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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの闇島奇譚?怪異の潜む島(第十六回)

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 三郎は走っていた。不安定な吊橋の上を懸命に走っていた。昼島迄、おそろしい勢いで走り抜けた。まだ朝だと言うのに、そのまま天明荘へ飛び込む。幸い和明と少佐は部屋に居た。部屋で朝食を喰っている最中だった。二人は血相を変えて飛び込んで来た三郎を見ると眼を丸くしたが、黙って三郎が話すままに任せていた。三郎は二人に洗いざらい喋った。昼子から、おのれが小夜子の夫と目されていると話を聞かされた事迄も。そして、お志世が実はショゴスで、大木中尉の従者が殺された事迄も。唯、一点、螺旋道の中で小夜子の告白を受け、接吻された事だけは話さなかった。いや、話せなかった。全て話し終えた三郎は疲れ果て脱力しきっていた。そして、おのれの話に対し二人がどんな反応を返して来るか待ち構えた。
 最初に質問をしたのは和明だった。しかし、まるで予想外の質問だった。
 「真願寺、ここへは君は前に行っていたのだな。何故、報告しなかった?」三郎は、訳が判らなかった。「そこの本尊について、出来るだけ詳しく教えて欲しい」三郎は訳が判らないまま、おのれの眼で見た女神像などについても説明した。三郎が説明し終えると、和明と少佐は顔を見合わせた。少佐は唸るように「盲点だった。神社ばかり気にしていたが、寺も調べるべきだった」と言った。合点の行かない様子の三郎に向かって和明が、「君、もう一度、本尊の名を口にしたまえ」と言うので三郎は馬鹿みたいに「伊土羅(いどら)」と答えた。そして気が付いた。何処かで聞いた事のある名前だと。「パオの暗黒のスートラ」と和明が言う。「豊饒の女神イドラは、グレート・オールド・ワンだ。君、その寺が祀っているのは真言密教の神なんかじゃないぜ。その寺はグレート・オールド・ワンを祀っている寺だ」和明に言われて三郎は愕然とした。それに構わず和明は、「夜島で祀られている炎の神はトゥルスチャと言うのか。それにしても、君、凄い体験をしたな。代わって欲しかったくらいだが、もっと具体的に教えてくれないか」と眼を輝かせて言い、三郎は閉口した。そこを救ってくれたのは少佐だった。「それよりヴーゾムファだ。まさか、こんな所に出現するとは」と少佐か言うと、和明も「そうだった。こちらも君に教える事があったのだ」と話題を変えて話し出す。「鷲(おおとり)神社の文字が判ったぜ。君、二階堂大尉を覚えているかい?」その人物の事は覚えていた。夢見人(ゆめみびと)と呼ばれていて、何でも夢の中で異世界へ出入り出来ると言う人物だった。「彼が知っていた。君、あれは夢の郷(さと)の文字だぜ。そこにウルタールと言う猫の都があるんだ。いや、正確には知性を持った猫たちが人と共存している都なんだが、そこにだけ伝わる(*1)ル・クトゥの魔神(Devil-Gods of Lu-Kthu)と言うのがあるんだ。いや、調べればこの地球でも伝承が残っている所があるのだろうとは想うのだが。君が見たヴーゾムファもその魔神の一員たるグレート・オールド・ワンで、そいつは海の生物たちの源で両性具有の存在だ。あらゆる海の生き物たちの父にして母と言われているらしいが、どの世界の海なのかは判らん。で、鷲神社の文字も、矢張り彼等の一員で鳥の女神の(*2)ラグナラ(Ragnalla)を示す文字だ。彼女は大空の探索者とか、翼ある者たちの巣の女主人と呼ばれている。それにしてもル・クトゥの魔神たちが二柱も祀られているとは、他にも居るかも知れないな」和明は如何にも面白そうに言ってのける。
