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暇刊 巴mixiコミュの過去の巴シリーズ 冬

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ザ・ドリフター

巻の壱 「バッドボーイ」

作:雲井和巴 挿絵:mitsuyasu"matataki"

 深い深い悲しみとやり場も無いやり切れない、足下をふらつかせる焦りと正体不明の不安が信号待ちで隣に止まった時。俺は必ずあの歌を聞く、あのバッドボーイの歌を。


 「ああ俺もやられた、マジであれは化けもんや。体はとりあえず素人じゃ無いな、レスラー並み。仕事は印刷工場でバイトらしい、ま、筋肉で飯喰ってるちゅう奴やな。俺のDTリフトアップして投げたからな。マジで。」

 「それ若端君やろ、あの人目立つからなぁ。何あんたもやられたん、ようあんなんに喧嘩売るわ、顔なんかロシアの殺人サイボーグやで、手ェからノコギリ飛び出してくんでぇ」

 「なんやお前、ワカにやられたん?アホやなぁ勝たれへんて。それやし喧嘩売ったんお前からやろ? そやろな、あいつ厳ついだけやで、放っといたら問題ないし、いっしょに酒でも飲めば楽しい奴なんや、何よりあいつは仲間をほんまに大事にする男や」

 「お客さん顔痛そう大丈夫?どうしたん?、喧嘩したん?、あ、おビールいただきます。え?、ワカ?、ほんまにぃお客さんかわいそぅ。ワカはXーメンやって噂があるから気イつけなあかんよぉ、仕返しとかやめときなぁ、ワカはもう忘れてるから」

 顔を腫らした酔っぱらいがフラフラしながら駅の改札に消えて行った。五分後、電車が着くのとほぼ同時に駅前に空色のTOWN CARが滑り込んで来た。車から体格のいい男が駅に飛び込んで電車に押し入った、切符は買っていない。車内は一瞬ドアをこじ開けて乗り込んで来た
男にざわつきもしたが、すぐに静かになり車輪の滑る音が心地よく聞こえる。しかし酔っぱらった男にとってその静けさこそが恐怖だった。ワカがいる、ワカが電車に飛び込んで来た。
ロシアの殺人サイボーグのx-メンがそこにいる、男は背中と脇から滝のような汗を流した。
ワカは天井の吊り広告のグラビアを眺めている、男にはまったく気づいていない。しかし男はそんな事も知らずに、回りにいる客全員から銃を突きつけられている気分で動けないでいた。


 仕事を終えて着替えを済ませ、店の裏口に向かっていた紗葵子はレディー仲間の礼子に呼び止められた。

 「なあ今日お客さんに聞いてんけどな、ワカ君また喧嘩したみたいやで。相手かなりいわされてたから素直に帰るやろうけど」

 「ほんまにィ・・・、もうほんまにしゃあないわぁ。自分でも嫌がってるくせに、いつも逃げやて言うてんねんけどなぁ」

 紗葵子は家の前で待っているであろうワカが腹を空かしていては行けないと深夜の玉出で買い物をすましタクシーに乗り込んだ。


 ワカは相変わらず吊り広告のレフトアイに釘付けになっている、男はドアの脇の手すりにつかまって小さくなっていた。カサカサと唇が乾いている事に気がついて男は急にのどが乾いて来る。男が目線を落とした瞬間ワカが動く、男の向いに座っている客に何か言っている。小声で全部は聞き取れなかったが最後の一言は聞こえた。

           「ええからどけや、やってまうぞ」

シンプルだがワカが言うと一発のウェイトが違う、やかられていた客は弾けるように隣の車両に消えた。顔をあげる事すらできない男は必死で寝たふり決め込んでたえるしか無かった、薄らと眼を開けると自分の目の前にだれか立っている、ケースイスのスニーカー、ワカが目の前に立っている。ワカは男の肩をつかみ揺さぶった、男はその瞬間の事を今ではあまり覚えていないらしい。
 「おい、あんたしんどそうやな大丈夫か、席空いたから座りや。ひどい怪我やな、気いつけなあかんで」
そう言ってワカは電車を降りていった。男は放心して電車のソファにぐったり沈み込んだ。


