきたく私は推薦します。


次にボードウィン4世を推薦します。

 彼は享年24歳という若さでなくなるのですが、エルサレム王国で在位したわずかな期間では、数々の勝利を十字軍にもたらしています。
 私が彼を好きな理由は、私が尊敬するサラディンに一歩もひかず、わずか400の兵力で3万を越すサラディンの軍に奇襲をかけ、打ち破っているところに惹かれます。
 またらい病をわずらいながらも、最後までエルサレムのためにたたかい抜いたこの英雄は、日本の大谷吉継、若くして散った北畠顕家を彷彿させることも私が好きな理由のひとつです。


個人的な好みで申し訳ありません
僕は中国の戦国時代の楽毅を推しますぴかぴか(新しい)
正直白起も悩みました...
なぜ、楽毅かというと白起がいる時の秦は強国でありました。逆に楽毅は当時燕は小国であり人口が少なく兵士も強いという話は聞きません。その状況から法整備、富国強兵、外交により燕の大望の強国斉への復讐を果たしましたパンチ
戦争は戦いだけでなく国を強くするところから始まると思う!
だから、それを成し遂げた楽毅を推します。
エルヴィン・ロンメル

WW2で活躍したドイツの世界的英雄
最後まで国際法を遵守した道徳観のある人間で、いつも最前線で軍を指揮していたそうです。
敵国の人間からも英雄視されるほどの名将で、イギリスなどでは「ロンメルを崇拝するな」という命令まで出たほど。
近代の中ではピカイチの名将なのではないでしょうか。
砂漠の狐の異名を持つ彼に陸戦で勝てる人間はそうはいないでしょう。
WW2もいいんですか?
ロンメルが名将であることに異論は全くないですが,当時のドイツ軍しかも超Aクラスの高級将校だけでもマンシュタインやグーデリアンがおりますよ。

マンシュタイン
ドイツ軍最高の頭脳とまで言われた超A級名将
主に東部戦線で活躍したために知名度はいささか低いですが,
特に第三次ハリコフ戦では神業的反撃でソ連に痛打を与えています。

グデーリアン
戦車ヲタクの神にして,電撃作戦の父と言われている人物。
理論だけでなく,実際に装甲軍を組織・編成し,更には実戦指揮まで行い,特に対フランス戦では電撃戦の有効性を実証しています。
まさに電撃戦を知り尽くした人物といえます。



こんにちは、思ったより進んでないですね。
私は、ビザンチンの名将べりサリウスを挙げたいと思います。
彼は、いつも少ない兵力でペルシア、北アフリカ、イタリアで縦横無尽の活躍をして、勝利を挙げてきました。
しかし、問題の多いことでも知られる主君ユスティ二アヌス帝に嫉妬され、イタリアでは平定完了直前に解任されたりその後もたびたび、成果があがりそうになると解任されました。
そして559年敵が首都コンスタンチノープルに迫り虫がよくも、帝の出陣要請を受けたとき彼は敢然として立ち寡兵でもっって敵を撃破しました。
我々、東洋人からみると自己主張の強すぎる西洋人のなかで彼のあくまで主君に忠誠を尽くすその姿は珍しくもあります
彼は青年将校としてあったのをユスティ二アヌス帝に見出され即総司令官に任ぜられました。なにやら中国の「士は己を知るもののために死す」が似合っているようです。
地下の彼に聴いても「そうだ!」っと言ってくれそうですね。
こんにちわ。
名将に当たるかはわかりませんが、女性も挙げてみました。
中国明朝後期の「軍人」の秦良玉です。

彼女は四川の人間で、もともとその郡の有力者(一応長官の様な役職にあたる?)の妻でしたが、冤罪で旦那が死に、後を継ぎます。腐りきった明朝末期において、度重なる反乱軍に対し、厳しい軍律をもってあたり、八面六臂の活躍をする。

女真族の侵攻が本格化したあとは、明朝政府の派遣により、一旦は撃退にも成功しています。その後も相次ぐ反乱の中、そのほとんどを鎮圧しています。

基本的には衆寡で勝ち進んでいった戦闘手腕や、略奪等人民に危害を与えなかったこと、また助ける価値があるかは疑問だったにも関わらず、最後まで明朝に忠義をささげた生き方は近代までの女性の地位を考えた上でも名将といえるのではないかと思っています。 まぁ、だいぶマイナーですが。

べりサリウスには,サラリーマンの悲哀を感じますね。
現場を知らないボス(皇帝)の命令に黙々と従い必死に頑張りボスの危機を救ったことすらあったのに,ボスときたら邪魔ばかりして責任だけ押し付け,挙句は要領のいいデブ(ナルセス)に手柄横取りされ,腹立ってグチを言ったらボスにバレて謹慎くらうし・・
でも所詮はしがないサラリーマン,辞める訳にもいかんし・・

