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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの[迫りくるモノ]投稿作品「魔導回線」(後編)

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 女は『ネクロノミコン』は焼き捨てたと言っていた。それが本当なら当初の依頼に関して、これ以上調査を続ける意味はない。だが素性の知れない女の言葉を鵜呑みにすることはできない。事の真相を明らかにするためには、事件の全体像を把握したうえで、自分の目で確かめる以外に方法はない。結局、私にできるのは、与えられた手掛りを一つずつ辿ってみることだけだった。
 私はスカイラインに乗り込み、携帯でまず森谷惣吾へかけ、番号非通知の電話にはなるべく出ないように、そうでなくても通話中に奇妙な音が聞こえるようなら、すぐ切るようにと注意を与えた。
 次に土門晶義の研究所へ電話をかけた。
 呼び出し音が鳴り続けた。不在かと思いかけた頃、相手が出た。
「もしもし……」低く嗄れた声が言った。
「私立探偵の一条寺と申しますが、そちらは土門晶義さんの研究所ですね?」
「私が土門ですが」
「ああ、そちらでは何か催眠術に関する研究をなさっているとか。できればその件でお話をうかがいたいのですが?」
「話すのはいいが、今は忙しいところでね。夜にこちらに来ていただければ、何かと都合がいいのですが」
「夜というと、何時ごろでしょうか?」
「9時ではどうですかな」
「では、本日夜9時にそちらへうかがうということで」
「住所はおわかりか?」
「ええ、知っています」
「では」
 電話は切れた。
「ふう」何となく気おされて、思わずため息が出た。
 夜まではまだ間がある。私はもう一度、茎田貴を訪ねることにした。
 この時間では部屋にいるとも限らないが、土門との約束の時間まではアパートの前で待つつもりだった。


 茎田のアパートについたのは午後3時すぎ。部屋には灯りが点いていた。
 ドアをノックすると、チェーンでロックしたままの隙間から茎田の丸顔がのぞいた。
「また、あんたか」茎田は不機嫌そうに小声で言った。
「事件について、少し聞きたいことがあります」
「もう、話すことはないよ」
「まあ、そう言わずに。ところであなたお仕事は何を、それとも学生さん?」
「バイトをしてたけど、しばらく休むことにしたんだよ。いろいろ危ない目に遭いかねないんでね」
「なるほど。例のオークションで、同じ人から魔道書を落札した三人がたて続けに死亡した、このことをあなたはご存知だったわけですね」
「ああ、知っていたよ。おれが四人目になるところだったんだからな」
「しかし、あなたはなぜ、他の三人の本名を知っていたのですか?」
「そんなこと、どうだっていいだろう」
「いや知りたいですね。この件が公になれば、警察もそれを知りたがるでしょう」
「何だよあんた、おれが犯人だとでも言うのか。犯人は森谷に決まってるだろうが」
「なぜです?」
「だってそりゃ、死んだ落札者三人とつながりがあるのはあいつだけじゃないか」
「でも、あなたも知っていたんでしょう?」
「お、おれは、教えられたんだよ……」
「教えられた、誰にです?」
「女だよ、いきなり訪ねてきて『あなたに危険が迫っている』なんて言い出してな。
はじめは頭がおかしいんだろうと思っていたけど、教えられた三人の名前のうち二人は本当に死んでいることがわかったからな、もう一人も死んでるだろうと思ったんだよ」
「その女の名は?」
「たしか、竹内とか」
「竹内麻耶ですね?」
「ああ、そんな名前だった」
「で、その女は他に何を言ったんですか?」
「ううん、要するにああいう『ネクロノミコン』とかそういうものを欲しがるのは危険だということだったな。それを欲しいという気持ちを完全に捨てないと、この三人のようになるといって、名前を書いたメモを渡されたんだ」
「しかし、あの『ネクロノミコン』が偽物だということはわかっているんでしょう?」
「うん、たとえ偽物でも、魔道書などを所有したいという欲望があると心に隙ができる、その隙を狙ってくる悪い奴がいるんだって」
「なるほど心の隙ですか。おかしな電話はまだかかってきますか?」
「いや、今日はかかってきてないね」
「そうですか。まあ、しばらくは不審な電話には出ない方がいいでしょう」
「彼女からもそう言われたよ」
「その女は、なぜそういろいろ知ってるんだろう?」
「そりゃあ、本物の霊能者だからにきまってるでしょうが」