 ワカは駅から歩いて紗葵子の住むアパート向かった、途中のコンビニでチョコレートとヨーグルトを買ってマンションの前まで来ると、前に止まったタクシーから紗葵子が降りて来た。

       「今帰りか」「うん・・・、聞いたよ、またやったん」
       「2pac聞きたいねん」「そう・・・、お腹空いてないん?」



巻の弐 「ルードボーイ」



「ジョー何してんの?電話ちょうだい」「ジョーくん今どこすか?連絡
 ください」「今年もお疲れ。来年がよいとしでありますように」
 「ひさしぶり、来年こそ宝くじ当てるからな」「・・・・・」
 「ジョー、いいかげんCD返せ!来年早々取りに行くからな!」
 「おいっす、年明け温泉どうする?連絡くれ」「今日のパーティー
  行くから現場で」「なんや?何処で鳴ってるんや?」


 ジョーは玄関先で何度も靴を履き替えながら、ああでも無いこうでも無いともうかれこれ十分ほどやっている。
 「盛心どこいくん」
 「パーティー行ってくる」
 「あたしも行く」
 「アホかあかん、お前は家に居れ」
お下げ髪のジョーの妹は心配なのか行ってほしく無いのか、子供のように駄々をこねてみせた。ジョーはそんな妹には目もくれずにスニーカー
をガサガサやっている。ジョーの目の前にはアディダスが6足並んでいる。

 ごついヘッドホンを頭にかぶりジョーは自転車に乗って走り出した、チェーンカバーには「ラブ☆マシーン」と書いてある。ジョーの妹は「ラブ☆マシーン」を見送りながら「あれだけは嫌」と本気で思った。
ジョーは耳元のサウンドシステムから流れる音に身を包み、寒い年末の街を駆け抜けた。後ろに色んな人模様が流れて消える。三角公園でPS1を売って歩く少女二人、BIG STEPの吹き抜けにはジェンべを叩いている男が二人、御堂筋ぞいの「一つ愛屋」には年越しソバを食べようと並んでいる人々。冷たい風と乾いた月がすべてを照らし出す街をジョーは何事も無いように通り過ぎる。その瞳は真直ぐに前を見つめて輝き、何かをあきらめた様にはしゃいでいるこの街を突き抜けて空高くに行方を変えていく。そうこうしてるうちにジョーは「スプートニク」に着いた。レコードバックを担いでドアーをくぐるとスエが飛んで来た。
 「ジョーくんなんで電話出えーへんの。マジで冷や冷やもんやで」
 「だぁいじょうぶやて。ばっちり来てるやろ?ええから一杯くれ」
スエは文句の一つも言えないままに酒を取りにいかされた、チルアウトでグラブルノーツクルーの榊が一人で雲井を吹かしている、ジョーは見つけて声を掛けた。
 「榊さん今年は世話になりました」
 「おお、また来年もよろしく。お前年越しソバ喰ったか?」
 「まだです。」
 「ほんまか。前のおっちゃんとこに喰いに行こうや」
「スプートニク」の前にはビッグパーティーに屋台のおっちゃんがやって来る。いつもの内容はラーメンだけだが、大晦日にはソバも出す。ジョーと榊はラーメンを喰いながらよし無し事をぽつぽつと話した。
 「この先大阪はどうなるんすかね、俺は新しい力がいると思います」 
 「ほう、どんな力や?」
 「自分達の中から生み出す音です。皆その力を持ちながら出し惜しん  
  でいる。俺にはそう見えるんですよ」
 「ほうか、まあそんな事もあるやろうけど、なるようにしかならんや 
   ろうなぁ。せやけど皆その事には気がついてる。戦っても居る。
  後はやるだけや。それはお前もいっしょやろ?」
言いながら榊はスープを飲み干した。ジョーはプラスチックのドンブリに浮かんだ油の玉を箸で寄せ集めて弾いた。ほっと一息ついて二人してセブンスターを呑んでいるとスエが血相変えて屋台になだれ込んで来た。
 「榊君出番です!。それよりストンプくんはまだですか?榊君の次な 
  んですけど。」
 「俺が知るかいな、自分でなんとかせんかい」
榊は我、管せずとフロアに消えた。慌てるスエを尻目にジョーは榊の後を追ってフロアに入った。