ちなみに彼のボス・ユスティ二アヌス帝についてはなんで「大帝」なのかよくわかりません・・領土は最大規模になったとはいえ後先考えずに戦争したせいで自国も占領地も荒廃させてるし,せっかく編纂した「ローマ法大全」は既に社会に合わなくなってるし,ペルシャにはナメられるし,いい加減なスラブ人対策でバルカン半島にどんどん侵入されるし・・

んで名将ですが,スティリコはどうでしょう。
能力もさることながら,周りの無理解をよそにたった一人で崩れゆくローマ帝国を支えていた忠誠心と努力には感心します。
ゲルマン人も彼が存命中は少なくともイタリア本土には侵入できなかったようですし。




たしかに、ユスィテニアヌスはどこが大帝なんだかわかりませんよね。わが国の大友宗麟ぐらい理解できん男です。

2回目ではありますが、バイバルスを挙げたいです。
彼はルイ9世の最後の大規模な十字軍を打ち破ったマンスーラの戦いで活躍し、アインジャールートでも大々的にモンゴル軍を破り、それ以降も敵を寄せ付けませんでした。
十字軍は最盛期を過ぎていたかもしれない、モンゴル軍もフラーグの本隊は敵対していた、キプチャク汗国に牽制され先鋒隊のみでしたが、それでもバイバルスは「最強の武将だったんでは?」と思ってしまいます。名将中の名将だと思います。
バイバルスやサラディンが十字軍やモンゴルを破ったことで,権威が高まり,後世まで英雄として扱われてるのを見ると,当時のイスラム世界にとって十字軍やモンゴルがいかに脅威だったかを逆に感じますね。

んで名将ですが,マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ
(既出だったらごめんなさい)
ローマのアウグストゥスがオクタヴィアヌスだった頃からの軍事担当の片腕(親友)で,アレクサンダーやハンニバルのような超A級ではないものの,やるべきことはちゃんとやる頼れる人物だったようです。
彼がいなかったら,オクタヴィアヌスは内戦で勝てなかったでしょうし,そうなるとパクス=ロマーナもなかったでしょう。
色々知らない武将が出てきますね〜、勉強になります!

僕は、既出かもしれませんが、中国・梁の陳慶之を推します。
いくら北魏が内乱で混乱していたとはいえ、7000の兵で40万の兵を擁する洛陽を落とすなんて普通じゃないです。洛陽に至るまでも全勝したようですし、まぎれもない名将ではないでしょうか。

自身は馬術も武芸もさっぱりだったというのが、一層彼の「将」としての才能を際立たせていると思います。
清朝末期の左宗棠
田中芳樹さんが、軍人じゃないとして挙げなかったんですが本当ですか?左宗棠は、太平天国の乱に従軍したのをはじめとして軍功を立て、新疆を奪回するために最後の草原の英雄といわれるヤコブべクを破り(このときの征西はわずか2年で終了)なにかと隙に乗じてちょっかいだそうとする、イギリス、ロシアの思惑を破綻させ、軍事才能だけでなく並の外交官も太刀打ちできないほどの見識を持ち合わせていました、まさに名将といえると思います。そしてわが国の西郷隆盛が親書を送って共にロシアの脅威に対して協力しようといったそうです。
>カッチーさん
田中芳樹さんの批評は知らないですが,旧中国(特に宋以降)は,文官が軍事面で武官顔負けに活躍することはよくあったようです。
清の左宗棠,曽国藩,李鴻章なども皆,文官畑ですし。
宋以降,初期や末期を除いては,圧倒的に文官優位だったので,武官はあまり良い人材が集まらなかったからかもしれません。

>赤ヘル軍団さん
アフリカ勢では初出場?
でもかのズールー族は大英帝国軍を撃破したこともあるようだし,なかなか凄いです。

んで名将ですが,いつも西洋ばっかだったので,たまには東洋の方で・・
「章邯」
秦末期の将軍ですが,秦の将軍だったときは強かったのに,項羽に降伏してからはサッパリ・・な不思議な方です。
しかし,秦の将軍だった頃の彼とその軍の強さは圧倒的(とはいえ,本国の迷走もあって,項羽には負けますけど)。
「ウンと力を溜めて一気に叩く」というマンシュタインのような戦い方をよくやってたようです。
初めての書き込みになります。瑞鶴です。

