ロッカーの鏡でトサカを起てながら、恵慈は窓の外を眺めた。夜明け頃から降り出した雨は午前九時十二分、朝も早から店に並ぶ客の肩を濡らしている。ねむたい眼でトサカをつまみ上げては横から見る、そんなことを十五分ほど続けている、この雨のせいでなかなかトサカが収まらない。そうこうしてる間に半時になって恵慈はフロアに降りた、梅雨のなごり「ファック」と毒づきながら階段を駆ける、恵慈の「ファック」は武藤の「ファック」である。 フロアに降りて恵慈は開店作業に取りかかる、ポリを交換して景品をストッカーから運び込む。コーヒー娘。がシャキとフロアに並ぶ頃に、恵慈は傘さして客に睨みをきかしている、雨にとけるトサカのポマードを気にしながら。店の有線が「Ticket To Ride」でロックンロールし始めた、雪崩を打って客が飛び込んでくるのを体で留めながら、恵慈は人波を切り盛りしていた。フロアに客が落ち着いた頃に恵慈は傘をたとんだ、黒雲の向こうに広がる青空を振り返らずにコースに向かって。