 フロアには深い深い闇が広がっていた。底も見えない、自分が上を向いているのか下を向いているのかも解らない。ただ音だけがすべてを埋め尽くそうと天地に向かって伸びていく、何度も何度も砕けながら、そのたびにより強く美しく輝きながら。数え切れないあきらめと、決して消える事のない一粒の可能性がせめぎ合いながら、そのどちら共を越えて混じりあいながら。温かいこころの赴くままに、決して退く事のない道の上で。誰もが求めながら分かち合い、やがて信じて求めたものがこの手に届く事を知りながら、梅の花の咲くのも待てずに、赤々と燃え立つ「宙」を何度でもやり直して悔いる事無い青年達が明ける年に向けて加速して行く。ジョーはフロアに満ちる、もうすぐやって来る世界の気配を感じて身震いした。自分達が生きる世界に特別な人間などいない、ただあるのは開かれた心と信じる意志だけなんだと。ステージで榊がマイクを握った。
 「おめでとう、ありがとう。届くだけでいい。今最高の力を込めて
  感謝と尊敬を分かち合おう」
新しい「時」が始まる。それは誰の胸の中にもあるもの。本当の21世紀は自分達の中にしかない、そんな思いを頭の上にぽっかり浮かべながらジョーはひとり興奮していた。そこにシンがフロアに入って来た。
 「あけおめ、お前俺ん家に携帯忘れてたぞ。じゃんじゃん鳴ってうる  
  さいねん」
 「おっ。ありがとう。あけましておめでとう。今年もよろしく」  



巻の参「カウボーイ」




 酔いどれた夜と、赤く燃え立つ朝を何度もくり返し過ぎて来ても、決して変わる事の無いもの。それは誰も与えてはくれない、誰かを真似る事でも手に入りはしない。どんなに惨めに叩きのめされても、例えこのうえなく裏切られても、自分の踏み出した一歩の重さを、感じて、信じて、手を前に出して。隣を歩いている、共に歩いている何気ない人の中にこそ、最後の希望を与える力がある。その力にこそ、始まりもなく終わりもない、しかし、確かにそこに在る尊敬と感謝を。この惑星に、本当にあるのかも疑わしい無限のソラにぷっかり浮かんだ、マグマと土と海と、それらのすべての中に生きずく生命。形ある、形にならない一つのエネルギーがどこを見渡しても溢れている六畳一間で。ひどく痺れた頭にジャンジャンと何か音が響いているが、シンはそれよりも何よりも、肝臓をフル稼動しても処理し切れないテキーラと戦う事で精一杯で身動き一つできないでいた。

 やっとの事で体を起こしたのは午後六時。小さく区切った窓の外には、昨日よりもなんだか美しく濡れ光っている月が、カウントダウンに向かっている静かに慌ただしい街を冷たく照らしている。シンとってはさっきまでそこに居たワカとジョーを、六畳一間をぐるっと見渡して探してみたが見つかるわけもなく。とりあえずシンはジョーに電話をかけてみた。「プープープー」と適当な音がした後につながった。つながったと同時に、部屋の何処かからこれまた適当な着信音が聞こえてくる。シンはその音に無性に腹を立てながらその音の発信源を探した。電話がメッセージサービスにかわって音が止まった。もう一度電話を鳴らしてやっと崩れたマンガの山の中から電話を発見した、着信が一杯になっている。シンはやり場の無い怒りにガックリとみぞおちを引っ張られる気がして、さっぱりするかと風呂に入った。