 「僕はその神々については初耳だ」と三郎が言うと和明は頷いて「そうだろうな。エイボンも気狂いアラビヤ人も書き記していないからな。一応、判っている範囲で教えておこう。まず彼らは一つのグループを形成している。彼等の首領格は三柱の外宇宙神だ。三主神の名は(*3)アウトサイダーの異名を持つハイオグー・ヤイ(Haiogh Yai)、(*4)光気(エーテル)のアネモネと形容されるギ・ホヴグ(Gi Hoveg)、海のアネモネと言えば磯巾着の事だから、多分、そんな姿をしているのだろう、そして(*1)捩れた音の主(あるじ)と呼ばれるザリガー(X’aligha)だ。又、(*1)彼等魔神たちの一員としては、秘密の保持者と呼ばれる肉体を持たぬ神ヴォルグナ・ガス(Volgna Gath)、おそらく鉱物生命体なのだろうが、生きた宝石と言った姿のディグラ(Dygra)、闇の中で貪り喰らう者シュイ・ニルー(Shuy Nilh)、幻影の作り手ザードネス(Xirdneth)、一対の炎神と氷神たるルートラ・ディオル(Ruthra Dyoll)とブグヌ・トゥン(B’gnu Thun)、美しく魅惑的な姉妹神で猫の女神イスタシャ(Istasha)と森の女神リタリア(Lythalia)、この内、イスタシャは(*5)は快楽と不死を授けてくれると言うのだが、魅惑的な女神でその二つを授けてくれると言うのなら、信者になるもの悪くないかも知れないね。他には(*6)背に蝙蝠の翼がある以外は人狼と言った姿のヌガールトル(Ngirrth’lu)、(*7)蜥蜴の王ディサラ(Dythalla)、(*4)虚無の流血神ウヴァーシュ(Uvahsh)、(*8)触手ある海蟲、或いは深遠王のイラ(Y’lla)と言った神々が居るようだ。無論、他にもまだ居るかも知れないがね」
 「そんなに居るのか」三郎は頭を抱えてしまった。「どのくらい、ここで祀られているのかは判らないがね」と和明は他人事のように言う。更に続けて「それにしても大木中尉だったっけ。君の友人の。彼にも気の毒な事をしたな」と言う。そこで三郎が「いや、本当に気の毒なのは犠牲になった佐々木少尉と安達少尉です」と言うと、「君、話に聞いた限りでは大木中尉と言う男はそう簡単に引っ込む男では無さそうだがね。増してや自分の従者を失っているのだろう?だったら彼はこの先もずっと島に居続けると想うよ。ただ、いつ迄、もつか判らないがね」「彼の根気は相当なものです」「いや、僕がいつ迄もつか、と言ったのは彼の命さ」これには三郎もぎょっ、と眼を剥いた。その様子を見て和明はすかさず「だけど君、彼を救おうなんて考えては駄目だよ」と釘を刺す。三郎は呻いた。「それに助けたところで、君と一緒に亡き帝の所へ行こうなんて考えているのだろう。放っておきたまえ」「だが、彼等は、特に大木はおそらく今後も真実を求めて僕の所へやって来ようとするだろう」その答に和明は心底呆れたような顔をしてみせた。「馬鹿だな。ショゴスが居るのだろう?彼等に命じて君の周りを守らせれば良いではないか。何、傷付ける事は無いんだ。大木中尉たちが来たら追い払えば良いだけなんだから」だが、それでは何か釈然としないものが残るのだ。それでも一応、三郎はその案を承諾した。少佐もその案に同意したからだった。「ああ、それと君、クアックスズアッラから、もっと色々聞き出してくれたまえよ」三郎が帰り際に和明はそう言った。しかし、只でさえ重い気持ちの三郎にその言葉は余計帰りにくくさせた。結局、三郎はもう一度、真願寺の境内にある露天風呂を訪ねた。今は引き潮なので海水が少なくかなり熱めだったが、三郎は想いきって湯に浸かった。漸く落ち着いた気持ちになって息を吐き出した三郎は、向こうから来る人影に気が付いた。尼僧の姿だった。先日会った老女かと想ったが違った。背格好がまるで違っていて、かなり背が高い。女としてはかなり大柄だった。尼僧は「こんにちは」と挨拶すると、するすると衣を脱ぎ捨てて全裸になり「失礼します」と断って三郎のすぐ横に入って来た。まだ若い娘だった。丸顔で鼻が低く可愛いらしい顔立ちをしている。何処かで見たような顔だなと想ったが、何処で見た事があるのか迄は判らなかった。その若い尼僧は人懐っこい笑顔で、寺の感想について尋ねて来た。三郎は当たり障りの無い感想で誤魔化したが、そこで、ふと気が付いた。この尼僧の顔は、あの伊土羅と言う女神の顔に似ているのだ。これは偶然か、それとも・・・