私は、
西洋ではアレキサンドロス大王、チンギス・ハン、ネルソン提督、ナポレオン等。

東洋では太公望、楽毅、項羽、韓信、関羽等を挙げたいと思います。

「日本人以外」と書いていてありますが、日本史と世界史の中で両方において特筆すべき名将として、東郷平八郎を挙げたいと思います。
久しぶりに書き込みます。ようやく50人を超えたようですね。
私はフランスの帝国元帥、ミッシェル=ネイをあげたいと思います。
樽屋の息子からフランス革命下で立身出世し、ナポレオンの右腕にまで上り詰め、イエナの戦い、アイラウの戦い等数々の戦いで勝利を収める。
ナポレオン最後の戦いワーテルローの戦いでは敗北必至と見るや決死の突撃を行う。最後は捉えられ、自らの号令で銃殺刑に処せられるという壮絶な最後を遂げた。
革命から第1帝政にかけての激動のフランスに彗星のように現れ、散っていった風雲児です。
歴史上にはたくさんの名将が登場しますが、名将は数々あれど、もし私が「もっとも好きな名将を一人だけあげよ」と言われたら、真っ先にあげたいのがローマ皇帝トラヤヌス。
彼は、ダキア戦役を勝利に導き、属州ダキアを創設し、ローマ帝国の最大領土を現出させました。「五賢帝時代」の事実上の創業者であり、ローマ帝国がもっとも繁栄したと言われる時代の基盤を築いた彼を、私は高く評価したいと思います。
ネイサン・ロスチャイルド
中世史にあって彼は歴史書に華々しく登場する訳でもない。
でも、中世史を彼を抜きに語るわけにはいかない。
あのナポレオンが遠征できたのも実際裏立てあってのこと。
真実は多くは語られないことが多いが、経済を支えた名将が
いたから戦争という行為が可能となった。
支えたというより、経済を作り出した魔術師というところか。

ただ、名声を望まなかった。疎まれることを回避した巧緻な
考えもあったのだろうか。さすが稀代の練金術者である。
白圭
太古に商売上手として、大成した御仁。
その思想は先に紹介したネイサン・ロスチャイルドのやり方とも通ることもある
ただ違うとしたら、彼は灌漑事業も手掛け散財もしたこと。
いまの経済界で大成した人は何かと欧米では散財することで貢献する人もいる。
商売の基本は昔から変わるものではないだろうが、彼のやり方もやはり常軌と
違う手法を用いることを主にしたのは天才的というべきなのかもしれない。
大義の中に商売を導いた手法はいまでも学べる良い事例ではないかと思う。
チムール!!
チンギス汗の後継者として、モンゴル帝国の復活を目指し戦った男
野党から身を起こして数々の戦いに勝利をおさめ、特にクンドゥズチャ戦では敵を追って4ヶ月間ロシアの大草原をさまよったあげく大激戦の末これを破り、まさに上り調子のオスマン軍団もアンカラの激戦で破り、チンギス汗に次ぐ大帝国を築いた大帝です(結局帝位には就かなかったけど)
そして敵の顔ぶれも強敵ばっかだと思う!!
チャガタイ汗国中興の祖トグルク、梟雄トクタミッシュ、雷帝バヤジット、最後の敵、明の成祖永楽帝!!これは遠征途上チムールの死によって衝突をまぬがれましたが、もし激突したらどうなったかと不謹慎ながら想像してしまいます。
モンゴルの将スブタイ!!
チンギス汗の征西では遠くロシアにまで遠征しカルカ河畔の戦いでロシア、キプチャクの連合軍を撃破!!
その経験を買われてバトゥの征西にも参加。
バトゥが戦のあとの祝杯を一番に口にしようとしたとき、モンケら諸将が怒ったのもスブタイをさしおいて杯を仰ごうとしたためともいわれている。
のち金帝国の首都も陥落させるのにも功あり、西に東にと大活躍しました。
有名なリデルハートも名将の一人に挙げていてたいへん納得です。
ナーディルシャー!!
最後のアジア的征服者で第二のアレクサンドロスとも
ムガル帝国、オスマン帝国を敵にまわして次々と勝利をあげ
ピョートル死後のロシアをも破り軍事の才に傑出し東洋のナポレオンともいわれ大帝国を建設しました、しかし惜しいことにしだいに宗教に非寛容で戦闘も残虐になり、民心を失い最後は暗殺されました。
イランではそれなりに人気があるそうです。
若輩者ですが。

漢の張良

を挙げさせて頂きます。

名将という単語が当てはまるかどうかはわかりません。
ですが彼の戦略がなければ漢が中華を統一することもなかったでしょう。
適宜適切な献策をする。
まぎれもない名将だと私は思います。
 「アラビアのロレンス」
 こと
 トーマス・エドワード・ロレンス

 はいかがでしょか?

 第一次世界大戦時に、イギリス政府からトルコに派遣され、アラブ民族の反乱を指導し、兵力で圧倒的に勝るトルコ軍を相手に、徹底した鉄道の破壊による補給路の寸断を行い、アラブ地域のトルコ軍による独占を防いだという逸材ですよ。

 ちょっと想像してみてください。
 砂漠を大勢のらくだ部隊の先頭をきって颯爽と走る彼の姿を…

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