 そして夜。風が強くなってきた。雲が押し流されていくと、空には半月が昇っていた。
 近未来的な高層建築のならぶウォーターフロントを抜けて、まだ空き地も多い埋立地の倉庫街へ出た。そんな中に土門晶義の研究所はあった。まるで百年前から建てられていたような石造りの洋館だった。周囲には先を槍のように尖らせた鉄柵が巡らされている。四階建てで、屋根からは日本ではめずらしいガーゴイル像が訪問者を見下ろしていた。
 午後9時ちょうど、私はスカイラインを路上に止め、石段を登ると、大きな黒いドアの前に立った。金色の呼び鈴のボタンを押してしばらくすると、内側から扉は開かれた。
 あらわれたのは白いスーツを着こなした初老の男だった。
 長身痩躯で、長い白髪が肩まで波打ち、血色のいいピンク色の皮膚のその顔には、性格の厳しさを表すような深い皺が刻まれていた。
「お待ちしていました。私が土門晶義です」電話で聞いたあの嗄れ声が言った。
「一条寺蓮です」
 私は土門の後に従って建物の中へと足を踏み入れた。
 玄関ホールから左右に廊下が伸びていたが、土門は入り口の対面にある通路を進んだ。突き当たりのドアを開けると、その先には別世界が広がっていた。まるで熱帯雨林のような巨大な植物に一面覆われていた。この建物は外から見ると普通の立方体だが、じつは回廊型になっていて、その内側は大きな中庭になっているのだった。
 間接照明が植物の緑を幻想的に浮き上がらせていた。シダやアロエなど裸子植物が葉を広げ、マングローブの支柱根が絡み合うように蔓延っていた。毒々しい紅い花や、たわわに実った黄色い果物も見える。そしてそれら一つ一つが異常なほど大きく育っているのだった。
「すごい。ここの植物は、普通のものより大きいようですね」緑のトンネルを歩きながら私は尋ねた。
「モーツァルトを聴かせると、植物はよく育つというという話を聞いたことがありませんか。ここではその理論を独自に応用して植物の育成を促進する実験を行なっているのです」
「すると、やはり音楽で?」
「音楽というか、ある種の音響ですな。私が独自に開発したものです。この世界は音で満ち溢れている。クジラの歌は海中を伝わり、地球の反対側の仲間へ情報を送るといわれています。ある種の音の響きには、まだ人類が知らない秘密のパワーが隠されているのです」
「秘密のパワー?」
「そう。例えば呪文もそうです。あるいは異言と呼ばれるものも。中には口にするだけで死を招く危険なものもある。このことに気づいていたラヴクラフトは真の天才です」
「ラヴクラフト……、あなたは催眠術の研究をしているのだと思っていましたが?」
「催眠術ね、それもわが精神音響学の一部ではある」
「土門さん。率直にうかがいたい。催眠術で人を殺すことは可能ですか?」
「殺人か、私にはとくに難しいことではない」
「あなたはそれを試したのですか?」
「ふん、何が言いたいのかね。私が人を殺したとでも?」
「それはわかりません。私が知りたいのは幡野数年、北本仁一、斎藤奈津郎この三人の死の真相です」
「彼らは、自ら死を選んだのだ。違うかね」
「だが、その原因を与えたのはあなたではないのですか?」
「私は教えてやったのだよ。偽の魔道書を手に入れて喜んでいる者どもに、真の呪文の力というものを。おかげで人間精神に関する貴重なデータを手に入れることができたがね」
「では、やはりあなたが……」
 土門は足を止めた。
「さあ、着きましたぞ」そう言うと、手を広げ前方の眺めを披露した。
 その先は植物が途切れ、象牙色の大理石が敷きつめられた空間になっていた。
 床には複雑な線模様と見たこともない文字のようなものが一面に描きこまれていた。そして一方の端には、奇妙な形をしたラッパ型のスピーカーが左右に配され、その中央には上部と側面にアンテナ線のようなもののついた筐体がコードに繋がれ置かれていた。その反対の端には、飾りのない木製の椅子が一つ置かれている。
「こ、これは一体……?」
「ふふふふふ、私の研究はこれより新たな段階を迎える。そのために必要な、大いなるパワーの召喚を行うための場所だ」
「どういうことだ?」
「一条寺君、気づいていないようだが、君はすでにわが術中にあるのだよ」
「何……だと……!?」
「君の身体はもう、私の命令なくしては動くこともできまい」
「うっ」私は突然、全身が金縛りにでもあったように動けなくなっていることに気づいた。「い、いつの間に」
「ふふふっ、人間には可聴域といって耳で聞き取れる音の範囲があるが、しかしその範囲外の音でも精神に影響を与えることはできるのだよ」
「く、くそう、何をする気だ?」
「安心したまえ、殺すつもりはない。君にはわが大事業の証人になってもらおうと思ってね。これから起こることの一部始終をその目で見届けてくれれば、それでいいんだよ。もっとも、正気を保っていられるという保証はないがね。ははははっ、では一条寺君、歩きたまえ、その椅子に腰掛けるのだ」
 土門にそう命ぜられると、私の身体は自分の意思とは無関係に動き出した。
 椅子に座らされた私は、目を閉じることすらできず、催眠術師の一挙手一投足を見守らねばならなかった。
 土門晶義は筐体に歩み寄り、スイッチを操作しながらアンテナ線に手をかざした。するとスピーカーからは、ヒュゥゥゥーンという風の鳴るような音が流れ始めた。
「これはテルミンという楽器を改造したものでね」
 音はゆるやかに音程を変え、音色自体も次第にこの世ならざる響きへと変化していった。
 土門はポケットから古びた紙束を取り出して言った。
「『ネクロノミコン』から書き写された呪文だ。もちろん本物のな。シベリア奥地の寺院に秘蔵されていたものを私が発見したのだ」
 そして土門は紙束を開き、そこに記された呪文を詠み上げはじめた。

  イア! イア! シュブ=ニグラス!
  千匹の仔を孕みし森の大いなる黒山羊よ!
  ザリアトナトミクス ヤンナ エティナムス
  ハイラス ファベレロン フベントロンテイ
  ブラゾ タブラソル ニサ 
  ウァルフ=シュブ=ニグラス!