 若い尼僧は好奇心丸出しで三郎自身の事を尋ねて来る。そこで三郎は闇島の暗夜館の親戚で泊まっているのだと言う事を明かした。そのついでに、尼僧の顔が寺の本尊に似ていると言うと、「本当に?」と顔を輝かせて娘は無邪気に笑っていた。それから娘は、この寺の宗派は信徒が少なくて、今も勧誘中なので帰依して共に伊土羅さまを拝まないかと誘って来て、これには三郎も驚き慌てて断った。すると尼僧は、拒む理由は何なのか、と詰問口調で尋ねて来る。三郎が閉口していると、意外な助けが現れた。
 「ソノ男ハ、アナタノ信者ニハ無理。モウ先約ガアル」ハッ、と顔を上げると湯煙の向こうに緋色の着物を纏い緋色の布で姉さん被りをしたシャンブロウが立っていた。尼僧は黙って湯から上がると脱いだ衣を抱え上げ、裸身を見せつけながらゆっくりと立ち去った。
 「シャンブロウ、彼女は何者なんだ?」「コノ惑星ノ命ノ化身。今デモ信者ハ多イ」それで充分だった。三郎にはあの尼僧の正体が判った気がした。本尊である女神像に似ていたのは偶然では無かったのだ。
 「それで、シャンブロウ、こんな所迄、僕に何の用なんだ?」と三郎が警戒したまま問うと、「アナタニ用ジャナイ。モウ終ワッタ」とだけ答えてシャンブロウは行ってしまった。シャンブロウは一体、何をしに現れたのだろう?その疑問はすぐに解けた。湯から上がって手拭いで水気を取り、服を着て寺の境内に出ると先日の老女が何やら手を合わせており、地元の人々らしき姿の者がニ、三、見えた。何だろうと想って近付き、三郎の事を覚えていた老女と挨拶をかわした時には、事態が見えていた。幸せそうと言うよりは呆けて一切の苦難から解放されたような表情で地に倒れているのは、比企少尉だった。髪は全て白くなっていたが、顔にはあまり皺が刻まれていない。萎びる前に心臓が耐えられなかったのかも知れない。三郎は両手を厳かに合わせると、その場を立ち去った。
 暗夜館へ戻ると昼子の姉妹の一人が待っていた。物怖じせず、しかも下品な様子で交情しようと言って来る事から曙子と判った。相手にせずに行こうとすると「そっちじゃないよ。お館様の言いつけ」と言われて別な方へ連れて行かれた。薫子の部屋がある方なので薫子に会わされるのかと想ったが、薫子の二つ隣の部屋だった。その部屋に入ると、いつの間にか三郎の荷物がそこに置かれていた。どうやら、この部屋を使えと言う事らしい。確かに血に塗れたあの部屋には寝泊りしたくないとは想うが、何やらあの惨劇事態、薫子たちの掌の上の出来事だったのではないかと言う気がして、不安感は増すばかりだった。
 その部屋の間取りは三郎が使っていた部屋とまるで同じだった。もしかしたら、この館には同じ間取りの部屋が幾つもあるのかも知れない。床の間を見て三郎は苦笑した。ヨグ・ソトースの小像と、あの得体の知れない壺が置かれていたのだ。そう言えば、この壺の事をまだ聞いていなかったな、今度こそ薫子に問い質そうと想った時だった。当の薫子が小夜子と共に部屋にやって来たのだ。「さてと、災難だったね」薫子はごく軽い調子でそう言った。まるで今日はいきなり雨に降られて大変だった、くらいの感じで。「お志世はショゴスだったのですね?」三郎は薫子を睨むようにして言った。それから小夜子を振り向いて「あなたも知っていたんだ」と言うと、薫子は「そんなの誰でも知ってるさ。知らんでもすぐに気づくさ。あの子が人と違う事くらい。第一、呼吸もせず瞬きもしない人間なんて居るものかね」「それには気づきませんでした。まさか人でない者が・・・」「ショゴスを知って、なお、気づかなかったんだね。まあ、鈍いのは悪い事じゃない」あまり褒められた気には、三郎はなれなかった。「それより、祝言の日取りを決めたいんだがね」薫子の口からあまりに意外な言葉が飛び出し、三郎はきょとんとしてしまった。「祝言?誰のですか?」「お前さんと小夜子さまさ」三郎は、一瞬、言葉を失った。何の冗談か、とは問えなかった。むしろ、矢張り、と想う気持ちの方が強かった。「どうするね?そうなりゃ、あんたはここのお館様になる。夜部の全てを知る立場になる。無論、それを公にしようが洗いざらい軍に報告しようが構わないよ」三郎は愕然とした。すると今度は小夜子が口を平いた。「三郎さま、済みません。あなたの荷物の中に何かの書類があると言われて見せて頂きました。あれはエイボンの書の翻訳ですね?陸軍が外国から入手したと言う事は知っておりました」「小夜子さん、一体あなたは・・・」