 やり場のないものはどうしたってやり場がない、せいぜいジョーに文句の一つも言ってやろうと、シンはあごにパラパラと生えたヒゲを念入りに剃り落として風呂からあっがた。おろしたてのTーシャツにそでを通して、お気に入りの空色のダウンベストをひっかけて表に出る。アパートの前にふてぶてしく停まっているデボネアに乗り込んで、シンは身震いしながらエンジンに火を入れて走り出した。走り出してすぐにワカから電話がかかってきた。
 
 「おう、今どこや」
 「今、車運転中」
 「そうか、暇できたら迎えにきてくれや。紗葵子の所に居るから」
 「はあ?ふざけんなって、お前何様やねん」
 「俺様やんけ、待ってるからな」

それだけ言うとワカは電話を切ってしまった。いつもの事にシンは呆れる事もなく、真直ぐに一号線を飛ばして今里の交差点を渡った。

 ごちゃごちゃと込み入った下町を通り抜けて、向こうまでいくつの橋が掛かっているのかわからないどぶ川の側でシンは車を停めた。シンはそこだけ二十世紀から逃げ切れていない幸いな、ずいぶん傾いた木造の一軒家に入っていった。シンがその家の玄関まで来ると、品のよさそうな老婆が玄関先で迎えてくれた。
 「シンちゃんいらっしゃい、シンちゃんの車はすぐわかるのよ」
 「すんません、親方居てますか?」
 「おあがりなさい、今お茶入れるから」
シンは案内もいらない様子でずんずん上がり込んで、奥の居間でキセルをくゆらせている老人の前に座った。
 「うんん、まぁっとたぞ」
あくびをして親方が起き上がった。シンは肌を脱いで静かに柔らかにタバコを吸っている。その肩には、うす桃色から純白に、そして最後は地肌の上に影だけが残る花弁。美しくほころぶ蓮華が咲いている。親方はシンの肩に鼻先を突き付けて肌の調子をじっくり観察した後に。「さけか」とひとこといって医者のように手を洗い、重いまぶたの奥で鋭い光が走る。老人は静かにシンの肩に降り立ち、雲に乗って飛び回りながら蓮華の最後の命を打ち込んだ。親方は容赦なくシンの肩に勇猛と慈悲の祈りを込めながら、シンの奥深くに眠る、何も無いのではなく、すべてが在ると言う事に、すべての力わかちあう、一つになって煌めき色めく命に向かって。

 シンは奥さんに包帯を巻いてもらいながらタバコを消した。親方はさっきの気は何処吹く風、紅白歌合戦を見ながらキセルに火をつけた。
  「おい、年明けは四日からや、お前の安全帯もう無いぞ。
   自分で用意して来い。ええな。」
  「有り難い。親方。」
シンはダウンベストの羽を黒いパーカーから払い除けた、根元が黒できゅっと締まった白い羽が火鉢に燃えひらく。「儂らの後は頼んだで」
と羽を火ばしで突き崩した。

 紗葵子の家の玄関で、ワカはティンバーに磨きを掛けて出かける準備をしていた。レコードをレフトアイに替えて、紗葵子はゆっくりと伸びた。ごろりと横になりながら、ヨーグルトを食べて雑誌をたぐっている。テレビはなんだか寒くて静かな風景を垂れ流している、紗葵子はワカの側にクッションを持って行って雑誌の続きを読み始めた。

 ジョーとシンは紗葵子の家に向かって車を降りて歩いている。古いマンションの三階に小走りに駆け上がり、二人は寒さに肩をすくめながらインターホンのボタンを押した。
 「おめでとう、はよ開けて」
ガチャリと内カギがはずされゆっくりとドアが開く。柔らかにたたずんでいる紗葵子の姿にジョーはホッとしながらワカの坊主頭を覗き込んだ。

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