 手の動きにあわせて音が響きを変えていく。土門は呪文を唱えつづけた。
 いつの間にか、床に記された図形の上に青白い燐光を放つ靄のようなものがあらわれていた。やがてそこへダイヤモンド・ダストと呼ばれる現象のような、きらきらと輝く粒子が浮遊し始めた。きらめく粒子は渦を描いて回転し始めると、その中央に暗い影が拡がっていった。それはまるで宇宙の深淵がそこへ口を開いたかのような底知れぬ暗闇だった。暗黒の影は次第に拡大しつつ、同時に何か特定の形へと凝集しつつあった。
「な……、何だ、あれは……」私の口から思わず言葉が漏れた。
 じょじょにその形がはっきりしてきた。それは湾曲した巨大な角を持つ山羊の頭部に似た何かであった。
「うっ、うわぁぁぁ」

  イア! イア! シュブ=ニグラス!
  千匹の仔を孕みし森の大いなる黒山羊よ!
 
 土門の声は憑かれたように力強くつづいていた。
 だがそこへ、呪文の詠唱を断ち切るようなするどい声が響いた。
「やめなさい!」
 見るとそこには、黒いワンピース姿の女性が立っていた。まるで緑の木々が彼女のために道を開けたかのようだ。胸には大きな青い勾玉の首飾りが揺れている。あの女、竹内麻耶だ。
「な、何者だ、貴様っ!?」土門は血走った目を見開いて女を睨みつけた。
 彼女は首飾りの勾玉を首から引き千切るようにして手に取った。
「シュブ=ニグラス! 魔界の黒山羊よ、その穢れた蹄で、日本の土を踏むことは、この私が許さん!」
 竹内麻耶はそう叫ぶと、実体化しつつあった巨大な黒山羊めがけて青い勾玉を投げつけた。勾玉が山羊の頭部に命中すると、大音響とともに閃光が爆発した。
「ぐあぁっ、ぎゃぁぁぁぁーっ」光を浴びて土門は絶叫した。
 私の身体はいきなり緊張が解けた。そのせいでバランスを失い椅子ごと後へ倒れてしまった。
 光と爆音、それに絶叫はしばらく続いていたが、不意に沈黙が訪れた。
 私の目は眩しさにまだまともに周囲を見ることができなかった。
 コツコツと床を歩く靴音が近づいてきて、女の手が私を助け起こしてくれた。
 やっと視力が回復してきた。巨大な黒山羊は幻のように消えていた。床の上の焼け焦げだけがわずかにその痕跡を留めていた。土門晶義の姿はどこにもない。
「あの男は?」私は尋ねた。
「シュブ=ニグラスが異界へ帰る際にともに引き込まれました。どのみちもう生きてはいないでしょう」
 麻耶は床の上の何かに目を止め、そこへ歩み寄った。
 そこには、あの勾玉が砕け、消し炭のような真っ黒な残骸となって落ちていた。
「先祖から受け継いだ勾玉が砕けてしまった……。次に、誰かがふたたびこの日本で邪神の召喚を行なおうとしても、もう私にはそれを止める力はない」
 彼女はていねいに拾い集めた勾玉の残骸を握り締めると「さよなら」と言ってその場から立ち去った。
 私には、ただその後姿を黙って見送るより他にできることはなかった。

コメント(3)

一条寺蓮シリーズの三作目です。
今回、考えたのは
お題が「迫りくるモノ」だったので、連続殺人ものにしたらいいかなということと、
今まで書いたものでは魔道書を使ってなかったので、今回は魔道書をたくさん出すということでした。
とりあえず、はじめに考えたのはこの二点でしたが、効果的に使えているかどうか……
ネクロノミコンなどは実在してはいないが、ラヴクラフトが書き記したシュブ・ニグラスは実在していた・・・というお話ですね。
なかなか凝っていて面白いのですが、どうせなら、まだ二人しか死んでいない時点で一条寺が関わって彼の眼の前で偶然とは想えないような事故で三人目が死ぬ形にすると、もっと盛り上がったのではないかと想います。
ただ、そうすると、もっと話が長くなりますが。
感想ありがとうございます。
『ネクロノミコン』は実在しないという設定でもないんです。
作中でも本物について一言ですが触れています。
(後編の呪文の出てくる少し前あたりで)

もっと展開を増やして長い物を書きたいという気持ちはあるのですが、
どうもいろいろ難しいような気がして、なかなか実現できません。

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