 「本土の夜部の最後の働きじゃった。軍部の動きを知らせて来たのは。その後、彼等は軍の襲撃を受けみな殺されてしもうた。彼等が持っていた分のわし等の文書は、軍の手に渡った。軍の連中は一の書、ニの書、三の書、或いは夜部文書、闇島文書、鍵守文書などと言っておるようじゃが、残るニ巻、お前が小夜子さまと祝言を挙げてお館様になれば、お前の自由になる。本土に残る同胞たちを殺した者共に、あれをくれてやるのも自由だ」「まさか、少佐がそんな事を・・・」「少佐か、お前の上官は。ならば違うな。命令の出所はそんな小者からではない。その少佐とやらも、経緯はまるで知らぬかもな」
 三郎は必死に考えをまとめた。そして言った。「今すぐ祝言を挙げるのは無理です。でも、残る二巻の文書を渡して下さるのでしたら祝言は近い内に挙げるとお約束します。ですから、まず見せて下さい」だが薫子は首を左右に振った。「あれは、わしにも自由に出来ん。出来るのはお館様だけじゃ。読みたくば、お前さんがお館様になるしかないね」「待って下さい。僕がお館様にならなくても・・・」
 「わしらには、お館様が必要なんじゃ。わしは、もう長い間、お館様の代理を務めて来たが、代理には許されておらぬ事も多いでな」
 まさか・・・!夜部には、ここ幾年もの間、頭領が居なかったと言う事なのか?
 「わしの姉もお館様の代理じゃった。わしの姉の夫の兄が本当のお館様じゃった。わし等は分家の当主の娘で、姉は本家の次男に嫁いだんじゃ。あの時、分家の当主たちにはいずれも息子がおらなんだ。それでお館様が誤って命を落とした時、姉の夫が代理を務める事になり、姉と離縁した」
 「待って下さい。何故、離縁したのです?」「お館様となる者の条件は、夜部の血を引いている事と、鍵守の筆頭巫女を妻とする事じゃ。いや、本来は月夜の晩に筆頭巫女と交情する事が条件じゃったのが、最初の交情の前に行われる儀式がいつの頃からか祝言に変わったのじゃ」「それで僕と小夜子さんが・・・」薫子は頷くと、次を話し出した。「じゃが、せっかく後を継いだ弟はお館様として振舞う事が出来んかった。お館様として知らされた様々の秘事に心を押し潰され、物狂いして、それでも最初は生活を送るのに支障は無い程度だったのが、到頭、完全におかしくなってしもうて、終にシャンブロウ様の所へ送られ、永久の安らぎを与えられたのじゃ。その後、姉も逝ってしまい、わしが今では代理を務めておる」
 「では、文書の内容や秘事についてはあなたも知らないのですか?」
 「わしが知っておる事は、明男や星夫が知っている事と大差無い。姉は色々調べてもっと沢山知っておったが、それで死んだとわしは見ておる。いきなり発狂して辺りを走り回り、ほぼ三日三晩走り通した後、心臓が止まってしまったんじゃ。お前さんも注意した方が良い。おそらく秘事の中には、心構えの出来ておらぬ者が知ったら耐え切れずに気が狂ってしまうような事が含まれておるのに違いない」
 薫子が退室した後、残った小夜子が色々と気を使ってくれ、小夜子の気持ちが判っているだけに申し訳無く想ったものの、三郎としては少佐に相談無しには決められない問題だった。小夜子が帰って行った後も、三郎は悶々と悩み続けた。
食事の後、三郎が部屋に戻ると夜具が敷かれてていた。そう言えば、お志世の姿をまるで見ていなかった。或いは別な姿で居るのかも知れなかった。ふだんは孝作の一体になっている可能性もあるのだから・・・いや、逆だな、と三郎は想った。もともと孝作の、最初は風太だったのだが、その一体が、三郎の前でお志世になっていたのかも知れなかった。
そう言えば、今夜も昼子は訪ねて来るのだろうか。今の心境で昼子を抱いても、多分、何も良い事は無いだろうと想い、何処かへ三郎は逃げ出したくなった。しかし何処へだ?小夜子さんの居る鍵守神社は論外だった。村長は無理を言えば泊めてくれるかも知れないが、後々迷惑が及ぶかも知れない。和明と少佐の居る天明荘はもう玄関を閉めてしまっているだろう。真願寺は、イドラにとって、正に飛んで火に入る夏の虫になってしまう。結局、迷った挙句、三郎は地下に逃れる事にした。どうせクアックスズアッラからは、もっと色々と情報を聞き出さなければならないのだ。
地下室の入り口の所で三郎は何か人の気配を感じたように想って辺りを見回したのだが、誰も見当たらず、三郎は急いで地下へ降りた。
既に見知った室内で三郎は目的の棺に近付いた。蓋がきちんと嵌っているのをずらしながら、クアックスズアッラ!と思念を送る。途端に蓋が宙に浮かび上がり仰向けの体勢のまま全身に布を巻かれた木乃伊状の物体が上昇して行き、静止したかと想うと九十度回転して縦になり、そのまま浮かんでいる。そして“主以外にも五人程、来ているようだな”と思念が飛び込んで来る。三郎が、え?と想う間も無く、地下室の片隅で物音がし、二つの取っ組み合う影が転がり出て来た。「少佐殿!大木中尉!」大木中尉は少佐に組み伏せられており、その横に彼の拳銃が転がり落ちていた。「大木!君は僕を撃つ積りだったのか?」大木は腕を後ろに取られて苦悶の表情を浮かべながら「違う。その化け物を撃とうとしたんだ」と声を振り絞る。
「やれやれ千客万来だね」と入り口の所から声がし、顔を覗かせたのは薫子だった。その後ろから明男と星夫も入って来る。三郎の前に来ると、星夫は興奮気味に一気にまくし立てた。「ほら、言ったでしょう。この男は信用出来ません。所詮は島を裏切って逃げ出した女の子供です。わたしが見張っていなければ・・・」
「知っておったよ」と薫子は星夫の長広舌を遮って、「三郎は二度目に降りて来た時、棺の蓋を開けたんだよ。でも、実際にクアックスズアッラが出て来たのは三度目にここに降りて来た時、ほら、お前さんが」と星夫の方を向いて「腰を抜かして大騒ぎした時さ、あの時、漸く三郎は知ったのさ」
 矢張り僕は誰かの掌の上に居たのだな、と三郎は苦いものを噛み締めた。一方、星夫は一瞬唖然とし毒気を抜かれたような顔になったが、すぐに又、騒ぎ出した。「わたしが後を継ぎます。小夜子さんの事は、わたしに任せて下さい。このグレート・オールド・ワンとも、今、話してご覧に入れます」だが、薫子は、首を横に振った。「小夜子さまは、お前などに興味は無いよ。小夜子さまが、三郎を選んだのじゃ」しかし星夫は諦めていない様子だった。「小夜子さんだって、わたしがクアックスズアッラと話せれば資格有りと認めざるを得ないでしょう」だが、その言葉は星夫自身に対する死刑の合図でしか無かった。
「大たわけがっ!」“痴れ者が!”薫子の言葉とクアックスズアッラの思念が地下室中に響き渡った。流石に星夫が蒼ざめる。いや、蒼ざめただけではない。脂汗を顔から滴らせて苦悶の表情を浮かべている。「な、何だ、く、臭いっ!駄目だっ、我慢出来無いっ!」鼻を押さえて星夫は床に倒れのたうち回った。
パム・ソコットか?そう思考した三郎の鼻孔に、途端に心地良い香りが感じられる。“今のは肯定だ”クアックスズアッラの思念が、そう教えてくれた。でも、心地良い香りだったが。“パム・ソコットはこの時空の物質からも臭いを再構成する。人が心地良いと感じる臭いがどの物質の組み合わせによるものなのかも全て承知している”
そうこうする内に、激しくのたうち回っていた星夫は終に全身を痙攣させると、不意に静かになった。パム・ソコットの臭気に神経が耐え切れず絶命したのだ。

* 1ジェームズ・アンビュール「Sculpture」
* 2ジェームズ・アンビュール「Ragnalla」
* 3ジェームズ・アンビュール「The Outsider」
* 4ジェームズ・アンビュール「The Adnant of Uvhash」
* 5ジェームズ・アンビュール「Where Istasha Walks」
* 6ジェームズ・アンビュール「The Stalker in the Snow」
* 7ジェームズ・アンビュール「Dythalla」
* 8ジェームズ・アンビュール「The Deep-Lord Awakens」

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